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図書館での自習2
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正気を失ったリリス。
その様子に慌てふためいたエイヴィスがパチンと指を鳴らすと、リリスの周囲の風景が暗転して元のホログラムの仮想空間に戻っていた。
勢いあまってファイヤーボールを放ってしまったが、火球はホログラムの風景をすり抜けていった。その様子を見てハッと我に返ったリリスは、自分の頬をパンパンと叩き、深く深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「我に返ったようだね。」
その声に振り返るとエイヴィスがにこやかに笑っていた。
「私ったら・・・とんでもない事をするところだったわ。」
そう言って自分を責めるリリスにエイヴィスは首を横に振り、
「先ほどの空間から切り離したので大丈夫じゃよ。それにお嬢ちゃんのお陰で儂の作業も仕上げる事が出来た。」
「エイヴィスさんの作業って・・・?」
リリスの頭には疑問が山のように渦巻いていた。そもそもあの空間は何だったのだろうか?
それにエイヴィスの存在も不明だ。
リリスの疑問を見透かしたようにエイヴィスは訥々と話し始めた。
「お嬢ちゃんが魔物と戦った空間は300年ほど前の現実の世界だ。子供向けの物語で山猫族と言って居るが、正確にはダークリンクスと言う種族で、猫耳を持つ獣人の中でも少数の特殊な種族だ。」
「山猫族は山犬族と居住地を奪い合う戦いを繰り返しておった。この山犬族と言うのも物語の後の方で敵対勢力として出てくるのだが、正確にはダークアーミンと言う種族で、これも犬耳の獣人の中でも稀有な存在じゃった。両者は戦闘を繰り返し、その挙句に山犬族が創り出したのがあのワームホールじゃ。異空間から大量の魔物を召喚出来る高度な魔法を生み出した山犬族の魔導士が、何度も山猫族に対して発動させ、最終的には種族の絶滅にまで持ち込もうとした。」
「それで山猫族って滅んだの?」
「うむ。僅かな者が生き残ったがあちらこちらに四散して、歴史の中に消えてしまったよ。だが儂はこのダークリンクスが滅びなかった世界をどうしても見たかった。それでこの物語の中に仮想空間を組み込み、それを過去の時空と連結してみた。この本を見る者の中で能力のありそうな者を誘っては過去の時空に移動させ、ダークアーミンの創り上げたワームホールをことごとく潰していった。お嬢ちゃんがその最後の仕上げだったのじゃよ。」
そこまで聞いてリリスは根本的な疑問に行き当たった。
「でもそもそも過去の歴史って書き換えられるの?」
「うむ。それなんじゃが・・・現時点であの過去の時空はこの世界から切り離されてしまった。並行世界を生み出してしまったようじゃ。だがいずれ数百年の後にはこの世界の時流に融合されていくのじゃろう。」
「この世界の管理者はダークリンクスの存在を、どうしても消し去ってしまいたいのじゃろうな。」
この世界の管理者って何?
それ以前にエイヴィスって何者なの?
