288 / 369
ゲートシティ再訪 後日談
しおりを挟む
オアシス都市イオニアでのリリス達の用件は済んだ。
リリスはサリナと共にメリンダ王女達と合流し、軍用の馬車で転移門からミラ王国に戻った。
現地解散となったので、リリスは急いでマキの待つ王都の神殿へと急いだ。
王城前の広場から神殿までの僅かな距離を歩きつつも、マキの困惑している姿が目に浮かぶ。
マキちゃん、大丈夫かなぁ?
駆けこむように神殿に入り、神官の女性に用件を話すと、神官はマキの待つゲストルームに案内してくれた。
そこに入るとマキはソファに座って苦笑いを浮かべていた。
「ごめんね、リリスちゃん。」
そう言ってリリスをソファに座るように促すマキの表情は、かなり憔悴しているようだった。
「今もその風景が見えているの?」
心配そうに問い掛けるリリスにマキはうんうんと頷いた。
「今も見えているのよ。半透明の景色なんだけど、微かに音まで聞こえてくるの。車の走行音や道行く人達の声、飲食店の呼び込みの声やカラスの鳴き声まで・・・・・」
う~ん。
それってうんざりする状況よね。
決して郷愁を誘うようなものでは無いわ。
今のマキちゃんにとっては、あまり思い出したくもない情景かも知れないし。
リリスはマキの異変の要因が、サリナの両親との魔力の交流に会った事を簡潔に説明した。
それに伴ってリリスの持つ特殊なスキルについても言及した。
マキはリリスの説明に驚くばかりだ。
「日本からの転移者の子孫が居るんですね。でも私は異世界に通じるようなスキルは持っていないけど・・・」
「だからその程度で済んでいるんじゃないのかなぁ。私みたいに時空の歪に飛ばされてしまう事は無さそうだからね。」
リリスの言葉にマキは首を傾げた。
あまり納得のいかない様子だ。
どうしたら良いの?
この状況の打開の為に何をしたら良いのか分からない。
迷いながらもリリスは、とりあえず解析スキルを発動させた。
マキちゃんの見ている光景って幻視なの?
『いえ、幻視では無さそうです。僅かな時空の歪かも知れません。』
時空の歪なの?
『そうとしか思えません。それを裏付けるかのように、異世界通行手形が反応し始めましたよ。』
えっ!
驚くリリスの足首がじんじんと疼き始めた。
だからと言って発動しようとしているようには感じられない。
これはどう言う状態なのだろうか?
戸惑うリリスに解析スキルの説明が続く。
『実は昨夜から最適化スキルが奮闘していまして、スキルの改良がかなり進んだのです。最適化スキルからの報告では、この程度の時空の歪なら修正出来るはずだとの事です。』
それってどうやって?
『とりあえずスキルを刺激して、気紛れな眷属を呼び出せば良いですよ。』
気紛れな眷属?
それってもしかしてあの猫の事?
『あれは猫と言いましたかね? この世界には存在しない生物なのですが、徐々に眷属化しつつあります。最適化スキルの奮闘を労ってやってください。』
眷属化出来るの?
それって朗報だわ!
最適化スキルには改めて感謝するわね。
リリスは高揚して思わず笑みを漏らしてしまった。
その様子を見てマキは不思議そうに首を傾げた。
「リリスちゃん、どうしたの? 誰かと話しているような仕草をしているかと思えば、急に笑っちゃって・・・。思い出し笑いでもしていたの?」
「ああ、ごめんね。そうじゃないのよ。解決策が見つかりそうなのよね。」
そう言いながらリリスは手に魔力を纏わらせ、自分の足首を擦ってみた。
それに反応して足首から白い煙が立ち上がり、その中から三毛猫が出現した。
「えっ! どうして猫が?」
驚くマキにえへへと笑いながら、リリスはその猫を撫で始めた。
ゴロゴロと喉を鳴らす猫の姿にリリスも和む。
一しきり撫でてから、リリスはおもむろに猫に話し掛けた。
「ありきたりだけど、あんたの名前はミケで良いよね。」
「ねえ、ミケ。マキちゃんの周辺で生じている時空の歪って修復出来るの?」
リリスの言葉にミケはにゃあと答えて、その身体に魔力を巡らせた。
それに従ってマキの周辺からミケの身体に何かが吸収されていく。
魔力や魔素ではない。
時空の歪の構成要素を吸収しているのだろうか?
