302 / 369
新生した王国3
しおりを挟む
歓迎晩さん会の会場。
リリスは言葉を選び、自分がアブリル王国の王家から招待された理由をノイマン卿に告げた。
「半年ほど前に、とある賢者様の要請で、ワームホールの原因である時空の歪の修復を手伝っていたのです。その時空の歪はアブリル王国の領海内の孤島にも生じていました。」
「その孤島と言うのは、当時のローラ王女が幽閉されていた孤島の事だね?」
ノイマン卿の問い掛けにリリスは静かに頷いた。
「その時空の歪を修復する際に予期せぬ事態が生じて、孤島からアブリル王国内に一時的に特殊な亜空間回廊が生じてしまったようです。当初はその特異性ゆえに存在すら気づかなかったのですが、後になって発見した際には数名の獣人が通過した痕跡がありました。それがおそらくローラ様達だったと思うのですが・・・」
リリスの話にノイマン卿は興味深く頷いた。
「ふむ。結果的にはローラ王女様達を救出した事になったと言うのだな。だがそれにしてもそれからの半年で、これほどにこの国が変わるものなのか?」
「それはその特殊な亜空間回廊の影響だと思います。亜空間回廊内の時空の歪が脳内に大きく干渉して、複数の能力やスキルを底上げしてしまったのかも知れません。」
リリスの説明にノイマン卿は首を傾げた。
「そんな事があるのかねえ。」
ノイマン卿の疑問にリリスはしたり顔で答えた。
「ノイマン様。ローラ女王様やジーナさんを見ればそう思えますよ。明らかに獣人の範疇を超えた能力やスキルを持っておられると感じますので。リンディも獣人特有の感性でそれを感じ取っています。」
「まあ、その事に関しては、御本人達に聞いて確かめるのは失礼かと思いますが。」
「うむ。それはそうだな。あくまでも目に見える結果で判断するのが適切だろうな。」
そう言ってノイマン卿は会場内の参席者を一瞥した。
「この場に参席しているこの国の貴族や要人達の顔には、この国の現状と未来に対する希望が満ち溢れている。それが全てを物語っているようだ。」
ノイマン卿の言葉が終わらぬうちに、ファンファーレが鳴り、ローラ女王が会場に入ってきた。
リリス達は椅子から立ち上がり、拍手と共に女王を迎えた。
ローラ女王の歓迎の挨拶で晩さん会は始まった。
オーケストラの演奏がBGMとして流れる中、各テーブルにメイドや男性の給仕が料理を次々と運んでくる。
それらは手の込んだ料理で、カロリー重視の獣人の国の料理とは思えない繊細なものばかりだった。
ドリンクが各テーブルに配られ、アブリル王国の王族の音頭で乾杯が交わされた。
王族と言ってもまだ30代の若い男性で、王族の参席者には年配者が見当たらない。
投獄や粛清の対象になった王族も居るのかしら?
ふとそんな思いを抱くリリスである。
ローラ女王とノイマン卿で交わされる会話は、ミラ王国との関係性を強化する様々な分野での課題や共通点の確認であった。
何とも実務的な晩さん会である。
それでもローラ女王の穏やかな佇まいにノイマン卿は癒され、話も弾んだようだ。
そのローラ女王の仕草や会話の内容を聞きながら、実体は10歳前後の少女の持つ才覚にリリスは驚くばかりだった。
ローラって精神的な負担を感じていないのかしら?
そう思ってローラ女王の顔を見ると、その目に余裕が感じられる。
彼女の生来の才覚が、個別進化で更に磨きを掛けられたのかも知れない。
リリスはローラ女王と他愛もない話をしながら、晩さん会の雰囲気を楽しんだ。
2時間ほどで各テーブルの上の食事はほとんどなくなり、第一部の終わりが近付いた。
ローラ女王の退席となって、全員席を立ち、拍手で女王の後姿を見送る。
その後は第二部である。
アブリル王国側の要人の座るテーブルをノイマン卿が回り、自己紹介から情報交換を進めていく。
珍しくタキシード姿のジークは、グルジアを始めとする軍の要人達と情報交換を進めていた。
リリスは従者であるリンディと共に席を立ち、若い王族達の座る隣のテーブルを訪れた。
彼等はいずれも20代から30代の男女で、ローラやジーナと同じような気品と佇まいを持っている。
互いに挨拶を交わし、しばらく当たり障りのない話をしていたのだが、リリスはふと疑問を感じた。
彼等は一様にローラ女王の統治を褒め称えている。
その話す素振りや口調から、彼らが本心で褒め称えているのは明らかだ。
イエスマンの王族だけを参席させたのだろう。
当初はそう思ったリリスだが、何となく彼等が精神誘導されているような気配を感じる。
気のせいかしら?
