落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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兄と妹のダンジョン探索1

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ウィンディとリリアのダンジョンチャレンジから一か月程過ぎた或る日。

翌日が休日なので、リリスは昼休みのうちにマキと連絡を取ろうとしていた。
最近の神殿での仕事の様子を聞きながら、ランチでも一緒にしようかと思っていたのだ。
だがそのリリスに職員室から呼び出しが掛かった。

何の用事なのよ?

訝し気に職員室を訪れると、別室の父兄用のゲストルームに案内された。
その場に居たのはロイドとジークである。

うっ!
また嫌な予感がするわね!

一瞬凍り付いたリリスの様子をジークは見逃していなかった。

「リリス君。そんなに緊張しなくて良いよ。この国の運命を掛けたような任務で呼び出したわけじゃないからね。」

分かってるわよ!

心の中で憤慨しながらもリリスは造り笑顔で挨拶を交わした。

「それで私に何の用事ですか?」

率直に聞くリリス。
それに答えるロイドも率直に語り始めた。

「実はリリア君の事なんだがね。最近彼女の火魔法のレベルが上がっているんだ。元々魔法が不得手で、コンプレックスのあった子だと言う事は君も知っているよね。」

リリスはうんうんと頷いた。

「それが最近着実に上達してきたので、本人も嬉しくなってきたようだ。」

それはそうでしょうね。

「リリア君は嬉しくなって、その事を彼女のお兄さんに話したんだよ。そうするとそのお兄さんも喜んでね。」

そこまで話してロイドはジークに話を振った。
ジークはロイドの視線に頷き、話を続けた。

「リリア君の兄はマーティンと言う名の青年で、リリア君とは12歳年が離れている。このマーティンが軍に所属していてね。」

う~ん。
何となく怪しい流れになってきそうね。

「優秀な男だよ、彼は。」

そう言いながらジークはロイドの顔をちらっと見た。
ロイドはそれに応じて頷き、口を開いた。

「マーティン君はこの魔法学院の卒業生なんだよ。在学当時から魔法に秀でた優秀な学生だったんだ。その才能を買われて軍の所属になったとは聞いているよ。」

ロイドは再びジークに話を振る。

この流れは何?
何かまるで罠に追い込む様に、代わる代わるに話を振ってくるわね。

若干警戒しながらもリリスは話の要点を聞き出そうとしていた。

「マーティン君は年の離れたリリア君の事をとても可愛がっていてね。魔法の不得意な妹をとても心配していたんだ。そんな折にリリア君の最近の魔法の上達ぶりを聞いて、ぜひ自分の目で確かめたいと言っているんだ。」

「それでね、君とマーティン君とリリア君と一緒に、ギースのダンジョンに行って貰いたいんだよ。勿論この兄妹は上級貴族の子女なので、万一の状況に備えて私も同行する事で、軍の許可も取り付けたんだ。」

うっ!
魔法の上達を見たいなら、訓練場で見れば良いじゃないの。
どうして実戦で確かめようとするのよ!

リリスの脳裏に疑念が過る。
これはリリアとその兄を利用しての、ジークの企みだろう。

「私が一緒に行く意味があるんですか?」

リリスの返答にジークはへらへらと笑った。

「君が行った方が何かと刺激があって、リリア君達にも良い影響があると思うんだよ。」

この人、面白がっているわね。
そのついでに私のスキルも探ろうとしているのかも・・・・・。

軍の許可まで取り付けたと言うからには、リリスに断る余地は無い。
リリスの脳裏から、マキとのランチの予定が消えていった。

渋々承諾したリリスにジークは満面の笑みを見せた。

「それじゃあ、明日の正午に学舎の地下の訓練場に来てくれ。そこでマーティン君も紹介しよう。」

リリスは分かりましたと答えてその場を離れた。




そして迎えた翌日の正午。

何時も通り、レザーアーマーにガントレット、レザーブーツを装着して、リリスは訓練場に足を運んだ。
その場で迎えてくれたのは、リリアとジーク、そして背の高いがっしりとした体格の男性である。

