愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される

守次 奏

文字の大きさ
20 / 21

第二十話「断罪の刻」

しおりを挟む
「スターク・フォン・ピースレイヤー。ならびにリリアーヌ・エル・ピースレイヤー。此度の活躍、誠に見事なものであった、大儀である」

 邪竜王イーヴェルの討伐から一週間、王都の復興や怪我をした人、呪いを受けてしまった人の治療を終えたわたしとスターク様は、ウェスタリアの城、その謁見の間へと直々に招かれていた。
 玉座に厳かな面持ちで腰掛けている、白金色の髪と瞳を持つ年若いお方──その頭上に王冠を戴いていることからもわかるように、そのお方こそが、このウェスタリア神聖皇国を統治する、神皇陛下だ。
 ウェスタリアの一族は神の末裔であり、無二の白金色をした髪と瞳こそがその証明。歳はスターク様とそう違わなくとも、玉座から迸る威厳は、わたしをがちがちに緊張させるには十分すぎた。

「いえ、陛下……恐れながら申し上げます」
「許可しよう、スターク」
「わたくしはあの邪竜めにとどめの一撃を放ったにすぎません。全ては……我が妻、リリアーヌの機転と錬金術、そして加護があったおかげでございます」

 首に下げていた「魂の護り石」を陛下に捧げて、スターク様は恭しく跪く。
 わたしもそれに倣う形で、神皇陛下に跪き、最も深い敬意を表す礼をする。
 陛下は、ふむ、と小さく頷くと、「魂の護り石」を側に控えていた大臣に預けて、どこまでも厳かに口を開く。

「其方の言い分は理解した。リリアーヌ、面を上げよ」
「……は、はい……っ……!」
「スタークの申すことは、まことであるか?」

 嘘を言っているのなら、この場で首を斬り捨てるとばかりに冷たく、試すように陛下は仰る。
 スターク様が謙遜しすぎているところはあるけれど、起きた事実だけを抜き出してみれば、確かにそうなるのだろうか。
 わたしに機転があったとは思わないけど……それでも、スターク様が仰るのなら、それを信じて、首を縦に振る。

「はい、事実に相違ございません。天地神明にかけて」
「そうか……しかし、錬金術と申したか。余も存在を知ってこそいたが、途絶えた古の秘術をこの世に甦らせるとは、まこと、愉快なものよ」

 ははは、と、陛下はそのお言葉通り、大臣から再び「魂の護り石」を受け取って摘み上げると、上機嫌そうに笑みを浮かべていらした。

「面を上げよ、スターク。リリアーヌ。此度の国難を乗り越えられたのは、ひとえに其方ら夫婦の活躍があってこそだ……そこで、余から褒美を与える」
「お待ちください、神皇陛下!」

 陛下のお言葉を遮って立ち上がったのは、わたしたちの傍に控えていた「聖女」……マリアンヌだった。
 神皇陛下のお言葉を遮ることは、普通であれば許されない。だけど、この国で陛下の次に地位が高い、諫言役としての立場も兼ねている「聖女」は別だ。
 マリアンヌは激昂にその柳眉を吊り上げて、納得がいかないとばかりにわたしたちの前に立ちはだかる。

「此度、王都が陥落しなかったのはこのわたくしの……聖女の『結界』を集中させていたからでございます! そこの出来損ないは、赤毛を持って生まれた貴族の恥晒しは、ただ美味しいところだけを持っていっただけに過ぎません!」

 その発言に怒るよりも先に、うわあ、と、わたしは恐怖に慄いていた。
 絶対に「聖女」の立場でなければ言えないことだ。首が五、六個飛んでいたとしてもおかしくはないし、下手をしなくても一族郎党、皆断頭台にかけられるくらいには、礼を失した発言だ。
 とてもじゃないけど、そんな口を叩く度胸なんて、わたしは持ち合わせていない。

「……言葉を慎め、マリアンヌ」
「ですが!」
「余は言葉を慎め、と言ったのだ。其方が加護を与えた勇者は死した、確かに王都を守り抜いた功績……それだけは余も忘れておらん。だが、そのためにいくらの民を犠牲にしたか、わからぬ立場ではあるまい」