それともこれはこの国では触れちゃいけない部分なの?
そう思ってリンディの様子を見ると、リンディは屈託のない笑顔で王族の若い女性達と話をしていた。
獣人同士で通じ合う部分もあるのだろう。
リリスはあらぬ疑いを持つ事を自制し、王族達との交流の場を楽しんだ。
第二部も2時間ほどで終了となり、各自が晩さん会の会場から退席していく。
リンディと共にコーディネートルームに足を運ぶリリスに、紫のドレスを纏ったジーナが駆け寄って言葉を掛けた。
「リリス様。明日は午前中に神殿をご案内する予定です。」
「ええ、そのつもりよ。ケネスさんが待っているって聞いたわ。」
リリスの言葉にジーナはニヤッと笑った。
「実はケネス以外にもう一人、リリス様に会いたいと言って待機している人物が居ります。それは・・・明日のお楽しみにしておいてくださいね。」
「明朝、宿舎にお迎えに伺います。」
そう言ってジーナはドレスの裾を翻し、颯爽とその場を離れていった。
私に会いたいって、誰だろう?
去り際のジーナの含み笑いが気になるところだ。
首を傾げつつもリリスはリンディと共にコーディネートルームを訪れ、レンタルしたドレスやアクセサリー類を返却し、宿舎である宮殿に帰っていった。
翌朝。
リリスとリンディは早めに起床して身支度をした。
二人で宿舎の部屋のリビングスペースに用意されていた朝食を食べて寛いでいると、ほどなくジーナが黒いパンツスーツ姿で部屋に入ってきた。
ジーナの案内で宿舎の宮殿の前に準備された馬車に乗る。
馬車はゆっくりとしたスピードで10分ほど走り、大きな白亜の神殿の前で停車した。
馬車から降りてその神殿の前の広場を見ると、二人の人物が出迎えに来ていた。
一人は祭司の衣裳を着た40代の壮年男性で、彼がケネスだろう。
だがその傍に小柄な老人が笑顔で立っていた。
良く見るとリリスもリンディにも見覚えのある顔だ。
「賢者ブルギウス様! どうしてここに?」
老人はニヤッと笑ってリリス達の前に進み出た。
「どうしても何も、儂はこの国の出身だからな。ここに居ても不思議ではあるまい。」
ブルギウスの背後から祭司の男性が近付いてきた。
「リリス様ですね。初めてお目に掛かります。大祭司のケネスです。ローラ様の救出に尽力してくださって、ありがとうございました。」
尽力したと言っても、結果的に救出した事になっただけだけどね。
そう思いながら、リリスはケネス達と挨拶を交わした。
リンディもリリスに続いてあいさつを交わし、一行はケネスの案内で神殿の中に入っていった。
白亜の壁が映える立派な神殿だ。
これもおそらく建て替えたのだろう。
ノイマン卿の話では、このハーグは薄汚い王都だと聞いていた。
だが王城や神殿や街路に立ち並ぶ建物はどれも真新しい。
街路自体も整備されている。
この為の財源は何処にあるのだろうか?
