落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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禁忌の解除1

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水竜の棲み処からミラ王国に戻った数日後。

図書館の司書の仕事を終えたリリスは、早めに学生寮の自室に戻った。

学院内の連絡で、王族の使い魔の訪問があると聞いたからだ。

王族の使い魔って、普通に考えるとメルとフィリップ殿下よね。

そう思って自室のドアを開けると、既にソファには芋虫を肩に生やした小人が座っていた。

「メル、ごめんね。待たせちゃったかしら?」

「ああ、良いのよ。私達も今来たばかりだから。」

そんなやり取りをしながら、リリスは自分の机の上にカバンを置き、小人の座る対面のソファに座った。

しばらく歓談した後、メリンダ王女は用件を切り出した。

「実はビストリア公国との国交を開く交渉が進むにつれて、心配な事が出てきたのよ。」

「ビストリア公の背後で、その妹君に当たるカテリーナ王女が不穏な動きをしていてね。元々諜報機関にもつながりを持つ方らしいんだけど、その王女が神殿のマキさんを自国に招聘出来ないかと画策しているのよ。」

芋虫の言葉にリリスはえっ!と驚いた。

まさかと思うけど、まだビストリア公の妃に呼び込もうとしているの?

「問答無用で拉致された国に招聘されてもねえ。マキちゃんは嫌がると思うわよ。」

「そうよねえ。でもビストリア公国側の意図が分からないのよね。」

まあ、カテリーナ様の意図を知らないのも無理も無いわね。

そう思ったリリスだが、マキを妃候補としてビストリア公と出会わせたいと言うカテリーナ王女の言葉が、何処まで本心なのかは分からない。

それ故に含みを持たせた表現で、リリスはメリンダ王女に話しを伝えた。
メリンダ王女もその話を聞いて驚いた。

「あんたって、既にカテリーナ王女と交流を持っていたのね。」

「まあ、私が無意識に眷属化しちゃった経緯があったからね。」

そう言って水竜の棲み処の件も簡略に話そうとしたその時、突然自室のドアがノックされた。

誰かと思って席を立ち、ドアを開けるとそこには警備員姿のチャーリーが立っていた。

「えっ? どうしたの? 使い魔じゃない姿でここに来るなんて。」

そう問い掛けたリリスの言葉にチャーリーはうんうんと頷いた。

「学院内の様子をモニターでチェックしてたら、また迷子が廊下をうろちょろしている様子が映ったんや。」

「それで問い質したら、リリスに用事があるって言うから、ここに連れて来たんやけどね。」

チャーリーの言葉が終わらないうちに、その背後から少女の人形が顔を出した。

「えっ! カテリーナ様! また来ちゃったの?」

リリスの言葉に人形はえへへと照れ笑いをした。

「リリスさんに改めてお礼を言わなきゃと思ってね。空間魔法を得意とする魔術師に頼んで、使い魔を転移して貰ったのよ。」

「でも教室にも図書館にも居ないから、探し回っていたらチャーリーさんに捕縛されちゃって・・・」

人形の言葉にチャーリーは怪訝そうな表情を見せた。

「捕縛って大袈裟やな。職質しただけやないか。」

そう言ってチャーリーはリリスの部屋の中をさっと見渡した。

「ああ、先客が居るんやな。それやったら、僕はこの辺で警備員室に戻るからね。」

チャーリーはリリスに手を振って部屋から離れていった。
後に残されたのは少女の人形である。

「まあ、丁度良かったわ。ここでメルに会ったのも何かの縁かもね。」

そう言うとリリスは人形をすっと抱きかかえ、リリスの座っていたソファに座らせた。

「メル。話題にしていた当人が来たわよ。」

「えっ? 誰?」

芋虫の言葉にリリスはニヤッと笑った。

「この少女の人形の召喚主はカテリーナ王女様なのよ。」

「ええっ!そうなの?」

芋虫の単眼が人形をジトッと見つめた。
その視線に人形は慄き、視線をそらした。

「リリスさん。この使い魔は・・・誰なの?」

「小人は隣国のドルキア王国のフィリップ王子様で、その肩に憑依している芋虫はミラ王国のメリンダ王女様です。」

「ええっ! どうして王族がここに居るの?」

驚く人形の様子に芋虫がケタケタと笑った。

「まあ、ここはそう言う場所なのよ。リリスに関りを持つ者が使い魔で訪れるのが暗黙のルールになっているからね。」

暗黙のルールにした覚えは無いんだけどねえ。

メリンダ王女達は使い魔同士で改めて自己紹介を交わした。
使い魔同士ではあるが、リリスの部屋が外交の場となってしまったのだ。

「使い魔同士だから、遠慮なく話させて貰うわよ。」

