落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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高台での攻防1

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神聖王国の港町の高台。

慌ただしく散開する兵士達を見つめながら、リリスは周囲に探知を始めた。自分達を中心に半径1kmの付近に多数の兵士らしき気配がある。
しかもこちらに向かっているようだ。
より確かな情報を掴もうとして、リリスは魔装と解析スキルを発動した。

この多数の人の気配は敵なのかしら?

『まだ確かなことは分かりませんが、こちらに向かってきていることは確かです。四方から20名づつ、合計で80名ですね。』

四方から向かってきているって、明らかに私達が標的じゃないの?

『そう考えた方が良いかも知れません。』

解析スキルの判断を基にリリスはシンディに尋ねてみた。

「こちらに向かって多数の人間が接近しているようですが、そちらで分かりますか?」

リリスの言葉にシンディはギョッとした表情を見せた。

「すでに把握しているのですか? 確かに多数の兵士が接近しているようです。」

「実はリリスさんの護衛のために、四方に2名づつ兵士を配備していたのですが、まったく連絡が取れなくなってしまいました。それで急遽この場にいた兵士達を四方に散開させたのです。何事もなければ良いのですが・・・」

いやいや。
もうすでにやばい状況になってきているわよ。

リリスは即座に肩に生えている芋虫に話し掛けた。

「メル。護衛のロイヤルガードはどうしているの?」

「ああ、それならすでにノイマン様やジークの元に走らせたわよ。ここに残っているのは2名で、接近戦なら身体強化で身体を張ってガードしてくれるはずだけど、魔法の能力はあまり長けていないのよね。」

そうかあ。
あまり当てに出来ないわね。

そう思っていた矢先にシンディがウっと唸り声をあげた。何事だろうか?
シンディの表情が曇ったままだ。

「先ほど散開させた兵士達がすべて消息を絶ちました。拘束されたか、あるいは・・・・・」

う~ん。
これは最悪の事態を考えた方が良いかも・・・。

「リリス、どうする?」

メリンダ王女の問いかけにリリスは少し考え込んだ。

「主流派の兵士やノイマン様達が駆けつけてくれるまで、どこかに隠れているほうが良さそうね。それで何もなければそれで良いし・・・」

「でもどこに隠れるのよ。下手をすれば一網打尽になっちゃうわよ。敵にだって探知能力はあるんだから。それに・・・すでにこちらの位置を探知されているわよ。」

どうやら相手は本気のようだ。狙いはやはりホーリースタリオンなのだろう。

考え込むリリスにメリンダ王女が興奮気味に声を上げた。

「そうだわ! リリス。トーチカよ。シトのダンジョンでハービーの大群に襲われた時に造ったあれよ!」

そう言われてリリスはあの時の事を思い出した。土魔法で簡易的にトーチカを造ったのだった。
あれなら何とかなりそうだ。リリスはメリンダ王女の言葉に応じて、土魔法で幅3mほどの土壁を四方に出現させた。その上部を大きめの土壁で覆ってひさしを造る。更に細長い開口部を目の高さに造ってファイヤーボルトの吐出口とする。人が出入り出来る幅の開口部も造り上げた。これで全体を硬化すれば多少の攻撃にも耐えるはずだ。
念のため、トーチカの周囲を高さ1mほどの土壁で二重に取り巻く事も追加した。

ここまでの作業を数分で仕上げてしまったリリスを見て、シンディは唖然として言葉も無かった。
その後、突然と口を開き、

「どうして・・・どうしてこんな事が出来るのですか? まるで魔法みたい・・・」

いやいや。
間違いなく魔法ですよ。

リリスがそう思ったのも無理もない。聖魔法が主流の国なので他の属性の魔法には基本的に疎い。ましてマイナーな属性の土魔法に関してはほとんど知識もないのだ。
しかもリリスのレベルの土魔法はミラ王国でも稀有なので、シンディが驚くのも無理もない。

リリスは呆然と立っているシンディを気にすることもなく、トーチカの周囲を二重の壁で入れ子状態に囲み、その周囲に円形に泥沼を出現させた。その幅は10mほどで、深さは1m50cmほどの円形の泥沼で、トーチカの周囲に堀が造られた。もっと深い泥沼にした方が良いのかもしれない。だがリリスの魔力量を考えるとこの程度の深さにしておいた方が得策だ。ここに更に麻痺毒を混入させたい。