元々王家が隠し持っていたものを放出したかも知れないが、それだけでは不足だろう。
住民一人一人まで何となく、経済的に潤っているように見える。
リリスは神殿の中を訪れている獣人の参詣者を見ながら、あれこれと思いを巡らせていた。
神殿内部への通路は清潔で、常時掃き清められているのだろう。
通りすがりの参詣者に会釈しながら、ケネスはリリスに話し掛けた。
「ここにおられるブルギウス様とは旧知の仲でして、以前から色々とお世話になっていたのですよ。リリス様やリンディ様とも面識があるとは思いませんでした。」
ケネスの言葉にブルギウスはふふふと笑った。
「南部の山麓に出現したワームホールの近くで、魔物駆除をしていたこの子達と知り合ったのだ。だが、突然現れた魔人から魔力を奪い取って干物にしてしまう人族なんて、儂は未だかつて見た事がなかったからなあ。」
「ああ、そんな事もありましたね。」
リリスはブルギウスの言葉を軽くいなした。
だがブルギウスはそれを気にせず話を続けた。
「今回の事もリリスが関わっていると聞いて、本当に驚いたぞ。」
ブルギウスの言葉にリリスはえっ!と驚きの声を上げ、ケネスの顔を覗き込んだ。
「ケネスさん。ブルギウス様にどこまで話されたのですか?」
「ああ、その件ですが・・・・・」
ケネスは少しばつが悪そうな表情を見せた。
そのケネスに代わってブルギウスが口を開いた。
「ケネスからは色々と話してもらったよ。と言うのも、このケネスとは数年前まで良く会っていたのだよ。それが突然行方不明となり、姿を見せたかと思うとまるで別人じゃないか。既存の獣人のレベルを超えた波動を感じたのだが、それに加えて様々なスキルが獣人の限界を超えておる。何があったのかと聞きたくなるのも無理はないだろう?」
そうなのね。
以前から相当親交があったのね。
それなら色々と話してしまっても、無理もない事かしら・・・。
あれこれと思いを巡らせているリリスの表情を見ながら、ケネスはリリス達を神殿奥のゲストルームに案内した。
リリスとリンディはゲストルームの大きなソファに座り、その対面にケネスとブルギウスが座った。
飲み物を運んできた祭司の女性が退室した頃合いで、ブルギウスはリリスに話し掛けた。
「ところでリリス。君は以前に儂と会った時とは、魔力の波動と厚みが全く違っている。獣人を個別進化させるようなスキルはあれ以降に手に入れたのか?」
う~ん。
さすがに鋭い賢者様だわね。
「そうなんですよね。たまたま異世界の世界樹と縁を持って、その際に世界樹から受け渡された権能なんです。」
「ほう! 異世界由来のものだったのか。」
「そうなんですけど、この世界では安易に使うなとお咎めを受けていまして・・・」
リリスの言葉にブルギウスはうんうんと頷き、チラっとケネスの顔を見た。
「その咎めた相手がロキと名乗る超越者だな。儂もケネスから話を聞くまでは、超越者と言う存在が居る事すら信じていなかったのだが・・・」
まあ、ケネスさんやローラ女王を見れば、賢者様としては疑う余地もないわよね。
「その超越者が今回は許可したと言うわけだな?」
「そうなんです。個別進化の効果を見てみたいと言う事で・・・」
リリスの言葉にブルギウスはふうっと大きくため息をついた。
「その効果は相当なものだったと言う事だな。儂はローラ様とも会って、その内面的な成長に驚かされた。10歳の少女とは思えぬ高貴で清廉な理念を持ち、その実現に真摯に取り組もうとする姿勢に心を打たれた。それで儂からも協力を申し出て、国民全体の啓蒙の為のシステムを構築したのだよ。」
ブルギウスの言葉にリンディはピクンと眉を動かした。
「それって、私がこの国に来てから感知している不思議な波動の事ですか?」
「うむ。リンディは獣人だから影響を受けているようだな。広範囲に拡散される特殊な魔力の波動にメッセージを加え、更にケネスの持つ細胞励起の波動をミックスして、24時間休みなくこの神殿から放たれているのだ。」
えっ!
細胞励起!
「ケネスさんって細胞励起のスキルを持っているのですか?」
リリスの問い掛けにケネスは苦笑いを浮かべた。
「元々私は聖魔法を扱えるのですが、個別進化を受けた後、通常のヒールとは別に特殊なヒールのスキルを獲得したのです。最初は自分でもその効用が分かりませんでした。それでブルギウス様に話し、実際に受けていただいたところ、その効果から細胞励起と言うスキルではないかと教わったのです。」
ケネスの言葉にブルギウスが補足する。
「儂は以前にダークエルフの賢者から、細胞励起と言うスキルの存在を教わったのだ。それはどうやら高位の精霊の持つスキルらしい。それでケネスの持つスキルをそれだと判断したのだが・・・リリス、その言い方だと君も持っているのだな?」
ブルギウスの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
「こんな感じですよね?」
そう言ってリリスはケネスとブルギウスに向けて細胞励起を低レベルで発動させた。
細胞励起の波動が二人の身体を包み込む。
その心地良い波動に二人はうっとりとした表情を見せた。
「これって私のものとは数段レベルが上ですよ。」
ケネスの言葉にブルギウスも同意して強く頷いた。
「このスキルも世界樹から受け渡されたものです。これでも一応低レベルで発動させました。もっと強力に発動させる事も可能なのですが、魔力の消耗が半端じゃないので滅多に高レベルでの発動は出来ません。」
リリスの言葉を聞き、ケネスが前に身を乗り出してきた。
「リリス様の細胞励起の魔力を魔石にプールさせて欲しいのですが、お願い出来ますか?」
突然のケネスの依頼にリリスは少し戸惑った。
「プール出来る魔石があるのですか?」
「うむ。儂が構築したシステムの中心部にあるのだよ。」
ブルギウスの言葉にケネスも頷いた。
「私の放つ細胞励起の魔力を魔石にプールし、ここから放たれる魔力の波動に少しずつ加味しているのです。ですがリリス様の細胞励起の魔力なら、啓蒙の効果も格段に上がりそうです。」
そうなのかなあ?