 王都に「結界」を集中させるということは、普段は国全体を覆っている護りを切り捨てるということでもある。
 魔物の侵略を跳ね除ける聖女の加護を、「護り」を失った街や村が、自力で生き残る力を持っていなければ、その結末は容易く想像できることだろう。
 厳しくも、この国の民を愛する陛下の忠告ではあったけれど、マリアンヌはそれすら気に食わないとばかりに食ってかかる。

「民がどうしたというのですか! この私の……『聖女』の加護があってこそ成り立っているのがこの国ではありませんこと!? 私の加護がなければ、この私がいなければ! この国は民草諸共滅んでいたことは明白です!」

 口角泡を散らして喚き立てたところで、ようやく自分の失言……そんな言葉ですら生ぬるいほどの暴言に気づいたのか、マリアンヌはさあっと顔を青くしていた。
 だけど、全てはもう遅い。
 神王陛下は研ぎ澄まされた刃のような、凍てつく、鋭い視線をマリアンヌへと向けて、厳かに言い放つ。

「……余は、貴様という人間を買い被っていたようだ。よもや、この余を侮辱するだけではなく、余の民をも貶めるその言葉……取り消せるとは思わぬことだ」
「……っ、ですが! ですが、私は、聖女です!」

 あとに引けなくなったのか、マリアンヌは豊かな胸に手を当てて、陛下にどこまでも食ってかかる。
 もうやめて、と、そう願っても、決して私の思いは届くことはないのだろう。
 訪れる結末を脳裏に描いて、唇をきゅっと噛み締める。

「ああ……そうであったな、今このときまでは」
「……は……?」
「……マリアンヌ・エル・ヴィーンゴールド。其方は『聖女』に相応しくない。その立場と権力に溺れ、本義を捨てた聖女など、ウェスタリア神聖皇国には不要だ」

 一切の容赦なく、陛下はマリアンヌの主張を切って捨てる。
 そこに、慈悲という言葉は欠片もなく、例え「聖女」であったとしてもその一線を踏み越えた人間は決して許さないという、陛下のお怒りが見て取れた。
 ああ、どうして。どうして、マリアンヌ。

 心の中で嘆いても、声は決して届かない。
 ううん、例えわたしが言葉にしたとしても。
 それほどまでに、マリアンヌは。妹は。

「お、お戯れを……! な……ならば、私がいなくなれば、この国を支える柱たる『聖女』はどうなるのですか!」
「黙れ、下郎めが!」
「ひっ……!」
「次の『聖女』ならば決まっておる。それは……リリアーヌ・エル・ピースレイヤーだ」

 突然告げられたその言葉に、わたしは拝礼をしたまま目を白黒させることしかできなかった。
 どうして、なんで。なんでわたしが、「聖女」なんて恐れ多い役職を拝命できるのか。
 ちらりと目配せをすると、スターク様はふっ、と小さく口元に苦笑を浮かべるばかりで、意地悪しかしてくれない。

「聞け! 余はここに神皇の名をもって宣言する! 次代を担う『聖女』にはリリアーヌ・エル・ピースレイヤーを! その護りを担う聖騎士たる『勇者』には、スターク・フォン・ピースレイヤーを任命する!」

 神皇陛下の宣言に、わあ、っと、観衆たちから歓声と拍手が上がり、侍従たちが事前に用意していたのであろう花びらを、吹雪のように散らす。

「そして同時に罰を言い渡す! 先代聖女、マリアンヌ・エル・ヴィーンゴールド……いや、マリアンヌ! 貴様からは聖女の位を剥奪し、極めて傲慢たる娘を育て上げたその両親と侍従たちには極刑を下す!」
「あ、ああ……っ……いやああああああっ!!!」

 マリアンヌは膝から崩れ落ちると、そこに水溜りを作り上げてがくがくと震え出した。
 もう、わたしにはどうすることもできない。
 ただ、もしも。もしもなにかが違っていたのなら……こんなことにはならなかったのかな、と、もしもを想うことばかりだ。

「だが、マリアンヌ。余はただ一つ、貴様がこの国を守り抜いた恩を忘れてはおらぬ」
「し、神皇……陛下……」
「それに免じて、貴様の刑を減免する。罪人マリアンヌ! 貴様には流刑を言い渡す!」
「いやあああああっ!!! 私は、私は罪人なんかじゃない!!! 聖女なの!!! 聖女がいい!!! どうしてあんな出来損ないなんかにぃぃぃ!!!!!」
「そこの罪人を引っ立てよ! 不愉快極まる!」
『はっ!』