リリスに多くの疑問を残しながら、エイヴィスの身体は徐々に薄れていく。
「待って! まだ聞きたいことがあるのよ。」
「これ以上話せる事は無い。だがお嬢ちゃんには本当に感謝しておるぞ。」
そう言いながらエイヴィスの身体はふっと消えていった。
それとともにリリスの意識も図書館の中に戻った。ふと横を見るとニーナが別の物語を読んでいた。ニーナはリリスが物語を読み終えたと思ったらしく、興味深そうな目でリリスを見つめた。
「ねえ、リリス。どうだった? 何か違和感がなかった?」
そう問われても答えようがない。
「う~ん。私が見る限り、気になるような違和感はなかったわよ。」
「そうかなあ? 私の思い過ごしだったのかしら?」
そう言って考え込むニーナにリリスは笑顔を向け、
「ニーナって探知能力がずば抜けて高いから、仮想空間の僅かな不具合や綻びも感じ取っちゃうんじゃないの?」
ニーナはリリスの言葉にう~んと唸って考え込んだが、気を取り直して他の書物を読み始めた。
リリスはニーナに嘘をついて若干後ろめたいような気持になったが、話したところであまりにも荒唐無稽だ。
リリスも気を取り直して山猫の物語をもう一度手にした。纏っている魔力が先ほどよりも少し弱くなっているように感じる。
夢でも見ていたと思いたいわね。
そう思いながらリリスはその本を書架に戻した。
その夜、リリスは再びあの夢を見た。
前回と同様に真っ白な部屋の中、自分の身体が浮かんでいてその部屋の天井の片隅に居る。部屋の中を俯瞰する形だ。
その部屋は会議室の様で、大きな白い円卓の周りに10脚ほどの白い椅子が並んでいる。これも前回と同じだ。部屋の扉が開き、数名の人物が入ってきた。全員が白衣白髪の老人達で、どれもが賢者様達である。
その老人達が各々の椅子に座ると、会議の座長が立ち上がって口を開いた。
「今回は緊急で集まって貰った。」
座長の開口一番の言葉に即座に反応したのは賢者ドルネアだ。
「奴が興奮して少しの間、正気を失った件か?」
ドルネアの言葉に座長はうむと頷いた。
「今日の昼の出来事は衝撃的だった。異空間での出来事ではあるが、自分が引き起こした惨状を目にして正気を失ったのだろう。だがそれだけで済む問題ではない。持ち合わせているスキルや能力が強大なために、予期せぬ事故を起こしかねないからだ。」
「勿論、心配し過ぎだと思われるかも知れんが、人族として生きていく以上は災厄の主となってはならん。」
座長の言葉にシューサックが嘲笑気味に、
「それもこれも座長が毒関連のスキルの強化を野放しにさせたからではないか。あれだけの数の魔物を強毒で屠ったら、誰でもおかしくなってしまうぞ。」
シューサックの言葉に座長は顔をしかめた。
「お前はそう言うが、その毒関連のスキルで魔物の大群を滅ぼせたのは事実だろう。論点はそこではない。」
「それは分かっておるよ。」
シューサックはそう言いながらキングドレイクの方に目を向けた。
「今回の原因は奴が与えた覇竜の加護の副作用だろう。」
そう言われたキングドレイクがうむと頷いた。
「儂もそれは理解しておる。覇竜の加護は疑似的なブレスを発動する際に、奴の脳内のリミッターを一時解除してしまう。それが2度も繰り返された事で、安易にリミッターが解除されるようになってしまったのだろう。」
キングドレイクの言葉に隣席のユーフィリアスが口を開いた。
「要するに癖になってしまったと言う事だな。」
「手っ取り早く言えばそう言う事だ。」
キングドレイクはそう答えて深くため息をついた。
「覇竜の加護はやはり人族には負担が大きすぎるようだ。むしろ無かった方が良かったのか?」
キングドレイクの自虐的な発言にシューサックが口調を和らげ、
「まあ、そう言うな。覇竜の加護のお陰で命拾いした事も事実だ。再度調整して済むことではないか。それに奴はまだ14歳だ。肉体的にもまだ成長期にある。それ故に肉体的には未成熟な箇所もある。また精神的にも未成熟な面もあるので、自分が引き起こした惨状を目にして我を失うのも無理はないと思うぞ。」
シューサックの言葉にユーフィリアスが疑問を持った。
「奴は精神年齢は大人ではなかったのか?」
「それはそうなのだが、すでに記憶の一部に留まっておる。時間が経つに連れて肉体年齢に近付いて行くのじゃよ。」
そう答えたシューサックに座長も言葉を付け加えた。
「そうなのだよ。我々も当初は分からなかったのだが、現実的にはそう言う傾向にある。精神年齢が逆行していると言って良い。いずれは肉体年齢に精神年齢が一致する時が来るのだろう。」
座長の言葉にユーフィリアスはう~んと言って考え込んだ。
その様子を見ながら座長が切り出した。
「それで・・・調整は可能なのか?」
座長の言葉にキングドレイクは少し考えて口を開いた。
「脳内のリミッターにあまり作用しないように調整しよう。その分疑似ブレスの威力は落ちるが止むを得まい。以前にも本人から、威力に伴う反作用が強すぎると言う意見も有ったのでなあ。」
「それなら尚の事調整を急いでくれ。」
座長の言葉にキングドレイクは強く頷いた。
結論が出たと判断して座長は立ち上がった。
「それではこれでこの場を解散する。各自持ち場に戻ってくれ。」
その言葉に参加者達は立ち上がり、静かに部屋を出て行った。
これって夢よね。
何度も見せられているけど夢よね。とても現実とは思えないし・・・。
それに各自の持ち場って何なのよ?