リリスは強めの麻痺毒をイメージしながら毒生成スキルを発動させた。その上で直接泥沼に手を触れて麻痺毒を拡散させていく。泥沼はその影響で若干緑色に変色し始めた。

「リリス。あんた、何を撒いているのよ?」

芋虫が訝しげに尋ねてきた。

「内緒よ、内緒!」

惚けてみたものの、恐らくメリンダ王女も自分のスキルに関しては、ある程度は気が付いているだろう。リリスはそう考えていた。

事実、メリンダ王女も薄々、リリスのスキルに関しては気付いていたのだが、あえて深く追及する事はしなかった。リリスが毒を生成するようなスキルを持っているとしたら、学生寮の最上階の自室に招き入れる事も避けなければならなくなってしまう。
勿論リリスが反逆者のような行動に出るはずもない。だが毒に関するスキルについては不明なものが多く、また発動を容易に探知出来ない。
気づいた時には手遅れとなるのが常だ。それ故に、メリンダ王女も探知しにくいスキルを持つ人物を容易に近づけないように教育されてきた。
だが今更リリスとの関係を断ち切るのは嫌だ。友人の域を超えて、運命共同体のような感覚すらある。そうなるとリリスのスキルについてはスルーするしかないのだ。

この時、解析スキルが反応した。

『最初から強毒にしないのですか?』

う~ん。
相手の被害を出来るだけ小さくしたいのよ。

『相手はこちらを殺害するつもりかも知れませんよ。』

まあ、私が甘いといえば甘いのでしょうね。
魔物相手なら最初から強毒にするんだけどねえ。

『その判断基準はよく分かりませんね。』

良いのよ。気にしないで。

解析スキルを宥める様に思念を送り、リリスは泥沼の傍を離れた。
その様子を見て芋虫が疑問を伝えてきた。

「このままだと何かありそうだから、警戒して泥沼には近づかないんじゃないの?」

「それならそれで良いんじゃない?」

「でも周囲を80名の兵士に取り囲まれて、一斉にスラッシュを放たれたらどうするの? 持ち堪えられないわよ。」

確かにそう言われればそうだ。

リリスは泥沼の表面を3cmほど軽く硬化させた。これで泥沼の存在が分からなくなったので、トラップとしては充分だ。

ここまでの作業を終え、改めて探知すると、大勢の兵士の接近する気配が強く感じられた。その距離はすでに500mほどだ。四方から接近しているので逃げ道はない。しかも人間以外の生物の反応すらある。これは多分馬だ。騎兵もいると考えて良い。

リリスとシンディはトーチカの中で身を伏せて待った。

約5分後。

複数の馬の駆ける音が聞こえ、その後から速足で歩く兵士達の足音が大きくなってきた。トーチカの開口部から覗くと、10騎の騎兵と70名ほどの兵士に取り囲まれているのが見える。兵士達はメタルアーマーを装備し、既に剣を手にしているので、友好的でない事は明らかだ。



一方、トーチカを取り囲む兵士達のリーダーはゲイザーと言う名の騎兵で、反主流派の貴族に取り入っていた軍人であった。普段はその立場を隠して軍務に就いていたが、仕える貴族の命令でホーリースタリオンを奪いに来たのだ。
だがゲイザーを突発的な行動に駆り立てたのは、その貴族からの命令だけではない。
ゲイザー自身の聖剣への思いもある。

ホーリースタリオンは元々我が国のものではないか!
絶対に取り返してやる!

その気持ちがゲイザーの気持ちを激しく駆り立てたのだ。自分に同調する反主流派の兵士を束ねて、ゲイザーはリリスとシンディを追い詰めた。
否、追い詰めたつもりだった。
簡単に手渡せば命は助けてやろうとも思っていた。

だが自分達の目の前に見慣れぬトーチカがある。

何時からこんなものがあったのだろうか? しかも二重に壁で取り囲まれている。

罠かも知れないと言う思いもあった。だが相手は二人の女性と他国の王族の使い魔だ。シンディの技量は分かっている。もう一人は子供だ。
それに王族を連れて来ていると言っても、使い魔なら消滅させても危害を加えたことにはならないだろう。
それよりも聖剣を手に入れたい。
ぐずぐずしていると相手の援軍が来てしまう。その前に行動しなければ。

その思いがゲイザーに安直な判断をさせてしまった。

「突入せよ!」

ゲイザーの命令で騎兵と歩兵が一斉にトーチカに向けて走り込んだ。


だが、それはリリスの思うつぼである。


騎士や兵士がトーチカに近づくと、その重みで軽く硬化されていた表面が砕かれ、多数の兵士が泥沼の中に落ち込んでしまった。
深さは1m50cmほどなので胸の高さまで沈む程度だ。だが泥沼に落ち込んだ兵士や馬がたちまち口から泡を吹き、動かなくなってしまった。

拙い!
罠だ!

