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亜空間回廊の修復1
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アブリル王国から帰国して10日ほど過ぎた或る日の昼。
リリスは授業で提出するレポートの資料を収集するため、昼休みを利用して図書館を訪れた。
司書のケリー女史にを見つけて受付を済ませ、リリスはずらりと並ぶ大きな木製の書架の間を擦り抜けるように歩き、目的のカテゴリーの書物のコーナーに辿り着いた。
書架から数冊の書物を選び出し、近くの閲覧用のデスクに座ろうとすると、そこには書物を広げているリンディの姿があった。
「あら、リンディ。あなたも調べものなの?」
声を掛けられたリンディは広げていた書物を閉じ、リリスに獣人特有の小動物の様な笑顔を向けた。
「私は薬学の授業で気になった箇所を調べているだけです。ポーション造りには興味があるので。」
そう言ってリンディが手に持っていた書物は薬草の図鑑だった。
リンディの傍の椅子に座ると、リリスは書架から運んできた書物をドサッとデスクに置いた。
その様子を見ながら、リンディは思いついたように口を開いた。
「リリス先輩って、またアブリル王国の魔物駆除に行ったんですね。エリスから聞きましたよ。」
リンディの言葉にリリスは苦笑いをした。
「そうなのよ。新入生のリリアとその兄姉の付き添いだったわ。」
「付き添いと言いながら、また無双したんじゃないですか?」
リンディの軽口にリリスはアハハと笑った。
「私を何だと思っているのよ。戦闘狂じゃないんだからね。。」
そう言いながら、リリスはリンディの顔を見てふと思いついた。
「ねえ、リンディ。周りに誰も居ないようだから、あなたに聞きたい事があるんだけど。」
そう言われてリンディはキョトンとした表情でリリスを見つめた。
「何ですか?」
「うん。アブリル王国の魔物駆除でいつも目にするワームホールの事なんだけどね。」
リリスは急にリンディの顔を近づけ、小声で囁いた。
「空間魔法の術者として、あのワームホールってどう思うの?」
「どう思うと言われても・・・・・」
リンディはそう言いながら思いを巡らせた。
彼女が空間魔法を駆使出来る事は秘密になっている。
それを気遣って小声で囁いたリリスの配慮に感謝しつつ、リンディは自分が感じ取った感触を口にした。
「私の第一印象では、あのワームホールってかなり特殊な構造になっていると感じました。普通の空間魔法で構成されたものではなく、未知の空間魔法で複雑に構成されていると思います。」
「そうなの? 単純にダンジョンに繋がっているんじゃないの?」
リリスはそう言いながら、亜神の使い魔達の話を思い出した。
「レームのダンジョン深層部に繋がっているって聞いたわよ。」
「ええっ!」
リンディは目を丸くして驚いた。
「どうしてレームの名前を知っているんですか? 獣人でもその地名を知っている人はあまり居ないと思いますよ。」
驚くリンディにリリスは、亜神達から聞いた話を簡略に伝えた。
勿論、亜神達の事は伏せているのだが。
リンディはリリスの話を冷静な表情で受け止めた。
「私の実家には、ご先祖が纏め上げた獣人の国々の古い歴史書があるんです。半生を掛けて伝承を収集し、研究者を交えて検証を加えたもので、何処の図書館にも所蔵されていません。」
「それによるとレームのダンジョンのあった地域には、ヌヴァク王国と言う獣人の国があったんです。建国は1000年ほど前の事ですね。」
「レームのダンジョンはその王国の中心にあって、当時はかなり賑わっていたそうです。でも500年ほど前にその最深部まで攻略され、ダンジョンコアも破壊されて、ダンジョンとしての価値が無くなると同時に、王国も衰退していったと記されていました。」
一気に話すリンディの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
リンディはそのリリスの反応を見ながらも、ふと首を傾げて口を開いた。
「ワームホールから出て来る大量の魔物は、本当にレームのダンジョンから発生したものなんですか?」
「ええ、ダンジョンコアが復活しているって聞いたわよ。」
それを聞いてリンディはう~んと唸った。
「コアが復活しているとしても、ワームホールから湧き出してくる魔物の量が半端じゃないですよ。とてもダンジョンから湧き出してくる物量だとは思えないんですけどね。」
「まるであちらこちらから魔物を集めているみたいで・・・・・」
そう言ってリンディは少し考え込んだ。
二人の間にしばらく沈黙の時間が流れる。
先に口を開いたのはリリスだった。
「まあ、これ以上考えても結論は出ないわよね。でもあのワームホールが簡単なものじゃ無い事は良く分かったわ。ありがとう。」
リンディに礼を言って、リリスは自分の調べものに取り掛かった。
その日の夕方。
学生寮の自室に戻ると、ドアの前でリリスは足を止めた。
身震いするほどの不穏な気配がする。
これは到底、亜神の使い魔達の気配ではない。
このままドアを開けて良いのだろうか?