そんな疑問を持ちながらも、突然襲ってきた眠気に勝てず、リリスは深い闇に吸い込まれるように意識を失った。
翌朝。
ベッドの中でリリスの脳内に解析スキルの言葉が浮かび上がった。
『早朝から申し訳ありません。突発的な出来事でどう説明したら良いか・・・。』
『結論から言うと覇竜の加護の威力が2割ほど減少してしまいました。』
ああ、そう。
別にどうでも良いわよ、そんなもの。
『えっ? 随分連れない返事ですね。』
どのみち脳内のリミッターが解除されなくなったとか言うんでしょ?
『どうしてそれを・・・』
良いのよ。気にしないで。私の身体の負荷が少なくなるのならそれで良いわよ。
解析スキルに自分の思いを伝えながら、リリスは時計を見た。まだ起床時間まで30分ある。
もう少し寝かせてよ。昨夜は変な夢のお陰で眠りが浅かったからね。
そう伝えてリリスは再び眠りに就いた。解析スキルのう~んと言う唸り声のような思いをスルーしながら。
その日の昼休み。
時間を惜しんでリリスは生徒会の部屋に足を運んだ。来年度の新入生に対する、生徒会の活動内容の紹介パンフレットを作成しているのだ。
あと2か月も経てば新年度かあ。
リリスは改めて月日の経つのが早いと感じた。振り返ればあまりにも多くの出来事があって、あっという間に月日が流れていったと言う感覚だ。
少し感傷的になりながらも生徒会の部屋のドアを開くと、テーブルの向こう側にエリスとニーナが横並びに座って談笑していた。
この二人は元々気が合う仲だが、ダンジョンチャレンジを繰り返しているうちに、更に絆が深くなってきたようだ。
お互いを信頼出来るパートナーとして見ている事がありありと分かる。
「ニーナ。珍しいわね、こんな時間に生徒会の部屋に来るなんて。」
リリスが声を掛けるとエリスがパンフレットの原稿を手に持ち、
「ニーナ先輩が原稿造りを手伝ってくれると言うので甘えちゃいました。」
そう言って笑うエリスの傍でニーナがほほ笑んでいた。
そのニーナの胸元に見慣れない小さなアクセサリーが着いているのを見て、リリスはふとある事を思い出した。
そう言えば先日の臨時の休暇の時に、エリスがニーナを連れて王都にショッピングに行ったって言ってたわね。
リリスはエリスの傍に座ってにじり寄った。
「エリス。ニーナを連れて王都の何処を回ったの?」
リリスの目に少し羨望の気配を感じて、エリスは一瞬言葉に詰まった。
「えっ? ああ、王都の東の小さな商店が立ち並ぶ街区ですよ。」
エリスを庇う様にニーナが言葉をつなぐ。
「リリスが居ればもちろん誘っていたわよ。でも遠い他国に連れていかれたんだから、仕方が無かったのよね。」
う~ん。
連れていかれたと言う表現が妙にしっくりくるわね。
「でも少し驚きました。ニーナ先輩ったら王都の近くに屋敷があるのに、王都の事をほとんど知らないんですよ。」
エリスの言葉にニーナは軽く頷き、
「だって私ったら魔法学院に入学した頃までずっと虚弱体質で、おまけに魔力不足にも悩まされていて、ろくに外出も出来なかったのよ。」
そうそう。
それは『商人の枷』のせいだったわよね。
リリスは何気に解析スキルを発動させた。
ニーナの『商人の枷』はまだ残っているの?
