落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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異形の杖2

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デルフィに案内された地下の闘技場。

階段を降りてその闘技場に入ると、中央に半透明のドームが設置されていた。
半球状で半径10mほどの大きなドームだ。
その周囲を人の背丈ほどの大きさの20個のサイコロ状の金属の塊が取り囲み、ドームの中心に向けて強く魔力を放っている。

「これは何ですか?」

リリスの問い掛けにデルフィはニヤッと笑った。

「空間魔法の多重シールドの強化版と言ったところだな。君の持つ杖の影響を遮断するために緊急で設置したんだよ。」

「とりあえず杖を見せてくれ。」

デルフィの言葉に頷き、リリスはマジックバッグから杖を取り出した。半透明のカプセルに封じ込められた杖は仄かに光りを放ちながら僅かに振動している。それはまるで外に出たがっているようにも見えるのだが・・・。

その杖を見てデルフィはうっと唸った。
その表情に緊張が走っている。

「これは・・・何かの意志を持っているようにも見えるな。しかも厳密に封印されているにもかかわらず、儂ら竜族の脳に直接働き掛けてくるような波動を感じるぞ。」

「これは既にこの杖の元々の姿では無さそうだ。この姿から更に変化すると言うのか?」

デルフィの言葉にリリスは黙って頷いた。

「そうか。とりあえずその変化の様子を見せて貰おう。あの半透明のドームに今、転移で送り込むからな。中に入ったら杖をカプセルから取り出し、お前の魔力を流してみてくれ。」

「はい。やってみます。」

リリスの返答を確認し、デルフィは闇魔法の転移でリリスをドームの中央に転移させた。

リリスの視界が暗転し、ドームの中央に移動すると、ドームの内側から見た半透明の壁は淡い色を帯びていた。
半透明なのでデルフィの姿も良く見えている。

リリスはメリンダ王女から預かって来た魔道具でカプセルの封印を解き、杖を取り出して右手に握った。
杖はブルっと震えて淡い光を放ち始めた。
まるで外に出る事が出来て喜んでいるようだ。

デルフィの合図でリリスは試しに闇魔法を発動させず、杖に普通に魔力を流してみた。
だがそれでも、杖はグッと伸びて両端の装飾が竜の頭部に変化した。

しかも前回よりも更に長くなったような気がする。

杖は伸長と共に火花を散らし、禍々しい妖気を漂わせ始めた。
その変化にドーム越しにデルフィが驚いている。

だがリリスの身体が突然熱くなり、前触れもなく暗黒竜の加護が発動されてしまった。

ええっ!
どうして?

驚くリリスの身体から闇魔法の魔力が流れ出し、それはリリスの頭上で渦巻き、徐々に形が変わっていく。
程なく現われたのは巨大な竜の頭部だ。

これってクイーングレイスさんの頭部だわ。

真っ黒な頭部に時折赤い稲妻が走り、その目が金色に輝いている。

その姿に驚くデルフィの見つめる中、伸長した杖から闇魔法の魔力が上に流れ出し、それもまた徐々に形を変えていく。

クイーングレイスの頭部に対峙するように魔力で形成されたのは、やはり竜の頭部だった。
それもまた黒く、時折火花を放っている。

ドームの中で対峙する2体の竜の頭部。
それは実に異様な光景だった。

ドームの外に居るデルフィには影響が無かったが、内部に居るリリスは激しい妖気と瘴気に晒されていた。
既に魔装を発動していたので、何とか耐えられる状態ではあったのだが、それでも閉鎖空間でこの状況は辛い。

その様子をドームの外から見ているデルフィは、驚愕の表情で立ち尽くしている。

何が起きているの?

戸惑うリリスの脳裏に対峙する竜の交わす念話が届いて来た。

(クイーングレイス様。こんなところにおられましたか。)

(おお! お主は我が側近のレクスターではないか! 久しいのお。)

クイーングレイスから喜びの情が伝わって来た。

(しかし何故、お主がここに現われたのだ?)

クイーングレイスの問い掛けにレクスターの頭部が目を閉じ下を向いた。
それはまるで主君の前にかしずいているかのような仕草だ。

(この娘が手に持つ短杖は支配者の指揮杖で、私の化石化した骨片を元に魔力誘導体を造り、錬成されたものなのです。)

(それ故に私の残留意識が籠っていたのですが、この娘の不思議な魔力によって形状化出来たのです。)

そんな事ってあるの?

リリスの疑問を意に介さず、クイーングレイスの頭部が穏やかな視線をレクスターの頭部に向けた。

(お主の忠誠は我が心の支えだった。大地を駆け、天空を飛翔し、幾多の過酷な戦いを共にしたお主を我は誇りに思う!)

