落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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仮装ダンスパーティーと少女

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仮装ダンスパーティーの当日。

会場は学舎の近くに建てられた多目的ホールだ。この多目的ホールでダンスパーティーが行われるのは珍しくない。その中でも卒業式の後に行われたダンスパーティーは盛大で、父兄の貴族達を交えての優雅な社交場となる。生徒会主催の仮装ダンスパーティーなどはあくまでも余興に過ぎない。だがそれでも生徒会が主催して運営する事に意義があるのだろう。

昨年に続いてリリスは裏方に回り、ドリンクサービスやダンス曲の案内に奔走していた。リリスとしてもダンスを楽しみたい気持ちはある。だが今年は運悪く上級生の生徒会スタッフが病欠してしまい、止む無くその分まで請け負ってしまったのだ。
その為にダンスの下手な新入生の講習まで同じスタッフのエリスと分担してこなしている。

リリスが着用しているのは、昨年同様に生徒会から支給されたオレンジのアクセントの入った黒のメイド服だが、今年は白いカチューシャを着けてみた。更に黒のニーハイには白いリボンを着けてみた。それは少しでも特色を出したいと言うリリスの気持ちの表れだ。

だが自分の目の前に真っ赤なメイド服を着ているサラの後姿を見て、リリスは思わず凝視してしまった。

どうして真っ赤なメイド服なのよ。
とても趣味が良いとは思えないんだけど・・・。

リリスの視線を感じたのか、サラは振り返ってリリスに微笑みかけた。真っ赤なアイマスクの奥から見えるサラの瞳が異様に輝いている。テンションが上がっているのだろうか?

リリスは思わずサラの傍に近付いて小声で囁いた。

「どうしたのよ、サラ。そのメイド服って昨日の衣装チェックでも見覚えが無いわよ。」

仮装ダンスパーティーの衣装は生徒会で一通りチェックを受けている。だが稀に自前の衣装を持ち込んでくる生徒もいるのだが・・・。

サラはうふふと笑ってゆっくりその場でターンした。真っ赤なメイド服の視覚効果なのか、サラの表情に色気を感じてしまう。

「学生寮の最上階のメイド長のセラさんが貸してくれたのよ。攻めるのよって言いながらね。」

う~ん。若干攻めすぎな気がするわねえ。

リリスは言葉少なめに愛想笑いでサラをホールに送り出した。

セラさんったらサラをどうするつもりなのかしら?

少し不安を感じつつもリリスは参加者へのドリンクサービスに回ろうとして、会場の一角に設置されたドリンクスタンドに向かった。
その時、ドリンクスタンドでドリンクを飲みながら談笑している二人の女性が目に留まった。

一人は太腿に深いスリットの入った真っ赤なチャイナドレスを着た金髪の女性で、アイマスクを外した顔は美人だが気の強そうな表情だ。もう一人は淡いブルーのロングドレスで、如何にも優しそうな表情の女性である。二人共、年齢は20代後半だろうか?
生徒の親族なのだろうと思って、リリスはその傍に近付いた。リリスが目に留まったようで、二人の女性は微笑みを向けてきた。