マキはこの時、驚きの光景を目にしていた。
自分の周辺で半透明の状態で見えていた光景が、まるで霧のようになって目の前にいる猫の身体に吸収されていく。
しばらくすると、元の世界の光景は全て消え去ってしまった。
「猫が・・・猫ちゃんが吸い上げちゃったわ。」
マキはそう言いながら、ミケの身体に恐る恐る触れてみた。
その感触が直に伝わってくる。
懐かしい感触だ。
「この世界で三毛猫に会えるなんて思わなかったわ。この子ってリリスちゃんの使い魔なの?」
「う~ん。それが良く分からないのよ。元々は異世界通行手形って言う特殊なスキルの仮想空間での擬態だったんだけど、私の持つスキルが魔改造を施したらしいの。現状では眷属に近い存在になっているそうよ。」
「眷属! こんな可愛い眷属なんて・・・・・。紗季さんってやっぱりずるいですよ。」
うっ!
マキちゃんったらまた話がずれて来ちゃっているわ。
リリスは困惑の表情でマキを見つめた。
だがマキはそのリリスの視線に目もくれず、猫の背を撫で回していた。
「マキちゃん。それで元の世界の光景はどうなったの?」
「ああ、それならこの子が全て吸い込んじゃいましたよ。今は全く見えませんから。」
マキは猫の背を撫で回しながら、ありがとうねと猫に向かって話し掛けた。
猫はマキの撫でる手を気持ち良さそうに舐め始めた。
その行動にマキの心も和む。
だが猫はマキの撫でる手を舐めながら、徐々にその姿を消していった。
「今はまだ一日一回、それも5分ほどしか実体化出来ないのよ。」
「そうなんですか。残念!」
マキは残念そうに舐められていた手を引き戻した。
如何にも名残惜しそうな表情だ。
マキは気を取り直してリリスに話し掛けた。
「今後もクロード家の方と魔力の交流をすると、あの光景がまた生じるの?」
「可能性としては高いと思う。でも魂魄浄化を依頼されたら、断れないわよね。」
リリスの言葉にマキは神妙な表情で頷いた。
サリナの両親が貴族である以上、神殿の大祭司への公式的な依頼事を断る事は出来ないからだ。
どうしたら良いのだろうか?
マキはしばらく黙り込んでいたが、ふっと吹っ切れたような表情を見せた。
「まあ、その時はまたあの猫ちゃんにお願いしますよ。また会えるのが楽しみになっちゃうかも。」
そう言いながら苦笑いをするマキの言葉に、リリスも苦笑いをして頷くだけだった。
翌日。
授業を終えた放課後。
生徒会の部屋ではサリナとリリスが生徒会のメンバーに、イオニアで買い込んだお土産を配っていた。
その中でもリリスが配ったゴート族のカラフルな頭巾は評判が良く、エリスやウィンディもその場で頭に巻き始めた。
サリナはイオニアの宿舎の売店で販売していたお菓子を配ったのだが、これもまた生徒会のメンバーには評判が良く、生徒会の部屋は一気に和やかになった。
だがその喧騒の中、サリナがふと真剣な表情を見せた。
部屋の片隅の天井をじっと見つめている。
「どうしたの?」
リリスの問い掛けにサリナは少し首を傾げた。
「少し妙な気配を感じたんです。虫だと思うんですけど、人の気配を少し感じて・・・・・」
そう言いながらリリスの方に振り返ったサリナは、突然目を丸くして固まってしまった。
リリスの背後に先ほどまで居なかったニーナの姿を見たからだ。
「ニーナ先輩・・・」
驚くサリナにニーナはえへへと笑って、エリスの傍に椅子に座った。
「あらっ! ニーナ先輩。何時入って来たんですか?」
エリスの問い掛けにニーナは『今よ』と答えるだけだ。
固まっていたサリナは我に返り、合点のいかない表情で自分の席に戻った。
ニーナったら、虫に僅かな気配を移してサリナを幻惑させたのね。
以前にも同じような事を、エレンの見ている前でガイに仕掛けて幻惑させた事があった。
それを思い出したリリスはニーナに近付き、その耳元で小声で話し掛けた。
「ニーナ。そう言う悪戯をサリナに仕掛けないでよね。彼女はまだ新入生なんだから。」
リリスの言葉にニーナはえへへと笑った。
「心配しなくても大丈夫だよ。あの子って私がいくら気配を隠しても察知するのよね。それで少し技を仕掛けてみただけだから。」
「それにサリナって、私と同じようなスキルを持つ匂いがするんだもの。」
う~ん。
だからと言って何をしているのよ。
お互いの技の探り合いなのかしら?