芋虫はそう言うと人形を再度ジロッと見つめた。

「マキさんはビストリア公国にはあげないからね。本人は訪問する事さえ拒んでいるんだから、招聘も受けないわよ。」

「我が国にとっては掛替えの無い人材なんだから。」

芋虫の口調に人形はう~んと唸った。

「まあ、普通に考えたらそうよね。問答無用で拉致されちゃった国を、再度訪れたいとは思わないものね。でも私の兄上とはお似合いだと思うんだけどなあ。」

「そうやって希少な人材を手に入れようとするのね。やり方が違法か違法でないかの違いだけで、体質的にはあんたの国の気質そのものじゃないの?」

「メル、それは言い過ぎだよ。少しは言葉を選びなさい。」

小人の自制を促す言葉に芋虫はう~んと唸った。

「だって・・・マキさんを取られたくないんだもの。」

小声で呟く芋虫の声は拗ねた幼児のような口調だ。
その様子を見て一旦引いた方が良いと判断したようで、人形はうんうんと頷いた。

「分かりました。その件はこれ以上は口にしませんから。」

「でも、私の個人的な興味もあるんですけど、マキさんってどこで高位の聖魔法を身に着けたんですか? アストレア神聖王国の本神殿のデータには、修業を受けられた経歴が無いのですが。」

うっ!
この件はあまり掘り下げられると拙いわね。
マキちゃんの素性がバレてしまう。

「マキちゃんは固有のスキルとして、子供の頃から身に着けていたんですよ。彼女はそれを独学で開花させたと言う事ですが、本人もその辺りはあまり話しませんので。」

「おそらく特殊な訓練を自分に課していたのだと思います。」

リリスの説明に人形は首を傾げた。

「う~ん。それって独学で開花出来るものなのかしら? それは、固有のスキルであれば正規のルートで無くても、研鑽出来ると考えれば良いのかしらねえ。」

「まあ、そう言う事じゃないですか。」

リリスは口裏を合わせて、マキの話題を遠ざけようとした。
だが人形は納得はしていない様子だ。

「でも、マキさんって魂魄浄化や胎内回帰も操るんでしょ? それって既に聖女並みなんだけど・・・」

う~ん。
嫌なところを突いて来るわね。

「独学で開花させたものだから、本来のレベルの物では無いと聞きました。それでも私達にとっては、施術して貰えるだけでありがたいんですけどね。」

リリスの言葉に人形はまだ納得出来ない様子だ。

「本来のレベルでは無いと言っても、聖剣まで所持しているからなあ。剣聖のお墨付きとも考えられるし・・・」

「剣聖アリアは気難しい方ですからね。マキちゃんとの性格的な相性が良いから、聖剣の持ち主に選んだそうですよ。聖魔法のレベルは二の次だと思います。」

リリスの言葉に芋虫も言葉を合わせた。

「そうよねえ。聖魔法のレベルについては剣聖はあまり拘らないと思うわ。実際、魔法学院に在籍しているリトラスも聖剣を持っているけど、聖魔法のレベルは高位とまでは言えないわよ。」

うんうん。
ナイスフォローよ、メル。
話の論点が上手い具合にずれて来たわ。

人形もこれ以上話が進展しないと思ったのだろう。
う~んと唸って黙り込んでしまった。

程なく人形が何かを言おうとしたその時、新たな訪問者が現われた。

部屋の片隅に二つの闇が現われ、直ぐに二体の使い魔が闇の中から現れた。
紫色のガーゴイルと紫色のフクロウ。
ユリアスとラダムの使い魔である。

「やあ、リリス。お邪魔するよ。」

「おやっ? 先客が居たようだね。」

ガーゴイルとフクロウは小人と芋虫に挨拶をした。
だが少女の人形は初見だった。

「この使い魔の主は誰かね?」

「その使い魔の召喚主はビストリア公国のカテリーナ王女様です。」

リリスの言葉にガーゴイルとフクロウはえっ!と驚いた。

「リリス。申し訳ないね。儂等は知らずに外交の場に無断で足を踏み入れたようだ。」

「いえいえ。そんなに堅苦しい場じゃ無いですよ。」

小人はそう言うと、ガーゴイルとフクロウの召喚主がリリスと縁のある賢者であると人形に伝えた。

「賢者様達なんですか! リリスさんの部屋って多彩な方達が集まるのね。」

「多彩なだけじゃないですよ。時にはとんでもない存在が使い魔で現れますからね。儂なんてそのパシリにされる事も在りますからな。」

ガーゴイルはそう言うと自嘲気味に笑った。
亜神達の事を言っているのだろう。
人形はその意味が分からず、首を傾げているのだが。

「それで今日はどうしたんですか?」

「ああ、今日ここに来た用件なのだが・・・」

ガーゴイルはそう言うとゴホンと咳払いをした。

「お前にデルフィ殿からの要請があるのだ。」

「アンデッド化した竜に掛けられた特殊な禁忌の解除について、相談があると言っておられた。」

ええっ!
それってリンちゃんから聞いた件の事よね!