だが、2mほどの距離に近付いた時に、リリスは学生寮の自室で時折感じる気配を感じた。

「ええっ! あんた達だったの?」

二人の女性はタミアとユリアだった。その容貌を変え、魔力の波動まで変えているが、その気配は間違いなく亜神のかけらのものだ。

「さすがはリリスね。私達だと見破ったのね。」

ニヤッと笑って赤いチャイナドレス姿のタミアが口を開いた。

「でも仮装ダンスパーティーだから、容姿まで仮装するんじゃなかったの?」

平然とボケをかますユリアである。分かっていて言っているのだろうが・・・。

「そこまでやれって言ってないわよ。」

そう言いながらリリスはドリンクスタンドから水を手に取り、ぐっと飲み干した。
そして空のコップを戻すと、リリスはわざとらしい笑顔をタミア達に振り向けた。

「お願いだから騒動を起こさないでね。」

リリスの言葉にタミアはチッチッチッと舌打ちをしながら、人差し指をリリスの目の前で横に振った。

「私達は純粋にダンスパーティーを楽しみに来ただけなのよ。こう言うイベントって私達も好きなんだからね。」

タミアはそう言うとアイマスクを掛けてホールの中央に向かって歩き出した。相手を探して踊るつもりなのだろう。

後に残ったユリアは手に持っていたドリンクをスタンドに戻しながら、

「そうそう。リリスに会わせたい子が居るのよ。」

ユリアはホールの片隅に手を振って合図をした。その合図に応えて少女がこちらに駆け寄ってくる。
白い上品なデザインのワンピースを着た10歳くらいの少女だ。小柄で愛嬌のある表情のその少女はこちらに近付きながら、リリスの顔を見て大きく目を見開き、満面の笑みを向けてきた。その笑顔に何故か親近感を覚えるリリスである。
駆け寄る勢いで少女はそのままリリスの身体に抱きついてきた。

少し馴れ馴れしいわね。

そう思いつつも、少女の愛嬌のある笑顔につい頬が緩む。

「リリスお姉様ですね。私、リンです。」

リンと言われても聞き覚えがない名だ。
だが他人に思えないように感じるのは何故だろうか?

不思議がる表情のリリスにユリアは笑顔で話し掛けた。

「リンの本名を聞けば誰だか分かるわよ。」

本名?

意味が分からないままにリリスが少女に顔を向けると、

「私の本名はリンディア・フローラルドレイクです。」

ドレイク?
・・・・・ドレイク!

ハッと気が付いてリリスはユリアの顔を見た。

「分かったようね。リンはあんたの魔力が蘇らせた幼竜よ。」

そう言われてリリスは再度リンの顔を見た。リンは少し恥じらうような表情で、

「リンにとってリリスお姉様は育ての親のような存在なんですよ。」

それって私の魔力で育ったって言うの?

そう思いながらもリリスは抱き着くリンの頭を撫でた。

「この姿は・・・人化してるのね? リンちゃんにはそう言う能力があるの?」

リリスの言葉にリンはうんうんとうなづいた。

「高位の竜は人化する能力があるのよ。その方がエネルギーの消費が少ないからね。」

ユリアの解説にリリスは感心するばかりだった。だがリリスの脳裏にふと疑問が過る。

「リンちゃんはキングドレイクさんと関係があるの?」

「キングドレイク様は私の叔父になります。」

ああ、やはり姻戚関係があったのね。

そう思ったリリスだがキングドレイクはすでに寿命を全うした。どう言う事情があったのか分からないが、キングドレイク達と同行出来なかった事が、リンにとっては不幸な事のように思えてならない。そう思うとリンが不憫だ。

「リンちゃんは実年齢は幾つなの?」

実年齢と聞いてリンは少し考え込んだ。

「実年齢って肉体の年齢ですか? 石化して眠っていた時間を除くと11歳です。でも竜の寿命で考えると生まれたてだと言っても間違いありません。」

そうよね。竜は少なくても1万年以上は生きるものね。でもそうすると・・・・・。

リリスの脳裏に5000年後に降臨する亜神達の事が浮かび上がった。リンの寿命を考えるとその時点ではまだ存命であるはずだ。火の亜神の起こす災厄をリンは二度も体験する事になるのだろうか? そもそもリンは亜神の存在を知っているのだろうか? しかも今ここに火の亜神の本体の一部であるタミアが居ると言うのに・・・。

複雑な思いを抱きつつリリスはユリアの顔を見つめた。そのリリスの想いを読み取ってユリアは軽くうなづきながら、

「リンは全てを理解しているわよ。自分の宿命も、ホールで踊っているタミアの正体もね。」

「その子は賢い子だから全てを理解した上で、前向きに生きようとしているのよ。」

その言葉を聞いてリリスはリンの頭をいとおしむように撫でた。リンの石化を解いたのは自分だ。それはリンにとって本当に良かったのだろうかと自分に問うのだが、勿論結論はすぐには出てこない。リンが前向きに生きようとしていると言うユリアの言葉が救いなのだが・・・。

「リンちゃんはドラゴニュート達と暮らしているの?」

リリスの言葉にリンは首を横に振った。

「いいえ、私を迎えてくれる竜達が居ますので、その竜達と一緒に暮らしています。」

竜の仲間が居るの?