ニーナはニーナで、シーフマスターとしての面目を立てたかったの?
そう思いながらリリスは、生徒会としての新たな作業をメンバーに伝えた。
新入生に向けての学院便りの作成であるが、入学当初に渡される学院主導のものと違い、生徒目線で作成されるもので、学院生活をより充実させるためのちょっとしたヒントやアドバイスを、ふんだんに盛り込む予定である。
サリナは自分の担当する箇所を確認し、何事も無かったかのように作業を始めた。
ボランティアで協力してくれるニーナの姿を見ながら、サリナも気を取り直したようである。
だがその翌日。
授業の終了と共にニーナを誘い、生徒会の部屋に足を運んだリリスは、ドアの向こうにエリスの気配を感じた。
他には誰も居ないようだ。
ニーナもいち早くエリスの気配を探知して、部屋のドアに駆け寄った。
「エリスって今日は随分早く来たのね。」
そう言いながらニーナは勢い良くドアを開き、うっと唸ってその場で立ち尽くした。
「どうしたのよ、ニーナ。」
その場から動かないニーナの横を擦り抜けて部屋に入ると、そこには椅子に座って作業を始めているサリナの姿があった。
エリスの姿は何処にも見当たらない。
うん?
これってどう言う事?
私もエリスの気配を感じたわよ。
その時、ドアの前で戸惑うニーナの背後から、彼女の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
エリスである。
「ニーナ先輩、先に来られていたんですね。私が後になっちゃったわ。」
そう言ってエリスは部屋に入り、自分の席に座った。
その隣に首を傾げながらニーナも座った。
神妙な表情のニーナに対して、サリナはえへへと笑いながら視線を向けた。
その途端にニーナの表情が落胆に変わっていく。
してやられた!
そう言いたげな表情だ。
そのニーナの表情を見ながら、リリスはサリナの隠しスキルを思い出していた。
これは恐らく・・・隠形七変化。
自分の気配を消すのではなく、他者の気配を纏って隠形を試みるスキルなのだろう。
これはサリナなりの、昨日の仕返しなのかも知れない。
自分が置かれた状況を察したニーナは席を立ちあがり、サリナの傍に近付いた。
拳を握って笑顔でゆっくりとサリナに向かって突き出すと、サリナも立ち上がって拳を前に出してグータッチをした。
「サリナってくせ者だね。」
笑顔で毒を含んだ言葉を口にするニーナである。
「それってニーナ先輩が言いますかね?」
サリナも負けていない。
それでもお互いの技量を認め合ったようで、その後は二人で打ち解けて会話を交わしていた。
まあ、似た者同士って事よね。
そう思いながら二人の様子を見ていたリリスに、エリスが苦笑いをしながら言葉を掛けた。
「あの二人、今度ダンジョンに一緒に行こうって言ってますよ。気が付かないうちに瞬殺されているゴブリンやオークの姿が目に浮かびますよね。」
う~ん。
その情景を見てみたい気がする。
これって不謹慎かな?
リリスはエリスに相槌を打ちながら、その日の作業に取り掛かったのだった。
リリスはサリナと共にメリンダ王女達と合流し、軍用の馬車で転移門からミラ王国に戻った。
現地解散となったので、リリスは急いでマキの待つ王都の神殿へと急いだ。
王城前の広場から神殿までの僅かな距離を歩きつつも、マキの困惑している姿が目に浮かぶ。
マキちゃん、大丈夫かなぁ?