『若干残っていましたが、現状では全く影響がありません。本人の成長と魔力量の増加に連れて、悪影響を相殺して封じ込めるような体質に変わりつつあるようです。』
そうなの!
それは良かったわ。
リリスはニーナに優し気な視線を送った。
「今は元気になったから良いんじゃないの。でもエリスって王都の事も良く知っているわね。」
「それって田舎者のくせにって続くんですか?」
エリスの突っ込みにリリスは若干たじろった。違うわよと言いながら手を横に振ると、エリスはニヤッと笑い、
「元々現場でのリサーチや情報収集は得意なんですよ。」
そう言いながらわざとらしく胸を張ったエリスである。
その様子にぷっと吹き出したニーナだが、ふとその表情が真顔に戻った。
「リリスはダンジョンチャレンジの原稿は書かないの?」
ニーナの言葉にエリスは即座にダメダメと手を横に強く振った。
「ダメですよ。リリス先輩が原稿を書いたら、ダンジョンチャレンジが極めて過酷な訓練だと思われちゃいますよ。」
「う~ん。それは確かにそうかも・・・」
「ニーナってば。そんなところで納得しないでよ。」
そう言いながらもリリスは強く反論出来ない。
「リリス先輩が加わると、途端にダンジョンの難易度が上がっちゃいますからね。」
エリスの言葉に苦笑いするリリスだが、思い返せば命懸けの目に何度も遭遇してきた。それもこれもタミアが絡んでいる。
とんでもない奴らと関わっちゃったわねえ。
自分で自分の運命に呆れるリリスであった。
その後それぞれの作業を進める事、約20分。
生徒会の部屋の扉をノックして誰かが入ってきた。
「あらっ! ご苦労様。」
そう言いながら入ってきたのは生徒会の会長のセーラだった。
長身でスタイルの良いセーラは最上級生になって、ますますその美貌に磨きがかかっているようだ。
「リリス、ここに居たのね。探したわよ。」
セーラの言葉にリリスはえっと驚いた。
「あなたに会わせたい子が居るのよ。」
セーラはそう言いながら扉の向こうに声を掛けた。
「リンディ。こちらに入ってきて。」
セーラの言葉に合わせて、部屋に入ってきたのは小柄な女生徒だ。
しかも色白で猫耳の獣人である。
「あらっ? リンディ、どうしたの?」
そう声を掛けたのはエリスだ。獣人の女生徒はエリスに笑顔で手を振った。
「リンディは私のクラスの同級生ですよ。」
エリスの言葉にリリスはふと思い出した。生徒会の仕事に携わっているので、新入生の中に獣人の女生徒がいる事は前もって知っていた。だが入学式当日実際に目にすると、実に可愛い女子だと言う印象を受けていたのだ。
「それで私に何の用なの?」
リリスの言葉にセーラはニコッと笑い、
「どうしてもリリスに話したい事があるそうよ。来賓用のブースを使って良いから、そこでお話ししなさい。」
セーラはそう言うと、生徒会の部屋に隣接する来賓用のブースの扉の鍵をリンディに手渡した。リンディはハイと答えてブースの扉を開け、先に入ってリリスを促した。
「ほぼ初対面の私に話って何だろうか?」
漠然とした疑問を胸にリリスはブースに入っていったのだった。
その様子に慌てふためいたエイヴィスがパチンと指を鳴らすと、リリスの周囲の風景が暗転して元のホログラムの仮想空間に戻っていた。
勢いあまってファイヤーボールを放ってしまったが、火球はホログラムの風景をすり抜けていった。その様子を見てハッと我に返ったリリスは、自分の頬をパンパンと叩き、深く深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「我に返ったようだね。」
その声に振り返るとエイヴィスがにこやかに笑っていた。
「私ったら・・・とんでもない事をするところだったわ。」
そう言って自分を責めるリリスにエイヴィスは首を横に振り、
「先ほどの空間から切り離したので大丈夫じゃよ。それにお嬢ちゃんのお陰で儂の作業も仕上げる事が出来た。」
「エイヴィスさんの作業って・・・?」
リリスの頭には疑問が山のように渦巻いていた。そもそもあの空間は何だったのだろうか?
