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第1章
先生との出会い(2)
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私は未だ悶々としていた。シャープペンシルを手に取ろうとしない私に、伊神さんは先ほどの取り繕った笑顔で話しかける。
「まなみちゃんは、漢字が苦手なのかな?」
それもあります、とは言えず...
私はとりあえず、全身を使ってめいっぱい“不機嫌”を表現した。
伊神さんもさすがに困った様子でしばらく手もとの資料とにらめっこしていたが、突然手を叩いて「よし、休憩!」と明るい声で言った。
「まだ10分しか経ってないです。」
私は、一種のゲーム感覚に陥っていたため、勝った...と誇らしさを感じて気が大きくなっていた。冗談まじりで言ったつもりだった。
しかし、伊神さんが
「はいじゃあ休憩終わり。解いて。」
と言い放った瞬間、私はさっきまで大きかった気が、しゅるしゅるとしぼんでいった。空気が凍りついたのを感じて、血の気がサッーと引いた。
伊神さんもさっきの取り繕った笑顔はなくなり、怒ったような、冷たいような表情でじっ、とこちらを見る。私は、恐怖のあまり完全に怯んでしまっていた。蛇に睨まれた蛙、とはこういう状態か...
すると、伊神さんは口に手を当てながらふふっ、と吹き出し、
「ごめんごめん、そんな顔しないでよ。いきなり家来て勉強です、ってそりゃあやりたくないよね。休憩休憩。」
えっ、もしかして、からかわれた...?
私があっけにとらけていると、伊神さんはにやにやしながら話を続けた。
「いや、俺も絶対嫌だもん。ただでさえ勉強なんてしたくないのにさー、突然家に帰ったら先生がいて、勉強しろ、だなんて。いい迷惑だよな。言われなくてもやるっつうのって、な。」
後半は、一体誰の話をしているんだろうとも思ったけど、とりあえず伊神さんが私の気持ちに寄り添おうとしてくれてるのはわかった。
「しかも俺、先生っぽくないってよく言われちゃうんだよね。威厳がないのかな。厳しくやっていこうって気はあるんだけどね。」
伊神さんが突拍子もなくしゃべり続けるもんだから、私は驚いてじっと話を聞くことしかできなかった。
もしかして怖い人?チャラい感じの人?冗談通じるの通じないの?いろんな感情が渦を巻いていた。
ある程度、彼が自分語りを終えると微妙な空気が流れたので、話題を私の話にすり替えた。
「まなみちゃんは、好きな人とかいないの?」
...出たな。高校生は恋話さえすれば食いつくと思って。取り繕った笑顔がまた、鼻についた。
「えー...気になってる人は。」
私はその瞬間、『しまった』と思った。こんな曖昧な言い方をしてしまったら、何かまた根掘り葉掘り聞かれて、冷やかされるに決まっている。咄嗟に言ってしまったことに、一瞬で後悔した。
しかし、伊神さんは予想に反してあっさり、「へぇ、いいねぇ。」と返すだけであった。
これにまた、私は拍子抜けしてしまった。今までゆきやりえのような口うるさく自分に干渉してくる友人が周りには多かったため、なんだか新鮮な反応だった。ホッとしたような寂しいような、なんだか複雑な気持ちになった。
「伊神さん...は、彼女いるんですか?」
自分でも大胆な質問だと思った。私はなぜか、このとき伊神さんと顔を合わせることができなかった。
「いないいない。」
伊神さんをパッと見ると、首を横に振っていた。
「っていうか、伊神さん、じゃなくて先生、って呼んでくれるほうが嬉しいかな。一応まなみちゃんの先生になったわけだし。」
「あ...わかりました。」
結局その日は先生、と私の口から呼ぶことは一度もなかったが、“先生”という言葉がその日一晩中、頭の中でぐるぐると回っていた。
「まなみちゃんは、漢字が苦手なのかな?」
それもあります、とは言えず...
私はとりあえず、全身を使ってめいっぱい“不機嫌”を表現した。
伊神さんもさすがに困った様子でしばらく手もとの資料とにらめっこしていたが、突然手を叩いて「よし、休憩!」と明るい声で言った。
「まだ10分しか経ってないです。」
私は、一種のゲーム感覚に陥っていたため、勝った...と誇らしさを感じて気が大きくなっていた。冗談まじりで言ったつもりだった。
しかし、伊神さんが
「はいじゃあ休憩終わり。解いて。」
と言い放った瞬間、私はさっきまで大きかった気が、しゅるしゅるとしぼんでいった。空気が凍りついたのを感じて、血の気がサッーと引いた。
伊神さんもさっきの取り繕った笑顔はなくなり、怒ったような、冷たいような表情でじっ、とこちらを見る。私は、恐怖のあまり完全に怯んでしまっていた。蛇に睨まれた蛙、とはこういう状態か...
すると、伊神さんは口に手を当てながらふふっ、と吹き出し、
「ごめんごめん、そんな顔しないでよ。いきなり家来て勉強です、ってそりゃあやりたくないよね。休憩休憩。」
えっ、もしかして、からかわれた...?
私があっけにとらけていると、伊神さんはにやにやしながら話を続けた。
「いや、俺も絶対嫌だもん。ただでさえ勉強なんてしたくないのにさー、突然家に帰ったら先生がいて、勉強しろ、だなんて。いい迷惑だよな。言われなくてもやるっつうのって、な。」
後半は、一体誰の話をしているんだろうとも思ったけど、とりあえず伊神さんが私の気持ちに寄り添おうとしてくれてるのはわかった。
「しかも俺、先生っぽくないってよく言われちゃうんだよね。威厳がないのかな。厳しくやっていこうって気はあるんだけどね。」
伊神さんが突拍子もなくしゃべり続けるもんだから、私は驚いてじっと話を聞くことしかできなかった。
もしかして怖い人?チャラい感じの人?冗談通じるの通じないの?いろんな感情が渦を巻いていた。
ある程度、彼が自分語りを終えると微妙な空気が流れたので、話題を私の話にすり替えた。
「まなみちゃんは、好きな人とかいないの?」
...出たな。高校生は恋話さえすれば食いつくと思って。取り繕った笑顔がまた、鼻についた。
「えー...気になってる人は。」
私はその瞬間、『しまった』と思った。こんな曖昧な言い方をしてしまったら、何かまた根掘り葉掘り聞かれて、冷やかされるに決まっている。咄嗟に言ってしまったことに、一瞬で後悔した。
しかし、伊神さんは予想に反してあっさり、「へぇ、いいねぇ。」と返すだけであった。
これにまた、私は拍子抜けしてしまった。今までゆきやりえのような口うるさく自分に干渉してくる友人が周りには多かったため、なんだか新鮮な反応だった。ホッとしたような寂しいような、なんだか複雑な気持ちになった。
「伊神さん...は、彼女いるんですか?」
自分でも大胆な質問だと思った。私はなぜか、このとき伊神さんと顔を合わせることができなかった。
「いないいない。」
伊神さんをパッと見ると、首を横に振っていた。
「っていうか、伊神さん、じゃなくて先生、って呼んでくれるほうが嬉しいかな。一応まなみちゃんの先生になったわけだし。」
「あ...わかりました。」
結局その日は先生、と私の口から呼ぶことは一度もなかったが、“先生”という言葉がその日一晩中、頭の中でぐるぐると回っていた。
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