そう思った途端にトーチカから大量のファイヤーボルトが飛び出してくるのが、まるで花火のようにゲイザーの目に映った。




他方、リリスはトーチカの中から冷静に状況を見つめていた。
泥沼にはまって麻痺している兵士は約40名。敵に半数は食い止めたので、即座に反撃に出る。

威力を控えめにし、速度重視の仕様のファイヤーボルトを生み出し、リリスは次々にトーチカの開口部から周囲の敵に向けて放った。
開口部から一旦斜め上空に舞い上がったファイヤーボルトは、キーンと言う金切り音をあげて弧を描き、泥沼の周囲にいた兵士達に襲い掛かった。
ボスッボスッボスッと兵士達の身体を射抜く音と、ギャッと言う悲鳴があちらこちらから湧き上がる。更にファイヤーボルトの一部は泥沼の縁辺部に着弾し、その熱気や飛沫で泥沼に拡散された麻痺毒を周囲に巻き上げた。
その影響で被弾していない兵士まで動きが鈍くなっている。

だがそれでも火魔法に耐性のある兵士もいる。その兵士達が一斉にスラッシュを放ち、トーチカやその周囲の壁を穿ち始めた。
ガンガンガンと衝撃音が走るたびに、壁が少しづつ砕かれていく。かなりの威力だ。

「最初から全員でスラッシュを放たれていたら・・・危なかったわね。」

メリンダ王女の言葉にリリスもうなづき、

「メル、次は闇魔法でいくわよ。」

その声を待っていたようにメリンダ王女は、使い魔を通して闇魔法の魔力をリリスに流した。それを受け取り、即座にリリスは黒炎を出現させ、瞬時に短槍状に錬成する。メリンダ王女との連携にも慣れてきたので、その一連の作業も淀みなく素早い。

10本ほど錬成した黒炎の短槍を、リリスはトーチカの開口部から一斉に放った。これもファイヤーボルトと同じように斜め上空に舞い上がり、弧を描いて兵士達に襲い掛かる。火魔法に耐性を持つ兵士達も、闇魔法には耐性がなかったようで、黒炎の短槍を受けて次々にその場に倒れてしまった。

次々に倒されていく仲間を見ながら、ゲイザーは顔面が怒りで強張り、こぶしを強く握りしめた。

この時点で攻め込んできた兵士達のうち、残っていたのはゲイザーと二人の兵士だけだった。

「俺は悪い夢でも見ているのか?」

ゲイザーがそう呟いたのも無理もない。80名もの仲間を連れて来たのに何と言う有様だ。これでも過剰戦力だと思っていたのに・・・。

ゲイザーは自分の傍で騎乗している仲間に目を向けた。
彼の傍にいる二人の兵士のうち、一人はマチルダと言う妖艶な雰囲気の女性で、アストレア神聖王国には珍しいビーストテイマーだった。

「マチルダ。君を連れて来て良かったよ。」

「あらっ? それって私をデートに連れて来た様な口調ね。」

マチルダの意味深な言葉にゲイザーはうっと唸り声をあげた。

「この状況でよくそんな冗談を言えるね。こちら側にこれだけの被害が出ていると言うのに。」

非難するような視線がマチルダに注ぐ。
だがゲイザーの言葉にマチルダはにやりと笑った。切れ長の大きな目でトーチカを見つめ、

「少し攻めあぐねているだけじゃないの。ここは私のペットの出番よね。空から攻撃させればあっという間に勝てるわよ。」

そう言うとマチルダは懐から魔道具を取り出して、魔力を大きく注ぎ込んだ。
それとともに不気味な気配が上空に漂い始めた。

ほどなく上空に黒い影が現れ、一直線にトーチカに向かっていったのだった。






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