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少年とダンジョン1
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リトラスが元気になったとの知らせを聞いてから数日後。
リリスは授業の後、職員室に呼び出された。
呼び出したのは・・・ジークだった。
また嫌な予感がする。
この男の要件と言えばおそらく王族絡みだからだ。
リリスの不安を他所に、ジークはそのチャラい笑顔をリリスの向けた。
「まあ、座ってくれたまえ。」
応接用のソファに案内されてリリスが座ると、ジークはその対面に深々と座った。
「君を呼び出したのは王族からの依頼があったからなんだよ。」
やはりね。
「王族の使い魔を憑依させて、ケフラのダンジョンに潜入して欲しいそうだ。」
使い魔と聞いてリリスの脳裏にはメリンダ王女の顔が浮かんだ。だがそれならいつも通り直接言えば良いのに。
それとも他の王族なのだろうか?
しかもシトのダンジョンではなくケフラのダンジョンだと言う。
まあ、それはそれで良いわ。
シトのダンジョンだと、またタミアがちょっかいを出してくるかも知れないものね。
「それで依頼者はどなたですか?」
「メリンダ王女だよ。」
やはりメリンダ王女だ。だがそれならどうしてこんなに回りくどい依頼をするのだろうか?
リリスの脳裏に疑問が渦巻く。
その様子を察してジークは説明を加えた。
「メリンダ王女から直接には依頼し難かったようだね。それで僕を通して依頼してきたんだ。それに僕が絡めば王族からの公的な依頼扱いに成るので、少々の無理も通るからね。」
「メリンダ王女からの指示では、君に同行して安全のためのシールドを張っていればそれで良いそうだ。」
う~ん。
何か裏があるわね。
怪訝な表情を残しつつ、リリスはその依頼を承諾した。
明日の午後に学舎の地下に集合して、そこから転移の魔石で移動する事になった。
明日の午後の授業が台無しだわ。
勿論王族からの公式な依頼なので学院側には説明の必要も無い。それはこの世界にありがちなルールである。
だがリリスにとっては、座学を欠席するとなると後で補講が必要になるケースが多い。
退屈な座学の授業を休めるからと言って、手放しで喜んでいられるわけではないのだ。
それに明日の午後の座学はケイト先生の薬学の授業で、リリスにとっては若干楽しみにしていた授業でもあった。
身体が二つ欲しいわよねえ。
リリスがそう思ったのも無理はない。
だがこの思いに、不意に解析スキルが反応した。
『それは・・・・・今の段階ではまだ不可能だと理解してください。』
ちょっと!
それってどう言う意味なのよ。
今の段階って何よ?
解析スキルからの反応は返ってこない。返答不能と言う事なのか?
意味が分からない。
まあ良いわ。
リリスは気持ちを切り替え、ジークに礼をして職員室から出て行った。
そして当日の午後。
学舎の地下の訓練場で待っていたフィリップ王子の使い魔の小人は、何時ものようにメリンダ王女の使い魔の芋虫をくっつけていた。
だがその芋虫の様子が少し妙だ。
芋虫が頭の上に銀色の三角帽子を被っていた。しかもその三角帽子の中央に小さな二つの目が付いている。
「メル。あんた、誰を連れて来たの?」
ぶっきらぼうなリリスの言葉に芋虫は言葉に詰まりながら、
「実は・・・・・リトラスなのよ。」
ええっ!
リリスはメリンダ王女の言葉に驚いて、三角帽子の小さな目をじっと見つめた。その視線を嫌って、小さな目がその視線を逸らした。
「リト君ってまだ魔法学院に入学していないじゃないの。どうして連れて来たの?」
「それがねえ。リトラスがどうしてもダンジョンに潜ってみたいって言うものだから・・・」
そう言いながらメリンダ王女はリトラスを連れてくる事になった経緯を説明し始めた。
メリンダ王女の話では、すっかり元気になったリトラスは、これまでの数年間を取り戻すかのように武術や魔法に励み始めたそうだ。元々武勇に長けたグランバート家の血を引くリトラスなので、武術や魔法の飲み込みも早い。そうなると増々欲が出て、訓練に励むようになった。
来年度に成れば魔法学院に入学するのにもかかわらず、気が早ってダンジョンに潜りたいと言い出したリトラスの願いを、メリンダ王女は何とか叶えてやりたくなったと言う。
「だって、リトラスって食事の時間も惜しんで訓練しているのよね。」
「だからと言って私に託さないで欲しいわね。」
そう言いながら深いため息をついたリリスの耳に、か細い声が聞こえてきた。
「リリス先輩。申し訳ありません。」
それは三角帽子から聞こえてきたリトラスの声だった。
「リト君。君ってその状態で喋れるの?」
以前にメリンダ王女が使い魔にフィリップ王子を憑依させた時は、フィリップ王子は見ているだけで会話は出来なかった。だがリトラスは喋っている。
リリスの疑問に小人が口を開き、
「リトラスとメルは従弟同志だから親和性が高くなるようだね。それでメルの使い魔に憑依した状態でも話せるのだろう。」
そう言うものなのか?