それにエイヴィスの存在も不明だ。
リリスの疑問を見透かしたようにエイヴィスは訥々と話し始めた。
「お嬢ちゃんが魔物と戦った空間は300年ほど前の現実の世界だ。子供向けの物語で山猫族と言って居るが、正確にはダークリンクスと言う種族で、猫耳を持つ獣人の中でも少数の特殊な種族だ。」
「山猫族は山犬族と居住地を奪い合う戦いを繰り返しておった。この山犬族と言うのも物語の後の方で敵対勢力として出てくるのだが、正確にはダークアーミンと言う種族で、これも犬耳の獣人の中でも稀有な存在じゃった。両者は戦闘を繰り返し、その挙句に山犬族が創り出したのがあのワームホールじゃ。異空間から大量の魔物を召喚出来る高度な魔法を生み出した山犬族の魔導士が、何度も山猫族に対して発動させ、最終的には種族の絶滅にまで持ち込もうとした。」
「それで山猫族って滅んだの?」
「うむ。僅かな者が生き残ったがあちらこちらに四散して、歴史の中に消えてしまったよ。だが儂はこのダークリンクスが滅びなかった世界をどうしても見たかった。それでこの物語の中に仮想空間を組み込み、それを過去の時空と連結してみた。この本を見る者の中で能力のありそうな者を誘っては過去の時空に移動させ、ダークアーミンの創り上げたワームホールをことごとく潰していった。お嬢ちゃんがその最後の仕上げだったのじゃよ。」
そこまで聞いてリリスは根本的な疑問に行き当たった。
「でもそもそも過去の歴史って書き換えられるの?」
「うむ。それなんじゃが・・・現時点であの過去の時空はこの世界から切り離されてしまった。並行世界を生み出してしまったようじゃ。だがいずれ数百年の後にはこの世界の時流に融合されていくのじゃろう。」
「この世界の管理者はダークリンクスの存在を、どうしても消し去ってしまいたいのじゃろうな。」
この世界の管理者って何?
それ以前にエイヴィスって何者なの?
