落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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王子の企み2

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リリスの目の前に使い魔の小人が現れた数分前。

ドルキア王国の宮殿内の自室で、フィリップ王子は使い魔をマリアナ王女のロイヤルガードに預け、ミラ王国の魔法学院の女子寮に潜入させようとしていた。王子としてはどうしても妹の救出された時の状況を知りたかったからだ。

妹のマリアナ王女の説明など端から信じていない。それでもシスコンの王子を装いながら、自国内の反対勢力の目を誤魔化しているだけに、彼としては妹の言葉を信じるふりをしていなければならなかったのだ。

諜報機関のトップと言う立場を単なる飾り物のように他人には見せつつも、実は王子自身が魔力の操作や探知能力に長けていて、実務的にもロイヤルガードなどを取り仕切っていたのだった。そんなフィリップ王子にとってリリスの存在はどうしても気に成る。

勿論他国の貴族の子女なので、あまり深入りする事も出来ない。ミラ王国の諜報機関との密約もあって、魔法学院内での行動にも限界がある。しかし妹のマリアナ王女の周辺で危機的状況が展開され、王女のロイヤルガードが全滅し、王女自身も絶体絶命の状況に陥った事は事実だ。

しかも取り押さえた実行犯の法衣の男は未知の神経毒に侵され、生命力を削るほどの強力な薬物を使っても、肝心な部分で記憶が消失してしまっている。
残る手立てはリリスから聞き出すしかないのだ。

ロイヤルガードが送り込んだ使い魔がリリスの眠っている部屋に侵入した。この使い魔は目と耳と口の感覚を王子と共有している。眠っているリリスを起こすと、リリスはハイと返事をして起き上がった。その様子から魔力に仕込んだ特殊な術式が上手く作動している様に感じられる。

リリスに問い掛けると、リリスは答えようとして真横ににじり寄ってきた。

だがふっとその表情が溶けるように変わり、妹のマリアナ王女の顔に変わってしまった。
アッと驚くフィリップ王子に使い魔を介して、リリスではなく妹の声が聞こえてきた。

「兄上、こんな事をして良いのですか? 女子寮に潜入するなんて破廉恥ですよ。母国の恥ですわ。」

これは幻視だ。そうに違いない。

そう思って使い魔をその場から離れさせようとするが、何かに絡め捕られているようで全く動けない。

拙いと思っていると更に妹の声が聞こえてきた。

「兄上がこんな事をする人だったなんて、幻滅しましたわ。最低!」

そう言いながら涙を流して泣き崩れる妹の姿を見せられて、フィリップ王子は耐えきれなくなり、瞬時に使い魔の召喚を強制的に解いた。
無理矢理魔力の回路を切り離したので、それだけでも脳に衝撃がくる。さらに共有していた目と耳と口の感覚も強制的に断ち切ったので、耳鳴りやめまいや舌の痺れがしばらく治まらなかった。

酷い目に遭った。
13歳の小娘に翻弄されてしまうなんて・・・。
無暗に近付くなと言う警告なのだろう。
深入りはしない方が良さそうだな。
それにしてもリリスはどんなスキルを持っているのだろうか?

純粋にリリスに興味も湧き、あれこれと考え込むフィリップ王子であった。



翌日、授業を終えてリリスが寮に戻ると、サラが使い魔の小人と談笑していた。

サラを訪ねてきた男子の使い魔なの?

そう思って相手の使い魔を見た途端に、リリスはその場で固まってしまった。

「サラ! その使い魔って・・・」

驚くリリスの顔を見て、サラは平然と答えた。

「リリスのお客様だそうよ。隣国の王子様だって名乗っているわ。これってリリスにとっての王子様って事なのね?」

ニヤつくサラの表情が痛い。
警戒心を露わにして見つめるリリスに向かって、小人はその場で深々と土下座した。

「リリス。君に謝りに来たんだ。どうか許してくれたまえ。」

使い魔だからって土下座しなくてもねえ。
それにしても、私の前にまた現れるなんて、何を考えているのかしら?

リリスは小人に近付き、小声で囁いた。

「そもそも身分を明らかにして良いのですか?」

「そこは私の誠意の証しだと思ってくれ。」

う~ん。
信用し切れないわね。

リリスの不安を他所に、サラはニヤニヤと笑いながら口を開いた。

「リリスに格別に関心があるんだって言ってたわよ。随分気に入られちゃったみたいね。」

そんな事を言われてもねえ。

「私はハーレム要員にはなりませんよ。」

「その話は冗談だよ。そこから謝らなくてはならないようだ。」

そう言いながら小人は再び頭を下げた。

「妹の恩人に大変失礼な事をしてしまった。改めて謝罪するよ。」

小人の様子を見ながらサラは興味深そうに目を輝かせてる。サラはどう思っているのだろうか?