リリスは気持ちを切り替えて、芋虫に呟いた。
「まあ、良いわよ。私も乗り掛かった舟だから。」
「そう言って貰えると助かるわあ。」
そう言うと小人の肩から芋虫がぴょんと飛び出して、リリスの肩にスッと吸い込まれるようにくっついた。その肩から細い魔力の糸のようなものがリリスの身体に入り込んでくるのが分かる。
う~ん。
気持ち悪いわねえ。
ほんの数分で芋虫はリリスの身体への憑依を完了した。芋虫の大きな目がリリスに目配せしている。申し訳なさそうな波動は伝わってくるのだが。
「それでリト君は属性魔法は何?」
「聖魔法と火魔法です。でもメインは聖魔法ですね。」
へえっ!
聖魔法なの?
それで武術に長けるとなると・・・聖騎士よね。
「リト君ってパラディンを目指しているの?」
「はい。そこまで到達出来れば良いのですけど・・・・」
うんうん。
高い目標があるのは良い事よ。
「でも聖魔法の持ち主を闇魔法の持ち主のメルが憑依させるって無理がありそうね。違和感は無いの?」
リリスの言葉に芋虫はふっと伏し目がちになり、
「実は・・・少し頭が痛いのよ。リトラスから聖魔法の魔力が微量だけど流れてくるからね。」
「ヒールを受けるのと違って、対極にある聖魔法を取り込んでいる形だから、多少なりとも負担はあるのよ。」
確かにリリス自身も聖魔法と闇魔法を持ち合わせているが、最適化スキルを駆使しても闇魔法はかなりの制限下にある。聖魔法にしてもヒールを掛けると言う生活魔法程度にしか使えない状態だ。闇魔法と聖魔法とを完全に使える状態で同時に持つ者は居ない。
対極にある属性魔法の組み合わせでもこの二つは特に相性が合わない。
今回、リトラスを使い魔の状態で取り込んだのは、あくまでもメリンダ王女の意志なので、負担は甘んじて受け止めているようだが・・・。
「そう。それは気の毒だわ。リトラスに浄化されないでね、メル。」
ふと呟いたリリスの冗談に芋虫は過剰に反応した。
「私は死霊じゃないからね!」
その言葉にぷっと噴き出した小人が芋虫を宥めるのにしばらく掛かった。この二人のやり取りは見ていて微笑ましい。
あんた達は良いコンビだと思うわよ。
リリスの思いを他所に、気を取り直したメリンダ王女の合図でジークはあらかじめ用意した転移の魔石を取り出した。
一回限りの使い切りの魔石だと言う。
再度装備を確認して、リリスとジークはケフラの街に転移した。
リリス達が転移したのは、ケフラの街の外れにある公園で、ここは何時もの転移ポイントである。そこから歩いてダンジョンに向かう。雑然としているが活気のあるケフラの街はいつ来ても魅力的だ。
今まで外出すら碌に出来なかったリトラスの興奮が嫌でも伝わってくる。
埃っぽい街路を歩く様々な種族。忙しそうに街を行き交う商人や武具を装備してダンジョンに向かう冒険者達。更にその多くの人々の為に軒を連ねる飲食店や雑貨店や武具店等がリトラスの目に入る。
「街そのものがダンジョンみたいですね。」
入り組んだ街並みと、どこまで奥に繋がっているのか見当もつかない商店や露店のひしめき合う様子を見て、リトラスの声も上擦っている。
リトラスの耳には人々の会話と雑踏や、冒険者達の武器や防具のカチャカチャと鳴る金属音、客を呼び込む商人の掛け声が充満していた。
「ダンジョンの探索が終わったら、町の探索もしたいわね。」
リトラスに負けない程にメリンダ王女も興奮している様子だ。
ジークに急かされて一行はダンジョンの入り口のある大きな岩山の洞窟の中に入った。その周囲には警備の兵士が常駐しているのもいつも見る光景だ。ジークが学院から発行して貰った許可証を見せて中に入ると、通路の先に苔むした石の階段がありそれを降りると第1階層なのだが、ジークは石の階段の脇にある小さな宝玉に魔力を纏った手を置いた。宝玉は仄かに光り、階段の降り口が黒い霧に包まれていく。
『行き先を述べよ。』
階段の奥から野太い声が聞こえてきた。今更ながらであるがこの声がリリスにはゲールの声のように聞こえてしまう。
ここのダンジョンマスターのゲールさんは元気かしら?