それって買い被りしすぎじゃないの?
「まあ、それは構いませんよ。」
そう答えたリリスの言葉にケネスは満面の笑みを浮かべた。
「いずれにしても、ブルギウス様の構築したシステムをご覧になってください。」
ケネスはそう言うとソファから立ち上がり、リリスのみならずブルギウスやリンディを促して、ゲストルームから外の通路に案内し始めた。
随分乗り気ねえ。
私の気が変わらないうちにプールして欲しいって事なのね。
話の流れで妙な事になったと思いつつ、リリスはケネスの案内で神殿の更に奥へと誘導されたのだった。
リリスは言葉を選び、自分がアブリル王国の王家から招待された理由をノイマン卿に告げた。
「半年ほど前に、とある賢者様の要請で、ワームホールの原因である時空の歪の修復を手伝っていたのです。その時空の歪はアブリル王国の領海内の孤島にも生じていました。」
「その孤島と言うのは、当時のローラ王女が幽閉されていた孤島の事だね?」
ノイマン卿の問い掛けにリリスは静かに頷いた。
「その時空の歪を修復する際に予期せぬ事態が生じて、孤島からアブリル王国内に一時的に特殊な亜空間回廊が生じてしまったようです。当初はその特異性ゆえに存在すら気づかなかったのですが、後になって発見した際には数名の獣人が通過した痕跡がありました。それがおそらくローラ様達だったと思うのですが・・・」
リリスの話にノイマン卿は興味深く頷いた。
「ふむ。結果的にはローラ王女様達を救出した事になったと言うのだな。だがそれにしてもそれからの半年で、これほどにこの国が変わるものなのか?」
「それはその特殊な亜空間回廊の影響だと思います。亜空間回廊内の時空の歪が脳内に大きく干渉して、複数の能力やスキルを底上げしてしまったのかも知れません。」
リリスの説明にノイマン卿は首を傾げた。
「そんな事があるのかねえ。」
ノイマン卿の疑問にリリスはしたり顔で答えた。
「ノイマン様。ローラ女王様やジーナさんを見ればそう思えますよ。明らかに獣人の範疇を超えた能力やスキルを持っておられると感じますので。リンディも獣人特有の感性でそれを感じ取っています。」
「まあ、その事に関しては、御本人達に聞いて確かめるのは失礼かと思いますが。」
「うむ。それはそうだな。あくまでも目に見える結果で判断するのが適切だろうな。」
そう言ってノイマン卿は会場内の参席者を一瞥した。
「この場に参席しているこの国の貴族や要人達の顔には、この国の現状と未来に対する希望が満ち溢れている。それが全てを物語っているようだ。」
ノイマン卿の言葉が終わらぬうちに、ファンファーレが鳴り、ローラ女王が会場に入ってきた。
リリス達は椅子から立ち上がり、拍手と共に女王を迎えた。
ローラ女王の歓迎の挨拶で晩さん会は始まった。
オーケストラの演奏がBGMとして流れる中、各テーブルにメイドや男性の給仕が料理を次々と運んでくる。
それらは手の込んだ料理で、カロリー重視の獣人の国の料理とは思えない繊細なものばかりだった。
ドリンクが各テーブルに配られ、アブリル王国の王族の音頭で乾杯が交わされた。
王族と言ってもまだ30代の若い男性で、王族の参席者には年配者が見当たらない。
投獄や粛清の対象になった王族も居るのかしら?