 狂乱するマリアンヌの両腕を取り押さえて、兵士たちが引きずっていく。
 ああ、お父様。お母様。マリアンヌ。
 どうして、こんなことに。

 嘆くわたしを嗜めるように、スターク様が目を伏せ、小さく首を左右に振った。
 君は悪くない、と、そう赦しを与えるように。
 本当にそうなのだろうかと思う。それでも、わたしは。わたしが信じるのは、スターク様だと決めているから。

「面を上げよ、新たなる聖女と勇者よ」
『はっ!』
「うむ……其方らはこの国の新たなる礎だ。邪竜の王をも退けたその武勇は素晴らしい。天晴れだ。だが、国のため、民のために命を捧げる高潔と覚悟……それをゆめゆめ忘れるでないぞ」
『光栄にございます、神皇陛下!』

 わたしたちは声を揃えて、決まってしまったその肩書きを拝命する。
 正直なところなにがなにやら、という感じではあったし、スターク様が隣にいなければきっとわたしは取り乱していたけれど。

 ──マリアンヌ。お父様、お母様。

 わたしは、望まれて生まれた子ではなかったのかもしれません。ですが、十五まで育てていただいた恩だけは、決して忘れません。
 胸の中でそれだけを別れの言葉として、謁見の間どころか、城内に響き渡るほどの歓声に、手を振り、笑顔で応えてみせた。
 それが、きっと「聖女」の最初のお務めだから。

「さて……ところで其方らはまだ婚儀を結んで一年しか経っておらぬのだったな」
「恐れながら、仰る通りでございます。神王陛下」
「式は挙げたのか?」
「いえ……まだでございます、神皇陛下」

 突如として、からかうような口調で問いかけてくる神皇陛下に困惑しながらも、わたしたちはそのお言葉を首肯する。
 すると、陛下は。

「そうか……ならば再び余の名において宣言する! 我がウェスタリア神聖皇国は、新たなる聖女と勇者の婚礼の儀を、国を挙げて執り行うと!」
『万歳! 神皇陛下万歳! 聖女様、勇者様、万歳!』

 割れんばかりのシュプレヒコールが王城に響き渡り、花びらと紙吹雪が無数に乱れ舞う。
 祝福を受けているはずのわたしたちを置き去りにして、なんだか事態はどんどん、雪だるまのように膨れ上がっていく。

「す、スターク様……」
「……神皇陛下のありがたきお心遣いだ、褒美として受け取ろう、リリアーヌ」

 ご褒美が、国を挙げた結婚式だなんて、わたしにはスケールが大きすぎてとても想像できなかったけれど。
 今はただ、スターク様の観念したような笑顔につられてわたしも口元を綻ばせ、観衆に手を振りながら謁見の間をあとにする。
 全部が全部、幸せなことばかりじゃなかった。でも。

 きっとその幸も不幸も含めての報いなのだろうと、わたしは胸にそう刻み込んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ヤンキー、悪役令嬢になる

山口三
恋愛
岸田和華(きしだわか)は異世界に飛ばされた。自分が読んでいた小説の悪役令嬢ジュリエットに憑依してしまったのだ。だが和華は短気でガサツで、中学高校と番を張ってたヤンキーだ。高貴な身分の貴族令嬢なんてガラじゃない。「舞踏会でダンス? 踊りなんて盆踊りしか知らないからっ」 一方、リアル世界に残された和華の中にはジュリエットが入っていて・・。

【完結】裏切られ婚約破棄した聖女ですが、騎士団長様に求婚されすぎそれどころではありません!

綺咲 潔
恋愛
クリスタ・ウィルキンスは魔導士として、魔塔で働いている。そんなある日、彼女は8000年前に聖女・オフィーリア様のみが成功した、生贄の試練を受けないかと打診される。 本来なら受けようと思わない。しかし、クリスタは身分差を理由に反対されていた魔導士であり婚約者のレアードとの結婚を認めてもらうため、試練を受けることを決意する。 しかし、この試練の裏で、レアードはクリスタの血の繋がっていない妹のアイラととんでもないことを画策していて……。 試練に出発する直前、クリスタは見送りに来てくれた騎士団長の1人から、とあるお守りをもらう。そして、このお守りと試練が後のクリスタの運命を大きく変えることになる。 ◇   ◇   ◇ 「ずっとお慕いしておりました。どうか私と結婚してください」 「お断りいたします」 恋愛なんてもう懲り懲り……! そう思っている私が、なぜプロポーズされているの!? 果たして、クリスタの恋の行方は……!?