肉体の限界を超越したリッチの体調を気遣うのもおかしなものだ。そう思いながらもリリスはレザーアーマーとガントレットを撫でて気を引き締めた。
「第6階層だ。」
ジークがそう答えると宝玉が一瞬明るく光った。
『承知した。』
行き先は設定されたようだ。
先頭を進むジークに付き従って、リリスは芋虫と目配せをしながら階段を降りて行った。
階下で目の前に広がるのは・・・やはり森だった。前回訪れた時と同じだ。鬱蒼とした森の中に順路を示す小径が続く。
これはダンジョンマスターのゲールの親切心で設置されたものなのだろうか?
鳥たちの鳴き声を聞きながら小径を歩いていると平和な気持ちになってくる。樹間から吹き抜ける風も爽やかだ。
だが、ふいに目の前に魔物の気配がした。まだ距離はある。
早速ジークがリリスとジーク自身の身体にシールドを張った。
ここで出てくるのはジャイアントエイプだったわね。
「メル。来るわよ。どうする?」
「とりあえずリリスのファイヤーボルトを見せてあげてよ。」
簡単な打ち合わせの直後、近くの木々の間から3匹の大きな猿が飛び出してきた。リリスの記憶では体長2mほどの雷撃性を持つ手長猿のはずだった。だが現われたジャイアントエイプは全身が黄色で身体中に小さな稲光を纏っている。如何にも強烈な雷撃を放ちそうだ。
嫌だわね。パワーアップしているんじゃないの?
そう思った矢先にジャイアントエイプがその長い腕を振ると、リリスに向けて雷撃がバリバリバリッと音を発てて放たれた。リリスは警戒していたので難なく避けたが、雷撃はリリスの斜め後方の樹木に当たり、雷鳴と共にその幹をへし折った。
拙いわね!
リリスは瞬時に両手にファイヤーボルトを数本づつ出現させ、反射的にジャイアントエイプに向けて放った。投擲スキルと魔力操作による誘導も効き、太い短槍のようなボルトがキーンと金切り音を上げて魔物に向かい、斜め上空から挟み撃ちにするようにその身体を貫いた。
反射的に放ったファイヤーボルトなので、火力はまだ抑え気味である。二重構造でもない。だがそれでも威力は充分で、ドウンと鈍い爆発音を立てて3匹のジャイアントエイプは火の塊となり、その身体は燃えながら飛散してしまった。
「リリス先輩。凄い威力ですね。」
リトラスの感嘆の声が聞こえてくる。
「リリス。火力が以前より増しているわね。あれじゃあ魔石も残っていないわよ。」
芋虫は若干呆れ気味だ。だが再び3匹の魔物の気配が木々の奥から感知された。
まだ潜んでいたのか?
