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久し振りの帰省2
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領地の北の外れの墓所。
おそらく300年ほど前からその場にあった墓所で、クレメンス領の北側の山麓にある。
その近くの開けた場所には小さな集落があるが、墓所に大量のアンデッドが棲み付いてしまったっため、その集落も今では誰も住まなくなってしまったと言う。
元々は魔物も少なく、土地も肥沃で、農耕に適した土地だった。
住み慣れた土地を離れなければならなかった領民達の辛さは計り知れない。
それを聞いてリリスも、王家を通してマキに浄化を依頼した、ドナルドの領主としての気持ちを深く理解した。
やはり領地・領民あっての領地経営である。
廃屋の並ぶ集落を横目に見ながら、馬車は墓所の手前まで近付いた。
墓所の周囲には不気味な邪気が立ち込めている。
それにしてもアンデッドの叫びや悲鳴、更に精神波の攻撃が凄まじい。
その影響で身体が震えるほどだ。
これではこの近くに人は住めないだろう。
マキやドナルドのみならず、御者や警護の私兵も精神攻撃への耐性は持っている。
それでも無条件には安心出来ない。
つい緊張で顔が渋面になってしまう。
リリスも勿論耐性を持っているが、あまりにも煩わしいので、念のため魔装を非表示で発動させたほどである。
その際、紫のガーゴイルがうん?と声をあげ、リリスの方に目を向けた。
「リリス。今、何かスキルを発動させたのか?」
敏感なユリアスである。
「ええ、精神波への耐性を上げただけです。あまりに煩わしいので・・・」
平然と答えるリリスにユリアスはふうんと言いながら、ピクリと眉を上げた。
「何気に色々なスキルを持っていそうだな。だが隠さなくても良いと思うのだがね。」
「これも女の子の持つ秘密だとでも言うつもりかね?」
ユリアスの言葉にリリスはえへへと笑って誤魔化した。
実際、魔装を表示状態にしたら父親のドナルドまで仰天するだろう。
悪魔のような黒い角と尻尾の生えた娘なんて見たくも無いわよね。
そのリリスの気持ちを察するかのように、マキはニヤッと笑ってリリスの肩を突いた。
マキは表示状態のリリスの魔装を以前に見た事があったからである。
馬車が墓所の傍に到着するや否や、レイスが大量に地中から飛び出し、馬車の周りを取り囲んだ。
狂気を誘う精神波が渦巻く中、ドナルドは外に出る気を失せていた。
不気味なレイスの顔が馬車の車窓に向かって来た時、マキは浄化の魔力を放ってそれを追い払った。
だがそれでもレイスが押し寄せてくる。
マキはう~んと考え込んで、改めてドナルドに提案した。
「この場で土地の浄化をしましょうか? 私が浄化の波動を放ち続けているので、死霊達がこの中まで入って来れませんが、このままでは外に出るのも一苦労ですよね。」
「大規模な土地浄化の為には魔力の補佐が必要なのですが、ここにリリスちゃんも居るので発動に支障はありませんから・・・」
まあ、元々その役目で私をあてにして居たんでしょうね。
リリスはそう思ってマキの言葉に同意した。
「この場でも構わないのですか?」
ドナルドの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
「お父様、大丈夫ですよ。マキちゃんは聖魔法のスペシャリストですからね。」
「それに、対象を絞って浄化する事も出来るから、ユリアス様を浄化してしまう事もありませんよ。」
リリスの言葉に紫のガーゴイルがほうっと声をあげた。
「だったら、使い魔の姿で来なくても良かったのかい?」
「そう言う事ですよ。」
リリスの返事に紫のガーゴイルは、バツが悪そうにポリポリと頭を掻いた。
その場にいる者の同意を得て、マキは大きく聖魔法の魔力を集中させ、両手を上にあげてそのスキルを発動させた。
その途端に馬車の下の地面に直径30mほどの巨大な魔方陣が出現し、その全体から浄化の波動を放ち始めた。
マキは更に魔力を集中させると、片手でリリスの手を掴み、グッと魔力を吸い上げた。
それはかなりの量の魔力で、リリスが一瞬眩暈を感じたほどである。
その魔力を自分の魔力と合体させ、マキは一気に土地浄化のスキルを発動させた。
その波動の激しさに馬車がガタガタと揺れ、車窓の外に集まっていたレイスが一斉に光の粒となって消えていく。
だがマキのスキルはまだ発動し続けている。