リリスに多くの疑問を残しながら、エイヴィスの身体は徐々に薄れていく。
「待って! まだ聞きたいことがあるのよ。」
「これ以上話せる事は無い。だがお嬢ちゃんには本当に感謝しておるぞ。」
そう言いながらエイヴィスの身体はふっと消えていった。
それとともにリリスの意識も図書館の中に戻った。ふと横を見るとニーナが別の物語を読んでいた。ニーナはリリスが物語を読み終えたと思ったらしく、興味深そうな目でリリスを見つめた。
「ねえ、リリス。どうだった? 何か違和感がなかった?」
そう問われても答えようがない。
「う~ん。私が見る限り、気になるような違和感はなかったわよ。」
「そうかなあ? 私の思い過ごしだったのかしら?」
そう言って考え込むニーナにリリスは笑顔を向け、
「ニーナって探知能力がずば抜けて高いから、仮想空間の僅かな不具合や綻びも感じ取っちゃうんじゃないの?」
ニーナはリリスの言葉にう~んと唸って考え込んだが、気を取り直して他の書物を読み始めた。
リリスはニーナに嘘をついて若干後ろめたいような気持になったが、話したところであまりにも荒唐無稽だ。
リリスも気を取り直して山猫の物語をもう一度手にした。纏っている魔力が先ほどよりも少し弱くなっているように感じる。
夢でも見ていたと思いたいわね。
そう思いながらリリスはその本を書架に戻した。
その夜、リリスは再びあの夢を見た。
前回と同様に真っ白な部屋の中、自分の身体が浮かんでいてその部屋の天井の片隅に居る。部屋の中を俯瞰する形だ。
その部屋は会議室の様で、大きな白い円卓の周りに10脚ほどの白い椅子が並んでいる。これも前回と同じだ。部屋の扉が開き、数名の人物が入ってきた。全員が白衣白髪の老人達で、どれもが賢者様達である。
その老人達が各々の椅子に座ると、会議の座長が立ち上がって口を開いた。
「今回は緊急で集まって貰った。」
座長の開口一番の言葉に即座に反応したのは賢者ドルネアだ。
「奴が興奮して少しの間、正気を失った件か?」
ドルネアの言葉に座長はうむと頷いた。
「今日の昼の出来事は衝撃的だった。異空間での出来事ではあるが、自分が引き起こした惨状を目にして正気を失ったのだろう。だがそれだけで済む問題ではない。持ち合わせているスキルや能力が強大なために、予期せぬ事故を起こしかねないからだ。」
「勿論、心配し過ぎだと思われるかも知れんが、人族として生きていく以上は災厄の主となってはならん。」
座長の言葉にシューサックが嘲笑気味に、
「それもこれも座長が毒関連のスキルの強化を野放しにさせたからではないか。あれだけの数の魔物を強毒で屠ったら、誰でもおかしくなってしまうぞ。」
シューサックの言葉に座長は顔をしかめた。
「お前はそう言うが、その毒関連のスキルで魔物の大群を滅ぼせたのは事実だろう。論点はそこではない。」
「それは分かっておるよ。」
シューサックはそう言いながらキングドレイクの方に目を向けた。
「今回の原因は奴が与えた覇竜の加護の副作用だろう。」
そう言われたキングドレイクがうむと頷いた。
「儂もそれは理解しておる。覇竜の加護は疑似的なブレスを発動する際に、奴の脳内のリミッターを一時解除してしまう。それが2度も繰り返された事で、安易にリミッターが解除されるようになってしまったのだろう。」
キングドレイクの言葉に隣席のユーフィリアスが口を開いた。
「要するに癖になってしまったと言う事だな。」
「手っ取り早く言えばそう言う事だ。」
キングドレイクはそう答えて深くため息をついた。
「覇竜の加護はやはり人族には負担が大きすぎるようだ。むしろ無かった方が良かったのか?」
キングドレイクの自虐的な発言にシューサックが口調を和らげ、
「まあ、そう言うな。覇竜の加護のお陰で命拾いした事も事実だ。再度調整して済むことではないか。それに奴はまだ14歳だ。肉体的にもまだ成長期にある。それ故に肉体的には未成熟な箇所もある。また精神的にも未成熟な面もあるので、自分が引き起こした惨状を目にして我を失うのも無理はないと思うぞ。」
シューサックの言葉にユーフィリアスが疑問を持った。
「奴は精神年齢は大人ではなかったのか?」
「それはそうなのだが、すでに記憶の一部に留まっておる。時間が経つに連れて肉体年齢に近付いて行くのじゃよ。」
そう答えたシューサックに座長も言葉を付け加えた。
「そうなのだよ。我々も当初は分からなかったのだが、現実的にはそう言う傾向にある。精神年齢が逆行していると言って良い。いずれは肉体年齢に精神年齢が一致する時が来るのだろう。」
座長の言葉にユーフィリアスはう~んと言って考え込んだ。
その様子を見ながら座長が切り出した。
「それで・・・調整は可能なのか?」
座長の言葉にキングドレイクは少し考えて口を開いた。
「脳内のリミッターにあまり作用しないように調整しよう。その分疑似ブレスの威力は落ちるが止むを得まい。以前にも本人から、威力に伴う反作用が強すぎると言う意見も有ったのでなあ。」
「それなら尚の事調整を急いでくれ。」
座長の言葉にキングドレイクは強く頷いた。
結論が出たと判断して座長は立ち上がった。
「それではこれでこの場を解散する。各自持ち場に戻ってくれ。」
その言葉に参加者達は立ち上がり、静かに部屋を出て行った。
これって夢よね。
何度も見せられているけど夢よね。とても現実とは思えないし・・・。
それに各自の持ち場って何なのよ?