「リリス。次は黒炎で倒して頂戴。私の黒炎をリトラスに見せてあげるのよ。」
「でもメルの黒炎ってスピードが遅いじゃないの。ジャイアントエイプに避けられるわよ。」
「そこは前回みたいにリリスが工夫してよ。針のような形に変えたじゃないの。」
錬成しろって言うのね。
メルったらリトラスに良い所を見せたいのね。
その気持ちは分からないでもないけど・・・。
リリスは半ば強制的に送られてきたメリンダ王女の闇魔法の魔力を両手に出現させた。黒い塊が静かに燃えている。その周囲に時折走る赤い光がやたらに不気味だ。それを瞬時に尖った棒状に錬成し、リリスは両手に数本づつ待機させた。見た目は黒く細い短槍である。
キキキキキッと甲高い声を上げて、樹間からジャイアントエイプが飛び出してきた。雷撃がパワーアップしているので近付けるのは拙い。
即座にリリスは両手に待機させていた黒炎の槍を全力で放った。
キーンと金切り音を上げて黒炎の短槍がジャイアントエイプに襲い掛かる。ジャイアントエイプも巧みにそれを躱そうとしたのだが、投擲スキルの補正も働き、次々に着弾した。
ファイヤーボルトのように爆炎を上げるわけではない。だが静かにめらめらとジャイアントエイプの身体が炭化していく。
こっちの方が余程残酷よね。
リリスの思いを他所にメリンダ王女は興奮気味だ。
「リトラス。見てくれた? お姉様の黒炎の威力も凄いでしょ?」
「はい。黒炎も凄いですね!」
リトラスの返事にメリンダ王女も満足げだ。
「それで、リト君ならどうやって戦うの?」
リリスはリトラスに尋ねてみた。
「そうですね。僕は剣を持って戦うだけです。でも身体強化は出来ますよ。それと最近剣技を身に着けたので、ソニックとスラッシュは放てますから。」
「へえ~。ソニックって衝撃波よね。スラッシュはエネルギーを貯めてからの一閃だっけ?」
「先輩。良く知っていますね。」
うんうん。
RPGの戦士のキャラでよく使ったもの。
「でもそれが出来るならジャイアントエイプでもなんとかなるわね。」
なかなか楽しみな逸材じゃないの。元気を取り戻して才能が一気に開花したのかしら?
「リトラスの戦い方も見てみたいわね。リリス、あんたって剣を持っていないの?」
「そんなもの、持ってないわよ! 私に何をやらせるつもりなのよ。」
「う~ん。つまんないなあ。」
冗談じゃないわよ。
人使いが荒いんだから。
メリンダ王女の呟きをスルーしながら、リリスは樹間の小径を進んだのだった。
リリスは授業の後、職員室に呼び出された。
呼び出したのは・・・ジークだった。
また嫌な予感がする。
この男の要件と言えばおそらく王族絡みだからだ。
リリスの不安を他所に、ジークはそのチャラい笑顔をリリスの向けた。
「まあ、座ってくれたまえ。」
応接用のソファに案内されてリリスが座ると、ジークはその対面に深々と座った。
「君を呼び出したのは王族からの依頼があったからなんだよ。」
やはりね。
「王族の使い魔を憑依させて、ケフラのダンジョンに潜入して欲しいそうだ。」
使い魔と聞いてリリスの脳裏にはメリンダ王女の顔が浮かんだ。だがそれならいつも通り直接言えば良いのに。
それとも他の王族なのだろうか?
しかもシトのダンジョンではなくケフラのダンジョンだと言う。
まあ、それはそれで良いわ。
シトのダンジョンだと、またタミアがちょっかいを出してくるかも知れないものね。
「それで依頼者はどなたですか?」
「メリンダ王女だよ。」
やはりメリンダ王女だ。だがそれならどうしてこんなに回りくどい依頼をするのだろうか?
リリスの脳裏に疑問が渦巻く。
その様子を察してジークは説明を加えた。
「メリンダ王女から直接には依頼し難かったようだね。それで僕を通して依頼してきたんだ。それに僕が絡めば王族からの公的な依頼扱いに成るので、少々の無理も通るからね。」
「メリンダ王女からの指示では、君に同行して安全のためのシールドを張っていればそれで良いそうだ。」
う~ん。
何か裏があるわね。
怪訝な表情を残しつつ、リリスはその依頼を承諾した。
明日の午後に学舎の地下に集合して、そこから転移の魔石で移動する事になった。
明日の午後の授業が台無しだわ。
勿論王族からの公式な依頼なので学院側には説明の必要も無い。それはこの世界にありがちなルールである。
だがリリスにとっては、座学を欠席するとなると後で補講が必要になるケースが多い。
退屈な座学の授業を休めるからと言って、手放しで喜んでいられるわけではないのだ。
それに明日の午後の座学はケイト先生の薬学の授業で、リリスにとっては若干楽しみにしていた授業でもあった。
身体が二つ欲しいわよねえ。
リリスがそう思ったのも無理はない。
だがこの思いに、不意に解析スキルが反応した。
『それは・・・・・今の段階ではまだ不可能だと理解してください。』
ちょっと!
