落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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古都の神殿4

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リリスがアストレア神聖王国から帰還して数日後。

リリスの自室には小人と芋虫が訪れていた。フィリップ王子とメリンダ王女である。
リリスのアストレア神聖王国での様子を聞きに来たのだが、同時にフィリップ王子から父親である国王様の様子を聞かされた。

「風邪をこじらせたんだけど、少し大袈裟に周りの者が騒いだのでね。ちょっとした騒動になっちゃったんだよ。」

小人の話にリリスはうんうんと頷いた。

「それで先日お会いした時に、一言も喋らなかったのですね。」

「そうなんだよ。使い魔に五感を共有している余裕も無くて、メルに預けて芋虫の足代わりにしていただけだったんだ。」

小人の言葉に芋虫が説明を付け加える。

「私の闇魔法で完全に制御していたから、眷属になったようなものよね。」

そう言って芋虫がガハハと笑った。

それって今回に限った事じゃないでしょ。
何時も殿下を眷属のように扱っているじゃないの。

そう心の中で突っ込んだリリスだったが、表情はあくまでも穏やかだ。

リリスはアストレア神聖王国での出来事を話し、帰りに王都で買ってきたお土産を二人に渡した。
だがしばらく談笑していた渦中に、リリスの身に着けていた魔道具が振動し、ピンピンピンと小さな警告音を放ち始めた。

うっ!
真希ちゃんからだ!

まだ別れてから数日しか経っていないのに、真希の身に何があったのだろうか?

リリスは訝しげに魔道具を見つめる小人と芋虫をスルーし、マルタに渡した魔道具の位置情報を割り出すと、魔力を集中させてその位置に使い魔のピクシーを召喚させた。
これでマルタの傍にピクシーが召喚されたはずだ。

「それって緊急連絡用の魔道具なの?」

問い尋ねる芋虫にリリスはマルタの事情を簡単に説明した。勿論中身が真希と言う日本人である事は伏せている。
聖女の使命を終え、アストレア神聖王国の古都に赴任した若い女性の大祭司が、危険な目に遭っている可能性が高いと伝えると、芋虫と小人は急に身を乗り出してきた。

「それって何となく神殿や国家の陰謀が絡んでいそうね。」

勘の鋭いメリンダ王女である。

「でもどうしてそんな立場の女性と知り合ったんだい?」

小人が興味深そうに話し掛けて来た。

「古都の神殿を訪れた時、色々と話が弾んで、身の上話にまで及んだんです。それでその大祭司、マルタさんはビストリア公国の国家機密を知ってしまったので、口封じをされるかも知れないって言うので、とりあえず魔道具を渡しておいたんですよ。」

リリスの言葉に小人はう~んと唸った。

「リリスがそこまで心配するからには、その大祭司の話の信憑性が高いのだろうね。でもそれでどうするつもりなんだ?」

「まずは・・・状況を聞いてみます。すでに危険な目に遭っているとは思えないので。」

そう言うと、リリスは魔力を集中させ、自身が召喚した使い魔と思念でコンタクトを取った。ほどなく使い魔からの応答があったので、五感を共有させると、目の前にマルタの顔が浮かび上がった。
使い魔の目を通してマルタとリリスが対峙している状態だ。

だがメリンダ王女やフィリップ王子もその様子を見て、野次馬になってしまった。リリスの肩に芋虫と小人がくっつくと、闇魔法の魔力を纏わらせながらリリスの意識の中に無理矢理侵入してきた。