クイーングレイスの念話にレクスターはハハーッと答えて、より一層頭部を低く沈めた。

だがその頭部が徐々に色褪せ、周辺から徐々に消え始めた。

(クイーングレイス様。残念ながらあまり長い時間形状化出来ないようです。それで私からのお願いがあるのですが・・・)

(うむ。私も今は加護となっている身だが、可能な事であればお主の願いを聞いてやろう。)

クイーングレイスからの返答を受け、レクスターはその頭部を少し持ち上げた。

(私を喰らって下さい。クイーングレイス様の一部となってお傍に仕えたいのです。)

(何! お主を喰らえと言うのか?)

(はい。もう二度とクイーングレイス様の前に現れる事も出来ないでしょうから、私の残留意識を吸収して下されば、これからもクイーングレイス様と共に・・・・・)

レクスターの言葉が続かない。
既に頭部の下半分が消えかかっているからだ。

(分かった! 今直ぐに喰らってやる。我が一部と化して共にあれ!)

その念話と共にクイーングレイスの頭部が口を大きく開いた。
その口の中にレクスターの頭部が魔素と化して吸い込まれていく。

オオオオオオオオオオオオー。

レクスターの頭部を吸収し、クイーングレイスは咆哮とも号泣とも取れるような声をあげた。

クイーングレイスさん?

リリスの問い掛けるような念にもクイーングレイスは答えなかった。
目を閉じそのままジッと佇んでいる。
色々と思いを巡らせているような素振りにも見えるが、念話は一切伝わってこない。

それは鎮魂の時間とも言うべきか。

しばらく時間が経過し、魔力で形状化していたクイーングレイスの頭部は徐々に消えていった。

(リリス。ありがとう。)

ふと伝わって来た念話がリリスの感情を揺り動かす。
何故かリリスの目から涙が流れていた。

リリスが手に持っていた杖は元の大きさに戻り、リリスは気を失ってその場に倒れてしまった。





気が付くとリリスはベッドの中に居た。
その傍にデルフィとノイマンが立ち、心配そうに覗き込んでいる。

「あらっ! 気が付きましたね、リリス様。」

そう言いながらナース姿で近付いて来たのはチラだった。

「チラさん、どうしてここに?」

「ああ、デルフィ様から呼び出されたんですよ。リリス様の看病をして欲しいとの事で。」

そう言われて初めてリリスは、自分が白衣を着て寝かされている事に気が付いた。
チラが着替えさせてくれたのだろう。

「チラさん、ありがとう。」

「でも、わざわざチラさんを呼び出さなくても、女性スタッフがここにも居ると思うんですけど・・・」

リリスの言葉にチラは苦笑いを見せた。

「ドラゴニュートの女性スタッフは、リリス様に近付きたくないと言って逃げるんですよ。」

「微かに漂って来る気配ですら威圧感や脅迫感を受けるそうで・・・・・」

まあ!
危険人物になっちゃったのね。

「私もドラゴニュート達の懸念はそれなりに理解出来ますよ。リリス様の魔力から伝わってくる波動が、以前にも増して濃厚で強烈ですからね。」

「その上に、仄かに漂って来る闇魔法の気配が何と言うか・・・不気味で得体の知れない圧迫感を受けるんですよね。」

チラの言葉にリリスはう~んと考え込んだ。
その様子を見てチラはうふふと笑った。

「そんなに気にしなくても良いですよ。普通の人族や獣人であれば、感じないと思いますので。」

チラの言葉を聞いて、リリスは少し気が楽になった。

そう言えばべリアさんやチラさんは、職務上の理由で僅かながら竜族の血を輸血したのよね。
だからこそドラゴニュート達の感性が分かるんだわ。

気を取り直したリリスに背後からデルフィが近付いて来た。

「リリス。ご苦労様だったね。急激な魔力不足で倒れてしまったようだから、少し安静にしていれば直ぐに回復するよ。」

デルフィの表情はどこまでも柔和だ。

「それで杖はどうなったのですか?」

「ああそれなら元の状態に戻ったよ。」

そう言いながらデルフィは懐から杖を取り出した。
元の短杖の状態だ。
異様な気配はないが、僅かに闇魔法の気配がある。

「今は伝承にある通りの杖だよ。それなりの術者が用いれば、広域の多数の兵士の闇魔法を強化増幅出来る。」

「だが、それだけだ。」

そうなのね。
元に戻って良かったわ。

デルフィはその杖をノイマンに手渡した。

「ドラゴニュートの使節には私から手渡すよ。」

ノイマンはそう言うと、杖を大事そうにマジックバッグに収納した。

「これまでの交渉とこの杖の顛末で、我が国にとって実に有利な状況が具現化しそうだ。これもリリスのお陰だね。」

ノイマンの言葉にリリスは首を傾げた。
その表情を見て、ノイマンはリリスの耳元に近付き、小声で呟いた。

「ミラ王国としては、リゾルタの近くの小さなオアシス都市の領有権を手に入れたいんだよ。」

「そうなんですね。」

でもそんなところを手に入れてどうするの?
我が国には何のメリットがあるの?