ふとそんな思いを抱くリリスである。
ローラ女王とノイマン卿で交わされる会話は、ミラ王国との関係性を強化する様々な分野での課題や共通点の確認であった。
何とも実務的な晩さん会である。
それでもローラ女王の穏やかな佇まいにノイマン卿は癒され、話も弾んだようだ。
そのローラ女王の仕草や会話の内容を聞きながら、実体は10歳前後の少女の持つ才覚にリリスは驚くばかりだった。
ローラって精神的な負担を感じていないのかしら?
そう思ってローラ女王の顔を見ると、その目に余裕が感じられる。
彼女の生来の才覚が、個別進化で更に磨きを掛けられたのかも知れない。
リリスはローラ女王と他愛もない話をしながら、晩さん会の雰囲気を楽しんだ。
2時間ほどで各テーブルの上の食事はほとんどなくなり、第一部の終わりが近付いた。
ローラ女王の退席となって、全員席を立ち、拍手で女王の後姿を見送る。
その後は第二部である。
アブリル王国側の要人の座るテーブルをノイマン卿が回り、自己紹介から情報交換を進めていく。
珍しくタキシード姿のジークは、グルジアを始めとする軍の要人達と情報交換を進めていた。
リリスは従者であるリンディと共に席を立ち、若い王族達の座る隣のテーブルを訪れた。
彼等はいずれも20代から30代の男女で、ローラやジーナと同じような気品と佇まいを持っている。
互いに挨拶を交わし、しばらく当たり障りのない話をしていたのだが、リリスはふと疑問を感じた。
彼等は一様にローラ女王の統治を褒め称えている。
その話す素振りや口調から、彼らが本心で褒め称えているのは明らかだ。
イエスマンの王族だけを参席させたのだろう。
当初はそう思ったリリスだが、何となく彼等が精神誘導されているような気配を感じる。
気のせいかしら?
それともこれはこの国では触れちゃいけない部分なの?
そう思ってリンディの様子を見ると、リンディは屈託のない笑顔で王族の若い女性達と話をしていた。
獣人同士で通じ合う部分もあるのだろう。
リリスはあらぬ疑いを持つ事を自制し、王族達との交流の場を楽しんだ。
第二部も2時間ほどで終了となり、各自が晩さん会の会場から退席していく。
リンディと共にコーディネートルームに足を運ぶリリスに、紫のドレスを纏ったジーナが駆け寄って言葉を掛けた。
「リリス様。明日は午前中に神殿をご案内する予定です。」
「ええ、そのつもりよ。ケネスさんが待っているって聞いたわ。」
リリスの言葉にジーナはニヤッと笑った。
「実はケネス以外にもう一人、リリス様に会いたいと言って待機している人物が居ります。それは・・・明日のお楽しみにしておいてくださいね。」
「明朝、宿舎にお迎えに伺います。」
そう言ってジーナはドレスの裾を翻し、颯爽とその場を離れていった。
私に会いたいって、誰だろう?
去り際のジーナの含み笑いが気になるところだ。
首を傾げつつもリリスはリンディと共にコーディネートルームを訪れ、レンタルしたドレスやアクセサリー類を返却し、宿舎である宮殿に帰っていった。
翌朝。
リリスとリンディは早めに起床して身支度をした。
二人で宿舎の部屋のリビングスペースに用意されていた朝食を食べて寛いでいると、ほどなくジーナが黒いパンツスーツ姿で部屋に入ってきた。
ジーナの案内で宿舎の宮殿の前に準備された馬車に乗る。
馬車はゆっくりとしたスピードで10分ほど走り、大きな白亜の神殿の前で停車した。
馬車から降りてその神殿の前の広場を見ると、二人の人物が出迎えに来ていた。
一人は祭司の衣裳を着た40代の壮年男性で、彼がケネスだろう。
だがその傍に小柄な老人が笑顔で立っていた。
良く見るとリリスもリンディにも見覚えのある顔だ。
「賢者ブルギウス様! どうしてここに?」
老人はニヤッと笑ってリリス達の前に進み出た。
「どうしても何も、儂はこの国の出身だからな。ここに居ても不思議ではあるまい。」
ブルギウスの背後から祭司の男性が近付いてきた。
「リリス様ですね。初めてお目に掛かります。大祭司のケネスです。ローラ様の救出に尽力してくださって、ありがとうございました。」
尽力したと言っても、結果的に救出した事になっただけだけどね。
そう思いながら、リリスはケネス達と挨拶を交わした。
リンディもリリスに続いてあいさつを交わし、一行はケネスの案内で神殿の中に入っていった。
白亜の壁が映える立派な神殿だ。
これもおそらく建て替えたのだろう。
ノイマン卿の話では、このハーグは薄汚い王都だと聞いていた。
だが王城や神殿や街路に立ち並ぶ建物はどれも真新しい。
街路自体も整備されている。
この為の財源は何処にあるのだろうか?
