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リリアの目論見2
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シトのダンジョンの第1階層。
リリアの為にレイチェルが用意してくれたのは約50体のハービーだった。
群れになって雲霞の如く押し寄せてくるハービーを睨み、リリアは身体中に魔力を循環させた。
業火の化身が反応して、リリアの身体の各所から触手が伸びる。
だが非表示にしているので触手自体は見えない。
リリアはその触手の先端に、直径が20cmほどの青白く燃え上がる火球を出現させた。
その数は30個で触手が見えない為に、リリアの身体の周囲に大量の火球が、突然浮かび上がったように見えた。
それは実に不思議な光景である。
うん!と気合を入れて放たれたリリアの30個の火球は、青白い炎を放ちながら上空に舞い上がった。
それらは上昇しながら大きくなり、直径が1mほどの火球となって向きを変え、ハービーの群れに向かって滑空していく。
ゴウッと言う音を立てて高速で滑空する火球は、その進む方向に少しづつ拡散し、巨大な火球の網のようになってハービーの群れに突入した。
その間リリアは次の30個の火球を用意し、間髪を入れず放った。
上空の一面を覆い尽くすような火球の網の中にハービーの群れが補足され、ドドドドドッとあちらこちらで爆炎が上がり、燃え上がるハービーの残骸が地面に落ちてきた。
それでもその隙を突いて大量の火球を躱し、数体のハービーが上空や地表近くに回避しながら接近してくる。
それを目にしたウィンディは反射的にエアカッターを大量に放ち、それらを全て葬ってしまった。
「あっ、ごめんねリリア。余計な事をしちゃったかな?」
ウィンディの言葉にリリアは首を横に振った。
「余計じゃないわよ。ありがとう、ウィンディ。」
そう言ってリリアは身体をグッと反らせた。
その仕草に伴ってリリアの周囲から魔力が流れ込んでいく。
業火の化身が魔力の不足を補って、大地や大気から魔力を吸引しているのが分かる。
リリアはふうっと軽く溜息を吐いて姿勢を整えた。
「上出来だねリリア君。火球の威力も相当なものだったね。」
ロイドの言葉にリリアは礼を述べ、笑顔で頭を下げた。
魔物がまだ残っていないかを確認しながら、リリス達は階層の奥に進んでいった。
階下に降りる階段に近付くと、リリスの肩に白い小さな塊が降りてきた。
あれっ?
何だろう?
そう思って自分の右肩を見ると、そこには大きさが2cmほどの小さな白い鳥が留まっていた
その身体にブルーのストライプが走っている。
これはレイチェルの使い魔だ。
(リリス。念話でお邪魔するわよ。)
レイチェルの念話がリリスの脳裏に届いてきた。
(どうしたの? 何かアクシデントでもあったの?)
(違うわよ。リリアの持つ業火の化身の様子を確認して、後でタミアに教えてあげようと思ってね。)
レイチェルの念話にリリスはふうんと声を上げた。
(タミアが自分で確認すれば良いのに。)
(あらっ。それじゃあ、ここにタミアを呼んでも良いの?)
