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獣人の国 再訪1
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マキの救出から数日後。
メリンダ王女の配慮もあって、マキは王都の神殿の祭司ケルビンの出迎えを受け、神殿で祭司として務める事になった。
顔つきも若干偽装し、魔力の波長も少し偽装したので、例え諜報者が見ても、少しマルタに似ている程度にしか感じられないはずだ。
見た目は清楚な美人である。性格も元々面倒見が良いので、王都での評判も徐々に広がっていった。
それはリリスにとっても喜ばしい事である。
この日の授業を終え、自室に戻ったリリスが真っ先に目にしたのは、ソファの上で寛いでいる小人と芋虫、そしてソファの上でホバリングしているブルーの衣装のピクシーだった。相変わらず神出鬼没の連中だ。リリスもこの状態に慣れてしまっている自分を呆れてしまうのだが、自虐的な事を考えても意味がないので、自然体でこの状態を受け入れている。
3体の使い魔達に用件を聞くと、単に遊びに来ただけだと言う。
まあ、良いんだけどね。
そう思ってリリスはピクシーに目を向けた。
「メル。マキさんの事でお世話になったわね。ありがとう。」
そう言って小人の肩に生えた芋虫に、リリスは深々と頭を下げた。
「あら、良いのよ。優秀なヒーラーは国にとっても民にとっても必要だもの。」
芋虫の言葉に小人がうんうんと頷いた。
「そうだよ、リリス。あれだけのステータスの持ち主だから、軍も何かと協力依頼をするとは思うけどね。」
「それって戦場に駆り出されるって事ですか?」
不安な表情のリリスに小人はハハハと笑い、
「最前線に行けと言っているわけじゃないよ。野戦病院と言う事もあるし、軍の施設内での奉仕と言う事もある。神殿の所属である以上、軍も危険な目には遭わせないはずだからね。」
その言葉を聞いてリリスも少し安心した。マキも聖女であった頃には幾つもの修羅場を経験してきただろうが、このミラ王国に来てまでそんな辛い経験をさせたくない。それは以前の世界で先輩であったリリスの後輩への思いである。
ふうっと息をついてリリスはソファに深くもたれかかった。
「そう言えば、最近タミアを見ないわね。どこか遠くにでも行ったの?」
ブルーの衣装のピクシーはケラケラと笑いながらリリスに近付いた。
「あいつはウィンディに付け回されちゃって、煩わしいから引き籠っているのよ。」
「へ~。タミアでも苦手なものがあるのね。」
リリスの言葉にピクシーが少し考える仕草をした。
「苦手ってわけじゃないのよね。煽られるのが嫌だと思うわよ。でもウィンディも本気じゃないんだけどね。」
「面白がってやっているの?」
「うん。今の状態ではね。でも亜神として降臨した時は本気で煽るのよ。風の亜神は火の亜神の狂気の源だからね。」
うっ!
嫌な事を聞いちゃったわ。
狂気に満ちた火の亜神が大陸中、否、この星の地表の全てを焼き尽くすのね。
想像するだけでおぞましい・・・。
今更ながらとんでもない連中だ。
傍で聞いていた小人と芋虫も苦笑いをしている。
そう言うリアクションしか取れないわよね。
そう思いながらリリスは、床に置いていたカバンが震えているのに気が付いた。
慌ててカバンを取り中を探ると、緊急連絡用の魔道具が点滅し振動しているのが見えた。マキからの緊急連絡だ。
その魔道具を取り出すと芋虫が伸び上がるように身を乗り出してきた。
「あらっ? まだそんなものを持っていたの? もうすでにこの国で別人に偽装しているのに、危険な目に遭う事なんてあるの?」
「ああ、これって単なる連絡用なのよ。サイレントモードで警告音は切ってあるから。何の用かしら?」
リリスは魔道具の位置情報を割り出し、使い魔をその位置情報の場所に召喚させようとした。
「私達も付いて行くわね!」
芋虫の言葉と同時に小人がリリスの背中にポンと飛び乗った。その途端にリリスの頭の中が掻き回されるような感覚を覚えた。
「また特殊な憑依の仕方をするつもりなの?」
「まあ、そう嫌がらないでよ。」
芋虫の言葉と共にリリスの五感に何かが侵入してくるように感じられる。
何処でこんな術を覚えたのよ!
もしかしてゲルに教えてもらったのかしら?
リリスの脳裏に闇の亜神の本体のかけら・・・引き籠りのゲルの姿が思い浮かんだ。
それと同時に『まあ、そんなところよ。』と言うメリンダ王女の心の声が伝わってきた。
呆れたものだと思いながらリリスは五感を共有させた使い魔を、マキの元に召喚させた。
瞬時にリリスの目に映ってきたのは神殿の中の小さな部屋だった。周りを見回すとマキが立っていて手を振っている。
その表情から見て緊急事態ではなさそうだ。
マキの優し気な顔がリリスの近付いて来た。
「ごめんね、リリスちゃん。呼び出しちゃって迷惑だった?」
「そんな事は無いわよ。」
マキはリリスの周りに目を配り、
「今日も誰かがついて来たのね。その芋虫はメリンダ様でしたよね。小人は・・・フィリップ様。でもその後ろにいるピクシーはどなたなの?」
えっ?
驚いてリリスが使い魔の両肩を見ると芋虫と小人が憑依しているだけだ。だがさらに後ろに首を向けると、そこにはブルーの衣装を着たピクシーが宙に浮かんで笑っていた。
「面白そうだからついてきちゃったわ。」
ユリアだ。
「どうやってこの場所の位置情報を割り出したの?」
「そんな特別な事はしていないわよ。リリスの意識の向かった方向に亜空間から移動しただけだから。」
それが特殊だって言うのよ!
そう突っ込みを入れようと思ったものの、マキに何と言って説明すれば良いのか、リリスは思いつかなかった。そのリリスの様子を見てユリアは気を利かせたようで、
「私はユリア。水の亜神の使いなのよ。」
「水の亜神の使い・・・・・ですか?」
首を傾げるマキの様子を見てピクシーが小人に向けて口を開いた。
「ほら、フィリップ。あんたからも説明してよ。」
「ええっ! 殿下を呼び捨てですか?」
驚きの種の尽きないマキに小人も失笑するばかりで、
「我が国もユリアには色々とお世話になっているんだよ。」
そう答えるのが精一杯だった。少し気拙い雰囲気が漂う。
マキもこれ以上聞いても良く分からないだろうと思って話題を変えた。
「それでリリスちゃんを呼んだのは・・・・・軍から従軍依頼を受けたのよ。3日後にアブリル王国で魔物の駆除に向かうって言うの。」
アブリル王国と聞いてリリスは即座にワームホールを思い出した。
だがリリスが口を開く前に芋虫がマキに言葉を掛けた。
「それってワームホールから出てくる魔物の駆除よね。どこかのダンジョンに繋がっているって話だけど・・・。そう言えばリリスも経験済みだったわね。」
「あれ? どうしてメルが知っているの? エリスやリンディから聞いたの?」
リリスの問い掛けに芋虫がニヤッと笑い、
「そうね。最初は聞いてもはぐらかされたわ。だからロイヤルガードを呼んで、後ろ手に縛って逆さ吊りにして尋問しただけよ。」
芋虫の言葉にマキはひえっと小さな悲鳴を上げた。
「メル。悪い冗談はやめてよ。あんたは本気になればそれを実行できる立場に居るんだから。」
芋虫はリリスに窘められてもへらへらと笑うだけだ。タチの悪い王女様である。
「マキちゃん。本気にしないでね。この国の王族はそんな事はしないから。」
リリスの言葉にマキはホッとしたようだ。だがそこにユリアが加わってきた。
「リリスの闘いっぷりは私も見たわよ。あんたって魔人から魔力を吸い尽くして干物にしちゃったのよね。」
ええっ!
どうして知っているの?
驚くリリスに芋虫も言葉を畳み掛け、
「そうそう。それって私もリンディから聞いたわよ。でもユリアはどうして知っているの? って言うか、・・・見ていたの?」
メリンダ王女の疑問にユリアはえへへと笑いながら、
「それはウィンディの気配を突然感じたからよ。奴はまだ眠っていたはずだからね。それで尋常じゃないと思ってその気配を辿って行ったら、リリス達の戦闘に遭遇したって事よ。」
そう言う事なのね。
確かにウィンディに遭遇した時には異常な気配を感じたのだった。それ故にユリアが駆けつけて来たと言う事なのだろう。
だがユリアが近くに来ていたならその気配も感じていたはずだが、リリスはそれに全く気が付いていなかった。
多分、あの戦闘時に亜空間の中に居た時間が長かったからなのね。
そうとしか考えられない。そう考えながら、リリスはアブリル王国での戦闘を思い返していた。
「ところで魔物駆除の部隊の責任者は誰なの?」
芋虫がマキに問い掛けた。
急に話を振られたマキは一瞬思いを巡らせるような仕草をした。
「えっと・・・ジークさんと名乗っていました。魔法学院の非常勤講師もしていると聞きましたけど・・・」
「ジークなのね。」
芋虫の言葉が淀んでいる。
「ジークが絡むとあまり良い事が無いのよね。また、何を画策しているのやら・・・」
芋虫の言葉に小人が口を挟み、
「メル。マキさんの前でそんな言い方は止めろよ。ジークだって一応君の臣下なんだからね。」
「う~ん。そう言われてもアイツはどうしても好きになれないのよね。」
「別に好きになれとまでは言っていないよ。普通に扱えと言っているだけだからね。」
「その普通が出来ないのよねえ。」
そう言いながら芋虫はリリスに顔を向けた。
自分に同意しろと言う意味なのか?
ここで自分が何か言えばますます話が脱線してしまうので、リリスはおもむろに話題を変えた。
「それで、マキちゃん。従軍依頼は受けたのね?」
「ええ。拒絶するわけにもいかないので。」
そう答えてマキはリリスの使い魔のピクシーににじり寄った。
「ジークさんが言うのよ。一人で心細いのならリリスちゃんを連れていけば良いって。リリスちゃんはアブリル王国での魔物駆除をすでに体験済みだし、リリスちゃんなら大概のアクシデントも何とかこなしてくれるって・・・・・」
うっ!
やはり私を担ぎ出そうとしたのね。
「お願い! リリスちゃん。一緒に行って!」
そう言ってマキはリリスに頭を下げた。
ジークの画策に乗って休日返上で魔物駆除に参加するのも腹立たしいが、かといってマキを一人で行かせるのも心配だ。勿論マキはヒーラーなので後方支援になる。彼女が戦闘の最前線に立つわけではないのだが、アクシデントに巻き込まれる事が全く無いとは言い切れない。
考え過ぎかも知れないが、マキが付いて来てくれと言うのなら快く行ってあげよう。
リリスはマキの申し出を快諾し、アブリル王国へ行く事にした。メリンダ王女も使い魔の状態で一緒に行くと言い張り、これも止む無く許諾したリリスは芋虫と小人が憑依を解くのを待って、使い魔の召喚を解除した。
そして迎えた休日の朝。
レザーアーマーにガントレットを装着したリリスは王都の神殿の前の広場に出向き、マキと合流して待っていると、ほどなくジークと10名ほどの若い兵士達がやってきた。ちなみにメリンダ王女は使い魔だけ送ってきたので、彼女と会話を交わす事は無い。視覚だけ共有しているようなので、当面は高見の見物をするのだろう。
リリスの肩に生えた芋虫が無言で身体を揺らしているのも、あまり見栄えのするものではない。
その芋虫を怪訝そうに見つめながら、リリスとマキの目の前で兵士達が集結した。
「やあ、リリス君。ご苦労様だね。とりあえず君はマキ殿の傍にいて、彼女を守ってあげてくれ。」
首に掛けたチョーカーを揺らしながら、ジークはニヤリと笑ってリリスに話し掛けた。リリスの肩にメリンダ王女の使い魔の芋虫を発見して、大袈裟に会釈をする姿が如何にもわざとらしい。
「分かりました。でも今日の部隊は・・・皆さん若いですね。」
ジークは使い込んだレザーアーマーの埃を払いながら兵士達に目を向けた。
「彼らは全員新兵なんだよ。今日は研修を兼ねているんだ。」
うっ!
私とマキちゃんは新人研修に付き合わされているの?
思わずマキと目が合ってしまったリリスだが、マキも失笑を堪えている様子だ。
何となく前途多難だわねえ。
そう思いながらリリスはジーク達と合流し、アブリル王国のワームホール多発地帯へと転移したのだった。
メリンダ王女の配慮もあって、マキは王都の神殿の祭司ケルビンの出迎えを受け、神殿で祭司として務める事になった。
顔つきも若干偽装し、魔力の波長も少し偽装したので、例え諜報者が見ても、少しマルタに似ている程度にしか感じられないはずだ。
見た目は清楚な美人である。性格も元々面倒見が良いので、王都での評判も徐々に広がっていった。
それはリリスにとっても喜ばしい事である。
この日の授業を終え、自室に戻ったリリスが真っ先に目にしたのは、ソファの上で寛いでいる小人と芋虫、そしてソファの上でホバリングしているブルーの衣装のピクシーだった。相変わらず神出鬼没の連中だ。リリスもこの状態に慣れてしまっている自分を呆れてしまうのだが、自虐的な事を考えても意味がないので、自然体でこの状態を受け入れている。
3体の使い魔達に用件を聞くと、単に遊びに来ただけだと言う。
まあ、良いんだけどね。
そう思ってリリスはピクシーに目を向けた。
「メル。マキさんの事でお世話になったわね。ありがとう。」
そう言って小人の肩に生えた芋虫に、リリスは深々と頭を下げた。
「あら、良いのよ。優秀なヒーラーは国にとっても民にとっても必要だもの。」
芋虫の言葉に小人がうんうんと頷いた。
「そうだよ、リリス。あれだけのステータスの持ち主だから、軍も何かと協力依頼をするとは思うけどね。」
「それって戦場に駆り出されるって事ですか?」
不安な表情のリリスに小人はハハハと笑い、
「最前線に行けと言っているわけじゃないよ。野戦病院と言う事もあるし、軍の施設内での奉仕と言う事もある。神殿の所属である以上、軍も危険な目には遭わせないはずだからね。」
その言葉を聞いてリリスも少し安心した。マキも聖女であった頃には幾つもの修羅場を経験してきただろうが、このミラ王国に来てまでそんな辛い経験をさせたくない。それは以前の世界で先輩であったリリスの後輩への思いである。
ふうっと息をついてリリスはソファに深くもたれかかった。
「そう言えば、最近タミアを見ないわね。どこか遠くにでも行ったの?」
ブルーの衣装のピクシーはケラケラと笑いながらリリスに近付いた。
「あいつはウィンディに付け回されちゃって、煩わしいから引き籠っているのよ。」
「へ~。タミアでも苦手なものがあるのね。」
リリスの言葉にピクシーが少し考える仕草をした。
「苦手ってわけじゃないのよね。煽られるのが嫌だと思うわよ。でもウィンディも本気じゃないんだけどね。」
「面白がってやっているの?」
「うん。今の状態ではね。でも亜神として降臨した時は本気で煽るのよ。風の亜神は火の亜神の狂気の源だからね。」
うっ!
嫌な事を聞いちゃったわ。
狂気に満ちた火の亜神が大陸中、否、この星の地表の全てを焼き尽くすのね。
想像するだけでおぞましい・・・。
今更ながらとんでもない連中だ。
傍で聞いていた小人と芋虫も苦笑いをしている。
そう言うリアクションしか取れないわよね。
そう思いながらリリスは、床に置いていたカバンが震えているのに気が付いた。
慌ててカバンを取り中を探ると、緊急連絡用の魔道具が点滅し振動しているのが見えた。マキからの緊急連絡だ。
その魔道具を取り出すと芋虫が伸び上がるように身を乗り出してきた。
「あらっ? まだそんなものを持っていたの? もうすでにこの国で別人に偽装しているのに、危険な目に遭う事なんてあるの?」
「ああ、これって単なる連絡用なのよ。サイレントモードで警告音は切ってあるから。何の用かしら?」
リリスは魔道具の位置情報を割り出し、使い魔をその位置情報の場所に召喚させようとした。
「私達も付いて行くわね!」
芋虫の言葉と同時に小人がリリスの背中にポンと飛び乗った。その途端にリリスの頭の中が掻き回されるような感覚を覚えた。
「また特殊な憑依の仕方をするつもりなの?」
「まあ、そう嫌がらないでよ。」
芋虫の言葉と共にリリスの五感に何かが侵入してくるように感じられる。
何処でこんな術を覚えたのよ!
もしかしてゲルに教えてもらったのかしら?
リリスの脳裏に闇の亜神の本体のかけら・・・引き籠りのゲルの姿が思い浮かんだ。
それと同時に『まあ、そんなところよ。』と言うメリンダ王女の心の声が伝わってきた。
呆れたものだと思いながらリリスは五感を共有させた使い魔を、マキの元に召喚させた。
瞬時にリリスの目に映ってきたのは神殿の中の小さな部屋だった。周りを見回すとマキが立っていて手を振っている。
その表情から見て緊急事態ではなさそうだ。
マキの優し気な顔がリリスの近付いて来た。
「ごめんね、リリスちゃん。呼び出しちゃって迷惑だった?」
「そんな事は無いわよ。」
マキはリリスの周りに目を配り、
「今日も誰かがついて来たのね。その芋虫はメリンダ様でしたよね。小人は・・・フィリップ様。でもその後ろにいるピクシーはどなたなの?」
えっ?
驚いてリリスが使い魔の両肩を見ると芋虫と小人が憑依しているだけだ。だがさらに後ろに首を向けると、そこにはブルーの衣装を着たピクシーが宙に浮かんで笑っていた。
「面白そうだからついてきちゃったわ。」
ユリアだ。
「どうやってこの場所の位置情報を割り出したの?」
「そんな特別な事はしていないわよ。リリスの意識の向かった方向に亜空間から移動しただけだから。」
それが特殊だって言うのよ!
そう突っ込みを入れようと思ったものの、マキに何と言って説明すれば良いのか、リリスは思いつかなかった。そのリリスの様子を見てユリアは気を利かせたようで、
「私はユリア。水の亜神の使いなのよ。」
「水の亜神の使い・・・・・ですか?」
首を傾げるマキの様子を見てピクシーが小人に向けて口を開いた。
「ほら、フィリップ。あんたからも説明してよ。」
「ええっ! 殿下を呼び捨てですか?」
驚きの種の尽きないマキに小人も失笑するばかりで、
「我が国もユリアには色々とお世話になっているんだよ。」
そう答えるのが精一杯だった。少し気拙い雰囲気が漂う。
マキもこれ以上聞いても良く分からないだろうと思って話題を変えた。
「それでリリスちゃんを呼んだのは・・・・・軍から従軍依頼を受けたのよ。3日後にアブリル王国で魔物の駆除に向かうって言うの。」
アブリル王国と聞いてリリスは即座にワームホールを思い出した。
だがリリスが口を開く前に芋虫がマキに言葉を掛けた。
「それってワームホールから出てくる魔物の駆除よね。どこかのダンジョンに繋がっているって話だけど・・・。そう言えばリリスも経験済みだったわね。」
「あれ? どうしてメルが知っているの? エリスやリンディから聞いたの?」
リリスの問い掛けに芋虫がニヤッと笑い、
「そうね。最初は聞いてもはぐらかされたわ。だからロイヤルガードを呼んで、後ろ手に縛って逆さ吊りにして尋問しただけよ。」
芋虫の言葉にマキはひえっと小さな悲鳴を上げた。
「メル。悪い冗談はやめてよ。あんたは本気になればそれを実行できる立場に居るんだから。」
芋虫はリリスに窘められてもへらへらと笑うだけだ。タチの悪い王女様である。
「マキちゃん。本気にしないでね。この国の王族はそんな事はしないから。」
リリスの言葉にマキはホッとしたようだ。だがそこにユリアが加わってきた。
「リリスの闘いっぷりは私も見たわよ。あんたって魔人から魔力を吸い尽くして干物にしちゃったのよね。」
ええっ!
どうして知っているの?
驚くリリスに芋虫も言葉を畳み掛け、
「そうそう。それって私もリンディから聞いたわよ。でもユリアはどうして知っているの? って言うか、・・・見ていたの?」
メリンダ王女の疑問にユリアはえへへと笑いながら、
「それはウィンディの気配を突然感じたからよ。奴はまだ眠っていたはずだからね。それで尋常じゃないと思ってその気配を辿って行ったら、リリス達の戦闘に遭遇したって事よ。」
そう言う事なのね。
確かにウィンディに遭遇した時には異常な気配を感じたのだった。それ故にユリアが駆けつけて来たと言う事なのだろう。
だがユリアが近くに来ていたならその気配も感じていたはずだが、リリスはそれに全く気が付いていなかった。
多分、あの戦闘時に亜空間の中に居た時間が長かったからなのね。
そうとしか考えられない。そう考えながら、リリスはアブリル王国での戦闘を思い返していた。
「ところで魔物駆除の部隊の責任者は誰なの?」
芋虫がマキに問い掛けた。
急に話を振られたマキは一瞬思いを巡らせるような仕草をした。
「えっと・・・ジークさんと名乗っていました。魔法学院の非常勤講師もしていると聞きましたけど・・・」
「ジークなのね。」
芋虫の言葉が淀んでいる。
「ジークが絡むとあまり良い事が無いのよね。また、何を画策しているのやら・・・」
芋虫の言葉に小人が口を挟み、
「メル。マキさんの前でそんな言い方は止めろよ。ジークだって一応君の臣下なんだからね。」
「う~ん。そう言われてもアイツはどうしても好きになれないのよね。」
「別に好きになれとまでは言っていないよ。普通に扱えと言っているだけだからね。」
「その普通が出来ないのよねえ。」
そう言いながら芋虫はリリスに顔を向けた。
自分に同意しろと言う意味なのか?
ここで自分が何か言えばますます話が脱線してしまうので、リリスはおもむろに話題を変えた。
「それで、マキちゃん。従軍依頼は受けたのね?」
「ええ。拒絶するわけにもいかないので。」
そう答えてマキはリリスの使い魔のピクシーににじり寄った。
「ジークさんが言うのよ。一人で心細いのならリリスちゃんを連れていけば良いって。リリスちゃんはアブリル王国での魔物駆除をすでに体験済みだし、リリスちゃんなら大概のアクシデントも何とかこなしてくれるって・・・・・」
うっ!
やはり私を担ぎ出そうとしたのね。
「お願い! リリスちゃん。一緒に行って!」
そう言ってマキはリリスに頭を下げた。
ジークの画策に乗って休日返上で魔物駆除に参加するのも腹立たしいが、かといってマキを一人で行かせるのも心配だ。勿論マキはヒーラーなので後方支援になる。彼女が戦闘の最前線に立つわけではないのだが、アクシデントに巻き込まれる事が全く無いとは言い切れない。
考え過ぎかも知れないが、マキが付いて来てくれと言うのなら快く行ってあげよう。
リリスはマキの申し出を快諾し、アブリル王国へ行く事にした。メリンダ王女も使い魔の状態で一緒に行くと言い張り、これも止む無く許諾したリリスは芋虫と小人が憑依を解くのを待って、使い魔の召喚を解除した。
そして迎えた休日の朝。
レザーアーマーにガントレットを装着したリリスは王都の神殿の前の広場に出向き、マキと合流して待っていると、ほどなくジークと10名ほどの若い兵士達がやってきた。ちなみにメリンダ王女は使い魔だけ送ってきたので、彼女と会話を交わす事は無い。視覚だけ共有しているようなので、当面は高見の見物をするのだろう。
リリスの肩に生えた芋虫が無言で身体を揺らしているのも、あまり見栄えのするものではない。
その芋虫を怪訝そうに見つめながら、リリスとマキの目の前で兵士達が集結した。
「やあ、リリス君。ご苦労様だね。とりあえず君はマキ殿の傍にいて、彼女を守ってあげてくれ。」
首に掛けたチョーカーを揺らしながら、ジークはニヤリと笑ってリリスに話し掛けた。リリスの肩にメリンダ王女の使い魔の芋虫を発見して、大袈裟に会釈をする姿が如何にもわざとらしい。
「分かりました。でも今日の部隊は・・・皆さん若いですね。」
ジークは使い込んだレザーアーマーの埃を払いながら兵士達に目を向けた。
「彼らは全員新兵なんだよ。今日は研修を兼ねているんだ。」
うっ!
私とマキちゃんは新人研修に付き合わされているの?
思わずマキと目が合ってしまったリリスだが、マキも失笑を堪えている様子だ。
何となく前途多難だわねえ。
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