それってどう言う意味なのよ。
今の段階って何よ?
解析スキルからの反応は返ってこない。返答不能と言う事なのか?
意味が分からない。
まあ良いわ。
リリスは気持ちを切り替え、ジークに礼をして職員室から出て行った。
そして当日の午後。
学舎の地下の訓練場で待っていたフィリップ王子の使い魔の小人は、何時ものようにメリンダ王女の使い魔の芋虫をくっつけていた。
だがその芋虫の様子が少し妙だ。
芋虫が頭の上に銀色の三角帽子を被っていた。しかもその三角帽子の中央に小さな二つの目が付いている。
「メル。あんた、誰を連れて来たの?」
ぶっきらぼうなリリスの言葉に芋虫は言葉に詰まりながら、
「実は・・・・・リトラスなのよ。」
ええっ!
リリスはメリンダ王女の言葉に驚いて、三角帽子の小さな目をじっと見つめた。その視線を嫌って、小さな目がその視線を逸らした。
「リト君ってまだ魔法学院に入学していないじゃないの。どうして連れて来たの?」
「それがねえ。リトラスがどうしてもダンジョンに潜ってみたいって言うものだから・・・」
そう言いながらメリンダ王女はリトラスを連れてくる事になった経緯を説明し始めた。
メリンダ王女の話では、すっかり元気になったリトラスは、これまでの数年間を取り戻すかのように武術や魔法に励み始めたそうだ。元々武勇に長けたグランバート家の血を引くリトラスなので、武術や魔法の飲み込みも早い。そうなると増々欲が出て、訓練に励むようになった。
来年度に成れば魔法学院に入学するのにもかかわらず、気が早ってダンジョンに潜りたいと言い出したリトラスの願いを、メリンダ王女は何とか叶えてやりたくなったと言う。
「だって、リトラスって食事の時間も惜しんで訓練しているのよね。」
「だからと言って私に託さないで欲しいわね。」
そう言いながら深いため息をついたリリスの耳に、か細い声が聞こえてきた。
「リリス先輩。申し訳ありません。」
それは三角帽子から聞こえてきたリトラスの声だった。
「リト君。君ってその状態で喋れるの?」
以前にメリンダ王女が使い魔にフィリップ王子を憑依させた時は、フィリップ王子は見ているだけで会話は出来なかった。だがリトラスは喋っている。
リリスの疑問に小人が口を開き、
「リトラスとメルは従弟同志だから親和性が高くなるようだね。それでメルの使い魔に憑依した状態でも話せるのだろう。」
そう言うものなのか?
リリスは気持ちを切り替えて、芋虫に呟いた。
「まあ、良いわよ。私も乗り掛かった舟だから。」
「そう言って貰えると助かるわあ。」
そう言うと小人の肩から芋虫がぴょんと飛び出して、リリスの肩にスッと吸い込まれるようにくっついた。その肩から細い魔力の糸のようなものがリリスの身体に入り込んでくるのが分かる。
う~ん。
気持ち悪いわねえ。
ほんの数分で芋虫はリリスの身体への憑依を完了した。芋虫の大きな目がリリスに目配せしている。申し訳なさそうな波動は伝わってくるのだが。
「それでリト君は属性魔法は何?」
「聖魔法と火魔法です。でもメインは聖魔法ですね。」
へえっ!
聖魔法なの?