そんな疑問を持ちながらも、突然襲ってきた眠気に勝てず、リリスは深い闇に吸い込まれるように意識を失った。
翌朝。
ベッドの中でリリスの脳内に解析スキルの言葉が浮かび上がった。
『早朝から申し訳ありません。突発的な出来事でどう説明したら良いか・・・。』
『結論から言うと覇竜の加護の威力が2割ほど減少してしまいました。』
ああ、そう。
別にどうでも良いわよ、そんなもの。
『えっ? 随分連れない返事ですね。』
どのみち脳内のリミッターが解除されなくなったとか言うんでしょ?
『どうしてそれを・・・』
良いのよ。気にしないで。私の身体の負荷が少なくなるのならそれで良いわよ。
解析スキルに自分の思いを伝えながら、リリスは時計を見た。まだ起床時間まで30分ある。
もう少し寝かせてよ。昨夜は変な夢のお陰で眠りが浅かったからね。
そう伝えてリリスは再び眠りに就いた。解析スキルのう~んと言う唸り声のような思いをスルーしながら。
その日の昼休み。
時間を惜しんでリリスは生徒会の部屋に足を運んだ。来年度の新入生に対する、生徒会の活動内容の紹介パンフレットを作成しているのだ。
あと2か月も経てば新年度かあ。
リリスは改めて月日の経つのが早いと感じた。振り返ればあまりにも多くの出来事があって、あっという間に月日が流れていったと言う感覚だ。
少し感傷的になりながらも生徒会の部屋のドアを開くと、テーブルの向こう側にエリスとニーナが横並びに座って談笑していた。
この二人は元々気が合う仲だが、ダンジョンチャレンジを繰り返しているうちに、更に絆が深くなってきたようだ。
お互いを信頼出来るパートナーとして見ている事がありありと分かる。
「ニーナ。珍しいわね、こんな時間に生徒会の部屋に来るなんて。」
リリスが声を掛けるとエリスがパンフレットの原稿を手に持ち、
「ニーナ先輩が原稿造りを手伝ってくれると言うので甘えちゃいました。」
そう言って笑うエリスの傍でニーナがほほ笑んでいた。
そのニーナの胸元に見慣れない小さなアクセサリーが着いているのを見て、リリスはふとある事を思い出した。
そう言えば先日の臨時の休暇の時に、エリスがニーナを連れて王都にショッピングに行ったって言ってたわね。
リリスはエリスの傍に座ってにじり寄った。
「エリス。ニーナを連れて王都の何処を回ったの?」
リリスの目に少し羨望の気配を感じて、エリスは一瞬言葉に詰まった。
「えっ? ああ、王都の東の小さな商店が立ち並ぶ街区ですよ。」
エリスを庇う様にニーナが言葉をつなぐ。
「リリスが居ればもちろん誘っていたわよ。でも遠い他国に連れていかれたんだから、仕方が無かったのよね。」
う~ん。
連れていかれたと言う表現が妙にしっくりくるわね。
「でも少し驚きました。ニーナ先輩ったら王都の近くに屋敷があるのに、王都の事をほとんど知らないんですよ。」
エリスの言葉にニーナは軽く頷き、
「だって私ったら魔法学院に入学した頃までずっと虚弱体質で、おまけに魔力不足にも悩まされていて、ろくに外出も出来なかったのよ。」
そうそう。
それは『商人の枷』のせいだったわよね。
リリスは何気に解析スキルを発動させた。
ニーナの『商人の枷』はまだ残っているの?