元々王家が隠し持っていたものを放出したかも知れないが、それだけでは不足だろう。
住民一人一人まで何となく、経済的に潤っているように見える。
リリスは神殿の中を訪れている獣人の参詣者を見ながら、あれこれと思いを巡らせていた。
神殿内部への通路は清潔で、常時掃き清められているのだろう。
通りすがりの参詣者に会釈しながら、ケネスはリリスに話し掛けた。
「ここにおられるブルギウス様とは旧知の仲でして、以前から色々とお世話になっていたのですよ。リリス様やリンディ様とも面識があるとは思いませんでした。」
ケネスの言葉にブルギウスはふふふと笑った。
「南部の山麓に出現したワームホールの近くで、魔物駆除をしていたこの子達と知り合ったのだ。だが、突然現れた魔人から魔力を奪い取って干物にしてしまう人族なんて、儂は未だかつて見た事がなかったからなあ。」
「ああ、そんな事もありましたね。」
リリスはブルギウスの言葉を軽くいなした。
だがブルギウスはそれを気にせず話を続けた。
「今回の事もリリスが関わっていると聞いて、本当に驚いたぞ。」
ブルギウスの言葉にリリスはえっ!と驚きの声を上げ、ケネスの顔を覗き込んだ。
「ケネスさん。ブルギウス様にどこまで話されたのですか?」
「ああ、その件ですが・・・・・」
ケネスは少しばつが悪そうな表情を見せた。
そのケネスに代わってブルギウスが口を開いた。
「ケネスからは色々と話してもらったよ。と言うのも、このケネスとは数年前まで良く会っていたのだよ。それが突然行方不明となり、姿を見せたかと思うとまるで別人じゃないか。既存の獣人のレベルを超えた波動を感じたのだが、それに加えて様々なスキルが獣人の限界を超えておる。何があったのかと聞きたくなるのも無理はないだろう?」
そうなのね。
以前から相当親交があったのね。
それなら色々と話してしまっても、無理もない事かしら・・・。
あれこれと思いを巡らせているリリスの表情を見ながら、ケネスはリリス達を神殿奥のゲストルームに案内した。
リリスとリンディはゲストルームの大きなソファに座り、その対面にケネスとブルギウスが座った。
飲み物を運んできた祭司の女性が退室した頃合いで、ブルギウスはリリスに話し掛けた。
「ところでリリス。君は以前に儂と会った時とは、魔力の波動と厚みが全く違っている。獣人を個別進化させるようなスキルはあれ以降に手に入れたのか?」
う~ん。
さすがに鋭い賢者様だわね。
「そうなんですよね。たまたま異世界の世界樹と縁を持って、その際に世界樹から受け渡された権能なんです。」
「ほう! 異世界由来のものだったのか。」
「そうなんですけど、この世界では安易に使うなとお咎めを受けていまして・・・」
リリスの言葉にブルギウスはうんうんと頷き、チラっとケネスの顔を見た。
「その咎めた相手がロキと名乗る超越者だな。儂もケネスから話を聞くまでは、超越者と言う存在が居る事すら信じていなかったのだが・・・」
まあ、ケネスさんやローラ女王を見れば、賢者様としては疑う余地もないわよね。
「その超越者が今回は許可したと言うわけだな?」
「そうなんです。個別進化の効果を見てみたいと言う事で・・・」
リリスの言葉にブルギウスはふうっと大きくため息をついた。
「その効果は相当なものだったと言う事だな。儂はローラ様とも会って、その内面的な成長に驚かされた。10歳の少女とは思えぬ高貴で清廉な理念を持ち、その実現に真摯に取り組もうとする姿勢に心を打たれた。それで儂からも協力を申し出て、国民全体の啓蒙の為のシステムを構築したのだよ。」
ブルギウスの言葉にリンディはピクンと眉を動かした。
「それって、私がこの国に来てから感知している不思議な波動の事ですか?」
「うむ。リンディは獣人だから影響を受けているようだな。広範囲に拡散される特殊な魔力の波動にメッセージを加え、更にケネスの持つ細胞励起の波動をミックスして、24時間休みなくこの神殿から放たれているのだ。」
えっ!