(あっ! いやいや、それはやめてよね。タミアがここに来ると面白がって、とんでもない魔物を引き合わせようとするに違いないわ。)
タミアには余計な刺激を与えない方が良い。
レイチェルもそう思ってレイチェルなりに配慮してくれているようだ。
(私がここに現れた理由は他にもあるわ。あんたの周囲に特殊なシールドを掛けさせてもらうわよ。)
レイチェルは念話を終えるとリリスの周囲に、特殊な亜空間シールドを張り巡らせた。
それによってリリスの気配が完全に断ち切られているように感じられる。
(あんた達3人が集まると、私がいくら抑え込んでも、ダンジョンコアにはまだ刺激が強過ぎるのよね。これはコアが暴走しない為の追加の保険よ。)
それはレイチェルの言う通りだ。
稀代のダンジョンメイトが3人集まったようなものだから、ダンジョンコアが何時暴走してもおかしくない。
リリスはそう思い、レイチェルに感謝の気持ちを念話で送った。
レイチェルの使い魔を右肩に留まらせながら、リリスはリリア達と共に階下への階段を降りた。
第2階層。
第1階層と同様に草原が目の前に広がっている。
しばらく探索しながら歩いていると、草原の前方の彼方に黒い塊が砂塵を上げて蠢いているのが見えた。
それは明らかにこちら側に近付いてきている。
少し距離が縮まると、飛び跳ねるように疾走してくる黒い魔物の群れが見えてきた。
「ブラックウルフだ! 30体ほどの群れだ!」
ロイドはそう叫ぶとリリスに指示を出した。
「リリス君! 念のために障害物を土魔法で用意してくれ!」
ロイドの言葉にリリスはハイと答えて土魔法を発動させた。
その土魔法によって、リリス達の前方に横幅20m奥行10mほどの泥沼が出現し、その向こう側に随所に土壁が設けられた。
毒まで用意する必要はないだろう。
リリスが見守る中、リリアは業火の化身の出力を40%に上げた。
魔物は30体のブラックウルフ。
その口周りに僅かに炎が見えるので、火属性の魔法を持っているようだ。
威嚇や攻撃の補助で小さな火球を放つ個体の群れなのだろう。
ファイヤーアローを試してみたい。
そう思ったリリアの脳裏に業火の化身の意思が伝わってくる。
(投擲スキルのレベルが不足しているわ。それを補うために脳の休眠細胞を活性化させるけど構わないかしら?)
(ええ、構わないわよ。)
リリアが自分の意思を業火の化身に伝えると、即座にリリアの脳が活性化され始めた。
今まで使っていなかった脳細胞が活性化され、それが小単位で独立して活動を始めたので、リリアの脳が多数に分散されたような状態になってしまった。
それはリリアにとっても初めて経験する異様な感覚だ。
まるで自分の多数の分身がそれぞれに敵を見定めて、各自が攻撃を仕掛けようとしているように思える。
それはまたリリアの脳にとってはかなりの負担で、その為に相当な魔力を投入しなければならない。
それ故に魔力の吸引も同時に発動され、大地や大気から魔力が渦となってリリアの身体に注ぎ込まれる。
リリアの身体は目に見えない無数の触手と、纏わりつく大量の魔力で仄かに光り、その周辺の空気がゆらゆらと陽炎のように揺れ動いていた。
ブラックウルフの群れは前方100mほどの距離に近付くと、一瞬で大きく左右に分散し、どの個体が指示するでもなく前方の両サイドからの攻撃を企ててきた。
その連携攻撃がいやらしい。
的を絞らせないように前後にも分散して向かってくる。
一方、リリアは触手の先端にファイヤーアローを30本出現させ、更に投擲スキルを発動させてそれらを放った。
リリアの身体の周りから30本の火矢が放たれ、キーンと言う金切り音を立てて滑空していく。
長さ50cmほどの火矢はそれぞれがリリアの脳内で個別に操作され、投擲スキルによって確実に敵に向かっていった。
火矢は上空に上がり、半数づつ左右に分かれ、それぞれが個別にブラックウルフを直撃した。
各所で火矢に貫かれたブラックウルフが燃え上がり、爆炎と共に焼き尽くされていく。
彼等に逃げる余地は無かった。
機敏に避けても火矢は背後から回り込み、再度ブラックウルフに襲い掛かる。
飛び上がって躱そうとしても、火矢はその手前で速度を落とし、落下するブラックウルフの腹部を下方から打ち抜いていく。
30本の火矢は一切無駄玉が無く、全てのブラックウルフを葬り去った。
「ファイヤーアローの精度が凄いわねえ。泥沼なんて必要なかったわ。」
リリスの言葉にリリアは、
「お手数かけて申し訳ありません。」
そう言って軽く頭を下げた。
その表情は明るく余裕がありそうだが、肩で息をしているほどに消耗は激しいようだ。
リリスはリリアの背後から細胞励起を低レベルで掛け、その疲れを癒してやった。
(うんうん、上出来よ。今の攻撃での業火の化身は、おそらく40%ほどの出力でしょうね。)
レイチェルからの念話がリリスに届いた。
(一般的には、決して弱い敵じゃないんだけどね。)
そう答えたリリスの念話に白い鳥はうんうんと頷いた。
ロイドは背後からリリアに近付き、その肩をポンポンと軽く叩いた。
「上出来だね、リリア君。さすがはリリス君の弟子だけの事はあるねえ。」
ロイドの言葉にリリアは笑顔でハイと大きく返事をした。
何時から私の弟子になったのよ!