駆けこむように神殿に入り、神官の女性に用件を話すと、神官はマキの待つゲストルームに案内してくれた。
そこに入るとマキはソファに座って苦笑いを浮かべていた。
「ごめんね、リリスちゃん。」
そう言ってリリスをソファに座るように促すマキの表情は、かなり憔悴しているようだった。
「今もその風景が見えているの?」
心配そうに問い掛けるリリスにマキはうんうんと頷いた。
「今も見えているのよ。半透明の景色なんだけど、微かに音まで聞こえてくるの。車の走行音や道行く人達の声、飲食店の呼び込みの声やカラスの鳴き声まで・・・・・」
う~ん。
それってうんざりする状況よね。
決して郷愁を誘うようなものでは無いわ。
今のマキちゃんにとっては、あまり思い出したくもない情景かも知れないし。
リリスはマキの異変の要因が、サリナの両親との魔力の交流に会った事を簡潔に説明した。
それに伴ってリリスの持つ特殊なスキルについても言及した。
マキはリリスの説明に驚くばかりだ。
「日本からの転移者の子孫が居るんですね。でも私は異世界に通じるようなスキルは持っていないけど・・・」
「だからその程度で済んでいるんじゃないのかなぁ。私みたいに時空の歪に飛ばされてしまう事は無さそうだからね。」
リリスの言葉にマキは首を傾げた。
あまり納得のいかない様子だ。
どうしたら良いの?
この状況の打開の為に何をしたら良いのか分からない。
迷いながらもリリスは、とりあえず解析スキルを発動させた。
マキちゃんの見ている光景って幻視なの?
『いえ、幻視では無さそうです。僅かな時空の歪かも知れません。』
時空の歪なの?
『そうとしか思えません。それを裏付けるかのように、異世界通行手形が反応し始めましたよ。』
えっ!
驚くリリスの足首がじんじんと疼き始めた。
だからと言って発動しようとしているようには感じられない。
これはどう言う状態なのだろうか?
戸惑うリリスに解析スキルの説明が続く。
『実は昨夜から最適化スキルが奮闘していまして、スキルの改良がかなり進んだのです。最適化スキルからの報告では、この程度の時空の歪なら修正出来るはずだとの事です。』
それってどうやって?
『とりあえずスキルを刺激して、気紛れな眷属を呼び出せば良いですよ。』
気紛れな眷属?
それってもしかしてあの猫の事?
『あれは猫と言いましたかね? この世界には存在しない生物なのですが、徐々に眷属化しつつあります。最適化スキルの奮闘を労ってやってください。』
眷属化出来るの?
それって朗報だわ!
最適化スキルには改めて感謝するわね。
リリスは高揚して思わず笑みを漏らしてしまった。
その様子を見てマキは不思議そうに首を傾げた。
「リリスちゃん、どうしたの? 誰かと話しているような仕草をしているかと思えば、急に笑っちゃって・・・。思い出し笑いでもしていたの?」
「ああ、ごめんね。そうじゃないのよ。解決策が見つかりそうなのよね。」
そう言いながらリリスは手に魔力を纏わらせ、自分の足首を擦ってみた。
それに反応して足首から白い煙が立ち上がり、その中から三毛猫が出現した。
「えっ! どうして猫が?」
驚くマキにえへへと笑いながら、リリスはその猫を撫で始めた。
ゴロゴロと喉を鳴らす猫の姿にリリスも和む。
一しきり撫でてから、リリスはおもむろに猫に話し掛けた。
「ありきたりだけど、あんたの名前はミケで良いよね。」
「ねえ、ミケ。マキちゃんの周辺で生じている時空の歪って修復出来るの?」
リリスの言葉にミケはにゃあと答えて、その身体に魔力を巡らせた。
それに従ってマキの周辺からミケの身体に何かが吸収されていく。
魔力や魔素ではない。
時空の歪の構成要素を吸収しているのだろうか?