その顔つきにリリアの面影があるので、この男性がマーティンなのだろう。

互いに挨拶を交わすと男性はリリスに軽く頭を下げた。

「マーティン・ドメル・ウィンドフォースです。よろしく。」

「妹がお世話になっているようで、リリスさんには感謝していますよ。」

色白で若干強面の顔つきだが、笑顔は優し気な青年だ。
その傍にリリアがくっ付いているのが微笑ましい。

「リリスと呼び捨てにしてもらって結構ですよ。」

そう答えたリリスにリリアが話し掛けた。

「リリス先輩。無理を言って付いて来て貰ってすみません。」

そう言って申し訳なさそうな表情を見せるリリアに、リリスは良いのよと言いながら笑顔を見せた。

「リリアは魔法が不得意だったので、魔法学院に入学する事も嫌がっていたんですよ。でも両親やリリアの姉達がまるで放逐するように、魔法学院に押し込んじゃってね。」

「リリアにお姉さんが居るんですね。」

「ええ、僕とリリアの間に二人いるんですが、この二人が特にリリアに対しては辛辣でね。出来損ないだとか家門の恥だとか言うんですよ。」

忌憚なく話すマーティンの袖をリリアがクイクイッと引っ張った。

「ああ、こんな事をここで言っていてはいけませんね。リリアに怒られちゃったようです。」

マーティンはそう言うとリリアの顔を見てへへへと笑った。

「兄上。私も少しは上達したんですからね。」

リリアの言葉が悲哀に満ちて聞こえる。
余程家族から辛辣な言葉を浴びせられてきたのだろう。

あんた達、この子の持っている加護の事を知ったら仰天するわよ。

リリスは心の中でそう呟いた。

「さあ、早速ギースのダンジョンにチャレンジしてみよう。」

ジークが話を切り上げさせ、懐から転移の魔石を取り出した。
ジークはニコニコしながら魔石を作動させ、4人はギースの街へと瞬時に転移した。






一時は廃れてしまったギースの街だが、ダンジョンの復活と共に賑わいを完全に取り戻した様子だ。
街路の両側に立ち並ぶ飲食店の呼び込みの声が、随所からリリス達の耳元に聞こえて来た。
土埃にまみれた石畳の街路、冒険者達の武具の金属音、走り回る子供達の嬌声。
その喧騒がむしろ心地良い。
乾燥した生暖かい風に吹かれながら、リリス達はダンジョンの入り口に向かった。

「ポーション類はたくさん持ってきたからね。安心して良いよ。」

ジークはそう言うとレザーアーマーの懐から、ヒーリングポーションやマナポーションを取り出した。
その表情はまるでピクニック気取りだ。
歩きながらそれをリリス達に分け与え、ジークは再び懐に手を入れて巻物を取り出した。
前回の探索でリリスに見せた10階層までの探索マニュアルだ。

「これは最新の改訂版でね。ダンジョン内の攻略情報もかなり更新されているんだよ。」

わざわざ買い替えたようだ。
得意そうにそれを見せるジーク。
確かに情報量は多い方が良い。
その情報の取捨選択はそれぞれのパーティーの実力によって異なるのだが。

しばらく歩くとダンジョンの入り口の待機所が見えて来た。そこには冒険者達が大勢待機している様子が窺える。
門番の衛兵が忙しそうに立ち回りながら、冒険者達を順番に誘導していた。
その冒険者達の好奇に満ちた視線がリリアに集中している。

小さな女の子連れだから、嫌でも目立っちゃうわよね。
遊びに来たとでも思っているのかしら?

ジークやマーティンの着用しているレザーアーマーには、ミラ王国の軍の紋章が付けられている。
それ故に軍関係の用件で来ている事は分かるはずなのだが・・・・・。

気にするなと言いたげな表情でリリス達に目配せをして、ジークは待機所の衛兵に話し掛けた。

本来は待機所で待つ事になるのだが、リリス達は特例で探索する許可をミラ王国から得ている。
それ故、ジークが手続きをして優先的に入らせてもらったのだ。




ギースのダンジョンの第1階層。

リリス達が入り口から階段を降りて中に入ると、そこはところどころに低木の藪がある広い草原だった。
藪の影から魔物が出てきそうなシチュエーションである。
その様子は前回と変わらない。

ダンジョンの中は明るく、閉塞感は無い。
高い天井に空が写し出されていて、時折爽やかな風も吹く。
この時点では魔物が出てくる気配など皆無だ。

ちなみにこのダンジョンの復活に関与した関係で、リリスはギースのダンジョンコアとの連結点を持っている。
ダンジョンに入るや否や、リリスの左手首の小さな黒点が反応して、軽く振動し始めていたのだ。
軽く指でその黒点を撫でると、リリスの脳内に第1階層の俯瞰図が浮かび上がって来た。

ジークの持つ探索マニュアルによると、先に進むにつれて霧が出てくる事になっている。
視界が効かなくなる上に、魔力が拡散されて探知もし辛くなるので、初心者には難易度が高い。

それなのに、ジークはどうしてリリアをここに連れて来たのか?
探索マニュアルを過信しすぎていないか?

その理由が分かるまでにそれほどの時間は掛からなかった。

リリス達が草を踏みしめながら順路を進むと、マニュアルに記された通り霧が発生してきた。
それは徐々に濃くなってきて、しばらくすると3mほど先でも見えなくなってしまった。
だがそれを機に、マーティンが魔力を集中し始めた。

黙想するように探知を掛け、その両手から瞬時に小振りなファイヤーボールを放つと、その火球は霧の発生源となる石像を一瞬で破壊した。
今の場所から石像までは相当な距離がある筈だ。
それでも石像は跡形もなく爆散し、リリスの脳内の俯瞰図からも消えてしまっている。
リリスはマーティンの実力を垣間見たのだった。

石像の破壊によって霧も収まって来たようだ。

更にマーティンが左前方に目を向けると、その視線の先から数本の矢がこちらに向かってきた。
それはジークが張っていたシールドに阻まれ、カンカンと音を立てて地面に落ちた。
マーティンはそれを気にもしないで、再び小さなファイヤーボールを数発、矢が放たれた方向に放った。
小さくあまり火力のない火球だ。
それは弧を描いて低木の藪の下部に飛び込み、藪の中からはギャッと言う悲鳴が聞こえて来た。
魔物達をおびき出す為の攻撃だったのだろう。

「ファイタークラスのゴブリンだな。」

そう言いながらマーティンは、藪から飛び出してきた3体のゴブリンを睨んだ。
ゴブリンとは思えないほどのがっしりとした体格のゴブリンだが、いずれも足に傷を負い、あまり早く動けない。
それでも手には魔剣を持ち、ヨタヨタしながらこちらに向かって来ようとしている。

「リリア。アイツらを仕留めるのはお前だよ。」

マーティンの落ち着いた言葉にリリアはハッとして頷き、両手に火魔法の魔力を集中させた。
瞬時にリリアの左右の手のひらの上に、ファイヤーニードルが5本ずつ出現し、くるっと丸くなってガトリング銃のように回転している。

その一連の動作が素早くなったようにリリスは感じた。
これはリリアの日頃の訓練の成果だろう。

気合と共に放たれたファイヤーニードルは、キーンと金切り音を立ててゴブリン達に向かった。
手負いのゴブリンにそれを躱す余地は無い。
ブスブスブスッと言う着弾音と共に、ゴブリンの身体の内部から火が噴き出し、3体共にその場で燃え上がってしまった。

「ほう! あれは火球とは言えないね。火の針かい?」

「それでも意外に火力があるじゃないか。リリアには丁度良いかもね。」

そう言ってマーティンはリリアを褒めた。その言葉にリリアも嬉しそうだ。だが次の瞬間、リリアの口から意外な言葉が飛び出した。

「兄上。ゴブリンを手負いの状態にしなくても大丈夫ですよ。」

あれっ?
リリアらしからぬ強気の言葉・・・・・。

マーティンはうっと唸ってリリアの顔を直視した。
彼の怪訝そうだった表情が直ぐに緩んでくる。

「リリアの口から、自信ありげな言葉が出てくるとは思わなかったよ。これもリリスの指導のお陰なんだろうね。」

マーティンの言葉にリリスは手を横に振った。

「私は何もしていませんよ。」

リリスの言葉は謙遜ではない。指導などした覚えが無いからだ。

「でもリリスに魔力のイメージ化のヒントや重要性を教えて貰ったって聞いたよ。それって大事な事だよねえ。」

そう言いながらマーティンは優し気な目でリリアを見た。

「リリア。ゴブリンよりもっと敏捷に動き回る魔物でも狩れるかい?」

「ええ、私はこれでも投擲スキルを持っているんですよ。それは兄上もご存じのはず・・・」

リリアの視線に若干非難めいた雰囲気を感じて、マーティンは軽く視線を外した。

「そうだったね。でもお前はそれを生かす状況にそもそも到達しても居なかったからねえ。」

感慨深げな表情を見せるマーティンである。
実家で居場所の無い状況にあった可愛い妹に、今まで心を痛めて来たのだろう。

上級貴族の兄妹の微笑ましい様子を見ながら、リリスは脳内に浮かぶ俯瞰図で現在の位置を確認した。
第1階層のほぼ中間点だ。

気を引き締めて、リリスは第1階層の奥へと向かって行ったのだった。










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