大地がゴゴゴゴゴッと音を立てて揺れ始め、車窓の外の地面が金色に輝き始めた。
その地面の随所からレイスやグールなどが引き抜かれるように大量に沸き立ち、そのまま光の粒になって消えていく。
その情景は驚くべきもので荘厳ですらある。
「これほどまでのものとは・・・・・」
ユリアスが驚きの声をあげた。
「そう言えば馬車の外に居る御者や私兵は大丈夫なのか?」
ユリアスの言葉にマキはスキルの発動を続けながら平然と答えた。
「大丈夫ですよ。浄化の対象を選別していますから、外に居る私兵の方達には何の影響もありません。」
マキはそう言うと、突然目をカッと見開いた。
「リリスちゃん。もう少し魔力を貰うわね。親玉を見つけたのよ。」
リリスからの魔力を更に充填し、マキはぐっと拳を握り締めた。その拳を突き上げるように真上に突き出すと、ドドドドドッと言う激しい振動と共に、馬車のほど近くの地面から巨大なレイスの姿が現われた。
全長5mほどもありそうな死霊だ。
そのおぞましい表情が馬車を睨むが、その周囲を取り囲む聖魔法の魔力が矢のように突き刺さり、ギヤーッと言う大きな悲鳴を発した。
レイスに抵抗の余地は無い。
巨大なレイスはそのまま光の粒となって消えていった。
「もう大丈夫。外に出られますよ。」
マキはリリスの手を放し、ふうっと息を吐いてドナルドに伝えた。
マキの額には汗が滲み、肩で息をしている。
大規模の浄化なのでその消耗も激しいのだろう。
馬車の周囲の地面からまだ聖魔法の浄化の波動が緩やかに立ち昇る中、リリス達はおずおずと馬車の扉を開いて外に出た。
良く見ると馬車の外に居た御者や私兵達はその場で気を失って倒れていた。
彼等の身体を探知したが心身ともに異常は無い。
マキが念のため、一人一人にヒールを掛け、ドナルドが軽く頬を叩くと彼等は直ぐに意識を取り戻した。
「何となく身体が軽いですよ。」
身体を擦りながら嬉しそうに発した私兵の一人の言葉に、マキは納得したような笑顔を見せた。
「悪い血流が浄化されたのかも知れないぞ。」
そう言ってドナルドは私兵の肩をポンポンと軽く叩いた。
「それにしても、外に居た人達はどうして気を失ってしまったのかしら?」
リリスはマキの顔を見ながら呟いた。その背後から紫のガーゴイルが声を掛けた。
「それは聖魔法の魔力が激しく渦巻いていたから、それに晒されて一気に平衡感覚を失ってしまったのだろうな。」
それは有り得る事よね。
ユリアスの言葉を聞きながら、リリスは墓所の周囲を見回した。
既にアンデッドの気配は地上にも地下にも存在しない。
浄化の波動の到達範囲を探知すると、周囲半径1kmの土地が浄化された事が分かる。
しかも地上だけでなく地下まで完全に浄化されている。
流石は元聖女様だわね。
改めてマキの聖魔法のスキルの凄さをリリスは知らされたのだった。
リリスは少し警戒しながらも、墓所の敷地内に足を踏み入れた。
その場に立ち墓所を改めて見回すと、その古さが良く分かる。
散在する墓石や墓標も朽ちているものが多く、手入れが行き届いていない事が良く分かった。
その墓所の中央に小さな小さな霊廟がある。
地上には石造りの祠があり、その地下にはこの土地の有力者などが埋葬されているらしい。
少し不気味な気配はあるが、魔物やアンデッドの気配は無いので、単に古びた霊廟の醸し出す雰囲気なのだろう。
だが全員でその霊廟に近付くと、何処からともなく微かに少女の声が聞こえて来た。
「・・・・・マキ・・・・ここに来て・・・」
錯覚ではない。
明らかに聞こえている。
しかも一度だけでなく、何度も繰り返している。
「マキちゃん。呼んでるわよ。」
「リリスちゃん。そんなに簡単に言わないでよ。既に鳥肌が立っているのに・・・」
気味が悪くて怖気ずくマキの様子を見て、リリスは笑いを堪えていた。
「マキちゃんったら、大量の死霊は気にならないのに、何を怖がっているのよ。」
リリスの言葉にマキはう~んと唸り声をあげた。
「だって、名指しで呼ばれたら不気味だわよ。」
まあ、そうかも知れないと思って、リリスはドナルドと霊廟の扉に向かった。
その背後から紫のガーゴイルが、パタパタと羽ばたきながら付いてくる様子が滑稽だ。
私兵や御者は馬車で待機している様にドナルドが指示を出した。
「マキさんがあれだけ徹底して浄化してくれたので、アンデッドでは無い筈だ。確かめてみよう。」
危険は無いと判断したドナルドの言葉に、ガーゴイルが言葉を続けた。
「あの声の主は、もしかするとアンデッドどもに追いやられていた精霊の類かも知れん。」
そんなものが居るの?