「ちょっと待ってよ、メル!・・・どうしてこんな事が出来るのよ!」

リリスが使い魔を通してマルタを見つめるその視界の上の方に、ワイプ画面のように小さく芋虫と小人が写り込んでいた。

「へへへへへッ。あんたと使い魔の繋がる意識の回線に紛れ込んでやったわ。」

メリンダ王女は闇魔法をレベルアップさせたのだろうか?
驚いたのはリリスだけではなかった。

マルタも使い魔のピクシーの上に突然、芋虫と小人がミニサイズで現れたので、思わずじっと見つめてしまった。

どうやらリリスの傍に誰かの使い魔が2体いるらしい。直ぐにそう判断してマルタはリリスに紗季と呼ぶのを控えた。

「リリスちゃん。急に呼び出してごめんなさいね。でも・・・このお二人はどなたなの?」

その場の空気を読んでリリスちゃんと呼びかけたマルタに、リリスも少し安堵した。

「ごめんなさい、マルタさん。ここに居るのは・・・」

リリスの言葉を遮って2体の使い魔が声を上げた。

「私はメリンダ。リリスの1年後輩の学生よ。」

「僕はフィリップ。メリンダの兄の友達だ。」

まあ、表現として間違ってはいない。肩書や呼称は抜けているけれども・・・。

マルタが初めましてと挨拶をしたので、リリスは早速尋ねてみた。

「それでマルタさん。何かあったの?」

「それがねえ、リリスちゃん。私の身の回りの世話をする神官の中に、私の行動を見張っている女性が居るのが分かったのよ。」

う~ん。
予想していた事ではあったが・・・。

「その女性があの秘薬を飲んだかと毎日しつこく聞いてくるの。それで止む無く飲むんだけど、キツイ薬だから頭が痛くなっちゃって・・・」

「マルタさんってもう健康体になっているから、あの秘薬って身体に悪いんじゃないの?」

「そうなのよね。でもパッシブ状態で解毒スキルが発動しているから、直ぐに消えてしまうんだけどね。」

マルタの言葉にリリスはホッとした。
解毒スキルをコピーさせておいて良かったと、心底思ったリリスである。

「私はエクストラヒールも持っているんだけど、自分に発動させるためには、どうしてもタイムラグがあるのよね。致死毒だったら間に合わない可能性だってある。その点、解毒スキルはパッシブ状態から瞬時に反応してくれるから助かるわ。」

マルタの表情にも笑顔が見える。だが話はそれで終わりではなかった。

「実は、今朝の食事から毎食、解毒スキルが発動しちゃうのよ。これってヤバいわよね。」

いやいや。
そんなに落ち着いて話す状況じゃないでしょ!

「マルタさん・・・毒を盛られているの?」

「そんなに強いものじゃないと思う。微量に配合して徐々に弱らせるパターンかしらね。」

他人事みたいに話すマルタだが、それを聞いていたメリンダ王女も心配を募らせていた。

「ねえねえ。マルタさん。早めに逃げ出した方が良いんじゃないの?」

マルタはリリスの使い魔の上についている芋虫を見つめた。

「それがそうもいかないのよ、メリンダさん。私は赴任したばかりの大祭司なのでね。」

「う~ん。仕事熱心なのは分かるけど、命あっての物種よ。何ならミラ王国に人事して貰おうかしら?」

芋虫の言葉に小人が口を挟んだ。

「メル。そんなに簡単にはいかないよ。聖魔法の神殿の大祭司や神官の職務は、その国の管轄じゃないからね。」

「それじゃあ、一旦退職してこっちで再就職したら良いのよ。だってミラ王国の神殿って、アストレア神聖王国やビストリア公国の影響を受けていないわよ。それって管轄が違うって事でしょ?」

メリンダ王女の言葉にフィリップ王子もう~んと唸って考え込んだ。
リリスはそれもありかなと思ったのだが、マルタの気持ちは優先してあげたい。

「マルタさんはその神殿の大祭司の後任が必要なのね。」

「うん。このまま投げ出すのも気が引けてねえ。」

随分呑気なマルタだが、その置かれている状況は掴めた。

「とりあえず今直ちに命が狙われる事は無さそうね。でも何時までも元気だと、焦って凶行に及ぶ可能性もあるかも。亜空間シールドをパッシブで発動しておいた方が良いですよ。マルタさんは魔力量が豊富だから、それでも大丈夫よね?」

「ええ、大丈夫よ。そうするわ。」

マルタの言葉にリリスは少し安心した。だがマルタの置かれている状況がメリンダ王女は腑に落ちない。
使い魔の芋虫がう~んと唸って考え込む様子を見せた。

「どうも良く分からないわね。どうしてもマルタさんが邪魔なら、母国にいるうちに始末するんじゃないのかなあ。」

「ちょっと! メル、物騒な事を言わないでよ!」

思わず叫んだリリスだが、小人がリリスを落ち着かせながら、自身の類推を話し始めた。

「これは僕の想像だが、マルタさんの処遇を決めている連中が一枚岩じゃないのだろうね。強硬な手段を望む者と温情を掛けようとする者が居るのだろう。温情を掛ける者の力によって、他国で大祭司に赴任するところまでは漕ぎ着けた。だが強硬な手段を望む者がそれでは納得出来ず、実力行使に出て来たんだと思うよ。」