それで武術に長けるとなると・・・聖騎士よね。
「リト君ってパラディンを目指しているの?」
「はい。そこまで到達出来れば良いのですけど・・・・」
うんうん。
高い目標があるのは良い事よ。
「でも聖魔法の持ち主を闇魔法の持ち主のメルが憑依させるって無理がありそうね。違和感は無いの?」
リリスの言葉に芋虫はふっと伏し目がちになり、
「実は・・・少し頭が痛いのよ。リトラスから聖魔法の魔力が微量だけど流れてくるからね。」
「ヒールを受けるのと違って、対極にある聖魔法を取り込んでいる形だから、多少なりとも負担はあるのよ。」
確かにリリス自身も聖魔法と闇魔法を持ち合わせているが、最適化スキルを駆使しても闇魔法はかなりの制限下にある。聖魔法にしてもヒールを掛けると言う生活魔法程度にしか使えない状態だ。闇魔法と聖魔法とを完全に使える状態で同時に持つ者は居ない。
対極にある属性魔法の組み合わせでもこの二つは特に相性が合わない。
今回、リトラスを使い魔の状態で取り込んだのは、あくまでもメリンダ王女の意志なので、負担は甘んじて受け止めているようだが・・・。
「そう。それは気の毒だわ。リトラスに浄化されないでね、メル。」
ふと呟いたリリスの冗談に芋虫は過剰に反応した。
「私は死霊じゃないからね!」
その言葉にぷっと噴き出した小人が芋虫を宥めるのにしばらく掛かった。この二人のやり取りは見ていて微笑ましい。
あんた達は良いコンビだと思うわよ。
リリスの思いを他所に、気を取り直したメリンダ王女の合図でジークはあらかじめ用意した転移の魔石を取り出した。
一回限りの使い切りの魔石だと言う。
再度装備を確認して、リリスとジークはケフラの街に転移した。
リリス達が転移したのは、ケフラの街の外れにある公園で、ここは何時もの転移ポイントである。そこから歩いてダンジョンに向かう。雑然としているが活気のあるケフラの街はいつ来ても魅力的だ。
今まで外出すら碌に出来なかったリトラスの興奮が嫌でも伝わってくる。
埃っぽい街路を歩く様々な種族。忙しそうに街を行き交う商人や武具を装備してダンジョンに向かう冒険者達。更にその多くの人々の為に軒を連ねる飲食店や雑貨店や武具店等がリトラスの目に入る。
「街そのものがダンジョンみたいですね。」
入り組んだ街並みと、どこまで奥に繋がっているのか見当もつかない商店や露店のひしめき合う様子を見て、リトラスの声も上擦っている。
リトラスの耳には人々の会話と雑踏や、冒険者達の武器や防具のカチャカチャと鳴る金属音、客を呼び込む商人の掛け声が充満していた。
「ダンジョンの探索が終わったら、町の探索もしたいわね。」
リトラスに負けない程にメリンダ王女も興奮している様子だ。
ジークに急かされて一行はダンジョンの入り口のある大きな岩山の洞窟の中に入った。その周囲には警備の兵士が常駐しているのもいつも見る光景だ。ジークが学院から発行して貰った許可証を見せて中に入ると、通路の先に苔むした石の階段がありそれを降りると第1階層なのだが、ジークは石の階段の脇にある小さな宝玉に魔力を纏った手を置いた。宝玉は仄かに光り、階段の降り口が黒い霧に包まれていく。
『行き先を述べよ。』
階段の奥から野太い声が聞こえてきた。今更ながらであるがこの声がリリスにはゲールの声のように聞こえてしまう。
ここのダンジョンマスターのゲールさんは元気かしら?
肉体の限界を超越したリッチの体調を気遣うのもおかしなものだ。そう思いながらもリリスはレザーアーマーとガントレットを撫でて気を引き締めた。
「第6階層だ。」
ジークがそう答えると宝玉が一瞬明るく光った。
『承知した。』
行き先は設定されたようだ。
先頭を進むジークに付き従って、リリスは芋虫と目配せをしながら階段を降りて行った。
階下で目の前に広がるのは・・・やはり森だった。前回訪れた時と同じだ。鬱蒼とした森の中に順路を示す小径が続く。
これはダンジョンマスターのゲールの親切心で設置されたものなのだろうか?
鳥たちの鳴き声を聞きながら小径を歩いていると平和な気持ちになってくる。樹間から吹き抜ける風も爽やかだ。
だが、ふいに目の前に魔物の気配がした。まだ距離はある。
早速ジークがリリスとジーク自身の身体にシールドを張った。
ここで出てくるのはジャイアントエイプだったわね。
「メル。来るわよ。どうする?」
「とりあえずリリスのファイヤーボルトを見せてあげてよ。」
簡単な打ち合わせの直後、近くの木々の間から3匹の大きな猿が飛び出してきた。リリスの記憶では体長2mほどの雷撃性を持つ手長猿のはずだった。だが現われたジャイアントエイプは全身が黄色で身体中に小さな稲光を纏っている。如何にも強烈な雷撃を放ちそうだ。
嫌だわね。パワーアップしているんじゃないの?