疑問に思ったリリスにユリアが口を開いた。

「リンは覇竜の生き残りだから優遇されているのよ。竜の一族にとっては覇竜が存在するだけで一族の格が上がるの。それでリンは今、大陸北西部の山岳地帯に棲む竜の一族で王女様扱いを受けているのよ。」

「あらまあ、王女様待遇なの?」

リリスの言葉にリンは照れながらうなづいた。

「でもそれなら護衛が付いて来そうだけどねえ。」

「護衛なら竜が2体ついて来ていますよ。」

そう言ってリンは愛嬌のある表情でリリスを見つめた。

「でもあまり近くに来ると人化していても気配で分かってしまうので、少し離れた場所で待機してくれているんです。それにここには強烈なブレスを吐く人族のリリスお姉様が居るから、何の不安もありません。」

「リンちゃん。あれはブレスじゃないのよ。」

困惑したリリスの表情と言葉にリンは首を傾げた。

「えっ? でもドラゴニュートの王国記に公式記録として記載されたって、賢者デルフィ様から聞きましたよ。」

ちょっと待ってよ。
公式記録って何なのよ。
そんな事をされたら悪目立ちするだけじゃないの。

リリスの困惑をリンは理解出来ていない。

「ブレスを放つリリスお姉様の雄姿をリンは見たいんですけど・・・・・」

そう言いながら上目遣いでねだる様に擦り寄るリンの仕草に、リリスは困り果ててしまった。その様子を見兼ねたユリアが笑いながら助け舟を出した。

「リン。リリスをあまり困らせちゃ駄目よ。リリスは生命の危険が迫った時しかブレスを放てないからね。」

「ふうん。そうなんですかあ。」

少しがっかりしたような仕草を見せたリンだが、気持ちの切り替えは早い。直ぐに笑顔を取り戻すと、

「私も踊ってきますね。」

そう言ってホールの中央に向かって行った。この仮装ダンスパーティーには10歳以上であれば生徒達の弟や妹も参加して良い事になっている。通常、貴族の子女であれば幼い頃からダンスのレッスンを受けているので、就学前でもそれなりにダンスの出来る子が多い。リンはそう言う子女に声を掛け、同年齢の男の子と踊り始めた。

その様子を見て微笑ましく感じたリリスだが、予想に反してリンのステップワークが上手で、流れるような足の動きで男の子を上手くリードしている。
生バンドの演奏に合わせて優雅に踊る姿はどう見ても貴族の子女だ。

「リンちゃんって何処かでダンスを習ったの?」

思わずユリアに問い掛けたリリスだが、ユリアはニヤッと笑いながらホールの片隅を指差した。そこにはダンスの不得手な生徒にレクチャーしているセーラの姿があった。生徒会長直々にレクチャーしているようだ。

「あそこで教えて貰ったのよ。直ぐに習得しちゃったわ。」

そんなに簡単に習得できるものなの?

唖然としながらもリリスは優雅に踊るリンの姿に感心した。

「私も踊ってくるわね。」

そう言ってユリアもホールの中央に向かった。

「ついでにタミアの同行を監視してよ。」

「そんなのは後回しよ。先ずは自分が楽しまなくっちゃね。」

ユリアは振り向きもせずにひらひらと手を振ると、直ぐに相手を見つけて踊り始めた。ロングドレスで優雅に踊るユリアの姿はそれなりに目立っている。
その様子を見ると、純粋にダンスパーティーを楽しもうとしているのがリリスにも伝わってきた。

まあ、騒動を起こさなければ上々よね。

そう思ってリリスは再び裏方の仕事に戻ったのだった。






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