あれこれと迷いながら、リリスは思い切ってドアを開けた。
「「お帰り!」」
リリスを迎える声がする。
リリスの目に入って来たのは、異様な状況だった。
自室のソファの上で2体の使い魔が対峙している。
片方は青白い龍であり、もう一方はタキシード姿のコオロギだ。
ロキとアルバ。
使い魔とは言いながら、この相容れぬ存在同士の両者がどうしてここに?
「これってどう言う状況なんですか?」
唖然として呟くリリスに龍がその顔を向けた。
「どうもこうも、儂が用事でここに来たら、突然このコオロギが出現したのだ。」
龍の言葉にコオロギはその眉をピクンと動かした。
「儂もリリスに用事があって来たのだ。それに儂はちゃんとノックして入って来たぞ。お主のように女の子の部屋に黙って侵入するのはいかがなものかと思うのだが。」
「何を言っておるのか。それを言うならお主は、この世界に潜入する際に一言断って入って来たのか?」
「それとこれとは話が違う!」
「お主がこの世界に来るだけで時空の歪が生じてしまう。迷惑なんだよ!」
「だから気を遣って使い魔の姿で来ているのではないか! そもそも超越者の様な存在が人族の前に簡単に姿を現わして良いのか?」
「それはお主も同じだろう。しかも時空まで超えて来るなんて・・・」
「そこは遠路遥々と言って欲しいものだな。」
「まあ、歓迎していればその言葉も自然に出て来るのだがなあ。」
両者の言い合いが続く。
私の部屋で何をしているのよ!
そう思いながらもリリスは両者の姿を眺めていた。
お互いにその世界の超越者として存在する者同士だ。
この両者が顔を合わせること自体が、稀有な事だと考えるべきだろう。
両者の言い争いはしばらくして落ち着いた。
「今日は儂が引き返す事にする。日を改めてまた来るよ。リリス、達者でな。」
そう言いながらコオロギはその場から消えていった。
その様子を見て龍はふうっとため息をついた。
「あ奴は何をしに来たのだろうな。」
そう言いながら龍はその魔力を周囲にスッと流した。
「僅かながら時空に歪が生じておるようだ。修復しておこう。」
龍は部屋の天井にまで浮かび、ぐるぐるとその場で回転し始めた。その身体から青白い光が周囲に放たれ、リリスの視界が僅かにぶれた。
龍は再びソファに降りて来て、フンと鼻息を吐いた。
「それでロキ様はどうしてここに?」
リリスの問い掛けに龍は顔を持ち上げた。
「そうそう。儂の用件を伝えねば。」
龍はその顔をリリスの真正面に据えた。
「実は頼み事があってやってきたのだよ。最近になって時空の歪が治まって来たので、アブリル王国のワームホールの修復をしようと思うのだ。その際についでながら、レームのダンジョンの修復もしようと思う。あのダンジョンを修復しないと根本的な解決にならないのでな。」
レームのダンジョンの修復。
思ったよりも早くこの機会が訪れたわね。
「でもそれって全て、ロキ様がやれば良いものではないのですか?」
「それがそうもいかんのだ。儂の魔力は特殊なので、儂の魔力で修復すると、ダンジョンコアが儂の指示でしか動かなくなってしまう。コアの自律性が無くなってしまうのだよ。」
「それで私の魔力でコアを修復しろって言うんですか?」
リリスの言葉に龍はうんうんと頷いた。
「そうなのだ。お前は以前にもギースのダンジョンコアの修復を行なった実績があるからな。」
どうしてそれを知っているのよ。
リリスの思いをスルーして、龍は話を続けた。
「先ずは複雑に張り巡らされた亜空間回廊の撤去からだ。リリス。これを見てくれ。」
龍の言葉と共に、リリスの目の前に大きな半透明のパネルが現われた。
そこには幾つもの線が引いてあった。赤い線と青い線が重なるように引かれていて、その末端部分が幾つにも分岐している。
「この青い線がダークアーミンの魔導士が創り上げた亜空間回廊だ。その末端がワームホールになっている。赤い線はエイヴィスが創り上げた亜空間回廊なのだが、ダークアーミンのものと交錯し、干渉し合って随所に歪を発生させているのだ。」
