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ユリアスの災難
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リリスが呪いの解除に成功した日の数日後。
その日の授業を終えたリリスは、持ち出していた生徒会の資料を返却する為に学生寮の自室に戻ろうとしていた。だが自室のドアの前で不穏な気配を感じたリリスは、反射的にその場で立ち止まった。
幾つかの生命反応と共に、声にならない悲鳴を感じる。
何事かと思ってドアを恐る恐る開けると、ソファの上で2体のピクシーが紫のガーゴイルを組み伏せていた。
2体のピクシーはユリアとタミアだ。
「・・・・リリス。・・・助けてくれ・・」
ガーゴイルのか細い声が聞こえてくる。まさかの事態を目にしてリリスも焦った。
「ユリア、タミア。ユリアス様に何をするのよ! 放してあげて!」
リリスの声に一向耳を傾けず、2体のピクシー達はガーゴイルの身体を突いている。
赤い衣装のピクシーがリリスの顔を見て口を開いた。
「お帰り、リリス。不審者を捕まえたわよ。あんたの先祖だなんて嘘をついて誤魔化そうとするから、召喚主ごと自由を奪ってやったのよ。」
ブルーの衣装のピクシーがその言葉にうんうんとうなづき、ガーゴイルの目を見てニタッと笑った。その表情にガーゴイルが身震いしている。
「どうやらリッチのようだけど、大半の魔力は吸い上げちゃったわ。完全に干物にして亜空間に捨てちゃおうかしら?」
その言葉にガーゴイルがヒィィと悲鳴を上げた。
「ユリア!止めてよ。そのガーゴイルの召喚主は本当に私のご先祖様なんだからね。」
「嘘。だって遺伝子情報が違うわよ。」
そんな細かい事を言わないでよ。
そう思ってリリスは頭をポリポリと掻き、
「ユリアス様は私の7代前のご先祖様の従弟なの。多少の違いはあるわよ。でも私がご先祖様だと言っているんだからそれで良いの!」
少し強めのリリスの主張にピクシー達もヘエッと声を上げた。
「でもご先祖だからと言ってリリスの部屋に勝手に入るなんて駄目よねえ。」
どの口でそのセリフを言うのかしらね。
自分達だって勝手に入ってくるくせに。
呆れて言葉を失うリリスだが、ガーゴイルの哀れな目を見て気持ちを切り替えた。
「とにかく、そのガーゴイルと召喚主のユリアス様を解放してよ!」
リリスの言葉にピクシー達ははあいと返事をして、ガーゴイルを解放し、ソファの上から捨てるように床に転がした。
その痛みにガーゴイルの表情が歪む。
乱暴な連中だ。呆れつつもリリスはぐったりしたガーゴイルを抱きかかえ、ピクシー達の対面にソファに座らせた。その隣にリリスが座り、ガーゴイルをピクシー達から守る様に対峙した。
衰弱したガーゴイルに魔力を送り込み、その様子を見る。ガーゴイルの表情が少し生気を取り戻してきたのを確認して、リリスはおもむろに話し掛けた。
「ユリアス様。災難でしたね。まさかこんな事になっているとは思いませんでした。」
リリスの言葉にガーゴイルはようやく口を開いた。
「ようやく身体の自由を取り戻せたよ。だが使い魔を通して私の身体を完全に拘束するなんて、どんな魔法で可能になるんだ?」
「そもそもこのピクシー達は何者なんだ?」
ガーゴイルの疑問に満ちた表情がリリスに向けられた。
こういう形での出会いはリリスにも、ある程度は予想出来たのだが・・・・。
ここは説明するしかないわね。
そう思ってリリスは簡単に、
「赤い衣装のピクシーは火の亜神の使い魔で、ブルーの衣装のピクシーは水の亜神の使い魔です。」
エエッと声をあげてガーゴイルが言葉を失った。
その様子を面白そうに眺めながら、ピクシー達がリリスの言葉に続く。
「亜神本体じゃないわよ。まだ降臨していないからね。本体の一部分と言うか端末と言った方が良いかも。」
「そうそう。今度地上に降臨するのは数千年後だから、その時はあんた達はこの世には居ないわよ。」
「あっ! でも・・・・・」
赤い衣装のピクシーが何かを思いついたような表情を見せた。ガーゴイルを指差し、