そう思った矢先にジャイアントエイプがその長い腕を振ると、リリスに向けて雷撃がバリバリバリッと音を発てて放たれた。リリスは警戒していたので難なく避けたが、雷撃はリリスの斜め後方の樹木に当たり、雷鳴と共にその幹をへし折った。
拙いわね!
リリスは瞬時に両手にファイヤーボルトを数本づつ出現させ、反射的にジャイアントエイプに向けて放った。投擲スキルと魔力操作による誘導も効き、太い短槍のようなボルトがキーンと金切り音を上げて魔物に向かい、斜め上空から挟み撃ちにするようにその身体を貫いた。
反射的に放ったファイヤーボルトなので、火力はまだ抑え気味である。二重構造でもない。だがそれでも威力は充分で、ドウンと鈍い爆発音を立てて3匹のジャイアントエイプは火の塊となり、その身体は燃えながら飛散してしまった。
「リリス先輩。凄い威力ですね。」
リトラスの感嘆の声が聞こえてくる。
「リリス。火力が以前より増しているわね。あれじゃあ魔石も残っていないわよ。」
芋虫は若干呆れ気味だ。だが再び3匹の魔物の気配が木々の奥から感知された。
まだ潜んでいたのか?
「リリス。次は黒炎で倒して頂戴。私の黒炎をリトラスに見せてあげるのよ。」
「でもメルの黒炎ってスピードが遅いじゃないの。ジャイアントエイプに避けられるわよ。」
「そこは前回みたいにリリスが工夫してよ。針のような形に変えたじゃないの。」
錬成しろって言うのね。
メルったらリトラスに良い所を見せたいのね。
その気持ちは分からないでもないけど・・・。
リリスは半ば強制的に送られてきたメリンダ王女の闇魔法の魔力を両手に出現させた。黒い塊が静かに燃えている。その周囲に時折走る赤い光がやたらに不気味だ。それを瞬時に尖った棒状に錬成し、リリスは両手に数本づつ待機させた。見た目は黒く細い短槍である。
キキキキキッと甲高い声を上げて、樹間からジャイアントエイプが飛び出してきた。雷撃がパワーアップしているので近付けるのは拙い。
即座にリリスは両手に待機させていた黒炎の槍を全力で放った。
キーンと金切り音を上げて黒炎の短槍がジャイアントエイプに襲い掛かる。ジャイアントエイプも巧みにそれを躱そうとしたのだが、投擲スキルの補正も働き、次々に着弾した。
ファイヤーボルトのように爆炎を上げるわけではない。だが静かにめらめらとジャイアントエイプの身体が炭化していく。
こっちの方が余程残酷よね。
リリスの思いを他所にメリンダ王女は興奮気味だ。
「リトラス。見てくれた? お姉様の黒炎の威力も凄いでしょ?」
「はい。黒炎も凄いですね!」
リトラスの返事にメリンダ王女も満足げだ。
「それで、リト君ならどうやって戦うの?」
リリスはリトラスに尋ねてみた。
「そうですね。僕は剣を持って戦うだけです。でも身体強化は出来ますよ。それと最近剣技を身に着けたので、ソニックとスラッシュは放てますから。」
「へえ~。ソニックって衝撃波よね。スラッシュはエネルギーを貯めてからの一閃だっけ?」
「先輩。良く知っていますね。」
うんうん。
RPGの戦士のキャラでよく使ったもの。
「でもそれが出来るならジャイアントエイプでもなんとかなるわね。」
なかなか楽しみな逸材じゃないの。元気を取り戻して才能が一気に開花したのかしら?
「リトラスの戦い方も見てみたいわね。リリス、あんたって剣を持っていないの?」
「そんなもの、持ってないわよ! 私に何をやらせるつもりなのよ。」
「う~ん。つまんないなあ。」
冗談じゃないわよ。
人使いが荒いんだから。
メリンダ王女の呟きをスルーしながら、リリスは樹間の小径を進んだのだった。
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強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
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