「しかも厄介な事に、ダークアーミン達は禁忌を冒してしまった。」
「禁忌って?」
リリスの問い掛けに龍はふうっと息を吐いた。
「大量の魔物の調達の為に、ダークアーミン達は幾つものダンジョンにワームホールを連結させてしまった。だがその時点で既にレームのダンジョンは機能不全に陥っていたのだ。」
「レームのダンジョンは最下層まで攻略されて、ダンジョンコアが破壊されてしまったと聞きましたが・・・・・」
リリスはそう言うと、龍の目をじっと見つめた。
「そう。その通りだ。だがコアが完全に破壊されてはいなかった。それ故に少しずつ復元していたのだ。だがダークアーミン達が亜空間回廊を創り上げた時、レームのダンジョンのコアはまだ不完全な状態で、魔物を大量に生み出せる状態ではなかった。」
「そこでダークアーミン達は、レームのダンジョンに繋がるワームホールの先に細工を施した。」
龍はここで間合いを置いた。
リリスは龍の次の言葉に意識を集中させた。
「500年ほど時空を遡らせて連結してしまったのだよ。」
「そんな事って・・・・・可能なんですか?」
「彼等はそれをやってしまったのだよ。最初は上手く機能していたようだが、次第に時空の歪が生じ、それが拡大して暴走し始めた。それで手が付けられなくなってダークアーミン達は亜空間回廊を放棄したんだ。」
そんな事があったのね。
リリスの思いを受け止めながら、龍は再び口を開いた。
「そこまでならまだ修復の余地はあったんだ。だがこの放棄された亜空間回廊を上書きするように、エイヴィスが別の亜空間回廊を敷設してしまったのだよ。その当時のエイヴィスには、その危険性が充分に理解出来なかったのだろうな。」
「亜空間回廊同士の干渉によって生じた時空の歪は、もはや簡単に修復出来ない状況に陥ってしまった。それでも儂は地道に僅かずつ手を付け、何とか時空の歪を修復する機会を待っていたのだ。」
龍はそう言うとその顔をリリスの正面に向けた。
「もののはずみとはよく言ったものだ。お前とあの業火の化身を持つ少女が関わる事で、レームのダンジョンに繋がっていたワームホールの連結が一時的に外れてしまったのだよ。これは千載一遇のチャンスだ。放置していればまた復旧してしまうかも知れん。そうなる前に処理したいのだ。」
ここまでの話を聞いても、リリスは自分が何をすれば良いか分からない。
「それで私は何をすれば・・・・・」
リリスの言葉に龍はニヤッと笑った。
龍なので笑ったように見えただけなのかも知れない。
「儂に付いて来て欲しいのだ。修復の最終段階で、レームのダンジョンのコアに手を加えて貰う事になるからな。」
今一つ分からない状況だが、断ると言う選択肢は許されないのだろう。
リリスはそう思って了承した。
「それで何時出掛けるんですか?」
リリスの言葉に龍はうんうんと頷いた。
「今だよ。これからだ。」
「えっ! こんな時間に?」
「時間などどうでも良い。すべてが終わったら、元の時間に戻してやる。」
強引な龍の言葉にリリスは止むを得ず了承した。
部屋の天井で回転し始めた龍の身体が青白く光り、リリスと共にその場から消えてしまったのだった。
リリスは授業で提出するレポートの資料を収集するため、昼休みを利用して図書館を訪れた。
司書のケリー女史にを見つけて受付を済ませ、リリスはずらりと並ぶ大きな木製の書架の間を擦り抜けるように歩き、目的のカテゴリーの書物のコーナーに辿り着いた。
書架から数冊の書物を選び出し、近くの閲覧用のデスクに座ろうとすると、そこには書物を広げているリンディの姿があった。
「あら、リンディ。あなたも調べものなの?」
声を掛けられたリンディは広げていた書物を閉じ、リリスに獣人特有の小動物の様な笑顔を向けた。
「私は薬学の授業で気になった箇所を調べているだけです。ポーション造りには興味があるので。」
そう言ってリンディが手に持っていた書物は薬草の図鑑だった。
リンディの傍の椅子に座ると、リリスは書架から運んできた書物をドサッとデスクに置いた。