小人の話にマルタはうんうんと頷いた。

「確かにそうなのかも知れません。王家にも聖女として称えて下さった方がそれなりに居ましたので。」

マルタはそう言うとその場で立ち上がった。

「もう直ぐ祭祀がありますので、私も準備をしなければなりません。また何かあったら連絡しますね。」

「分かったわ、マルタさん。くれぐれも気を付けてね。」

そう言いながらリリスは使い魔の召喚状態を即座に断った。

だが、

「リリス! 急に切らないでよ!」

そう叫んだのはリリスの肩にへばり付いていた芋虫だった。芋虫が頭をぐるぐると回転させている。

「ああ、頭が痛い。急に回線を遮断されて、反動が来ちゃったわ。お兄様、大丈夫?」

芋虫が小人に話し掛けたが返答がない。

「あらまあ、失神しちゃったのかしら? リリス、小人の身体を軽く叩いてみて!」

リリスは芋虫の言う通りに小人の身体を叩き、大丈夫かと声を掛けた。

全く反応が無い。

だがほどなく小人の身体がビクッと震え、緩やかに動き始めた。

「ああ、酷い目に遭った。誰かに頭を殴られたのかと思ったよ。」

小人はそう言うと、コリをほぐすように首をぐるぐると回し始めた。

「とりあえず私達はこれで帰るわ。」

芋虫の言葉に小人は頷きながら、

「僕も帰るよ。それと、ミラ王国の王都の神殿で、大祭司にアストレア神聖王国の神殿との関係性を聞いてみるよ。」

そう言って退出しようとする小人に、リリスはよろしくお願いしますと声を掛けて見送った。






その一週間後。

リリスの自室に紫のガーゴイルが訪れていた。

何事かと案じたリリスであったが、用件は両親からの安否確認であった。領地を離れ学生寮に入寮生活をしているので、心配してくれる気持ちはありがたいのだが、ユリアスに使い走りをさせるとは思いもしなかった。

「申し訳ありません、ユリアス様。些細な用事でここに来て下さるなんて・・・」

そう言って労うリリスにガーゴイルは首を横に振った。

「いやいや、構わんよ。お前の両親の気持ちも良く分かる。それに儂もお前に、最近の豊穣の神殿の様子を教えてあげようと思ってな。」

ガーゴイルはソファに座ると最近の豊穣の神殿と、その周りの飲食店や宿舎や休憩施設の充実ぶりを滔々と話し始めた。どうやら参道周辺だけでなく、神殿の周囲が広範囲に開発されたようだ。
ユリアスは週に一度、魔法学院の敷地にあるレミア族の地下遺跡にも訪れ、賢者ドルネアの残した書物やレミア族の遺物等の整理と研究に勤しんでいるそうだ。

「日々充実していて何よりですね。ご先祖様が毎日楽しく過ごして下されば、子孫にも福が来ますよ。」

リリスの言葉にガーゴイルもうんうんと嬉しそうに頷いた。

「随分年寄りじみた話をするじゃないか。お前は精神的には年齢不詳だな。」

「ユリアス様だって年齢不詳じゃないですか。お互い様ですよ。」

そう言いながらリリスは、ユリアスから手渡されたアクセサリーを嬉しそうに触れていた。弟のアレンが両親と旅行に出かけた際、旅先でリリスの為に選んでくれたものだと言う。
年の離れた姉思いの弟の心遣いが実にありがたい。

何時までも大切にしようと思ってそのアクセサリーを懐に入れたその時、突然魔道具の警告音がピンピンピンと鳴り始めた。

ええっ!
どうしたの?
真希ちゃんの身にまた何か起きたの?

リリスは焦りながらも魔道具に魔力を流して、真希の居場所を割り出した。

「リリス、何事だ? それは緊急連絡用の魔道具じゃないか。」

「ええ、実は先日、アストレア神聖王国の古都の神殿で大祭司様と知り合って・・・」

心配そうに問い掛けるユリアスに対して、リリスはマルタの事を簡単に説明した。

「そうか。それは心配だな。相手先に使い魔を召喚するのなら、儂もそちらに向かおう。」

そう言いながらガーゴイルは魔道具に流れるリリスの魔力に干渉し、召喚先を無理矢理割り出した。

「ユリアス様。ついてくるのは構いませんが、くれぐれもリッチの姿で現れないで下さいね。大祭司様が驚いちゃいますから。」

「そうだな。驚く程度なら良いが、咄嗟に浄化されては堪らんからな。」

「そうですよねえ。聖女まで務めた大祭司様ですからね。その気になれば跡形もなく浄化されちゃいますよ。」

リリスの言葉にガーゴイルは突然動きを止めた。

「う~ん。止めておこうかな・・・」

あらあら、怖気付いちゃったわ。冗談で言ったのに。

「折角その気になったんだから、ついてきて下さいよ。私もユリアス様が一緒なら心強いので。」

リリスに促されて、ガーゴイルは闇魔法で転移した。

あっ! 先に行っちゃった!
突然真希ちゃんの前にガーゴイルが現れたら、本当に浄化されちゃうわよ。

リリスは慌てて魔道具が発信する位置情報に合わせ、使い魔を召喚させたのだった。







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