落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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魔剣の返却 後日談1

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ドラゴニュートの国から帰還したその日の夕方。

学生寮の自室に戻ると、まだサラは帰っていなかった。
その代わりにソファに座っていたのはミス色の衣装を着たピクシー、ユリアの使い魔だ。

「お帰り、リリス。」

ピクシーは深々とソファに座り、ゆったりと寛いでいた。

随分寛いでいるわね。

そう思いながらもリリスはユリアに謝意を述べた。

「ユリア、今回はあんたに手間を掛けちゃったわね。ありがとう。お陰でアクアスフレアを握っていた右手を、ウバイド国王に肩から切り取られなくて良かったわ。」

リリスの言葉にピクシーはう~んと唸った。

「それ以前に全竜族から敵視され、命を狙われるところだったわよ。」

「アクアスフレアは私がイメルダに授けた時点で、パワーの出力限界を設定していたのよ。それをいとも簡単に突破しちゃって・・・。あんたってどれだけポテンシャルが高いのよ。人族であれだけのパワーを引き出せるなんて有り得ないわ。」

呆れた口調でピクシーはソファの背にふんぞり返った。

「そうは言うけど、私だってアクアスフレアに操られていたのよ。私の持つスキルまで勝手に幾つも発動させるんだから、私の意思なんて通じなかったわよ。」

リリスの言葉にピクシーは少し考え込む仕草をした。

「アクアスフレアにそこまでの意思は無いはず。そうすると覇竜の加護が怪しいわね。」

うんうん。
私もそう思う。
今度夢の中にキングドレイクさんが出てきたら、その辺りを詳しく聞いてみる必要があるわね。

「それにしてもあの魔剣は何なの? ユリアが持っていたものなの?」

リリスの言葉にピクシーはアハハと笑った。

「私が魔剣を持っていても意味ないわよ。」

確かにその通りだ。
亜神に魔剣など必要も無い。

「実は・・・アクアスフレアは私の身体の一部なの。分かり易く例えると、私の髪の毛を一本引き抜いて、それを実体化させたようなものだと思えば良いわ。」

「ええっ! ユリアの身体の一部だったの?」

リリスの言葉にピクシーはうんうんと頷いた。

「道理でアクアスフレアが超音波振動を扱えるはずだわ。あれってあんたの持つスキルだものね。」

「そう。勿論かなり出力を制限して実体化したつもりなんだけど、リリスには出力制限なんて全く通用しないわねえ。」

ピクシーはそう言うとリリスの右腕をじっと見つめた。その視線が何となく気になるのだが・・・。
訝し気な表情を見せるピクシー。その様子にリリスは妙な違和感を持った。

「おかしいわね。リリスとアクアスフレアの接点は断ち切った筈なんだけど・・・」

そう言いながらピクシーはリリスの右の手首をツンツンと突いた。その途端にリリスの右の手首に虫唾が走る。
嫌な感覚だと思いながら手首を擦ると、そこには小さなハートのマークが浮かび上がって来た。

「えっ! 何なの?」

驚くのも無理はない。
以前にうっすらと浮かび上がっていたダイヤのマークが消えたと思っていたら、今度は同じ場所にハートのマークが浮かび上がっていたのだ。

何故にトランプのマークなの?

そう思いながらも、ハートのマークの痣ならまだ可愛いかもと思ってしまったリリスである。

「リリスったら完全に取り込んじゃったわね。」

「取り込んだって何を?」

「魔剣との魔力の結合場所よ。魔剣なら何でも結合出来そうね。汎用のアタッチメントと言えば良いのかしら・・・」

ピクシーが呆れたような表情を見せている。だがリリスには腑に落ちない。

「そんなものをどうして取り込んじゃったのかしら?」

「それは・・・・・あんたの体質や持っているスキルとの関係性に依るのでしょうね。多分、遺伝子情報として取り込んじゃっているわ。」

ピクシーの言葉にリリスはう~んと唸って考え込んでしまった。
やはりコピースキルが関係しているのだろうか?

リリスはおもむろに解析スキルを発動させた。


このハートのマークの痣は魔力の結合場所なの?

『そうですね。魔剣との結合を促す為の汎用のアタッチメントと言う表現は妥当ですね。』

これってコピーしちゃったの?

『確かにコピースキルは発動しました。』

そうなの?
でもスキルが発動した自覚は無かったわよ。

『今回はイレギュラーなケースですね。アクアスフレアによって無意識化で強制的に発動させられたようです。』

『まあ、邪魔にはならないと思うのですが。』

そうねえ。
邪魔にはならないと思いたいわね。

『ちなみにこの痣はアタッチメントとしての汎用性はありますが、アクアスフレアとの魔力の連結は完全に拒否されています。』

まあ、それはそれで良いわよ。これ以上ドラゴニュートの連中と揉めたくないからね。


リリスは解析スキルを解除し、再び右の手首の小さなハートのマークの痣を撫でた。その途端に魔力がスッと流れていく。
何時でも作動していると言う事なのだろうか?

「他の魔剣で試してみたら良いわよ。」

ピクシーがリリスの手首の痣を見つめながら言葉を掛けた。

「意外と便利かもよ。」

う~ん。
果たして便利なのかしら?
厄介事の種になりそうにも思えるんだけど・・・。


その後、サラが帰って来たタイミングで、ピクシーは『またね』と言いながら消えていった。





その数日後の夜。

リリスは学生寮の最上階に呼び出された。

呼び出したのはメリンダ王女である。いつも通りにメイド長のセラのチェックを受け、その部下のメイドに案内された部屋に入ると、横に長い大きなテーブルの傍にソファが置かれ、そこにメリンダ王女とフィリップ王子が座っていた。
ここはメリンダ王女が何時も居る部屋ではない。
会議室を思わせるような簡素な造りだ。

互いに挨拶を交わし、リリスが一人用のソファに座ると、タイミング良く紅茶が上品なデザインのティーセットと共に運ばれてきた。
その馥郁とした香りを楽しみながら部屋の中を見回すと、それなりに高級そうな装飾や調度品が目に入る。
だがリリスの目を一番引いたのは、テーブルの端に置かれている細長い塊りだ。

丁寧に防錆布に包まれているところを見ると・・・剣だろうか。

リリスの視線を感じてメリンダ王女はニヤッと笑った。

「リリス。あれが気になるのね。それを説明する前に、先日のドラゴニュートの国での事なんだけど・・・」

そこまで話してメリンダ王女は頭を軽くポンポンと叩いた。

「ああ、思い出しても頭痛がするわ。無理矢理使い魔を切り離されるなんて、思ってもみなかったわよ。」

アクアスフレアの魔力の触手で、メリンダ王女の使い魔がリリスの肩から切り離された。それは強制的な召喚解除なので、召喚主には当然の事ながらダメージが発生する。メリンダ王女は更に闇魔法でリリスに深く憑依させていたので、その反動もあってダメージも大きかったのだろう。

「メル。あの後の事なんだけど、聞いている?」

「ええ、聞いているわよ。ドラゴニュートの国からの公式的な報告の他に、賢者のデルフィ様からも教えてもらったわ。」

その辺りは当然の事なのだろう。
リリスを招聘した以上はそれなりの報告もある筈だ。

「それにしても・・・あんたってとんでもない事をするわね。私が見ていた範囲内でもあのアクアスフレアの威力は凄かったわ。」

興奮冷めやらぬ表情のメリンダ王女だが、ふと次の瞬間真顔に戻った。

「ねえ、リリス。報告では水の女神が出現したって聞いているけど、それってもしかして・・・」

「そうよ。あれはユリアの仮の姿なのよ。」

リリスはうふふと笑いながらユリアがリンまで呼び寄せて、リリスの立場が危うくなる事を回避させた顛末を話し、更にアクアスフレアがユリアの身体の一部を実体化させたものだと言う事も話した。
その一連の話をメリンダ王女とフィリップ王子は興味深そうに聞いていた。

「なるほどねえ。アクアスフレアはユリアの身体の一部から実体化させた剣だったのね。」

「そうするとリリスに配慮してくれたのは、ユリアなりのアフターサービスだったのかしら?」

う~ん。
アフターサービスと呼んで良いものか?
ちょっと違うんじゃないの?

腑に落ちない表情のリリスに、フィリップ王子が紅茶をすすりながら問い掛けた。

「まあ、いずれにしてもアクアスフレアとのつながりは完全に断ち切られたんだね?」

「はい。そうなんです。私がアクアスフレアを手に持つと、魔剣ですらなくなってしまうんです。」

若干つまらなさそうな口調のリリスにメリンダ王女がふふふと笑った。

「そのお陰で全竜族から敵視させなくて済むんだから、それで良かったのよ。それにこれまでの経緯もあって、ドラゴニュート達との交易ではかなり好条件で交渉を進められるのだから、ミラ王国としてもありがたいわ。」

「その一連の流れでリリスにも褒賞が届いているんだけど、それとは別にあれが届いたのよ。」

そう言ってメリンダ王女はテーブルの端に置かれていた細長い物体を指さした。

メイドを呼び寄せて、それを自分の手元に置かせると、メリンダ王女はぶっきらぼうにその防錆布をはがし始めた。
バリバリバリと音を立てて防錆布がはがされると、その中から出て来たのはうっすらと赤黒いショートソードだった。
剣身の長さは1mほどで、その柄は武骨な造りになっている。

「また王家にまつわる剣を下賜するって言うんじゃないでしょうね。」

リリスの言葉にメリンダ王女はうんうんと頷いた。

「勘が良いわね。その通りよ。ドラゴニュートの王家の先代国王の王妃レジーナ様が愛用していた魔剣だそうよ。銘はレッドフレアー。その名の通り火の属性を持つ魔剣だってさ。」

メリンダ王女はその剣の柄をリリスに向けて差出し、手に持つように促した。リリスはその柄を握り、その魔剣を持つ。ショートソードなのでそれほどに重くない。魔剣と言うほどのオーラは感じられないのだが。

「こんなものを私に下賜して大丈夫なの? 先代国王の王妃様って・・・」

「ああ、まだ生きているわよ。でも先代国王よりも年上で、既に衰弱していてベッドから起きれない状態だそうよ。記憶も曖昧になっていて言葉もはっきりしないと言う話なので、この魔剣の存在そのものも忘れてしまっていると聞いたわ。」

う~ん。
少し悲しい話ね。

「賢者のデルフィ様の話では、先代国王と王妃は若い頃は二人でよく魔物狩りに行ったそうよ。その時愛用していたのがこのレッドフレアー。でもこの大きさのショートソードだから、どの程度の威力があったのかは分からないけどね。」

「そんなものなら・・・・・もしかの時には先代王妃様の形見になるんじゃないの?」

リリスの言葉にメリンダ王女はうんうんと頷いた。

「そうなのよね。だから生前の形見分けのようなものだと考えれば良いって、デルフィ様が言っていたわ。アクアスフレアをリリスから取り返した代わりに、このレッドフレアーを下賜したと言う事なのよ。」

メリンダ王女の言葉にリリスはふうんと声を上げてその剣身を見つめた。
アクアスフレアのように、剣身の中央に細い溝があり、赤く線が入っている。それが剣の刃に映り込んで仄かに赤黒く見えているのだ。

試しに魔力を少し注ぎ込んでみると、レッドフレアーはキーンと小さな金切り音を立て、その剣身が少し光を放ったが直ぐに消えてしまった。
魔力の通りが悪いのだろうか?
剣自体がかなり傷んでいる事も事実だが。

その様子を見て、メリンダ王女がふと呟いた。

「このレッドフレアーをリリスが使うと、また別物のように魔剣が化けるんじゃないかって、デルフィ様が意味深な事を言っていたわよ。」

「そんな事を言っても私は鍛冶職人じゃないからね。変な期待はしないで欲しいわ。」

リリスはそう言いながらもう一度レッドフレアーの剣身を見つめた。

魔剣がリリスに手直しを求めている。

そんな思いがふっと頭の片隅を過った。

まさかねえ。

そう思いつつも何故か気になる魔剣だ。

私にやれることはやってみようかしら。

そう思いながらリリスは魔剣レッドフレアーを再び防錆布に包み、マジックバッグに収納した。





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