ロイドの言葉に違和感満載の表情を見せつつ、リリスはこの階層の先に進んだ。階下への階段を見つけると、気を引き締めてそのまま降りて行った。
第3階層。
降りてみるとここもまた広々とした草原である。
(今回は火魔法の確認がメインの目的だから、森林で構成された階層は避けたのよ。)
レイチェルの微妙な配慮である。
ダンジョン内なので、森林で火魔法を使っても、その類焼で人家に被害が及ぶなどと言う事は無いのだが。
しばらく歩くと草原の向こうに砂煙が立ち上がり、ぴかぴかと光る魔物の群れがこちらに向かっているのが見えた。
(この階層はゴブリン100体が出現するんでしょ?)
リリスの念話にレイチェルはふふふと笑った。
(ゴブリンじゃあ役不足なので、別のものを用意したわ。あんたが良く見る奴よ。)
うん?
それって・・・・・。
嫌な予感がして目を凝らすと、魔物の姿がようやく見えてきた。
フルメタルアーマーで装備されたオーガファイターの群れだ。
群れと言うよりは軍団だ。
しかも手に持っているのはおそらく魔剣だろう。
武器や防具の放つ魔力が干渉し合い、軍団全体を異様な魔力の渦で包み込んでいる。
まだ距離はあるが、ドドドドドッと言う疾走音が聞こえてきた。
今度こそ障害物が必要だろう。
リリスは第2階層と同じように、泥沼と土壁を前方に出現させた。
「来るぞ!」
ロイドの掛け声でリリアは魔力を循環し始めた。
「出力を上げます!」
リリアはグッとこぶしを握り締め、業火の化身の出力を上げた。
それに伴ってリリアの身体の周囲に、燃え上がる火の帯が蛇のように纏わり始めた。
うんっと唸ってリリアが魔力を放つと、火の帯が上空に伸び上がって回転しながらオーガファイターの軍団に向かっていった。
それは滑空しながらその大きさを拡大し、巨大な渦となってオーガファイターの軍団に向かっていく。
それと同時にリリアは随所に魔力を放ち、オーガファイターの軍団の両側面にファイヤーウォールを出現させた。
赤々と燃える火のカーテンに挟撃された形で立ち止まるオーガファイターの軍団。
その斜め上方からファイヤートルネードが襲い掛かる。
真っ赤な炎が一面を埋め尽くし、至る所に爆炎が上がった。
それを追撃すべく、リリアは更に大量のファイヤーボールを放った。
50個以上の火球が上空に舞い上がり、弧を描いてオーガファイターの軍団に高速で向かっていく。
それらの着弾と共に立ち上る爆炎が重なり、大きな火の柱のように立ち上がってその一帯を燃やし尽くした。
(う~ん。大したものね。出力は50%を超えているようだけど、これ以上出力を上げると魔力の吸引が追い付かなくなっちゃうわよ。)
レイチェルの念話に裏付けされたように、リリスはハアハアと荒い息を吐きながらその場に座り込んだ。
業火の化身の独自判断で魔力の吸引を発動させているが、それでもリリアの魔力量や魔力回路の制限があって、魔力の補充が追い付かないようだ。
炎が収まってきたので確認すると、オーガファイターの軍団は全滅していた。
その威力に驚きながらも、ロイドは亜空間収納から大量のポーションを取り出し、座り込んでいるリリアに飲ませ始めた。
そのリリアの背後からリリスが細胞励起を掛け、リリアはその場でゆっくりと立ち上がることが出来た。
だが足元が覚束ない。
少しふらついているリリアの身体をウィンディが横から支え、その労をねぎらうと、リリアはようやく笑顔を見せる余裕を取り戻した。
少し休もうかと言うロイドの提案を断り、リリアは先に進もうとしている。
以前のリリアからは考えられないほどにアグレッシブだ。
(先に進んでも大丈夫よ。次の階層はこちらから仕掛けない限り、攻撃してこないからね。)
レイチェルの念話にリリスは首を傾げた。
そう言えば第4階層って何が出てくるの?
レイチェルとは打ち合わせしていなかったわね。
リリスが次の階層について尋ねると、レイチェルはふふふと笑って答えなかった。
疑問を抱きながら階下への階段を降りる。
第4階層。
階段を降りると、そこには予想もしていなかった光景が広がっていた。
目の前の一面が水だ。
大きな湖のように見える。
潮の香りはしないので真水なのだろう。
その水面には水草が大量に繁茂していた。
遥か彼方に向こう岸の地面が見えているのだが、そこまで幅5mほどの一本道が続いている。
その道を進まないと向こう岸には渡れない。
だがその道の両側に、蠢く触手のようなものが見える。
吸盤を大量に付けたタコやイカのような触手だ。
(これってつまり・・・水棲の魔物?)
(そう、そう言う事よ。水の中にファイヤーボールを打ち込んでも、あまり効かないから注意してね。)
注意してねって言われてもねえ。
予想外の展開にリリス達は唖然として、その光景を眺めていたのだった。
リリアの為にレイチェルが用意してくれたのは約50体のハービーだった。
群れになって雲霞の如く押し寄せてくるハービーを睨み、リリアは身体中に魔力を循環させた。
業火の化身が反応して、リリアの身体の各所から触手が伸びる。
だが非表示にしているので触手自体は見えない。
リリアはその触手の先端に、直径が20cmほどの青白く燃え上がる火球を出現させた。
その数は30個で触手が見えない為に、リリアの身体の周囲に大量の火球が、突然浮かび上がったように見えた。
それは実に不思議な光景である。
うん!と気合を入れて放たれたリリアの30個の火球は、青白い炎を放ちながら上空に舞い上がった。
それらは上昇しながら大きくなり、直径が1mほどの火球となって向きを変え、ハービーの群れに向かって滑空していく。
ゴウッと言う音を立てて高速で滑空する火球は、その進む方向に少しづつ拡散し、巨大な火球の網のようになってハービーの群れに突入した。
その間リリアは次の30個の火球を用意し、間髪を入れず放った。
上空の一面を覆い尽くすような火球の網の中にハービーの群れが補足され、ドドドドドッとあちらこちらで爆炎が上がり、燃え上がるハービーの残骸が地面に落ちてきた。
それでもその隙を突いて大量の火球を躱し、数体のハービーが上空や地表近くに回避しながら接近してくる。
それを目にしたウィンディは反射的にエアカッターを大量に放ち、それらを全て葬ってしまった。
「あっ、ごめんねリリア。余計な事をしちゃったかな?」
ウィンディの言葉にリリアは首を横に振った。
「余計じゃないわよ。ありがとう、ウィンディ。」
そう言ってリリアは身体をグッと反らせた。
その仕草に伴ってリリアの周囲から魔力が流れ込んでいく。
業火の化身が魔力の不足を補って、大地や大気から魔力を吸引しているのが分かる。
リリアはふうっと軽く溜息を吐いて姿勢を整えた。
「上出来だねリリア君。火球の威力も相当なものだったね。」
ロイドの言葉にリリアは礼を述べ、笑顔で頭を下げた。
魔物がまだ残っていないかを確認しながら、リリス達は階層の奥に進んでいった。
階下に降りる階段に近付くと、リリスの肩に白い小さな塊が降りてきた。
あれっ?
何だろう?
そう思って自分の右肩を見ると、そこには大きさが2cmほどの小さな白い鳥が留まっていた
その身体にブルーのストライプが走っている。
これはレイチェルの使い魔だ。
(リリス。念話でお邪魔するわよ。)
レイチェルの念話がリリスの脳裏に届いてきた。
(どうしたの? 何かアクシデントでもあったの?)
(違うわよ。リリアの持つ業火の化身の様子を確認して、後でタミアに教えてあげようと思ってね。)
レイチェルの念話にリリスはふうんと声を上げた。
(タミアが自分で確認すれば良いのに。)
(あらっ。それじゃあ、ここにタミアを呼んでも良いの?)
(あっ! いやいや、それはやめてよね。タミアがここに来ると面白がって、とんでもない魔物を引き合わせようとするに違いないわ。)
タミアには余計な刺激を与えない方が良い。
レイチェルもそう思ってレイチェルなりに配慮してくれているようだ。
(私がここに現れた理由は他にもあるわ。あんたの周囲に特殊なシールドを掛けさせてもらうわよ。)
レイチェルは念話を終えるとリリスの周囲に、特殊な亜空間シールドを張り巡らせた。
それによってリリスの気配が完全に断ち切られているように感じられる。
(あんた達3人が集まると、私がいくら抑え込んでも、ダンジョンコアにはまだ刺激が強過ぎるのよね。これはコアが暴走しない為の追加の保険よ。)
それはレイチェルの言う通りだ。
稀代のダンジョンメイトが3人集まったようなものだから、ダンジョンコアが何時暴走してもおかしくない。
リリスはそう思い、レイチェルに感謝の気持ちを念話で送った。
レイチェルの使い魔を右肩に留まらせながら、リリスはリリア達と共に階下への階段を降りた。
第2階層。
第1階層と同様に草原が目の前に広がっている。
しばらく探索しながら歩いていると、草原の前方の彼方に黒い塊が砂塵を上げて蠢いているのが見えた。
それは明らかにこちら側に近付いてきている。
少し距離が縮まると、飛び跳ねるように疾走してくる黒い魔物の群れが見えてきた。
「ブラックウルフだ! 30体ほどの群れだ!」
ロイドはそう叫ぶとリリスに指示を出した。
「リリス君! 念のために障害物を土魔法で用意してくれ!」
ロイドの言葉にリリスはハイと答えて土魔法を発動させた。
その土魔法によって、リリス達の前方に横幅20m奥行10mほどの泥沼が出現し、その向こう側に随所に土壁が設けられた。
毒まで用意する必要はないだろう。
リリスが見守る中、リリアは業火の化身の出力を40%に上げた。
魔物は30体のブラックウルフ。
その口周りに僅かに炎が見えるので、火属性の魔法を持っているようだ。
威嚇や攻撃の補助で小さな火球を放つ個体の群れなのだろう。
ファイヤーアローを試してみたい。
そう思ったリリアの脳裏に業火の化身の意思が伝わってくる。
(投擲スキルのレベルが不足しているわ。それを補うために脳の休眠細胞を活性化させるけど構わないかしら?)
(ええ、構わないわよ。)
リリアが自分の意思を業火の化身に伝えると、即座にリリアの脳が活性化され始めた。
今まで使っていなかった脳細胞が活性化され、それが小単位で独立して活動を始めたので、リリアの脳が多数に分散されたような状態になってしまった。
それはリリアにとっても初めて経験する異様な感覚だ。
まるで自分の多数の分身がそれぞれに敵を見定めて、各自が攻撃を仕掛けようとしているように思える。
それはまたリリアの脳にとってはかなりの負担で、その為に相当な魔力を投入しなければならない。
それ故に魔力の吸引も同時に発動され、大地や大気から魔力が渦となってリリアの身体に注ぎ込まれる。
リリアの身体は目に見えない無数の触手と、纏わりつく大量の魔力で仄かに光り、その周辺の空気がゆらゆらと陽炎のように揺れ動いていた。
ブラックウルフの群れは前方100mほどの距離に近付くと、一瞬で大きく左右に分散し、どの個体が指示するでもなく前方の両サイドからの攻撃を企ててきた。
その連携攻撃がいやらしい。
的を絞らせないように前後にも分散して向かってくる。
一方、リリアは触手の先端にファイヤーアローを30本出現させ、更に投擲スキルを発動させてそれらを放った。
リリアの身体の周りから30本の火矢が放たれ、キーンと言う金切り音を立てて滑空していく。
長さ50cmほどの火矢はそれぞれがリリアの脳内で個別に操作され、投擲スキルによって確実に敵に向かっていった。
火矢は上空に上がり、半数づつ左右に分かれ、それぞれが個別にブラックウルフを直撃した。
各所で火矢に貫かれたブラックウルフが燃え上がり、爆炎と共に焼き尽くされていく。
彼等に逃げる余地は無かった。
機敏に避けても火矢は背後から回り込み、再度ブラックウルフに襲い掛かる。
飛び上がって躱そうとしても、火矢はその手前で速度を落とし、落下するブラックウルフの腹部を下方から打ち抜いていく。
30本の火矢は一切無駄玉が無く、全てのブラックウルフを葬り去った。
「ファイヤーアローの精度が凄いわねえ。泥沼なんて必要なかったわ。」
リリスの言葉にリリアは、
「お手数かけて申し訳ありません。」
そう言って軽く頭を下げた。
その表情は明るく余裕がありそうだが、肩で息をしているほどに消耗は激しいようだ。
リリスはリリアの背後から細胞励起を低レベルで掛け、その疲れを癒してやった。
(うんうん、上出来よ。今の攻撃での業火の化身は、おそらく40%ほどの出力でしょうね。)
レイチェルからの念話がリリスに届いた。
(一般的には、決して弱い敵じゃないんだけどね。)
そう答えたリリスの念話に白い鳥はうんうんと頷いた。
ロイドは背後からリリアに近付き、その肩をポンポンと軽く叩いた。
「上出来だね、リリア君。さすがはリリス君の弟子だけの事はあるねえ。」
ロイドの言葉にリリアは笑顔でハイと大きく返事をした。
何時から私の弟子になったのよ!
ロイドの言葉に違和感満載の表情を見せつつ、リリスはこの階層の先に進んだ。階下への階段を見つけると、気を引き締めてそのまま降りて行った。
第3階層。
降りてみるとここもまた広々とした草原である。
(今回は火魔法の確認がメインの目的だから、森林で構成された階層は避けたのよ。)
レイチェルの微妙な配慮である。
ダンジョン内なので、森林で火魔法を使っても、その類焼で人家に被害が及ぶなどと言う事は無いのだが。
しばらく歩くと草原の向こうに砂煙が立ち上がり、ぴかぴかと光る魔物の群れがこちらに向かっているのが見えた。
(この階層はゴブリン100体が出現するんでしょ?)
リリスの念話にレイチェルはふふふと笑った。
(ゴブリンじゃあ役不足なので、別のものを用意したわ。あんたが良く見る奴よ。)
うん?
それって・・・・・。
嫌な予感がして目を凝らすと、魔物の姿がようやく見えてきた。
フルメタルアーマーで装備されたオーガファイターの群れだ。
群れと言うよりは軍団だ。
しかも手に持っているのはおそらく魔剣だろう。
武器や防具の放つ魔力が干渉し合い、軍団全体を異様な魔力の渦で包み込んでいる。
まだ距離はあるが、ドドドドドッと言う疾走音が聞こえてきた。
今度こそ障害物が必要だろう。
リリスは第2階層と同じように、泥沼と土壁を前方に出現させた。
「来るぞ!」
ロイドの掛け声でリリアは魔力を循環し始めた。
「出力を上げます!」
リリアはグッとこぶしを握り締め、業火の化身の出力を上げた。
それに伴ってリリアの身体の周囲に、燃え上がる火の帯が蛇のように纏わり始めた。
うんっと唸ってリリアが魔力を放つと、火の帯が上空に伸び上がって回転しながらオーガファイターの軍団に向かっていった。
それは滑空しながらその大きさを拡大し、巨大な渦となってオーガファイターの軍団に向かっていく。
それと同時にリリアは随所に魔力を放ち、オーガファイターの軍団の両側面にファイヤーウォールを出現させた。
赤々と燃える火のカーテンに挟撃された形で立ち止まるオーガファイターの軍団。
その斜め上方からファイヤートルネードが襲い掛かる。
真っ赤な炎が一面を埋め尽くし、至る所に爆炎が上がった。
それを追撃すべく、リリアは更に大量のファイヤーボールを放った。
50個以上の火球が上空に舞い上がり、弧を描いてオーガファイターの軍団に高速で向かっていく。
それらの着弾と共に立ち上る爆炎が重なり、大きな火の柱のように立ち上がってその一帯を燃やし尽くした。
(う~ん。大したものね。出力は50%を超えているようだけど、これ以上出力を上げると魔力の吸引が追い付かなくなっちゃうわよ。)
レイチェルの念話に裏付けされたように、リリスはハアハアと荒い息を吐きながらその場に座り込んだ。
業火の化身の独自判断で魔力の吸引を発動させているが、それでもリリアの魔力量や魔力回路の制限があって、魔力の補充が追い付かないようだ。
炎が収まってきたので確認すると、オーガファイターの軍団は全滅していた。
その威力に驚きながらも、ロイドは亜空間収納から大量のポーションを取り出し、座り込んでいるリリアに飲ませ始めた。
そのリリアの背後からリリスが細胞励起を掛け、リリアはその場でゆっくりと立ち上がることが出来た。
だが足元が覚束ない。
少しふらついているリリアの身体をウィンディが横から支え、その労をねぎらうと、リリアはようやく笑顔を見せる余裕を取り戻した。
少し休もうかと言うロイドの提案を断り、リリアは先に進もうとしている。
以前のリリアからは考えられないほどにアグレッシブだ。
(先に進んでも大丈夫よ。次の階層はこちらから仕掛けない限り、攻撃してこないからね。)
レイチェルの念話にリリスは首を傾げた。
そう言えば第4階層って何が出てくるの?
レイチェルとは打ち合わせしていなかったわね。
リリスが次の階層について尋ねると、レイチェルはふふふと笑って答えなかった。
疑問を抱きながら階下への階段を降りる。
第4階層。
階段を降りると、そこには予想もしていなかった光景が広がっていた。
目の前の一面が水だ。
大きな湖のように見える。
潮の香りはしないので真水なのだろう。
その水面には水草が大量に繁茂していた。
遥か彼方に向こう岸の地面が見えているのだが、そこまで幅5mほどの一本道が続いている。
その道を進まないと向こう岸には渡れない。
だがその道の両側に、蠢く触手のようなものが見える。
吸盤を大量に付けたタコやイカのような触手だ。
(これってつまり・・・水棲の魔物?)
(そう、そう言う事よ。水の中にファイヤーボールを打ち込んでも、あまり効かないから注意してね。)
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無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
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投稿先『小説家になろう様』『アルファポリス様』
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