どちらの王妃でも問題ありません【完】

mako
恋愛
かつて、広大なオリビア大陸にはオリビア帝国が大小合わせて100余りある国々を治めていた。そこにはもちろん勇敢な皇帝が君臨し今も尚伝説として、語り継がれている。 そんな中、巨大化し過ぎた帝国は 王族の中で分別が起こり東西の王国として独立を果たす事になり、東西の争いは長く続いていた。 争いは両国にメリットもなく、次第に勢力の差もあり東国の勝利として呆気なく幕を下ろす事となった。 両国の友好的解決として、東国は西国から王妃を迎え入れる事を、条件として両国合意の元、大陸の二大勢力として存在している。 しかし王妃として迎えるとは、事実上の人質であり、お飾りの王妃として嫁ぐ事となる。 長い年月を経てその取り決めは続いてはいるが、1年の白い結婚のあと、国に戻りかつての婚約者と結婚する王女もいた。 兎にも角にも西国から嫁いだ者が東国の王妃として幸せな人生を過ごした記録は無い。

世界一美しい妹にせがまれるので婚約破棄される前に諦めます~辺境暮らしも悪くない~

tartan321
恋愛
美しさにかけては恐らく世界一……私の妹は自慢の妹なのです。そして、誰もがそれを認め、私は正直言って邪魔者なのです。でも、私は長女なので、王子様と婚約することになる運命……なのですが、やはり、ここは辞退すべきなのでしょうね。 そもそも、私にとって、王子様との婚約はそれほど意味がありません。私はもう少し静かに、そして、慎ましく生活できればいいのです。 完結いたしました。今後は後日談を書きます。 ですから、一度は婚約が決まっているのですけど……ごたごたが生じて婚約破棄になる前に、私の方から、婚約を取り下げます!!!!!!

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

元王太子妃候補、現王宮の番犬(仮)

モンドール
恋愛
伯爵令嬢ルイーザは、幼い頃から王太子妃を目指し血の滲む努力をしてきた。勉学に励み、作法を学び、社交での人脈も作った。しかし、肝心の王太子の心は射止められず。 そんな中、何者かの手によって大型犬に姿を変えられてしまったルイーザは、暫く王宮で飼われる番犬の振りをすることになり──!? 「わん!」(なんでよ!) (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

【完結】姫将軍の政略結婚

ユリーカ
恋愛
 姫将軍ことハイランド王国第四王女エレノアの嫁ぎ先が決まった。そこは和平が成立したアドラール帝国、相手は黒太子フリードリヒ。  姫将軍として帝国と戦ったエレノアが和平の条件で嫁ぐ政略結婚であった。  人質同然で嫁いだつもりのエレノアだったが、帝国側にはある事情があって‥‥。  自国で不遇だった姫将軍が帝国で幸せになるお話です。  不遇な姫が優しい王子に溺愛されるシンデレラストーリーのはずが、なぜか姫が武装し皇太子がオレ様になりました。ごめんなさい。  スピンオフ「盲目な魔法使いのお気に入り」も宜しくお願いします。 ※ 全話完結済み。7時20時更新します。 ※ ファンタジー要素多め。魔法なし物理のみです。 ※ 第四章で魔物との戦闘があります。 ※ 短編と長編の違いがよくわかっておりません!すみません!十万字以上が長編と解釈してます。文字数で判断ください。

破滅フラグから逃げたくて引きこもり聖女になったのに「たぶんこれも破滅ルートですよね?」

氷雨そら
恋愛
「どうしてよりによって、18歳で破滅する悪役令嬢に生まれてしまったのかしら」  こうなったら引きこもってフラグ回避に全力を尽くす!  そう決意したリアナは、聖女候補という肩書きを使って世界樹の塔に引きこもっていた。そしていつしか、聖女と呼ばれるように……。  うまくいっていると思っていたのに、呪いに倒れた聖騎士様を見過ごすことができなくて肩代わりしたのは「18歳までしか生きられない呪い」  これまさか、悪役令嬢の隠し破滅フラグ?!  18歳の破滅ルートに足を踏み入れてしまった悪役令嬢が聖騎士と攻略対象のはずの兄に溺愛されるところから物語は動き出す。 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...