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開祖の霊廟1
しおりを挟む最上級生の卒業式が近付いて来たある日。
リリスは学生寮の自室でマキからの連絡を受けた。時刻は午後の8時過ぎだ。
カバンの中から点滅を繰り返し、サイレントモードで振動している緊急連絡用の魔道具を取り出すと、明日の予習をしていたサラが興味深そうに覗き込んできた。
「どうしたの? 緊急連絡って誰からなの?」
「ああ、これは王都の神殿に居るマキちゃんからなのよ。でも、用件の大半は緊急じゃないからね。」
そう言って魔道具の警報を停止させたリリスにサラは笑顔を見せ、
「マキちゃんってリリスの知り合いの新任の祭司の事ね。王都でも評判が良いって聞いたわよ。」
マキの評判が良いのはリリスにとっても喜ばしい事である。だがこの時間に呼び出されると、その用件がかなり気になる。軽い気持ちで呼び出してくれたのなら良いのだけれどと思いながら、リリスは魔道具が示す座標に向けて使い魔を召喚させた。
リリスの使い魔のピクシーと五感を共有させると、その目の前に白い衣装を着たマキが立っていた。
「ごめんね、リリスちゃん。こんな時間に呼び出しちゃって。」
そう言って笑顔を向けるマキの隣に見覚えのある若い女性が立っている。アブリル王国での魔物の駆除に同行した兵士のマリエルだ。
彼女が居ると言う事は軍の用件なのかも知れないわね。
リリス本人はそう思って身構えたが、使い魔にはそこまでは表現されない。
互いに挨拶を交わすとマキは訥々と用件を話し始めた。
「軍からの依頼が来たのよ。ここに居るマリエルさんが伝えに来てくれたんだけど・・・」
マキの言葉にマリエルは軽く頷いた。色白で小柄な女性兵士は今日は私服で来ている。薄いブルーのワンピースが清楚で、とても兵士には見えないのだが。
マリエルはピクシーの正面に顔を向けて口を開いた。
「北の山岳部にあるミラ王国の宝物庫を浄化するのが今回の任務です。」
浄化?
「浄化って事は何かが棲み付いているの?」
リリスの言葉にマリエルはうんうんと頷いた。
「その通りです。長年放置されていた宝物庫なので、大量のアンデッドが棲み付いてしまったようです。それでその浄化の後に宝物庫を探索して欲しいと仰られて・・・」
「仰られてって誰が?」
「メリンダ王女様です。」
うっ!
依頼者はメルなのね。
随分手の込んだやり口だけど、いろんな手を使ってくるわね。
マリエルさんまで使いっ走りにするとは思わなかったわ。
「それで浄化後の探索は私の他には?」
「それでしたら兵士5名が同行します。先日アブリル王国の魔物駆除でご一緒でしたので、見覚えのある兵士達ですよ。」
それって新米さん達じゃないの!
私はまた新人研修に付き合わされるの?
う~んと唸って黙り込むピクシーの身体をマキが鷲掴みにして、
「お願い、リリスちゃん! あなたが来てくれると心強いのよ。」
そう言ってマキはピクシーを激しく揺さぶった。
「分かった、分かったわよ。だからそんなに揺さぶらないでよ。」
「それで出発は何時なの?」
リリスの言葉にマキはホッとした表情で口を開いた。
「明後日の朝9時に神殿の前から出発なの。明後日って魔法学院はお休みでしょ?」
「それはそうなんだけどねえ。」
リリスはそう答えながら、マキの頼みを渋々了承した。
ピクシーの召喚を解いて自室のベッドに寝転びながら、リリスは改めてマキからの依頼を思い返した。
結局はメリンダ王女からの依頼だ。だがどうしてこんなに手の込んだ事をするのだろうか?
単なる気まぐれ?
そう思う事にしてリリスは明日の授業の準備を始めた。
マキからの依頼の当日。
早朝に学生寮を出て、指定された時刻に王都の神殿の前まで辿り着くと、そこにはマキとマリエル、その後方に5名の若い兵士が立っていた。
その兵士の一人が両手に抱えているのは、芋虫を憑依させた小人だ。
フィリップ王子とメリンダ王女が使い魔の状態で来ている。
リリスは全員と挨拶を交わし、小人に憑依している芋虫に近付いた。
「メル。随分手の込んだ事をするわね。何か企みでもあるの?」
リリスの言葉に芋虫は小声で、
「特に大きな理由は無いんだけどね。」
そう言いながら、芋虫が更に小声で呟いた。
「ジークを呼びたくなかっただけなのよ。」
「それでこそこそと動いていたって言う事なの?」
「まあね。」
そう言って芋虫が身体を伸ばした。
「マキさんのスキルをジークには何度も見せたくなかったのよね。アイツの事だからマキさんを軍で活用する構想を、あれこれと練り上げるヒントを与えちゃう事にならないか心配なのよ。」
「う~ん。それは考え過ぎじゃないの? マキちゃんの事を心配してくれるのは嬉しいけど・・・」
リリスがそう言うと、その様子を見計らって小人が口を開いた。
「少しは納得出来たようだね。それじゃあ僕はここで失礼するよ。」
その言葉と共に小人がその場から瞬時にシュッと消えた。それと同時に芋虫が跳躍し、リリスの肩に手際よく飛び移った。
アッと驚く暇もなく、芋虫の下部から魔力の触手が伸びて来て、リリスの肩に食い込んでいく。
「ちょっと待ってよ!」
「待たないわよ。」
メリンダ王女の五感がリリスと共有される感覚が生々しい。リリスは若干の悪寒を感じたものの、それは直ぐに収まった。
「強引な事をするわねえ。私の精神をコントロールするつもりなの?」
リリスの言葉に芋虫はハハハと笑い、
「そんな事、私のレベルじゃ出来ないわよ。あんたの精神をコントロールしようとすると、幾つかの障壁を乗り越えなければならないし、それと同時に大量の反撃に襲われるんだから。」
それって実際に試してみたって事?
話の内容が良く掴めないんだけど・・・。
「それで殿下はどうしたの?」
「帰ったわよ。フィリップお兄様は私を運んできただけだからね。」
隣国の王族をアッシーに使うなんて、如何にもメルらしいわね。
呆れて言葉の無いリリスに芋虫が檄を飛ばした。
「さあ! 出発するわよ!」
メリンダ王女の言葉に兵士達が奮い立ち、マキとマリエルも姿勢を正した。
好い気なものよね。
そう思いながらも、リリスは兵士達が取り出した転移の魔石で、マキ達と共に目的地に向かった。
リリス達の転移先はミラ王国の北の山脈のふもとにある霊廟の前だった。
うっそうとした森の中に古びた霊廟が立っている。ミリンダ王女の話ではミラ王国の開祖にまつわる霊廟だそうだ。
すでに外壁は朽ちていて、ところどころに木の枝が絡みついている。地上部分は小さな小屋のような建物だが、その地下に広いスペースがあり、開祖の遺物も眠っているらしい。
その地上部分の周辺は木々が伐採され、きれいに整地されている。
「ここを見つけるのにかなりの年月を費やしたそうよ。」
そう言いながら芋虫が霊廟の扉の前に全員立つように指示を出した。
錆びた金属製の扉の前に立つと、そこはかとなく妖気と邪気が漂ってくる。どうやら地下から漂ってきているようだ。
「ミラ王国に残っている記録では、開祖の残した記述からここを見つけ出すまでに50年以上掛かっているわ。でも内部に大量のアンデッドが棲み付いていて、誰も手を付けられなかったのよ。」
芋虫の言葉を聞き、リリスは訝し気な視線を芋虫に送った。
「それでマキちゃんに白羽の矢を立てたって事なのね。」
「リリス。そんなに邪気を送らないでよ。」
魔物みたいに言うんじゃないわよ!
「だって・・・あれだけの浄化のスキルを見せられたら、マキさんに頼っちゃうのも無理ないわよ。」
そう言いながら芋虫はマキに熱い視線を送った。
その白々しい視線に呆れたリリスだが、マキはそれほどに嫌がってる様子もない。
「私なら構いませんよ。王国の開祖の遺物なら国宝でしょうからね。」
「うんうん。話が早いわね。」
芋虫は浮かれ気味に身体を伸ばした。
「マキさん。このあたり一帯を浄化してもらえるかしら? マリエルさんも手助けしてくれるんでしょ?」
芋虫の言葉にマリエルもハイと答えて笑顔を返した。女性兵士としては王女からの依頼を断る術も無いのだが。
マキはマリエルと手をつなぎ、魔力を集中し始めた。マキの身体から白い光が放たれ、周囲に広がっていく。それと同時にマリエルから聖魔法の魔力が供給され、霊廟の周辺の大地も仄かに光り始めた。
大地のあちらこちらから黒い霧のようなものが立ち上がり、そのまま上空へと消えていく。
浄化はもう始まっているようだ。
頃合いを見てマキは空いている手を上に向け、ウっと気合を入れて下に振り下ろした。その途端に、周囲に漂っていた聖魔法の魔力が一気に地中に浸透していく。その様子を見ながらマキは更に魔力を送り込んだ。
大地がゴゴゴゴゴッと音を立てて震え、霊廟の周辺の大地に亀裂が走った。その亀裂から黒い霧が勢い良く噴き出し、そのまま上空に流れる様に消えていく。
地下で浄化が進んでいるのだろうか?
その状況が10分ほど続き、大地は静かになった。
マキはその場にしゃがみ込み、マリエルもその息遣いがかなり荒い。肩で息をしながらも二人はようやく立ち上がった。
「ほぼ・・・・・終了しました。」
ほぼってどう言う事?
リリスが疑問を口にする前に、マキはたどたどしく口を開いた。
「まだ地下に若干浄化されていないものが残っているの。何て言うか・・・残りかすみたいなものね。特別に害は無いわ。」
意味が良く分からない。だが害がないと言うのだから、あまり気にする事も無いのかも知れない。
「霊廟の中に入っても大丈夫なのね?」
芋虫の言葉にマキはハイと答えた。その言葉を聞いて芋虫が兵士達に号令を掛け、霊廟の内部に入るように指示を出した。
兵士達も神妙な表情で扉を開け、恐る恐る内部に入っていった。その後ろ姿がまるでお化け屋敷に入る子供のようだ。
リリスは思わずほっこりとしてしまった。
兵士達に続いてリリスとマキとマリエルが入っていくと、目の前に階段があり地下のスペースへと続いていた。
地下のスペースは広く、灯も無いのに暗くはない。
まるでダンジョンの内部のように、壁自体が仄かに光っているのだが、その仕組みは魔道具による大掛かりなものなのだろう。
床の随所に黒い塊りがあってゆらゆらと動いている。
「あれって何なの?」
芋虫の言葉にマキは前に進み出て、その黒い塊りをツンツンと突いた。触って大丈夫なのだろうか?
「これはグールの残滓ですね。思念が強いと残滓が残るんですよ。」
そう言いながらマキは両手を前に突き出した。
「今から処理しますね。」
マキの言葉と共にその両手が白く光り、眩いほどの光の束が一気に地下スペースを覆い尽くした。
その波動は浄化の際のものだ。
水平方向に浄化の波動を放ったのだろう。
白い光が収まると、床に点在していた黒い塊りは全て消え去ってしまっていた。
先に中に入っていた兵士達も驚きのあまり、その場に立ち尽くしていたのだが、浄化の波動を受けただけなのでその表情は明るい。
「さあ! 奥に進むわよ。奥の祭壇の傍に宝物庫がある筈だから。」
芋虫の号令でリリス達は霊廟地下スペースの奥に進んでいったのだった。
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