「リリスに使い魔を送ってくる男子が居るなんて、思っても居なかったわ。事情は良く分からないけど、私は少し席を外すわね。」

サラはそう言うと、ドリンクを片手に持ち部屋の外へ出ていった。

ごめんなさいねと謝りながら、リリスはサラの出ていくのを見届けた。

フィリップ殿下はサラに詳しい事は話していないようだ。まあ、部外者に詳しく話せるような事でもない。

単純な色恋沙汰に思わせておくのが得策だろう。

「フィリップ殿下。身分を明かしてしまって良いのですか?」

「彼女はどうせ信じていないよ。彼女が言っていたように、君にとっての王子様だと言う事にしておいてくれ。」

殿下もそう言う方向へ持って行こうとするのね。

「それで今日は何をしに来たのですか? 謝罪を兼ねた尋問?」

「そんな事を言わないでくれよ。第一の目的は謝罪だが、君に純粋に興味が湧いてきたのも事実だよ。そうは言っても僕は13歳の少女に言い寄るようなロリコンじゃないからね。」

リリスがソファに座ると、小人はその横に胡坐をかいて座った。

「それにしても隣国の王族が女子寮に入ってきて良いのですか?」

「そこは妹の警護と言う名目があるからね。週に2回は来ているんだよ。知らなかったかい?」

公然と覗きに来ているのかしらね。
訝し気に見つめるリリスの目を気にして、小人は姿勢を正した。

「いかがわしい事はしていないよ。そこは私の立場もあるからね。純粋に警護に来ていたんだよ、今まではね。でも・・・・・」

「何度も言うが、君には純粋に興味を抱いたのだよ。だからと言ってこれ以上、君のスキルや能力を詮索するつもりは無いから安心してくれ。単純に話し相手になってくれれば良いと思っている。」

何なの、これって?
交際の申し込みでもなさそうだけど・・・。

単なる暇つぶし?

「諜報機関を取り仕切っていると、ストレスも溜まる一方なんだよ。」

暇つぶしじゃなくて息抜きが目的だったのね。

ふとリリスはOLだった頃の事を思い出した。上司の吐き出す愚痴の話し相手になっていた時期があったのだ。

単純に話し相手になってあげれば良いのね。

そんな風に割り切って接すれば良いだけだ。

そう思って聞き手に回ると、小人はドルキア王国内の状況まで話し始めた。どうやら本当にストレスが溜まっているようだ。
しばらく喋り続けて小人は消えていった。

気が晴れたようね。

リリスはふうとため息をつき、サラを呼び戻して明日の授業の準備を始めた。







翌日の授業。

この日の午前中は使い魔の使役に関する授業だった。校庭に出て実際に使い魔を召喚する実技だ。召喚術を使える生徒以外は専用の魔道具を使い、自分の使い魔を召喚するのだが、リリスのクラスには召喚術の術者は居ない。

いや、全くいないわけではない。サラがそのスキルを持っていた筈だ。だが何らかの阻害要素によって発動不可になっていた事は、以前にリリスが鑑定して確認している。

阻害要素って何だろう?

単純に疑問を抱くリリスだが、サラの表情を見ると何時になく暗い。案外、メンタル面での抵抗でもあるのかも知れない。そんな事を考えながらリリスは担当教師のバルザック先生から、召喚用の魔方陣を発動させる魔道具を人数分受け取った。これをクラス全員に配るのだが、魔道具を受け取ったサラの表情が一段と暗くなっている。

「サラ。どうしたの? 身体の具合でも悪いの?」

心配して声を掛けたリリスにサラは形ばかりの笑顔を見せた。

「大丈夫。何でもないわよ。でもね・・・・・」

サラが小さな声で呟いた。

「私って召喚術にトラウマがあるのよ。私が召喚するととんでもない物ばかり現われるのよね。」

そう言いながらサラはリリスに自分の家系の事を話し出した。聞けばサラの家系は代々、召喚術を得意とする家系だそうだ。それ故にサラもそのスキルを持ち、幼い頃から召喚術の教育を受けてきた。だが彼女が召喚術を発動させるたびに、術者の意志に従わない凶悪な魔物が現れてしまう。それで懲りた両親がサラの召喚術のスキルを封じてしまったと言う事だ。

「封じたと言っても私のメンタル的な要素が解放されれば、自然に封印が解かれるようになっているの。その程度の封印なのよ。結局は私次第って事ね。」

それなりの事情があるのは分かったが、サラが精神的に成長すれば解かれる封印なら、いずれ解放される時が来るはずだ。

「とりあえず、今日は魔道具で召喚するわね。私もリリスの彼みたいに、異性の部屋に使い魔を送り込んで話をしたいわ。」

「あれは彼氏じゃないからね!」

思わず大きな声を出して恥ずかしくなり、リリスは顔を赤くしながら周囲を見回した。幸い近くの生徒には聞こえていなかったようだが・・・。


「私語はそれくらいにしておいてくれ、リリス君。」

バルザック先生には聞かれていたようだ。

地獄耳ね!
それとも特殊なスキルでも持っているのかしら?

バルザック先生を鑑定したいと言う思いを抑えつつ、リリスはごめんなさいと先生に謝った。

「魔道具が全員に行き渡ったところで、改めて説明しよう。」

そう言いながら、バルザックはそのでっぷりとした巨躯に似合わない甲高い声で、授業内容の説明に入った。





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