色々と疑問が過るが、国の考える事だ。
リリスはそう思って、それ以上の事を聞こうとしなかった。

「リリス。もう少し休んでいなさい。充分に動けるようになったら、儂の闇魔法でユリアス殿の研究施設に転移してあげるよ。」

「そこからは学生寮まで近いと聞いたぞ。」

ユリアスの言葉にリリスはうんうんと頷いた。

魔法学院の敷地の地下だものね。
そこからはユリアス様に送って貰おう。

リリスはそう思ってふうっとため息をついた。

少し眠るようにと言うチラの言葉に甘えて、リリスは仮眠を取ったのだった。



デルフィの研究施設から帰還して数日後。

リリスは再びメリンダ王女から呼び出された。

また宝物庫で変な物を見つけたんじゃないでしょうね。

疑心暗鬼で学生寮の階段を昇り、セラのチェックを受けてメリンダ王女の部屋に向かうと、メリンダ王女とフィリップ王子の他に、もう一人の生徒が座っていた。

リンディだ。

「リンディ、どうしたの?」

リリスの問い掛けにリンディはえへへと笑った。

「姉の事で色々と聞きたいと王女様が仰るので・・・」

ああ、そう言う事ね。
リンディの姉のアイリスとドーム公との進展状況を聞きたかったのだろう。
まだ内密の話になっているので、リリスもその件に関してはあえて触れなかった。

「リンディをここに呼んだのはアイリスの件だけじゃないのよ。」

そう言ってメリンダ王女はフィリップ王子に目で合図を送った。
フィリップ王子はそれを受け、リリスの方に向き直った。

「リリス。ドラゴニュート絡みで君が色々と活躍してくれたお陰で、一つの大きな成果が実ったんだよ。」

「ええっ? 何の事ですか?」

首を傾げるリリスの表情を見ながら、フィリップ王子は話を続けた。

「君の数々の功績を種にして、ノイマンが根気強く通商交渉を続けて来たんだが、その中の一つのステップとしてイオニアと言うオアシス都市の領有権を求めていてね、それが今回実現したんだよ。」

フィリップ王子の言葉を聞いても、リリスにはあまりその重要性が分からなかった。

「そのイオニアって言うオアシス都市は、何処にあるのですか?」

「リゾルタとドラゴニュートの国の中間地点だね。今までドラゴニュートが領有していたんだが、そこをミラ王国の領有地とする事で転移門を設置するつもりだよ。大型の転移門を設置出来れば、軍を駐留させる事も出来るし、民間人による物資の交易も頻繁になるからね。」

フィリップ王子の説明にリリスはうんうんと頷いた。

「それ以外にリゾルタの防衛も視野に入れているんですか?」

「うん。その通りだよ。ドラゴニュートの国は現在、政治的に不安定な状況だ。王家や王族の分裂も有り得る。内紛の火の粉がリゾルタに及ぶのを避けたいんだよ。」

なるほどね。

フィリップ王子の話に納得したリリスに向かって、リンディが話し掛けて来た。

「イオニアって元々獣人の棲む都市なんですよ。」

「えっ? 獣人の都市なの?」

リリスの疑問にメリンダ王女が口を開いた。

「そうなのよ。4000人ほどの獣人をドラゴニュートが支配していたのが今までの構図でね。長年獣人達を搾取していたので、獣人達はそれに対して相当不満を持っていたらしいの。それでミラ王国に支配層が変わって、獣人達の持つ権利を擁護する方針を出したから、彼等からは概ね歓迎されているわ。」 

そうなのね。
まあ、ミラ王国は元々獣人には寛容だから、特別な事をしたんじゃ無いでしょうけどねえ。

「それでね、リリス。今度の休日に、リンディと一緒にイオニアの視察に行って欲しいのよ。必要なら現地で屈強な護衛の兵士も付けてあげるからね。」

メリンダ王女の言葉にリンディも嬉しそうに頷いた。

「先輩。行きましょうよ。獣人の都市と聞いて私もワクワクしているんです。」

リンディの嬉しそうな笑顔にリリスの心も和んだ。

リンディが一緒なら獣人の都市で困る事も無いだろう。
その上に彼女は並外れた空間魔法のスキルの持ち主だ。

初めて訪ねる獣人のオアシス都市を思い浮かべ、リリスは期待に胸を膨らませていたのだった。




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