マキはこの時、驚きの光景を目にしていた。
自分の周辺で半透明の状態で見えていた光景が、まるで霧のようになって目の前にいる猫の身体に吸収されていく。
しばらくすると、元の世界の光景は全て消え去ってしまった。
「猫が・・・猫ちゃんが吸い上げちゃったわ。」
マキはそう言いながら、ミケの身体に恐る恐る触れてみた。
その感触が直に伝わってくる。
懐かしい感触だ。
「この世界で三毛猫に会えるなんて思わなかったわ。この子ってリリスちゃんの使い魔なの?」
「う~ん。それが良く分からないのよ。元々は異世界通行手形って言う特殊なスキルの仮想空間での擬態だったんだけど、私の持つスキルが魔改造を施したらしいの。現状では眷属に近い存在になっているそうよ。」
「眷属! こんな可愛い眷属なんて・・・・・。紗季さんってやっぱりずるいですよ。」
うっ!
マキちゃんったらまた話がずれて来ちゃっているわ。
リリスは困惑の表情でマキを見つめた。
だがマキはそのリリスの視線に目もくれず、猫の背を撫で回していた。
「マキちゃん。それで元の世界の光景はどうなったの?」
「ああ、それならこの子が全て吸い込んじゃいましたよ。今は全く見えませんから。」
マキは猫の背を撫で回しながら、ありがとうねと猫に向かって話し掛けた。
猫はマキの撫でる手を気持ち良さそうに舐め始めた。
その行動にマキの心も和む。
だが猫はマキの撫でる手を舐めながら、徐々にその姿を消していった。
「今はまだ一日一回、それも5分ほどしか実体化出来ないのよ。」
「そうなんですか。残念!」
マキは残念そうに舐められていた手を引き戻した。
如何にも名残惜しそうな表情だ。
マキは気を取り直してリリスに話し掛けた。
「今後もクロード家の方と魔力の交流をすると、あの光景がまた生じるの?」
「可能性としては高いと思う。でも魂魄浄化を依頼されたら、断れないわよね。」
リリスの言葉にマキは神妙な表情で頷いた。
サリナの両親が貴族である以上、神殿の大祭司への公式的な依頼事を断る事は出来ないからだ。
どうしたら良いのだろうか?
マキはしばらく黙り込んでいたが、ふっと吹っ切れたような表情を見せた。
「まあ、その時はまたあの猫ちゃんにお願いしますよ。また会えるのが楽しみになっちゃうかも。」
そう言いながら苦笑いをするマキの言葉に、リリスも苦笑いをして頷くだけだった。
翌日。
授業を終えた放課後。
生徒会の部屋ではサリナとリリスが生徒会のメンバーに、イオニアで買い込んだお土産を配っていた。
その中でもリリスが配ったゴート族のカラフルな頭巾は評判が良く、エリスやウィンディもその場で頭に巻き始めた。
サリナはイオニアの宿舎の売店で販売していたお菓子を配ったのだが、これもまた生徒会のメンバーには評判が良く、生徒会の部屋は一気に和やかになった。
だがその喧騒の中、サリナがふと真剣な表情を見せた。
部屋の片隅の天井をじっと見つめている。
「どうしたの?」
リリスの問い掛けにサリナは少し首を傾げた。
「少し妙な気配を感じたんです。虫だと思うんですけど、人の気配を少し感じて・・・・・」
そう言いながらリリスの方に振り返ったサリナは、突然目を丸くして固まってしまった。
リリスの背後に先ほどまで居なかったニーナの姿を見たからだ。
「ニーナ先輩・・・」
驚くサリナにニーナはえへへと笑って、エリスの傍に椅子に座った。
「あらっ! ニーナ先輩。何時入って来たんですか?」
エリスの問い掛けにニーナは『今よ』と答えるだけだ。
固まっていたサリナは我に返り、合点のいかない表情で自分の席に戻った。
ニーナったら、虫に僅かな気配を移してサリナを幻惑させたのね。
以前にも同じような事を、エレンの見ている前でガイに仕掛けて幻惑させた事があった。
それを思い出したリリスはニーナに近付き、その耳元で小声で話し掛けた。
「ニーナ。そう言う悪戯をサリナに仕掛けないでよね。彼女はまだ新入生なんだから。」
リリスの言葉にニーナはえへへと笑った。
「心配しなくても大丈夫だよ。あの子って私がいくら気配を隠しても察知するのよね。それで少し技を仕掛けてみただけだから。」
「それにサリナって、私と同じようなスキルを持つ匂いがするんだもの。」
う~ん。
だからと言って何をしているのよ。
お互いの技の探り合いなのかしら?