「こいつの本体ってリッチよね。寿命が無いから数千年後でも会えるわね。その時は覚悟しなさいよ。あたしが地上を焼き尽くすからねえ。」
ううっと唸ってガーゴイルはリリスの顔を見た。
「リリス。君はどうしてこんな連中と関わっているのかね?」
「それは私の意志じゃありません。成り行きで関わっちゃったのよ。」
リリスの言葉にガーゴイルはピクシー達をおずおずと眺め、
「それにしても本当に亜神なのか? 本体の一部とは言え強大な力を持っているのは身をもって分かったが・・・」
ガーゴイルの疑問に赤い衣装のピクシーが反応した。
「あらっ?信じないのかしら?」
そう言いながら指を上に突き出すと、突然大きな火球が出現して周囲に熱を発した。その高熱に天井が焦げそうになっている。
「ちょっと! 止めてよタミア! 学生寮を焼き尽くすつもりなの?」
窘めるリリスの言葉に、ピクシーはチッと舌打ちして火球を消し去った。その様子にガーゴイルは驚くばかりだ。
リリスはふうっとため息をついてソファに深く座り直した。少し間を置いて気持ちを落ち着かせると、ピクシー達に尋ねた。
「それで今日は何の要件なの?」
「私達は遊びに来ただけよ。たまには顔を出そうと思ってね。」
ブルーの衣装を着たピクシーがしれっと答えた。まあそんなものだろうとリリスも思っていたのだが。
「そう言えば暫く会わなかったわね。」
リリスの言葉に赤い衣装のピクシーが、うんうんとうなづきながら身を乗り出してきた。その様子に思わずガーゴイルが後ろに引き下がった。
また何かされると思って警戒心を露わにしたのだろう。
「そうなのよ。ユリアが言っていたように私達は端末のようなものだからね。私達の本体とは情報や記憶を共有して、差異の無いように検証しておく時間が必要なのよ。」
う~ん。
良く分からないわね。
ここでこの話に首を突っ込むと長くなりそうなので、リリスはタミアの言葉をサラッと受け流した。敢えて詳しく聞く話でも無さそうだ。
そう思ってリリスは向きを変え、ガーゴイルに向かって問い尋ねた。
「ユリアス様は何の要件ですか?」
話を振られてガーゴイルは、2体のピクシーから目を逸らすことなく話し始めた。
「儂はリリスの周辺に異常が無いか確かめに来たんだよ。先日の呪いの解除でリリスの周辺に不審な者が出没していないかと案じてね。」
「不審人物?」
リリスはそんな事は発想していなかった。
「そうだ。あれだけ巧妙な呪いを解除し、反転の呪詛まで分離して消し飛ばした人物が居るとなったら、その素性を確かめて見たいと思うものだよ。」
「確かめてどうするの?」
リリスの素朴な疑問にガーゴイルは声を潜め、
「敵対する者だと認識したら排除しようと考えるかも知れんぞ。」
そう言ってニヤッと笑うガーゴイルが不気味だ。でもそんな事で恨まれるのも不条理だ。呪術者ってそんな歪んだ性格の人物ばかりなのだろうか?
納得出来ないリリスの表情を読み取って、ガーゴイルはフフフと笑った。
「まあ、滅多に無い事だがな。怨恨や陰謀が絡むと、そう言う輩も現れる事もあると考えた方が良いだろう。」
ガーゴイルの言葉にう~んと唸って考え込むリリスだが、その様子を見て赤い衣装のピクシーが話に加わってきた。
「リリスなら大丈夫よ。すでに幾つもの修羅場を乗り切ってきたんだから。」
その修羅場を設定したのはあんたじゃないの。
どの口でそのセリフを言うのかしらね。
そう思って言い返そうとしたその時、コンコンとドアをノックする音が聞こえ、誰かが部屋に入ってきた。
「リリス。お邪魔するよ。」
中に入ってきたのは芋虫を肩に生やした小人だった。
このタイミングって何なのよ。
そう思いつつリリスはソファの横に小人を案内した。
「おやっ? 珍しい先客ですね。しばらく顔を見せないと思っていたんですよ。」
小人はそう言いながらピクシー達に会釈した。
「私達には私達なりの事情があるのよ。それでフィリップ達は、何の用事でここに来たの?」
そう問い掛けるブルーの衣装のピクシーに、芋虫が身体を折る様にして挨拶した。
「私達はリリスに連絡があって来たんですよ。アイリス王妃の身辺の事でね。」
うん?
何だろうか?
リリスは関心を示して身を乗り出した。小人が横向きになってリリスに対峙する。
「アイリス様の側近の中に高位の呪術師が居たんだが、あの日突然体調を崩して倒れたまま息を引き取ったそうだ。身体中から血が滲み出て、それは悲惨な姿だったそうだよ。」
そこまで聞いてリリスはガーゴイルの顔を見つめた。
「それってもしかして反転の呪詛の影響で・・・・・」
リリスの言葉にガーゴイルは神妙な表情を見せた。
「うむ。おそらくな。」
そう言ってガーゴイルはうつむき、押し黙ってしまった。
側近に呪いをかけた術者が居たのか。そう思うとアイリス王妃の周辺に深い闇を感じてしまう。
王族であるからには自分の知らないところで恨みを買う事も有るだろうし、何かの陰謀に担ぎ出されてしまう事だってあるだろう。
アイリス王妃が呪いを掛けられた背景は分からないが、側近からの裏切りはショックであるに違いない。
リリスはやるせない思いで小人を見つめた。
「リリス。君がそんなに深く考え込まなくても良いと思うよ。リゾルタの王家もその背景を調査中だからね。」
小人の言葉に芋虫が付け加えて、
「そうよ、リリス。あなたのお陰でアイリスお姉様は命を長らえたのだから。それを誇りに思って頂戴。」
そう言いながら芋虫が小人の身体を突いて、話題を変えろと促した。
「そうそう。喜ばしい報告もあるんだよ、リリス。」
「アイリス様がご懐妊されたそうだ。」
ええっ?
リリスは小人の言葉に混乱してしまった。
「まだあれから数日しか経っていませんよ。そんなにすぐにお腹が大きくなる筈も無いし・・・」
リリスの言葉に小人と芋虫がガハハと大きく笑った。
「嫌だわ、リリスったら。そんなの魔力の流れや生命反応で分かるじゃないの。」
ああそうだ。
ここはそう言う世界だったのよね。
リリスは以前の世界の知識でそのように思い込んでいたのだが、この世界にはこの世界の常識があったのだ。
魔素と魔力の存在するこの世界は、魔力の流れや生命反応で懐妊が判別出来る世界だった。
「ねえ、リリス。来週は魔法学院の創立記念日で3日間の休暇があるわよね。フィリップお兄様と一緒にリゾルタに行きましょうよ。」
「アイリスお姉様をお祝いしてあげたいわ。」
うんうん。
それは良いわよね。
「私も行く!」
声を上げたのは赤い衣装のピクシーだ。
「タミア。お願いだからリゾルタを焼き払わないでね。」
「大丈夫よ・・・・・多分ね・・・」
タミアの歯切れが悪い。信用出来ないなあと思いつつ、リリスはブルーの衣装を着たピクシーの顔を見つめた。
ブルーの衣装を着たピクシーはふっとため息をつき、
「気にしなくて良いわよ。タミアは気紛れだからすぐに気が変わるわ。」
そう言いながらブルーの衣装を着たピクシーは小人の方に向き直った。
「私も行ってみようかしら。リゾルタって私を祀る神殿があるのよね。元々亜熱帯で乾燥した半砂漠の国だから、水の亜神を大切にしてくれるのよ。」
その言葉を聞いて赤い衣装のピクシーがフンと鼻で笑った。
「どうせあんたの事だから、猫を被っていたんでしょうよ。ありがたい女神の演技でもしてたのかしら?」
「それならあんたも自分を祀ってくれる神殿を建ててもらいなさいよ。人族は無理だろうから、サラマンダーでも信者にしたら良いわ。」
2体のピクシーは軽口を叩きながらふっと消えて行った。何をしに来たのだろうか? リリスはそんな疑問を抱きつつ、ピクシー達が消えて行った方向をじっと眺めていた。どうやら本当に用事が無かったようだ。気紛れに訪れただけなのだろう。
「やれやれ、やっと災厄の塊が消え去ったか。儂も帰る事にしよう。」
そう言いながらガーゴイルも消えて行った。
その場に残ったのは芋虫を肩に生やした小人だけだ。用件が済んだので席を立とうとする小人にリリスは問い掛けた。
「殿下。サラを見かけませんでしたか?」
小人はリリスの方を振り向き、
「ああ、サラ君なら学生寮の最上階でメイド長のセラとお茶を飲んでいるよ。」
「そうなのよ。セラを優しいお姉さんだと言って慕っている様子なのよね。」
メリンダ王女の言葉にリリスは唖然としてしまった。
セラさんったら、サラを取り込んで何か詮索しようとしているのかしら?
セラの実態を知っているがゆえに疑心暗鬼に駆られるリリスであった。
その日の授業を終えたリリスは、持ち出していた生徒会の資料を返却する為に学生寮の自室に戻ろうとしていた。だが自室のドアの前で不穏な気配を感じたリリスは、反射的にその場で立ち止まった。
幾つかの生命反応と共に、声にならない悲鳴を感じる。
何事かと思ってドアを恐る恐る開けると、ソファの上で2体のピクシーが紫のガーゴイルを組み伏せていた。
2体のピクシーはユリアとタミアだ。
「・・・・リリス。・・・助けてくれ・・」
ガーゴイルのか細い声が聞こえてくる。まさかの事態を目にしてリリスも焦った。
「ユリア、タミア。ユリアス様に何をするのよ! 放してあげて!」
リリスの声に一向耳を傾けず、2体のピクシー達はガーゴイルの身体を突いている。
赤い衣装のピクシーがリリスの顔を見て口を開いた。
「お帰り、リリス。不審者を捕まえたわよ。あんたの先祖だなんて嘘をついて誤魔化そうとするから、召喚主ごと自由を奪ってやったのよ。」
ブルーの衣装のピクシーがその言葉にうんうんとうなづき、ガーゴイルの目を見てニタッと笑った。その表情にガーゴイルが身震いしている。
「どうやらリッチのようだけど、大半の魔力は吸い上げちゃったわ。完全に干物にして亜空間に捨てちゃおうかしら?」
その言葉にガーゴイルがヒィィと悲鳴を上げた。
「ユリア!止めてよ。そのガーゴイルの召喚主は本当に私のご先祖様なんだからね。」
「嘘。だって遺伝子情報が違うわよ。」
そんな細かい事を言わないでよ。
そう思ってリリスは頭をポリポリと掻き、
「ユリアス様は私の7代前のご先祖様の従弟なの。多少の違いはあるわよ。でも私がご先祖様だと言っているんだからそれで良いの!」
少し強めのリリスの主張にピクシー達もヘエッと声を上げた。
「でもご先祖だからと言ってリリスの部屋に勝手に入るなんて駄目よねえ。」
どの口でそのセリフを言うのかしらね。
自分達だって勝手に入ってくるくせに。
呆れて言葉を失うリリスだが、ガーゴイルの哀れな目を見て気持ちを切り替えた。
「とにかく、そのガーゴイルと召喚主のユリアス様を解放してよ!」
リリスの言葉にピクシー達ははあいと返事をして、ガーゴイルを解放し、ソファの上から捨てるように床に転がした。
その痛みにガーゴイルの表情が歪む。
乱暴な連中だ。呆れつつもリリスはぐったりしたガーゴイルを抱きかかえ、ピクシー達の対面にソファに座らせた。その隣にリリスが座り、ガーゴイルをピクシー達から守る様に対峙した。
衰弱したガーゴイルに魔力を送り込み、その様子を見る。ガーゴイルの表情が少し生気を取り戻してきたのを確認して、リリスはおもむろに話し掛けた。
「ユリアス様。災難でしたね。まさかこんな事になっているとは思いませんでした。」
リリスの言葉にガーゴイルはようやく口を開いた。
「ようやく身体の自由を取り戻せたよ。だが使い魔を通して私の身体を完全に拘束するなんて、どんな魔法で可能になるんだ?」
「そもそもこのピクシー達は何者なんだ?」
ガーゴイルの疑問に満ちた表情がリリスに向けられた。
こういう形での出会いはリリスにも、ある程度は予想出来たのだが・・・・。
ここは説明するしかないわね。
そう思ってリリスは簡単に、
「赤い衣装のピクシーは火の亜神の使い魔で、ブルーの衣装のピクシーは水の亜神の使い魔です。」
エエッと声をあげてガーゴイルが言葉を失った。
その様子を面白そうに眺めながら、ピクシー達がリリスの言葉に続く。
「亜神本体じゃないわよ。まだ降臨していないからね。本体の一部分と言うか端末と言った方が良いかも。」
「そうそう。今度地上に降臨するのは数千年後だから、その時はあんた達はこの世には居ないわよ。」
「あっ! でも・・・・・」
赤い衣装のピクシーが何かを思いついたような表情を見せた。ガーゴイルを指差し、
「こいつの本体ってリッチよね。寿命が無いから数千年後でも会えるわね。その時は覚悟しなさいよ。あたしが地上を焼き尽くすからねえ。」
ううっと唸ってガーゴイルはリリスの顔を見た。
「リリス。君はどうしてこんな連中と関わっているのかね?」
「それは私の意志じゃありません。成り行きで関わっちゃったのよ。」
リリスの言葉にガーゴイルはピクシー達をおずおずと眺め、
「それにしても本当に亜神なのか? 本体の一部とは言え強大な力を持っているのは身をもって分かったが・・・」
ガーゴイルの疑問に赤い衣装のピクシーが反応した。
「あらっ?信じないのかしら?」
そう言いながら指を上に突き出すと、突然大きな火球が出現して周囲に熱を発した。その高熱に天井が焦げそうになっている。
「ちょっと! 止めてよタミア! 学生寮を焼き尽くすつもりなの?」
窘めるリリスの言葉に、ピクシーはチッと舌打ちして火球を消し去った。その様子にガーゴイルは驚くばかりだ。
リリスはふうっとため息をついてソファに深く座り直した。少し間を置いて気持ちを落ち着かせると、ピクシー達に尋ねた。
「それで今日は何の要件なの?」
「私達は遊びに来ただけよ。たまには顔を出そうと思ってね。」
ブルーの衣装を着たピクシーがしれっと答えた。まあそんなものだろうとリリスも思っていたのだが。
「そう言えば暫く会わなかったわね。」
リリスの言葉に赤い衣装のピクシーが、うんうんとうなづきながら身を乗り出してきた。その様子に思わずガーゴイルが後ろに引き下がった。
また何かされると思って警戒心を露わにしたのだろう。
「そうなのよ。ユリアが言っていたように私達は端末のようなものだからね。私達の本体とは情報や記憶を共有して、差異の無いように検証しておく時間が必要なのよ。」
う~ん。
良く分からないわね。
ここでこの話に首を突っ込むと長くなりそうなので、リリスはタミアの言葉をサラッと受け流した。敢えて詳しく聞く話でも無さそうだ。
そう思ってリリスは向きを変え、ガーゴイルに向かって問い尋ねた。
「ユリアス様は何の要件ですか?」
話を振られてガーゴイルは、2体のピクシーから目を逸らすことなく話し始めた。
「儂はリリスの周辺に異常が無いか確かめに来たんだよ。先日の呪いの解除でリリスの周辺に不審な者が出没していないかと案じてね。」
「不審人物?」
リリスはそんな事は発想していなかった。
「そうだ。あれだけ巧妙な呪いを解除し、反転の呪詛まで分離して消し飛ばした人物が居るとなったら、その素性を確かめて見たいと思うものだよ。」
「確かめてどうするの?」
リリスの素朴な疑問にガーゴイルは声を潜め、
「敵対する者だと認識したら排除しようと考えるかも知れんぞ。」
そう言ってニヤッと笑うガーゴイルが不気味だ。でもそんな事で恨まれるのも不条理だ。呪術者ってそんな歪んだ性格の人物ばかりなのだろうか?
納得出来ないリリスの表情を読み取って、ガーゴイルはフフフと笑った。
「まあ、滅多に無い事だがな。怨恨や陰謀が絡むと、そう言う輩も現れる事もあると考えた方が良いだろう。」
ガーゴイルの言葉にう~んと唸って考え込むリリスだが、その様子を見て赤い衣装のピクシーが話に加わってきた。
「リリスなら大丈夫よ。すでに幾つもの修羅場を乗り切ってきたんだから。」
その修羅場を設定したのはあんたじゃないの。
どの口でそのセリフを言うのかしらね。
そう思って言い返そうとしたその時、コンコンとドアをノックする音が聞こえ、誰かが部屋に入ってきた。
「リリス。お邪魔するよ。」
中に入ってきたのは芋虫を肩に生やした小人だった。
このタイミングって何なのよ。
そう思いつつリリスはソファの横に小人を案内した。
「おやっ? 珍しい先客ですね。しばらく顔を見せないと思っていたんですよ。」
小人はそう言いながらピクシー達に会釈した。
「私達には私達なりの事情があるのよ。それでフィリップ達は、何の用事でここに来たの?」
そう問い掛けるブルーの衣装のピクシーに、芋虫が身体を折る様にして挨拶した。
「私達はリリスに連絡があって来たんですよ。アイリス王妃の身辺の事でね。」
うん?
何だろうか?
リリスは関心を示して身を乗り出した。小人が横向きになってリリスに対峙する。
「アイリス様の側近の中に高位の呪術師が居たんだが、あの日突然体調を崩して倒れたまま息を引き取ったそうだ。身体中から血が滲み出て、それは悲惨な姿だったそうだよ。」
そこまで聞いてリリスはガーゴイルの顔を見つめた。
「それってもしかして反転の呪詛の影響で・・・・・」
リリスの言葉にガーゴイルは神妙な表情を見せた。
「うむ。おそらくな。」
そう言ってガーゴイルはうつむき、押し黙ってしまった。
側近に呪いをかけた術者が居たのか。そう思うとアイリス王妃の周辺に深い闇を感じてしまう。
王族であるからには自分の知らないところで恨みを買う事も有るだろうし、何かの陰謀に担ぎ出されてしまう事だってあるだろう。
アイリス王妃が呪いを掛けられた背景は分からないが、側近からの裏切りはショックであるに違いない。
リリスはやるせない思いで小人を見つめた。
「リリス。君がそんなに深く考え込まなくても良いと思うよ。リゾルタの王家もその背景を調査中だからね。」
小人の言葉に芋虫が付け加えて、
「そうよ、リリス。あなたのお陰でアイリスお姉様は命を長らえたのだから。それを誇りに思って頂戴。」
そう言いながら芋虫が小人の身体を突いて、話題を変えろと促した。
「そうそう。喜ばしい報告もあるんだよ、リリス。」
「アイリス様がご懐妊されたそうだ。」
ええっ?
リリスは小人の言葉に混乱してしまった。
「まだあれから数日しか経っていませんよ。そんなにすぐにお腹が大きくなる筈も無いし・・・」
リリスの言葉に小人と芋虫がガハハと大きく笑った。
「嫌だわ、リリスったら。そんなの魔力の流れや生命反応で分かるじゃないの。」
ああそうだ。
ここはそう言う世界だったのよね。
リリスは以前の世界の知識でそのように思い込んでいたのだが、この世界にはこの世界の常識があったのだ。
魔素と魔力の存在するこの世界は、魔力の流れや生命反応で懐妊が判別出来る世界だった。
「ねえ、リリス。来週は魔法学院の創立記念日で3日間の休暇があるわよね。フィリップお兄様と一緒にリゾルタに行きましょうよ。」
「アイリスお姉様をお祝いしてあげたいわ。」
うんうん。
それは良いわよね。
「私も行く!」
声を上げたのは赤い衣装のピクシーだ。
「タミア。お願いだからリゾルタを焼き払わないでね。」
「大丈夫よ・・・・・多分ね・・・」
タミアの歯切れが悪い。信用出来ないなあと思いつつ、リリスはブルーの衣装を着たピクシーの顔を見つめた。
ブルーの衣装を着たピクシーはふっとため息をつき、
「気にしなくて良いわよ。タミアは気紛れだからすぐに気が変わるわ。」
そう言いながらブルーの衣装を着たピクシーは小人の方に向き直った。
「私も行ってみようかしら。リゾルタって私を祀る神殿があるのよね。元々亜熱帯で乾燥した半砂漠の国だから、水の亜神を大切にしてくれるのよ。」
その言葉を聞いて赤い衣装のピクシーがフンと鼻で笑った。
「どうせあんたの事だから、猫を被っていたんでしょうよ。ありがたい女神の演技でもしてたのかしら?」
「それならあんたも自分を祀ってくれる神殿を建ててもらいなさいよ。人族は無理だろうから、サラマンダーでも信者にしたら良いわ。」
2体のピクシーは軽口を叩きながらふっと消えて行った。何をしに来たのだろうか? リリスはそんな疑問を抱きつつ、ピクシー達が消えて行った方向をじっと眺めていた。どうやら本当に用事が無かったようだ。気紛れに訪れただけなのだろう。
「やれやれ、やっと災厄の塊が消え去ったか。儂も帰る事にしよう。」
そう言いながらガーゴイルも消えて行った。
その場に残ったのは芋虫を肩に生やした小人だけだ。用件が済んだので席を立とうとする小人にリリスは問い掛けた。
「殿下。サラを見かけませんでしたか?」
小人はリリスの方を振り向き、
「ああ、サラ君なら学生寮の最上階でメイド長のセラとお茶を飲んでいるよ。」
「そうなのよ。セラを優しいお姉さんだと言って慕っている様子なのよね。」
メリンダ王女の言葉にリリスは唖然としてしまった。
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浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
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