リリスは水竜の長老から聞いた話を簡略に話した。
その話の中で、カテリーナが水竜達に関わった事も話した。

「それならカテリーナ様もリリスに同行されるが良い。水竜達の事について色々と教えてもらう事も有用だと思いますぞ。」

「竜の事は竜に聞くのが手っ取り早いですからな。」

ガーゴイルの言葉に人形はえっ!と声を上げた。

「竜に聞くって・・・」

「ああ、デルフィ様はドラゴニュートの賢者様なんですよ。私やユリアス様達も色々とお世話になっているんです。」

「それにデルフィ様は一応ドラゴニュートの国の王族の一員なので、お知り合いになるのも良い機会ですよ。」

リリスの説明に人形はへえ~と声を上げた。

その後しばらく歓談した後、小人と芋虫は退席した。
ラダムがサラに用件があると言うので、ユリアスの転移魔法でリリスと人形はデルフィの研究施設に送られた。




リゾルタの統治圏内にあるオアシス都市アゴラ。
その一角にデルフィの研究施設がある。

ドラゴニュートの国から一時的に国外退去になったデルフィが設置した研究施設だが、国外退去が解かれてもデルフィはこの場所に留まり続けていた。
王位継承権を放棄したデルフィにとっては、こちらの方が居心地が良いのだろう。

転移されてきたリリスと人形を見て、デルフィはうん?と唸って眉をピクリと動かした。

「リリス。そのお連れさんは誰なんだ?」

リリスはデルフィの問い掛けに応じて、人形をデルフィの目の前に誘導した。

「この使い魔の召喚主はビストリア公国の王女カテリーナ様です。今回の件で関りがあるので、こちらに招待しました。」

「ほう! 一国の王女様がまたどうして?」

デルフィの疑問にリリスは水竜の棲み処での出来事を簡略に説明した。
それを聞きながらデルフィはうんうんと頷いた。

「水竜は希少な竜族ですから、それなりに環境を整えてあげて欲しいのです。竜族全般に関してはどの程度の知識を持っておられるのか分かりませぬが、よろしければこの施設の職員にレクチャーさせますぞ。」

デルフィの言葉に人形は頷き、お願いしますと答えた。
デルフィは職員を呼び、別の部屋に人形を案内させた。

「それにしてもリリスがこのタイミングで水竜と関りを持つとはなあ。驚きだよ。」

「それってアンデッド化した竜の件ですよね。」

「そうなのだ。儂も以前にリンから話を聞き、その対策を練っていたのだが、どうしても禁忌が厄介でどうしようかと迷っていたのだよ。それでお前の持つ暗黒竜の加護を活用出来ないかと思ってこちらに来てもらったと言うわけだ。」

デルフィはそう言うとリリスの身体の周辺を探るような仕草をした。

「どうしたんですか?」

リリスの問い掛けにデルフィは少し考え込んで、口を開いた。

「お前から放たれてくる暗黒竜の気配がかなり薄れているのだ。だが魔力で実体化したクイーングレイスの横暴さは変わらんのだろう?」

「ええ、水竜の棲み処でも無双していましたからね。」

「ふうむ。そうすると考えられるのは、加護としての進化、否、適正化だろうな。」

加護としての適正化?
それって最適化の事?
でもそれなら既に最適化スキルが処理したはずよね。

「適正化ってどう言う意味ですか?」

「それはつまりお前の加護としての様相を継続的に整えた結果、お前の加護としての形態に変質してきたと言う事だ。加護の主体が暗黒竜からお前自身に変わりつつあるのだろう。」

「いずれそのうちに、自分の意思で暗黒竜の加護の中身を自由自在に扱えるようになるのではないか?」

う~ん。
それって最適化スキルが継続的に仕事をしていたって事なの?

「まあ、私としてはクイーングレイスさんの気配が無くなって、ドラゴニュートの国への出禁が解かれても、訪れたいとは思いませんけどね。」

「それは随分辛らつだな。まあ、お前が体験してきた事を考えると無理も無いのだが。」

そうよ。
ドラゴニュート達とは今後とも関りを持ちたくないからね。

リリスは過去のドラゴニュート達との出来事を思い返し、込み上がってくる憤慨を抑えるのに精一杯だった。
そのリリスの様子を見ながら、デルフィは失笑しつつ話題を変えた。

「それで今回お前を呼び寄せたのは、先ほども述べたように禁忌の事なのだ。」

「これが実に厄介でなあ。完全に解除しないと、アンデッド化された竜は何度でも復活してしまうのだ。」

「ええ、それはリンちゃんから聞きました。」

リリスの言葉にデルフィはうんうんと頷いた。

「実は儂のこの施設の保管庫に、そのアンデッド化した竜の身体の欠片があるのだ。こぶしほどの大きさのもので、以前に水竜達が苦心して倒した際の尻尾の先端部だ。」

「アンデッド化した竜との戦闘で、若い水竜が体内に撃ち込まれたものを回収したのだよ。その水竜はその傷が致命傷になって命を落としたのだがな。」

う~ん。
そんな事があったのね。

「それじゃあ、その尻尾の先端部にも禁忌が・・・・・」

「うむ。その通りだ。それでそこに残された禁忌を解除出来れば、アンデッド化された竜の本体も禁忌を解く事が可能だと思うのだよ。」

それで私に・・・・・。
水竜の長老様もアンデッド化された竜の駆逐の為に、多大な犠牲を払ってきたって言っていたわね。

リリスは自分の持つ暗黒竜の加護に大きな期待が寄せられている事を、デルフィの言葉を通して改めて実感したのだった。













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