その様子を見ながら、リンディは思いついたように口を開いた。
「リリス先輩って、またアブリル王国の魔物駆除に行ったんですね。エリスから聞きましたよ。」
リンディの言葉にリリスは苦笑いをした。
「そうなのよ。新入生のリリアとその兄姉の付き添いだったわ。」
「付き添いと言いながら、また無双したんじゃないですか?」
リンディの軽口にリリスはアハハと笑った。
「私を何だと思っているのよ。戦闘狂じゃないんだからね。。」
そう言いながら、リリスはリンディの顔を見てふと思いついた。
「ねえ、リンディ。周りに誰も居ないようだから、あなたに聞きたい事があるんだけど。」
そう言われてリンディはキョトンとした表情でリリスを見つめた。
「何ですか?」
「うん。アブリル王国の魔物駆除でいつも目にするワームホールの事なんだけどね。」
リリスは急にリンディの顔を近づけ、小声で囁いた。
「空間魔法の術者として、あのワームホールってどう思うの?」
「どう思うと言われても・・・・・」
リンディはそう言いながら思いを巡らせた。
彼女が空間魔法を駆使出来る事は秘密になっている。
それを気遣って小声で囁いたリリスの配慮に感謝しつつ、リンディは自分が感じ取った感触を口にした。
「私の第一印象では、あのワームホールってかなり特殊な構造になっていると感じました。普通の空間魔法で構成されたものではなく、未知の空間魔法で複雑に構成されていると思います。」
「そうなの? 単純にダンジョンに繋がっているんじゃないの?」
リリスはそう言いながら、亜神の使い魔達の話を思い出した。
「レームのダンジョン深層部に繋がっているって聞いたわよ。」
「ええっ!」
リンディは目を丸くして驚いた。
「どうしてレームの名前を知っているんですか? 獣人でもその地名を知っている人はあまり居ないと思いますよ。」
驚くリンディにリリスは、亜神達から聞いた話を簡略に伝えた。
勿論、亜神達の事は伏せているのだが。
リンディはリリスの話を冷静な表情で受け止めた。
「私の実家には、ご先祖が纏め上げた獣人の国々の古い歴史書があるんです。半生を掛けて伝承を収集し、研究者を交えて検証を加えたもので、何処の図書館にも所蔵されていません。」
「それによるとレームのダンジョンのあった地域には、ヌヴァク王国と言う獣人の国があったんです。建国は1000年ほど前の事ですね。」
「レームのダンジョンはその王国の中心にあって、当時はかなり賑わっていたそうです。でも500年ほど前にその最深部まで攻略され、ダンジョンコアも破壊されて、ダンジョンとしての価値が無くなると同時に、王国も衰退していったと記されていました。」
一気に話すリンディの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
リンディはそのリリスの反応を見ながらも、ふと首を傾げて口を開いた。
「ワームホールから出て来る大量の魔物は、本当にレームのダンジョンから発生したものなんですか?」
「ええ、ダンジョンコアが復活しているって聞いたわよ。」
それを聞いてリンディはう~んと唸った。
「コアが復活しているとしても、ワームホールから湧き出してくる魔物の量が半端じゃないですよ。とてもダンジョンから湧き出してくる物量だとは思えないんですけどね。」
「まるであちらこちらから魔物を集めているみたいで・・・・・」
そう言ってリンディは少し考え込んだ。
二人の間にしばらく沈黙の時間が流れる。
先に口を開いたのはリリスだった。
「まあ、これ以上考えても結論は出ないわよね。でもあのワームホールが簡単なものじゃ無い事は良く分かったわ。ありがとう。」
リンディに礼を言って、リリスは自分の調べものに取り掛かった。
その日の夕方。
学生寮の自室に戻ると、ドアの前でリリスは足を止めた。
身震いするほどの不穏な気配がする。
これは到底、亜神の使い魔達の気配ではない。
このままドアを開けて良いのだろうか?
あれこれと迷いながら、リリスは思い切ってドアを開けた。
「「お帰り!」」
リリスを迎える声がする。
リリスの目に入って来たのは、異様な状況だった。
自室のソファの上で2体の使い魔が対峙している。
片方は青白い龍であり、もう一方はタキシード姿のコオロギだ。
ロキとアルバ。
使い魔とは言いながら、この相容れぬ存在同士の両者がどうしてここに?
「これってどう言う状況なんですか?」
唖然として呟くリリスに龍がその顔を向けた。
「どうもこうも、儂が用事でここに来たら、突然このコオロギが出現したのだ。」
龍の言葉にコオロギはその眉をピクンと動かした。
「儂もリリスに用事があって来たのだ。それに儂はちゃんとノックして入って来たぞ。お主のように女の子の部屋に黙って侵入するのはいかがなものかと思うのだが。」
「何を言っておるのか。それを言うならお主は、この世界に潜入する際に一言断って入って来たのか?」
「それとこれとは話が違う!」
「お主がこの世界に来るだけで時空の歪が生じてしまう。迷惑なんだよ!」
「だから気を遣って使い魔の姿で来ているのではないか! そもそも超越者の様な存在が人族の前に簡単に姿を現わして良いのか?」
「それはお主も同じだろう。しかも時空まで超えて来るなんて・・・」
「そこは遠路遥々と言って欲しいものだな。」
「まあ、歓迎していればその言葉も自然に出て来るのだがなあ。」
両者の言い合いが続く。
私の部屋で何をしているのよ!
そう思いながらもリリスは両者の姿を眺めていた。
お互いにその世界の超越者として存在する者同士だ。
この両者が顔を合わせること自体が、稀有な事だと考えるべきだろう。
両者の言い争いはしばらくして落ち着いた。
「今日は儂が引き返す事にする。日を改めてまた来るよ。リリス、達者でな。」
そう言いながらコオロギはその場から消えていった。
その様子を見て龍はふうっとため息をついた。
「あ奴は何をしに来たのだろうな。」
そう言いながら龍はその魔力を周囲にスッと流した。
「僅かながら時空に歪が生じておるようだ。修復しておこう。」
龍は部屋の天井にまで浮かび、ぐるぐるとその場で回転し始めた。その身体から青白い光が周囲に放たれ、リリスの視界が僅かにぶれた。
龍は再びソファに降りて来て、フンと鼻息を吐いた。
「それでロキ様はどうしてここに?」
リリスの問い掛けに龍は顔を持ち上げた。
「そうそう。儂の用件を伝えねば。」
龍はその顔をリリスの真正面に据えた。
「実は頼み事があってやってきたのだよ。最近になって時空の歪が治まって来たので、アブリル王国のワームホールの修復をしようと思うのだ。その際についでながら、レームのダンジョンの修復もしようと思う。あのダンジョンを修復しないと根本的な解決にならないのでな。」
レームのダンジョンの修復。
思ったよりも早くこの機会が訪れたわね。
「でもそれって全て、ロキ様がやれば良いものではないのですか?」
「それがそうもいかんのだ。儂の魔力は特殊なので、儂の魔力で修復すると、ダンジョンコアが儂の指示でしか動かなくなってしまう。コアの自律性が無くなってしまうのだよ。」
「それで私の魔力でコアを修復しろって言うんですか?」
リリスの言葉に龍はうんうんと頷いた。
「そうなのだ。お前は以前にもギースのダンジョンコアの修復を行なった実績があるからな。」
どうしてそれを知っているのよ。
リリスの思いをスルーして、龍は話を続けた。
「先ずは複雑に張り巡らされた亜空間回廊の撤去からだ。リリス。これを見てくれ。」
龍の言葉と共に、リリスの目の前に大きな半透明のパネルが現われた。
そこには幾つもの線が引いてあった。赤い線と青い線が重なるように引かれていて、その末端部分が幾つにも分岐している。
「この青い線がダークアーミンの魔導士が創り上げた亜空間回廊だ。その末端がワームホールになっている。赤い線はエイヴィスが創り上げた亜空間回廊なのだが、ダークアーミンのものと交錯し、干渉し合って随所に歪を発生させているのだ。」
「しかも厄介な事に、ダークアーミン達は禁忌を冒してしまった。」
「禁忌って?」
リリスの問い掛けに龍はふうっと息を吐いた。
「大量の魔物の調達の為に、ダークアーミン達は幾つものダンジョンにワームホールを連結させてしまった。だがその時点で既にレームのダンジョンは機能不全に陥っていたのだ。」
「レームのダンジョンは最下層まで攻略されて、ダンジョンコアが破壊されてしまったと聞きましたが・・・・・」
リリスはそう言うと、龍の目をじっと見つめた。
「そう。その通りだ。だがコアが完全に破壊されてはいなかった。それ故に少しずつ復元していたのだ。だがダークアーミン達が亜空間回廊を創り上げた時、レームのダンジョンのコアはまだ不完全な状態で、魔物を大量に生み出せる状態ではなかった。」
「そこでダークアーミン達は、レームのダンジョンに繋がるワームホールの先に細工を施した。」
龍はここで間合いを置いた。
リリスは龍の次の言葉に意識を集中させた。
「500年ほど時空を遡らせて連結してしまったのだよ。」
「そんな事って・・・・・可能なんですか?」
「彼等はそれをやってしまったのだよ。最初は上手く機能していたようだが、次第に時空の歪が生じ、それが拡大して暴走し始めた。それで手が付けられなくなってダークアーミン達は亜空間回廊を放棄したんだ。」
そんな事があったのね。
リリスの思いを受け止めながら、龍は再び口を開いた。
「そこまでならまだ修復の余地はあったんだ。だがこの放棄された亜空間回廊を上書きするように、エイヴィスが別の亜空間回廊を敷設してしまったのだよ。その当時のエイヴィスには、その危険性が充分に理解出来なかったのだろうな。」
「亜空間回廊同士の干渉によって生じた時空の歪は、もはや簡単に修復出来ない状況に陥ってしまった。それでも儂は地道に僅かずつ手を付け、何とか時空の歪を修復する機会を待っていたのだ。」
龍はそう言うとその顔をリリスの正面に向けた。
「もののはずみとはよく言ったものだ。お前とあの業火の化身を持つ少女が関わる事で、レームのダンジョンに繋がっていたワームホールの連結が一時的に外れてしまったのだよ。これは千載一遇のチャンスだ。放置していればまた復旧してしまうかも知れん。そうなる前に処理したいのだ。」
ここまでの話を聞いても、リリスは自分が何をすれば良いか分からない。
「それで私は何をすれば・・・・・」
リリスの言葉に龍はニヤッと笑った。
龍なので笑ったように見えただけなのかも知れない。
「儂に付いて来て欲しいのだ。修復の最終段階で、レームのダンジョンのコアに手を加えて貰う事になるからな。」
今一つ分からない状況だが、断ると言う選択肢は許されないのだろう。
リリスはそう思って了承した。
「それで何時出掛けるんですか?」
リリスの言葉に龍はうんうんと頷いた。
「今だよ。これからだ。」
「えっ! こんな時間に?」
「時間などどうでも良い。すべてが終わったら、元の時間に戻してやる。」
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