細胞励起!
「ケネスさんって細胞励起のスキルを持っているのですか?」
リリスの問い掛けにケネスは苦笑いを浮かべた。
「元々私は聖魔法を扱えるのですが、個別進化を受けた後、通常のヒールとは別に特殊なヒールのスキルを獲得したのです。最初は自分でもその効用が分かりませんでした。それでブルギウス様に話し、実際に受けていただいたところ、その効果から細胞励起と言うスキルではないかと教わったのです。」
ケネスの言葉にブルギウスが補足する。
「儂は以前にダークエルフの賢者から、細胞励起と言うスキルの存在を教わったのだ。それはどうやら高位の精霊の持つスキルらしい。それでケネスの持つスキルをそれだと判断したのだが・・・リリス、その言い方だと君も持っているのだな?」
ブルギウスの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
「こんな感じですよね?」
そう言ってリリスはケネスとブルギウスに向けて細胞励起を低レベルで発動させた。
細胞励起の波動が二人の身体を包み込む。
その心地良い波動に二人はうっとりとした表情を見せた。
「これって私のものとは数段レベルが上ですよ。」
ケネスの言葉にブルギウスも同意して強く頷いた。
「このスキルも世界樹から受け渡されたものです。これでも一応低レベルで発動させました。もっと強力に発動させる事も可能なのですが、魔力の消耗が半端じゃないので滅多に高レベルでの発動は出来ません。」
リリスの言葉を聞き、ケネスが前に身を乗り出してきた。
「リリス様の細胞励起の魔力を魔石にプールさせて欲しいのですが、お願い出来ますか?」
突然のケネスの依頼にリリスは少し戸惑った。
「プール出来る魔石があるのですか?」
「うむ。儂が構築したシステムの中心部にあるのだよ。」
ブルギウスの言葉にケネスも頷いた。
「私の放つ細胞励起の魔力を魔石にプールし、ここから放たれる魔力の波動に少しずつ加味しているのです。ですがリリス様の細胞励起の魔力なら、啓蒙の効果も格段に上がりそうです。」
そうなのかなあ?
それって買い被りしすぎじゃないの?
「まあ、それは構いませんよ。」
そう答えたリリスの言葉にケネスは満面の笑みを浮かべた。
「いずれにしても、ブルギウス様の構築したシステムをご覧になってください。」
ケネスはそう言うとソファから立ち上がり、リリスのみならずブルギウスやリンディを促して、ゲストルームから外の通路に案内し始めた。
随分乗り気ねえ。
私の気が変わらないうちにプールして欲しいって事なのね。
話の流れで妙な事になったと思いつつ、リリスはケネスの案内で神殿の更に奥へと誘導されたのだった。
30
あなたにおすすめの小説
異世界転生した女子高校生は辺境伯令嬢になりましたが
初
ファンタジー
車に轢かれそうだった少女を庇って死んだ女性主人公、優華は異世界の辺境伯の三女、ミュカナとして転生する。ミュカナはこのスキルや魔法、剣のありふれた異世界で多くの仲間と出会う。そんなミュカナの異世界生活はどうなるのか。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~
けろ
ファンタジー
【完結済み】
仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!?
過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。
救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。
しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。
記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。
偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。
彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。
「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」
強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る
伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。
それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。
兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。
何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。
異世界で幸せに~運命?そんなものはありません~
存在証明
ファンタジー
不慮の事故によって異世界に転生したカイ。異世界でも家族に疎まれる日々を送るがある日赤い瞳の少年と出会ったことによって世界が一変する。突然街を襲ったスタンピードから2人で隣国まで逃れ、そこで冒険者となったカイ達は仲間を探して冒険者ライフ!のはずが…?!
はたしてカイは運命をぶち壊して幸せを掴むことができるのか?!
火・金・日、投稿予定
投稿先『小説家になろう様』『アルファポリス様』
生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる