落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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リゾルタでの休暇3

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暗闇に立つリゾルタの神殿。

魔道具の灯りでぼんやりとライトアップされているその大きさはそれほどに大きくない。だがその外壁には凝った装飾が施され、宮殿のような瀟洒な外観になっていて、リゾルタが水の亜神を大切に祀っている事が良く分かる

飛び跳ねるようにその神殿の中に逃げて行ったキメラを追いかけて、リリスは神殿のエントランスを駆け抜けた。

神殿内部はやはり魔道具で照らされていて、それほどに暗くは無い。魔道具の灯りが白い天井に反射して、間接照明のようになっている。
探知を掛けながらエントランスから続く広い通路を進むと、キメラは神殿の中央に向かっているようだ。

しばらく走ると天井が高くなってきた。ドーム状の天井の真下に装飾を施した高い柱が立ち並び、その中央部には中庭が見えている。

あそこにキメラを誘導すれば・・・・・

リリスは威力を抑えた小さなファイヤーボルトをキメラが逃げる前方に放ち、周囲にも数発放った。

「リリス! 神殿を壊すつもりなの?」

芋虫の叫び声が聞こえる。

「大丈夫よ! 小さな花火程度の牽制だからね。後で掃除すれば良いわよ!」

そう叫びながらリリスは周到にキメラの行動範囲を絞り込んでいく。リリスの放つ小さなファイヤーボルトに牽制されて、キメラは中庭に入り込んだ。

今だ!

リリスは魔力を集中させて、中庭に加圧を発動させた。20m四方もある中庭の片隅にキメラが加圧で抑え込まれた。
即座に泥沼を出現させると、加圧の効果でキメラは泥沼の中に沈んでいく。

また触手を伸ばして逃げられるのも癪よね。

リリスは加圧を掛けながら泥沼化を継続させ、その深度を深めていった。
20m・・・30m・・・40mと深くまで泥沼になっていく。範囲を絞っているので魔力の消耗は軽減されている。だがそれでも深さが100mを越える頃には、リリスの魔力量も30%ほどになってしまった。
ここで本来なら魔力吸引を発動させたいところだが、メリンダ王女とフィリップ王子の使い魔が憑依している状態なのでそれは出来ない。
魔力吸引を掛ければ即座に使い魔が消滅してしまうだろう。

急激な魔力の消耗で眩暈がする。
額に冷汗を掻きながら、中庭の縁の柱にもたれ掛かり、リリスは加圧と泥沼化を継続させた。

すでに泥沼の深さは150mを越えた。

これくらいで大丈夫だろう。あとは表面を硬化させれば良い。
そう思った矢先、キメラの気配がふっと消えた。それと共に泥沼の気配すら消えてしまった。

ゴゴゴゴゴッと音を立てて、泥沼が何かに吸い込まれるように消えて行く。

ええっ!
これって何?

「リリス。泥沼が消えちゃったわよ!」

リリスと芋虫の見ている前で泥沼が消え、直径3mほどの深い穴が出現した。

これってどうしたの?

思わずリリスは解析スキルを発動させた。

『地下に大きな空洞があったようですね。キメラと泥沼はその空洞に落ちてしまったのでしょう。』

地下の空洞って何?

『探知しましたが相当深く大きな空洞ですね。しかも人為的に造られた気配も感じます。』

う~ん。
嫌な予感がする。

芋虫にも地下に空洞があると伝えると、芋虫は急に声を潜めた。

「もしも地下に何かが住んでいたら、天井から泥を被せられて怒っているわよね。」

「まさかねえ。」

嫌な事を言わないでよと心の中で突っ込むリリスだが、穴の奥から魔力の塊が上昇してくるのを感じた。

『直ぐに穴の傍から離れて下さい! 危険です!』

解析スキルが叫びをあげた。

即座にリリスが後ろに下がると、穴の中から白い冷気が巻き上がってきた。

「ほら! やっぱり怒っているわよ。」

「怒っているって誰が?」

「誰がじゃないわよ!」

芋虫が叫ぶ間に白い冷気の渦が穴の奥からドーム状の天井にまで、勢いよく巻き上がった。
それがそのまま下に降りてくる。

その粘度を感じさせる冷気を見ると、尋常ではない事が分かる。
冷気の纏わり付くものがあっという間に凍結していく。まるで冷気を伴った魔力の流れだ。
その触れるものをすべて凍結させてしまうのか?

穴から巻き上がる冷気はますますその量が増えてきた。

「危険よ! リリス、外に出て!」

芋虫に促されるまでも無く、リリスは神殿の外に向かって走り出した。
魔力の消耗で走るのも辛い。だがそんな事を言っている場合ではない。白い冷気に追われるようにリリスは必死に神殿の通路を走った。

神殿の外に出ると、そこには数人の兵士が立っていた。
フルアーマーで武装した褐色の肌のマッチョな兵士達だ。

「リリスさんですね。大丈夫ですか?」

兵士の一人が話し掛けてきた。何故自分の名前を知っているのだろうと思いながらも、リリスは息を切らして言葉も出ず、無言でうなづいた。

「どうやら、大丈夫だったようだね。ご苦労様。」

何処からか声が聞こえてきたので周囲を見回すと、背後に居た兵士の肩に小熊が乗っていた。ライオネスの使い魔だ。
使い魔とは言え国王が出てくるとなると、この屈強な兵士達は王家直属の親衛部隊なのだろう。

「フィリップからの情報で、キメラの処理を君に任せてみようと言う事になったのだが、概ね正解だったようだね。あの厄介なキメラを一人で追い詰めるとは大したものだよ。・・・・・でもこの白い冷気は何なのかね?」

「ああ、それはですね・・・・・」

リリスは神殿内部での経緯を簡単に説明した。

「神殿の地下に空洞があったなんて知らなかったよ。そこからこの冷気が流れ出してきたなんて、まるで水の亜神が怒っているようだな。」

ライオネスの使い魔の小熊がそう話したその時、

「私の事、呼んだ?」

惚けた口調で横から褐色の肌の女性が近付いてきた。薄いベールを身に纏い、少し妖艶な雰囲気の女性だ。その風貌は現地の女性だが、その放つ魔力の波動は明らかにユリアのものだ。

「ユリアなのね。その容貌はどうしたの?」

リリスの問い掛けに女性はその場でくるりと回転して、

「似合うかしら? 一応この国の女性の風貌を真似てみたのよ。」

親衛部隊の兵士達が得体の知れない女性を警戒して剣を抜こうとした。だがユリアが睨むと、全員がその場で動けなくなってしまった。

「リリス君。その女性は誰だ?」

小熊がかろうじて問い掛けた。リリスも言葉に詰まる状況である。隠すのも不自然なので説明しようとしたその時、ユリアがリリスの行動を制した。

「自己紹介なら後でしてあげるわよ。それよりもあれを何とかしないとね。」

そう言いながらユリアは神殿に纏わり付く白い冷気に目をやった。

「あの中に入って処理するから、あんたも付いてくるのよ。」

そう言われたリリスはえっと驚きの声を上げた。

「私もあの中に行くの? 凍り付いちゃうわよ。」

「それなら大丈夫。私のシールドで保護してあげるから。それにそもそもの原因はリリスだからね。」

そう言われてもと反論する間も無く、リリスの身体が透明の球体に包み込まれてしまった。その球体にユリアが入り込み、そのまま宙に浮かぶと急速度で白い冷気の漂う神殿の中央部に入り込んでいく。それはエレベーターの急激な降下にも似て、ふっと体が軽くなったような違和感がある。
白い冷気が仄かに放つ光にぼんやりと照らされた地下空間の壁面が、走る様に通り過ぎていく。
何処まで降りていくのだろう?
10分ほど降下して球体はスピードを落とした。

