性悪女神と野球部員

広根雅斗

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第一話

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 爆炎が嵐のごとく吹き荒れる。

 背後から感じる圧倒的な熱量に私の魔法障壁は悲鳴を上げ、いとも容易く消し飛ばされてしまう。
 弾き飛ばされた私は、大部分が燃えってしまった自然公園内の草原を五、六メートルにわたり転がり続け、一本の大木に叩きつけられた。
 今の衝撃によるものか、刺すような痛みが頭を襲い意識が混濁するが、なんとか立ち上がる。

「くっ…………!」

 体勢を立て直したのも束の間、不可視の炎弾が私の左足を穿つ。

 疼く左足を無視し、私は飛翔を開始するが、どのタイミングで底を突くか分からない自分の星魔力、刻々と迫る死の恐怖を私は確かに憶えている。

 対峙する存在は惨めに逃げ続ける私のことを、まるで弄ぶかのように執拗な攻撃を繰り出す。今だって、私が地面を転がる時にトドメを刺すことが十分可能だった。

 つまり私は手の平の上で踊らされているのだ。
 絶望的な戦力差を改めて実感し諦めに似た感情が心に宿るが、それを噛み殺し僅かな可能性を信じて、逃げ続ける。

「これじゃあ得意の転移魔法も使えねーなぁ?」

 背後に猛火を纏うその男は歪んだ口元を開き嘲笑をうかべつつ、大量の炎弾を繰り出してくる。
 執拗な追撃を必死の思いで躱し続けるが、この戦闘から離脱する糸口を全くつかめない。むしろ相手との距離がじわじわと縮んでいく一方だ。

(何か、少しでもいいから相手の動きを止められる手段があれば……)

 唯一の得意魔法とも言える転移魔法は、発動にかかる時間がおよそ三秒。そのわずかな時間さえも今の戦況では確保できない。

 ――私の心が折れかけた瞬間、そのチャンスは唐突に訪れた。

「陸翔さん、今です」

 抑揚が完全に失せた女性の声がわずかに響く。

「なっ……なんだお前らは!?」

 刹那――巨大な氷塊が現れ、追手が押しつぶされるような形で墜ちていった。

 私が飛行を開始してからおよそ二十秒、高度は約二百メートル。
 当然のことだが、周りに人などいるはずがないが、私の聴覚は確かにその声を捉えたのだ。
 様々な思考が頭を駆け巡るが、千載一遇の機会を逃さないよう、転移魔法の構築を開始する。

(先程のは一体、誰が……?)

 転移魔法を展開する間に周りを見渡したが、冷たい夜風が吹きつけるだけで、人影らしきものは見当たらない。
 いくつかの疑問を残したまま、私は目的の場所へ転移した。


   ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇   


 春風になびく大きな水たまり。水面は絹のように薄い雲で覆われた夜空を映し、仄かな月明りが灯っている。その空の下、暖かな光を放つ住宅街の一角でこんなやり取りが行われていた。

「俺が悪かった。許してくれ」

 月守祐希は深々と土下座をする。綺麗に刈り揃えられた坊主頭は彼が野球部員であるためだ。下に向いた顔は僧のように一切の雑念を断ち、無表情そのものである。
 その正面にはポニーテールの少女が腕組みをしながら、この上なく不機嫌そうな顔で立ちはだかっていた。

「お兄ちゃん、これで何回目かわかってるの?」
「ごめん」

 祐希はぶっきらぼうに一言だけ告げる。
 彼の妹、月守鈴音は中学二年生。彼女は同世代の女子に比べると、とても順調に成長している――主に胸部が。

 事の発端は昨日、祐希が汚れたユニフォームを鈴音の洋服と一緒に洗ったことにある。その結果、練習で砂だらけとなったズボンなどにより、他の衣類が見事なまでのサンドコーティングが施され、それに気づいた鈴音が激怒という経緯だ。

 鈴音の怒りは収まらず、祐希への口撃が無限に繰り出される。

「前にもこういうことがあったのになんで対策を考えないの⁉ 洗濯物の砂を完全に落としきれないのは理解できるけど、他にいくらでも方法があるじゃん。だいたい臭いお兄ちゃんのユニフォームと私の洋服を一緒に洗うなんて意味わかんない」

 臭いお兄ちゃんのユニフォームというフレーズが祐希の心を深く抉る。
 しかし、今回の件に関しては百パーセント祐希が悪いということもあり、彼は反論をすることも出来ず、土下座の体勢をキープする。

(今ならサンドバックの気持ちが分かる気がする……)

 彼が心の中でそう呟き、鈴音の罵倒を受け止め続けることおよそ五分。

「もし今度、同じことがあったらお兄ちゃんのお小遣い全部貰うからね!」

 ひたすら怒鳴り散らして満足したのか、鈴音は自分の部屋に戻っていった。

「あいつ、絶対ウチの顧問より説教好きだろ」

 祐希は所属する野球部の練習を終え、家に着いた瞬間に妹に見つかり説教されていたため、疲労がピークになっていた。日々繰り返される過酷な練習・トレーニングは彼の心身を着実に蝕んでいるのだ。
 疲労感を全身に纏い、彼は風呂場へ向かった。

「ふぅ……」

 冷え切ったつま先や指先の感覚が、少し熱めの湯に触れ、じわじわと蘇り、春夜の寒さにより凝り固まった全身を柔らかくほぐしてくれる。
 しばらく浸かっていると一日の疲れがどっと出て睡魔に襲われるが、祐希は決してゆっくりはできない。
 来年に受験を控えた妹との二人暮らしを送る彼には、家事全般を行う義務があるのだ。

「さてと……飯作るか」

 そう呟き重い腰を上げ湯船から出ようとしたが……女性の悲鳴のような音を彼は耳にする。

「なんだ?」

その音は段々と大きくなり、やはり女性のものであることを確信した祐希は道路に面した窓を少しだけ開き周囲を見渡すが、彼の視界には誰も映らない。
 先程まで聞こえていた悲鳴も、いつの間にか消えている。

「気のせい……か」

 ゆっくりと窓を閉める。しかし、

「きゃあ――――――――――!?」

 彼は自分の耳を疑った。
 なぜならば、その絶叫が真後ろから響いたのだ。

「は?」

 振り返ると、一人の美少女が立ち尽くしていた。
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