『若干残っていましたが、現状では全く影響がありません。本人の成長と魔力量の増加に連れて、悪影響を相殺して封じ込めるような体質に変わりつつあるようです。』
そうなの!
それは良かったわ。
リリスはニーナに優し気な視線を送った。
「今は元気になったから良いんじゃないの。でもエリスって王都の事も良く知っているわね。」
「それって田舎者のくせにって続くんですか?」
エリスの突っ込みにリリスは若干たじろった。違うわよと言いながら手を横に振ると、エリスはニヤッと笑い、
「元々現場でのリサーチや情報収集は得意なんですよ。」
そう言いながらわざとらしく胸を張ったエリスである。
その様子にぷっと吹き出したニーナだが、ふとその表情が真顔に戻った。
「リリスはダンジョンチャレンジの原稿は書かないの?」
ニーナの言葉にエリスは即座にダメダメと手を横に強く振った。
「ダメですよ。リリス先輩が原稿を書いたら、ダンジョンチャレンジが極めて過酷な訓練だと思われちゃいますよ。」
「う~ん。それは確かにそうかも・・・」
「ニーナってば。そんなところで納得しないでよ。」
そう言いながらもリリスは強く反論出来ない。
「リリス先輩が加わると、途端にダンジョンの難易度が上がっちゃいますからね。」
エリスの言葉に苦笑いするリリスだが、思い返せば命懸けの目に何度も遭遇してきた。それもこれもタミアが絡んでいる。
とんでもない奴らと関わっちゃったわねえ。
自分で自分の運命に呆れるリリスであった。
その後それぞれの作業を進める事、約20分。
生徒会の部屋の扉をノックして誰かが入ってきた。
「あらっ! ご苦労様。」
そう言いながら入ってきたのは生徒会の会長のセーラだった。
長身でスタイルの良いセーラは最上級生になって、ますますその美貌に磨きがかかっているようだ。
「リリス、ここに居たのね。探したわよ。」
セーラの言葉にリリスはえっと驚いた。
「あなたに会わせたい子が居るのよ。」
セーラはそう言いながら扉の向こうに声を掛けた。
「リンディ。こちらに入ってきて。」
セーラの言葉に合わせて、部屋に入ってきたのは小柄な女生徒だ。
しかも色白で猫耳の獣人である。
「あらっ? リンディ、どうしたの?」
そう声を掛けたのはエリスだ。獣人の女生徒はエリスに笑顔で手を振った。
「リンディは私のクラスの同級生ですよ。」
エリスの言葉にリリスはふと思い出した。生徒会の仕事に携わっているので、新入生の中に獣人の女生徒がいる事は前もって知っていた。だが入学式当日実際に目にすると、実に可愛い女子だと言う印象を受けていたのだ。
「それで私に何の用なの?」
リリスの言葉にセーラはニコッと笑い、
「どうしてもリリスに話したい事があるそうよ。来賓用のブースを使って良いから、そこでお話ししなさい。」
セーラはそう言うと、生徒会の部屋に隣接する来賓用のブースの扉の鍵をリンディに手渡した。リンディはハイと答えてブースの扉を開け、先に入ってリリスを促した。
「ほぼ初対面の私に話って何だろうか?」
漠然とした疑問を胸にリリスはブースに入っていったのだった。
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偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。
彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。
「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」
強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
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