リリスの疑問を他所に、ドナルドは霊廟の扉を開き内部に入っていった。
リリスもその後に続くと、ムッとした湿っぽい空気に包まれた。
胸を圧迫するような嫌な臭いだ。
かび臭い空気がその古さを更に際立たせている。
ガーゴイルが先頭に出て、入れ替わりにマキが最後尾から恐る恐るついて来た。
霊廟の内部は暗く、明り取りの窓も無い。
ドナルドは松明代わりの魔道具で足元を照らしながら階段を降り、全員がそれに付き従っていく。
地下のフロアに降りるとそこは意外に広い空間だった。
その中央に台座があり、その上に青白い光が灯っている。
あれは何だろう?
近付いて良く見ると、それは半透明のショートソードだった。
青白い光を纏い、台座の上に5cmほど浮かんでいる。
その光景は異様だ。
魔力で浮かんでいるのか?
不可思議な光景に唖然としていると、その前に突然真っ黒な人影が現われた。
小さな子供のような大きさの人影である。
突然の事でたじろぐドナルドとリリスを気にもせず、その人影は最後尾に居たマキにすっと近付き、その両手を広げて抱き着こうとした。
思わずそれを避けたマキが背後の扉にぶつかり、その音と衝撃が部屋中に響き渡る。
「・・・・・マキ・・・・ここに来て・・・」
その声に怯えるようにマキは咄嗟に浄化の光を放とうとした。
だが何も起こらない。
「ええっ! 聖魔法が発動しないわ!」
マキは焦って何度も繰り返すが、それでも聖魔法が発動しない。
どうしたのだろうか?
「発動を阻害されているの?」
リリスの問い掛けにマキは黙って頷いた。
リリスの心に不安が過る。
目の前に居るのがアンデッドだとしたら、マキの聖魔法以外に駆逐する方法が無いからだ。
アンデッドでは無さそうなのだが、依然として正体が判明しない。
その時、黒い人影は少し明瞭な口調で呟いた。
「・・・・・マキ・ナ・・・どうしてここに来てくれないの・・・・」
うん?
今、マキナって言った?
マキではないのか?
それにしても聞いた事のある名前だ。
マキナってあのマキナさんの事?
でも同じ名前だって言うだけかしら?
リリスはアルバによって元の世界に飛ばされた際に出会った、若いヒーラーの女性の事を思い出した。
そう言えばあの時、マキナは自分の事を聖女を目指すヒーラーだと名乗っていた。
その時は気にも掛けなかったのだが、聖女と言う言葉や概念が、太古の元の世界にあったのだろうか?
これって考え過ぎかしらね?
あれこれと思い巡らせるリリスだが、その間に黒い人影から黒い影が四方に広がり、地を這い、リリス達を包み込もうとした。
「拙い!」
リリスは即座にファイヤーボルトを放とうとした。だがそれも発動しない。
何故?