「着いたわよ。少し待っていてね。」

そう言うとユリアは球体から抜け出て、大きく身体を振るわせ、その膨大な魔力を地下空間に向けて放った。
ゴゴゴゴゴッと音を立てて白い冷気がユリアの身体に吸収されていく。その流れはしばらく続き、5分ほどですべての冷気が消え去ってしまった。

安全を確認して球体を消し去ると、ユリアはリリスを自分の傍に手招きした。
薄暗く巨大な地下空間の奥に小さな青白い光がぼんやりと見える。

「この冷気の原因はあれなのよ。」

ユリアが指差しながら青白い光の方に歩き出す。リリスもそれに付いて行くと、その青白い光の正体が見えてきた。

小柄な少女だ。

幼女と言っても良いかも知れない。目を瞑ったままで青白い少女がふらふらと歩いている。
その少女にユリアは近付き、その華奢な身体を抱きしめた。

「寝ぼけちゃっているのね。可哀そうに。」

そう言いながらユリアはその少女の頬を優しく撫でた。

「ユリア。その子って何者なの?」

リリスの問い掛けにユリアは、まるで母親のような慈悲に満ちた表情を向けてきた。

「この子はイメルダ。私と同じ、水の亜神の本体のかけらよ。でもこの子はまだ起動してはならないの。水の亜神の降臨の際の最後のキーだから・・・」

最後のキーと聞いて、リリスは以前にタミアから聞いた話を思い出した。亜神の本体のかけらは全部で7体。それらがすべて起動し一つになった上で、亜神の本体が降臨する。
このイメルダと言うコードネームの少女が最後のキーだとすると・・・・・。

「この子が起動するのは6体の亜神のかけらが起動した後なのよ。あと5000年は眠っていなければならないの。」

「でも起きちゃったの?」

リリスの言葉にユリアは首を横に振った。

「起きてはいないわよ。目ぼけているだけ。夢遊病者のようなものよ。」

そう言えば少女は目を瞑ったままだ。

「キメラが飛び込んできたのを、火の亜神が暴れていると勘違いしたんだと思うわ。目ぼけながら冷気を放ったのでしょうね。」

寝ぼけてあんな強烈な冷気を放つの?

リリスの疑問に満ちた表情に更にユリアの言葉が追い打ちをかける。

「こうなった原因はリリスなのよ。」

ええっ?
どうして?

意味が分からないと言った表情のリリスにユリアは苦笑いを浮かべた。

「正確に言えばリリスの魔力が原因なのよ。あのキメラがあんたの魔力をここまで運んじゃったのが原因。」

そう言われれば、あのキメラに魔力を吸われてしまったのだった。
でもそれでイメルダが起きそうになってしまったと言われても、リリスには信じられない事だ。
確かに自分の魔力は亜神を励起させる効果があるとチャーリーには言われた事も有るのだが。

「それであのキメラは?」

リリスの言葉にユリアは地下空間の中央部を指差した。
イメルダが内部に居たのであろうブルーの大きな水晶の傍に、凍結して砕けたキメラのかけらが転がっていた。

「リリス。この子からあんたの魔力を回収するわね。」

そう言うとユリアはリリスを自分の傍に立たせた。ユリアが片手でリリスと手を繋ぎ、魔力を集中させると、ユリアの手から魔力が流れてきた。
これは自分の魔力だ。イメルダから分離させたのだろうか?
驚きながらもリリスはユリアの手から流れてくる自分の魔力を受け入れた。

数秒の後、ユリアは繋いでいた手を離した。
イメルダを抱きかかえて、ユリアはブルーの水晶に近付き、その中に押し込むように彼女を封じ込めた。

「ゆっくり眠っているのよ。」

そう呟いて、ユリアはリリスの傍に戻ってきた。その顏には安堵の表情が窺える。

ユリアは再び自分とリリスの身体をシールドの球体に包み込み、名残を惜しむような表情で地下の空間から地上に戻って行った。






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