ニーナはニーナで、シーフマスターとしての面目を立てたかったの?
そう思いながらリリスは、生徒会としての新たな作業をメンバーに伝えた。
新入生に向けての学院便りの作成であるが、入学当初に渡される学院主導のものと違い、生徒目線で作成されるもので、学院生活をより充実させるためのちょっとしたヒントやアドバイスを、ふんだんに盛り込む予定である。
サリナは自分の担当する箇所を確認し、何事も無かったかのように作業を始めた。
ボランティアで協力してくれるニーナの姿を見ながら、サリナも気を取り直したようである。
だがその翌日。
授業の終了と共にニーナを誘い、生徒会の部屋に足を運んだリリスは、ドアの向こうにエリスの気配を感じた。
他には誰も居ないようだ。
ニーナもいち早くエリスの気配を探知して、部屋のドアに駆け寄った。
「エリスって今日は随分早く来たのね。」
そう言いながらニーナは勢い良くドアを開き、うっと唸ってその場で立ち尽くした。
「どうしたのよ、ニーナ。」
その場から動かないニーナの横を擦り抜けて部屋に入ると、そこには椅子に座って作業を始めているサリナの姿があった。
エリスの姿は何処にも見当たらない。
うん?
これってどう言う事?
私もエリスの気配を感じたわよ。
その時、ドアの前で戸惑うニーナの背後から、彼女の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
エリスである。
「ニーナ先輩、先に来られていたんですね。私が後になっちゃったわ。」
そう言ってエリスは部屋に入り、自分の席に座った。
その隣に首を傾げながらニーナも座った。
神妙な表情のニーナに対して、サリナはえへへと笑いながら視線を向けた。
その途端にニーナの表情が落胆に変わっていく。
してやられた!
そう言いたげな表情だ。
そのニーナの表情を見ながら、リリスはサリナの隠しスキルを思い出していた。
これは恐らく・・・隠形七変化。
自分の気配を消すのではなく、他者の気配を纏って隠形を試みるスキルなのだろう。
これはサリナなりの、昨日の仕返しなのかも知れない。
自分が置かれた状況を察したニーナは席を立ちあがり、サリナの傍に近付いた。
拳を握って笑顔でゆっくりとサリナに向かって突き出すと、サリナも立ち上がって拳を前に出してグータッチをした。
「サリナってくせ者だね。」
笑顔で毒を含んだ言葉を口にするニーナである。
「それってニーナ先輩が言いますかね?」
サリナも負けていない。
それでもお互いの技量を認め合ったようで、その後は二人で打ち解けて会話を交わしていた。
まあ、似た者同士って事よね。
そう思いながら二人の様子を見ていたリリスに、エリスが苦笑いをしながら言葉を掛けた。
「あの二人、今度ダンジョンに一緒に行こうって言ってますよ。気が付かないうちに瞬殺されているゴブリンやオークの姿が目に浮かびますよね。」
う~ん。
その情景を見てみたい気がする。
これって不謹慎かな?
リリスはエリスに相槌を打ちながら、その日の作業に取り掛かったのだった。
11
あなたにおすすめの小説
異世界転生した女子高校生は辺境伯令嬢になりましたが
初
ファンタジー
車に轢かれそうだった少女を庇って死んだ女性主人公、優華は異世界の辺境伯の三女、ミュカナとして転生する。ミュカナはこのスキルや魔法、剣のありふれた異世界で多くの仲間と出会う。そんなミュカナの異世界生活はどうなるのか。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~
けろ
ファンタジー
【完結済み】
仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!?
過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。
救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。
しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。
記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。
偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。
彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。
「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」
強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る
伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。
それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。
兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。
何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。
異世界で幸せに~運命?そんなものはありません~
存在証明
ファンタジー
不慮の事故によって異世界に転生したカイ。異世界でも家族に疎まれる日々を送るがある日赤い瞳の少年と出会ったことによって世界が一変する。突然街を襲ったスタンピードから2人で隣国まで逃れ、そこで冒険者となったカイ達は仲間を探して冒険者ライフ!のはずが…?!
はたしてカイは運命をぶち壊して幸せを掴むことができるのか?!
火・金・日、投稿予定
投稿先『小説家になろう様』『アルファポリス様』
生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる