優しい風と赤いリボン

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優しい風と赤いリボン

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毎年夏休みになると、シュンはお父さんと一緒に
大きな湖のほとりにあるコテージで過ごす。
コテージの前には桟橋が掛かっており、ボートが一艘つないである。
シュンのお父さんは小説家で、ずっとコテージで仕事をしている。
シュンはいつも一人で釣りをしたり、辺りを散策したりして、遊んでいる。

湖の反対側には木々の生い茂った深い森がある。
お父さんが迷子になるといけないからと言うので、
シュンは一度もその森に行ったことがない。
湖の辺りはとても静かで、シュンとお父さん意外には誰もいない。
鳥たちの美しい鳴き声だけが響いている。

今日もシュンは一人だ。
コテージの前で平べったい石を拾って、湖に向かって投げて遊んでいた。
お父さんに教わって、初めてやったときは、最高で3回しか跳ねなかったけれど、
今では最高で10回跳ねたことがある。
いい感じの石を見つけた。
えいっ。
石はなんと15回も跳ねて、湖に沈んだ。

ふと対岸に目をやると、森の緑の中に微かに白い影が見える。
なんだろう?
その影はスーッと森の中へ消えていった。

シュンは何となく、対岸に向かって歩き始めた。
今まで一度だってお父さんの言いつけを破って、森に入ったことは無いし、
今もお父さんの言いつけを破るつもりなんて全く無かった。
ただ、あの白い影が気になって、足が勝手に動いていた。


ついにコテージの反対側まで来てしまった。
対岸にはコテージや桟橋が小さく見えている。
シュンは森の方を向いて立っていた。
すると湖の方からシュンの背中を押すように
優しい風が吹き抜け、森の木々をざわざわと揺らした。
シュンは吸い込まれるように森の中へ歩き出した。

シュンは拾った木の棒きれで、草や木を叩きながら歩いていた。
あの後、風は止んでいて、鳥たちの綺麗な鳴き声だけが響いている。

随分、奥まで来てしまった。
どっちが湖かわからなくなってしまった。
途方に暮れて、辺りをキョロキョロ見渡していると、
さっきと同じ優しい風がスーッと吹き抜けた。
その瞬間、鳥たちは鳴き止み、辺りは静寂に包まれ、
森の木々だけがざわめいている。

シュンが風の吹いた先を見ると
木の陰に、真っ白なワンピースを着た少女が、木に隠れるようにして立っていた。
少女が木の陰に身を隠そうとしたとき、少女の長い髪がフワッとなびいた。
少女の長い髪は真っ赤なリボンで結ばれていた。

シュンは少女が隠れた木に駆け寄り、木の後ろを覗き込んだ。
誰もいない。
再び鳥たちが鳴き始めた。

シュンが辺りを見回していると、再び優しい風がスーッと吹き抜けた。
辺りが静寂に包まれる。
風の吹いた先を見ると、さっきの少女がまた木の陰に隠れた。
シュンがその木に駆け寄り、木の後ろを覗き込むと、また少女はいなくなっていた。
鳥たちがまた鳴き始める。

シュンは風の吹いた先に向かって、真っ直ぐ歩いた。
しばらく歩いていると、また優しい風がスーッと吹き抜け、辺りは静寂に包まれた。
風の吹いた先を見ると、少女が木の陰に隠れながら、ニッコリと微笑んでいる。
シュンが駆け寄ると、少女はまた木の陰に隠れてしまい、鳥たちが鳴き始める。

シュンが駆け寄った先に、木々の間から日の光が差し込んでいる。
光の道をたどって行くと、光の先に森の出口が見えた。
森から出ると、湖があり、対岸にはコテージが見える。
シュンは振り返り、不思議そうに森の奥を見つめていた。


翌日、今日も鳥たちが美しい声で鳴いている。
シュンは釣り竿を持って、桟橋に向かって歩いていた。
桟橋の先端にたどり着くと、シュンは釣り竿を置いて、
桟橋の先端に足を垂らして座り、対岸の森をじっと眺めていた。
しばらくして、そのまま体を倒し、仰向けに寝転がり、空を眺めた。
透き通るような青空に、ゆっくりと雲が流れている。

シュンは目をつぶった。
すると優しい風がスーッと吹き、シュンの髪を揺らした。
鳥たちは鳴き止み、辺りが静寂に包まれた。
シュンはハッとして目を開けると、
昨日、森で見た少女が目の前に立って、シュンの顔を覗き込んでいた。
シュンは慌てて起き上がった。
少女は赤いリボンで結ばれた長い髪を風に揺らしながら
ニッコリと微笑み、シュンを見つめている。
シュンはしばらくの間、少女を見つめたまま、立ち尽くしていた。

「君、どこからきたの?」
少女は黙ったまま微笑んでいる。
「僕、シュン。君は?」
少女はやはり黙ったまま微笑んでいる。
「名前だよ。わかる?シュンだよ。シュン」
シュンは自分を指さしながら言った。
「シュン・・・」
ついに少女が口を開いた。
「そう!シュン!」
「シュン・・・」

すると少女はゆっくりとシュンの横を通り抜け、桟橋の先端に立った。
「どうしたの?」
シュンが不思議そうに少女を見ていると
少女はふいに、桟橋の先端からフワッと飛び出した。
「あっ!」
シュンは思わず声をあげた。
少女の体は風船のようにゆっくりと桟橋から下へ降りていく。
足が湖面に着くと、湖面は波紋一つ立たずに静かなままだった。
シュンは驚きのあまり、その様子をぽかーんと口を開けて見ていた。

「シュン・・・」
少女はシュンに向かって両手を差し出した。
「えっ?」
シュンは戸惑いながらも、少女に向かって両手を差し出した。
少女はシュンの両手を握り、ゆっくりと桟橋を離れ、湖の方へシュンを引いていく。
シュンは不思議と恐れは無く、少女に身を委ね、桟橋から一歩踏み出した。
シュンの体はゆっくりと下へ降り、足が湖面に着いた。
シュンが自分の足元を見ると、湖面に小さな波紋が二つ広がっていった。

シュンが少女に視線を移すと、少女はシュンに微笑みかけていた。
少女は片手を離し、もう一方の手でシュンの手を引いた。
少女は湖面を滑るようにして進んでいく。
少女に手を引かれ、シュンも湖面を滑り出した。
シュンが足元を見ると、シュンの足元にだけ、小さな波紋が立っている。

二人は湖の上をまるでスケートリンクのように滑っている。
シュンは目を輝かせながら、少女に手を引かれ、湖面のスケートを楽しんだ。
少女は長い髪をなびかせ、時折、シュンに微笑みかけながら滑っている。


この魔法のような時間はどのくらいだっただろう。
気が付くと夕日が湖を赤く照らしていた。
少女はゆっくりと滑るのを止め、シュンに微笑みかけた。
すると突然、少女はシュンの手を離した。
シュンは勢いよく、湖の中へと沈んでしまった。

沈んでいくシュン。
もがきながら、苦しそうな表情で湖面を見上げる。
真っ赤に照らされた湖面が、どんどん遠ざかっていく。
すると湖面から少女の足が、ゆっくりと水の中に入って来た。
シュンは動きを止め、少女が湖に入って来るのを見つめていた。

少女はゆっくりとシュンの方に向かってきた。
シュンの正面まで来ると、少女はシュンの頬に両手を添え、優しくキスをした。
シュンは驚いて、目を見開いている。
少女はシュンの手を引き、水中をスーッと進み始めた。
シュンは息を止め、目をぎゅっと閉じ、どんどん苦しそうな表情になっていく。
ついにシュンは我慢できなくなり、口を大きく開けてしまった。

僕はこのまま死んでしまうのだろうか。
そう思った瞬間、シュンはあることに気が付いた。
苦しくない!息ができる!
シュンは不思議そうに目をパチクリさせていた。
少女はシュンに微笑みかけている。
シュンは少女を見つめ、少女に微笑み返した。
二人はしばらくの間、楽しそうに水中を滑るように泳いでいた。

真っ暗な水の中に、微かに月明かりが差し込んでいる。
シュンと少女は笑顔で向かい合っていた。
少女は赤いリボンをほどき、そっとシュンの手に握らせた。
シュンは渡された赤いリボンを見つめている。
シュンが顔を上げると、少女の姿は無くなっていた。
シュンは徐々に苦しそうな表情を浮かべ、もがき始めた。
徐々に意識が遠のいていく・・・


シュンが目を開けると、空には満天の星空が広がっていた。
「シュン!シュン!」
遠くからお父さんの声が聞こえる。
シュンは体を起こし、辺りを見回した。
桟橋でお父さんが両手を大きく振っている。
シュンは湖の真ん中辺りで、桟橋にあるはずのボートの上にいた。
シュンは自分の服が濡れていないことに気が付いた。

あれは夢だったのだろうか?
ふと手を見ると、シュンの手には赤いリボンがしっかりと握られていた。
再び辺りを見回したが、少女の姿はどこにも見当たらなかった。
シュンは赤いリボンを見つめ、微笑んだ。

シュンはリボンをポケットにしまい、
オールを手に取り、桟橋に向かってボートを漕ぎ出した。
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