焦るリリスの背後で、ガーゴイルが呟いた。
「属性魔法の発動を阻害するなんて、いったい何者なのだ?」
「とりあえず、隔離しておこう。」
そう言うと、ガーゴイルから小さな光の球が現われ、リリス達を包み込んだ。
「何とか空間魔法で隔離出来たが、儂の使い魔の召喚にまで支障をきたしておる。」
「止むを得ん。リリス! 一旦召喚を解除するぞ!」
その言葉と共にガーゴイルが消えていった。
ユリアス様が居なくなっちゃった!
これってどうするのよ!
使い魔は消えてしまったがユリアスは健在なので、その生み出した空間魔法による亜空間はそのまま存在している。
それによって、リリス達の安全はとりあえず確保されたかのように思われた。
だがその亜空間の壁の随所に黒い人影から伸びて来た影が吸着し、内部にまで侵入しそうな様相を見せている。
「これは拙いな。一旦退却する事にしよう。」
ドナルドはその懐から転移の魔石を取り出し、それを即座に発動させた。
瞬時にリリス達の視界が暗転する。
真っ暗な闇が晴れると、周囲は青白い光の満ちた空間だった。
清廉な空気を感じるが、それと同時に物悲しい雰囲気が漂っている。
「何故だ? 転移の魔石の転移先は屋敷のエントランスだったはずだ・・・・・」
転移の魔石すら正常に発動出来ないのか?
それにここは何処なのだろうか?
不安に満ちたリリスの目の前に、再び黒い人影が現われた。
「ここは何処なの?」
警戒しながら問い掛けるリリスに、黒い人影は小さな声で答えた。
「・・・ここは・・・聖剣アリアドーネの中・・・・・」
聖剣って?
あの台座の上に浮かんでいた剣の事?
黒い人影の言葉の意味が分からず、戸惑うリリスを他所に、その黒い人影はマキに近付いて来た。
「・・・・・マキナじゃない。・・・・・あなたは誰・・・・・」
「・・・・マキナは何処に居るの? 何処!」
その叫びと共に黒い人影が大きく伸び上がり、リリス達に向かって来ようとした。
ドナルドは咄嗟に剣を抜き、リリス達の前に出て構えたが、剣で対抗出来る相手では無さそうだ。
徐々に近づく黒い人影になす術もなく、リリス達は緊張し身構えながらじりじりと後ろに下がるだけだった。
おそらく300年ほど前からその場にあった墓所で、クレメンス領の北側の山麓にある。
その近くの開けた場所には小さな集落があるが、墓所に大量のアンデッドが棲み付いてしまったっため、その集落も今では誰も住まなくなってしまったと言う。
元々は魔物も少なく、土地も肥沃で、農耕に適した土地だった。
住み慣れた土地を離れなければならなかった領民達の辛さは計り知れない。
それを聞いてリリスも、王家を通してマキに浄化を依頼した、ドナルドの領主としての気持ちを深く理解した。
やはり領地・領民あっての領地経営である。
廃屋の並ぶ集落を横目に見ながら、馬車は墓所の手前まで近付いた。
墓所の周囲には不気味な邪気が立ち込めている。
それにしてもアンデッドの叫びや悲鳴、更に精神波の攻撃が凄まじい。
その影響で身体が震えるほどだ。
これではこの近くに人は住めないだろう。
マキやドナルドのみならず、御者や警護の私兵も精神攻撃への耐性は持っている。
それでも無条件には安心出来ない。
つい緊張で顔が渋面になってしまう。
リリスも勿論耐性を持っているが、あまりにも煩わしいので、念のため魔装を非表示で発動させたほどである。
その際、紫のガーゴイルがうん?と声をあげ、リリスの方に目を向けた。
「リリス。今、何かスキルを発動させたのか?」
敏感なユリアスである。
「ええ、精神波への耐性を上げただけです。あまりに煩わしいので・・・」
平然と答えるリリスにユリアスはふうんと言いながら、ピクリと眉を上げた。
「何気に色々なスキルを持っていそうだな。だが隠さなくても良いと思うのだがね。」
「これも女の子の持つ秘密だとでも言うつもりかね?」
ユリアスの言葉にリリスはえへへと笑って誤魔化した。
実際、魔装を表示状態にしたら父親のドナルドまで仰天するだろう。
悪魔のような黒い角と尻尾の生えた娘なんて見たくも無いわよね。
そのリリスの気持ちを察するかのように、マキはニヤッと笑ってリリスの肩を突いた。
マキは表示状態のリリスの魔装を以前に見た事があったからである。
馬車が墓所の傍に到着するや否や、レイスが大量に地中から飛び出し、馬車の周りを取り囲んだ。
狂気を誘う精神波が渦巻く中、ドナルドは外に出る気を失せていた。
不気味なレイスの顔が馬車の車窓に向かって来た時、マキは浄化の魔力を放ってそれを追い払った。
だがそれでもレイスが押し寄せてくる。
マキはう~んと考え込んで、改めてドナルドに提案した。
「この場で土地の浄化をしましょうか? 私が浄化の波動を放ち続けているので、死霊達がこの中まで入って来れませんが、このままでは外に出るのも一苦労ですよね。」
「大規模な土地浄化の為には魔力の補佐が必要なのですが、ここにリリスちゃんも居るので発動に支障はありませんから・・・」
まあ、元々その役目で私をあてにして居たんでしょうね。
リリスはそう思ってマキの言葉に同意した。
「この場でも構わないのですか?」
ドナルドの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
「お父様、大丈夫ですよ。マキちゃんは聖魔法のスペシャリストですからね。」
「それに、対象を絞って浄化する事も出来るから、ユリアス様を浄化してしまう事もありませんよ。」
リリスの言葉に紫のガーゴイルがほうっと声をあげた。
「だったら、使い魔の姿で来なくても良かったのかい?」
「そう言う事ですよ。」
リリスの返事に紫のガーゴイルは、バツが悪そうにポリポリと頭を掻いた。
その場にいる者の同意を得て、マキは大きく聖魔法の魔力を集中させ、両手を上にあげてそのスキルを発動させた。
その途端に馬車の下の地面に直径30mほどの巨大な魔方陣が出現し、その全体から浄化の波動を放ち始めた。
マキは更に魔力を集中させると、片手でリリスの手を掴み、グッと魔力を吸い上げた。
それはかなりの量の魔力で、リリスが一瞬眩暈を感じたほどである。
その魔力を自分の魔力と合体させ、マキは一気に土地浄化のスキルを発動させた。
その波動の激しさに馬車がガタガタと揺れ、車窓の外に集まっていたレイスが一斉に光の粒となって消えていく。
だがマキのスキルはまだ発動し続けている。
大地がゴゴゴゴゴッと音を立てて揺れ始め、車窓の外の地面が金色に輝き始めた。
その地面の随所からレイスやグールなどが引き抜かれるように大量に沸き立ち、そのまま光の粒になって消えていく。
その情景は驚くべきもので荘厳ですらある。
「これほどまでのものとは・・・・・」
ユリアスが驚きの声をあげた。
「そう言えば馬車の外に居る御者や私兵は大丈夫なのか?」
ユリアスの言葉にマキはスキルの発動を続けながら平然と答えた。
「大丈夫ですよ。浄化の対象を選別していますから、外に居る私兵の方達には何の影響もありません。」
マキはそう言うと、突然目をカッと見開いた。
「リリスちゃん。もう少し魔力を貰うわね。親玉を見つけたのよ。」
リリスからの魔力を更に充填し、マキはぐっと拳を握り締めた。その拳を突き上げるように真上に突き出すと、ドドドドドッと言う激しい振動と共に、馬車のほど近くの地面から巨大なレイスの姿が現われた。
全長5mほどもありそうな死霊だ。
そのおぞましい表情が馬車を睨むが、その周囲を取り囲む聖魔法の魔力が矢のように突き刺さり、ギヤーッと言う大きな悲鳴を発した。
レイスに抵抗の余地は無い。
巨大なレイスはそのまま光の粒となって消えていった。
「もう大丈夫。外に出られますよ。」
マキはリリスの手を放し、ふうっと息を吐いてドナルドに伝えた。
マキの額には汗が滲み、肩で息をしている。
大規模の浄化なのでその消耗も激しいのだろう。
馬車の周囲の地面からまだ聖魔法の浄化の波動が緩やかに立ち昇る中、リリス達はおずおずと馬車の扉を開いて外に出た。
良く見ると馬車の外に居た御者や私兵達はその場で気を失って倒れていた。
彼等の身体を探知したが心身ともに異常は無い。
マキが念のため、一人一人にヒールを掛け、ドナルドが軽く頬を叩くと彼等は直ぐに意識を取り戻した。
「何となく身体が軽いですよ。」
身体を擦りながら嬉しそうに発した私兵の一人の言葉に、マキは納得したような笑顔を見せた。
「悪い血流が浄化されたのかも知れないぞ。」
そう言ってドナルドは私兵の肩をポンポンと軽く叩いた。
「それにしても、外に居た人達はどうして気を失ってしまったのかしら?」
リリスはマキの顔を見ながら呟いた。その背後から紫のガーゴイルが声を掛けた。
「それは聖魔法の魔力が激しく渦巻いていたから、それに晒されて一気に平衡感覚を失ってしまったのだろうな。」
それは有り得る事よね。
ユリアスの言葉を聞きながら、リリスは墓所の周囲を見回した。
既にアンデッドの気配は地上にも地下にも存在しない。
浄化の波動の到達範囲を探知すると、周囲半径1kmの土地が浄化された事が分かる。
しかも地上だけでなく地下まで完全に浄化されている。
流石は元聖女様だわね。
改めてマキの聖魔法のスキルの凄さをリリスは知らされたのだった。
リリスは少し警戒しながらも、墓所の敷地内に足を踏み入れた。
その場に立ち墓所を改めて見回すと、その古さが良く分かる。
散在する墓石や墓標も朽ちているものが多く、手入れが行き届いていない事が良く分かった。
その墓所の中央に小さな小さな霊廟がある。
地上には石造りの祠があり、その地下にはこの土地の有力者などが埋葬されているらしい。
少し不気味な気配はあるが、魔物やアンデッドの気配は無いので、単に古びた霊廟の醸し出す雰囲気なのだろう。
だが全員でその霊廟に近付くと、何処からともなく微かに少女の声が聞こえて来た。
「・・・・・マキ・・・・ここに来て・・・」
錯覚ではない。
明らかに聞こえている。
しかも一度だけでなく、何度も繰り返している。
「マキちゃん。呼んでるわよ。」
「リリスちゃん。そんなに簡単に言わないでよ。既に鳥肌が立っているのに・・・」
気味が悪くて怖気ずくマキの様子を見て、リリスは笑いを堪えていた。
「マキちゃんったら、大量の死霊は気にならないのに、何を怖がっているのよ。」
リリスの言葉にマキはう~んと唸り声をあげた。
「だって、名指しで呼ばれたら不気味だわよ。」
まあ、そうかも知れないと思って、リリスはドナルドと霊廟の扉に向かった。
その背後から紫のガーゴイルが、パタパタと羽ばたきながら付いてくる様子が滑稽だ。
私兵や御者は馬車で待機している様にドナルドが指示を出した。
「マキさんがあれだけ徹底して浄化してくれたので、アンデッドでは無い筈だ。確かめてみよう。」
危険は無いと判断したドナルドの言葉に、ガーゴイルが言葉を続けた。
「あの声の主は、もしかするとアンデッドどもに追いやられていた精霊の類かも知れん。」
そんなものが居るの?
リリスの疑問を他所に、ドナルドは霊廟の扉を開き内部に入っていった。
リリスもその後に続くと、ムッとした湿っぽい空気に包まれた。
胸を圧迫するような嫌な臭いだ。
かび臭い空気がその古さを更に際立たせている。
ガーゴイルが先頭に出て、入れ替わりにマキが最後尾から恐る恐るついて来た。
霊廟の内部は暗く、明り取りの窓も無い。
ドナルドは松明代わりの魔道具で足元を照らしながら階段を降り、全員がそれに付き従っていく。
地下のフロアに降りるとそこは意外に広い空間だった。
その中央に台座があり、その上に青白い光が灯っている。
あれは何だろう?
近付いて良く見ると、それは半透明のショートソードだった。
青白い光を纏い、台座の上に5cmほど浮かんでいる。
その光景は異様だ。
魔力で浮かんでいるのか?
不可思議な光景に唖然としていると、その前に突然真っ黒な人影が現われた。
小さな子供のような大きさの人影である。
突然の事でたじろぐドナルドとリリスを気にもせず、その人影は最後尾に居たマキにすっと近付き、その両手を広げて抱き着こうとした。
思わずそれを避けたマキが背後の扉にぶつかり、その音と衝撃が部屋中に響き渡る。
「・・・・・マキ・・・・ここに来て・・・」
その声に怯えるようにマキは咄嗟に浄化の光を放とうとした。
だが何も起こらない。
「ええっ! 聖魔法が発動しないわ!」
マキは焦って何度も繰り返すが、それでも聖魔法が発動しない。
どうしたのだろうか?
「発動を阻害されているの?」
リリスの問い掛けにマキは黙って頷いた。
リリスの心に不安が過る。
目の前に居るのがアンデッドだとしたら、マキの聖魔法以外に駆逐する方法が無いからだ。
アンデッドでは無さそうなのだが、依然として正体が判明しない。
その時、黒い人影は少し明瞭な口調で呟いた。
「・・・・・マキ・ナ・・・どうしてここに来てくれないの・・・・」
うん?
今、マキナって言った?
マキではないのか?
それにしても聞いた事のある名前だ。
マキナってあのマキナさんの事?
でも同じ名前だって言うだけかしら?
リリスはアルバによって元の世界に飛ばされた際に出会った、若いヒーラーの女性の事を思い出した。
そう言えばあの時、マキナは自分の事を聖女を目指すヒーラーだと名乗っていた。
その時は気にも掛けなかったのだが、聖女と言う言葉や概念が、太古の元の世界にあったのだろうか?
これって考え過ぎかしらね?
あれこれと思い巡らせるリリスだが、その間に黒い人影から黒い影が四方に広がり、地を這い、リリス達を包み込もうとした。
「拙い!」
リリスは即座にファイヤーボルトを放とうとした。だがそれも発動しない。
何故?
焦るリリスの背後で、ガーゴイルが呟いた。
「属性魔法の発動を阻害するなんて、いったい何者なのだ?」
「とりあえず、隔離しておこう。」
そう言うと、ガーゴイルから小さな光の球が現われ、リリス達を包み込んだ。
「何とか空間魔法で隔離出来たが、儂の使い魔の召喚にまで支障をきたしておる。」
「止むを得ん。リリス! 一旦召喚を解除するぞ!」
その言葉と共にガーゴイルが消えていった。
ユリアス様が居なくなっちゃった!
これってどうするのよ!
使い魔は消えてしまったがユリアスは健在なので、その生み出した空間魔法による亜空間はそのまま存在している。
それによって、リリス達の安全はとりあえず確保されたかのように思われた。
だがその亜空間の壁の随所に黒い人影から伸びて来た影が吸着し、内部にまで侵入しそうな様相を見せている。
「これは拙いな。一旦退却する事にしよう。」
ドナルドはその懐から転移の魔石を取り出し、それを即座に発動させた。
瞬時にリリス達の視界が暗転する。
真っ暗な闇が晴れると、周囲は青白い光の満ちた空間だった。
清廉な空気を感じるが、それと同時に物悲しい雰囲気が漂っている。
「何故だ? 転移の魔石の転移先は屋敷のエントランスだったはずだ・・・・・」
転移の魔石すら正常に発動出来ないのか?
それにここは何処なのだろうか?
不安に満ちたリリスの目の前に、再び黒い人影が現われた。
「ここは何処なの?」
警戒しながら問い掛けるリリスに、黒い人影は小さな声で答えた。
「・・・ここは・・・聖剣アリアドーネの中・・・・・」
聖剣って?
あの台座の上に浮かんでいた剣の事?
黒い人影の言葉の意味が分からず、戸惑うリリスを他所に、その黒い人影はマキに近付いて来た。
「・・・・・マキナじゃない。・・・・・あなたは誰・・・・・」
「・・・・マキナは何処に居るの? 何処!」
その叫びと共に黒い人影が大きく伸び上がり、リリス達に向かって来ようとした。
ドナルドは咄嗟に剣を抜き、リリス達の前に出て構えたが、剣で対抗出来る相手では無さそうだ。
徐々に近づく黒い人影になす術もなく、リリス達は緊張し身構えながらじりじりと後ろに下がるだけだった。
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「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」
強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
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