ひだまりを求めて

空野セピ

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第八章 護りたい想い

すれ違い

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 マッドは、バツが悪そうに顔をしかめながらティミーから視線を逸らす。
 その表情は今にも泣きそうで、ティミーはマッドの手を握ろうとしたが、躊躇してしまった。

「マッド......大丈夫?」

 ティミーがそっと聞くと、マッドは目を閉じてポツリと呟く。

「それはこっちの台詞だろ。首とか、大丈夫か?」
「首?」
「俺、あの時首締めただろ」

 マッドの言葉に、ティミーは目を見開いた。
 当時の事を覚えているとは思っていなかったようで、動揺してヒュッと息を呑み込んだ。
 心臓が速く動く感覚がして、ティミーの額に一筋の冷や汗が流れる。

 そんなまさか。
 ティミーは恐る恐るマッドに問い掛ける。

「あの時の記憶、あるの......?」

 少しだけ震えるティミーの声に、マッドは視線を逸らしながら小さく口を開いた。

「自我は保っていられなかったのは事実だ。暴れていた時の記憶はハッキリ言うと、有るようで無い。ただ......闇の中で見ていたんだ。ティミーとウォックを傷付ける所を」

 マッドの言葉に、ティミーは小さく息を呑む。
 自我を保てていない様に見えたが、闇の中で自分達のことを見ていた、と言う事なのだろうか。
 それでも、確実に分かる事がある。

「でも、それはマッドの意思じゃ無かったでしょう?」
「......」
「分かるよ。だって、マッドあの時......泣いてたもの」
「......泣いて、た?」
「うん。私の首を締めている時......泣いてたんだよ。それに、手も震えてた。その時に分かったの。今のマッドは自分の意思で攻撃している訳ではないって」

 ティミーは優しくマッドの右手を握り、自分の目の高さまでその手を持ち上げた。

「私は大丈夫だよ。ほら、怪我もしてないし」
「......ウォックがお前を護ったからだろ。ウォックがいなけりゃ、確実にお前を斬ってた」
「それは......」
「......ウォックにも、謝らねぇとな。謝って済む問題じゃねーけどよ。でも......」

 マッドはティミーに表情を見られたくなくて、俯き、唇を強く噛んだ。
 息が詰まる感覚に、息苦しさを感じ身体も熱くなってくる。

「......情けねぇよ。自我を保てなくなって、仲間を傷付けて、ティミーまで傷付けようとしちまった」
「で、でもほら、みんな無事だったし、だからねマッド......」
「良くねぇよ!」

 マッドは声を荒げ、ティミーはビクッと肩を振るわせた。
 マッドがバッと顔を上げると、夕日を思い浮かべるオレンジ色の瞳からは沢山の涙が溢れ、頬を伝っていく。

「良くねぇんだよ! 一歩間違えてたら、ウォックもお前も! 殺しちまってたかもしれねぇんだぞ!!」
「マッド......」

 マッドの瞳からはポロポロと涙が流れ、マッドはティミーの手を乱暴に振り払った。
 点滴の方からは血が逆流し、ティミーは慌ててマッドの手を再び握ろうとするも、その手をマッドは拒絶する。

「お前に分かるかよ! 本当は、お前の事護りてぇのに......そう誓って村を出たのに! それなのに護るどころか傷付けようとした! この事実は変わらねぇだろ!」
「傷付けようとだなんてしてない!」
「ウォックが庇ったからだろ! ウォックがあの時庇わなかったらお前は確実に俺が斬ってた! どの道ウォックだって傷付けた!」
「そ、それは......」
「......何やってんだよ、俺......本当、馬鹿だな......」

 ティミーはマッドの名前を呼ぼうとしたが、喉の奥に何かが引っ掛かり、上手く声を出す事が出来なかった。
 今、何か言ったら傷付けてしまいそうで。
 これ以上何か言っても、それは自己満足にしかならないのではないだろうか。

 マッドの気持ちを考えずに、下手に言葉を掛けてしまったら、もっと傷付けてしまうのではないだろうか──。
 でも、何か言葉をかけなくてはいけない気がして。

「......マッド、あの、ね」
「......悪ぃティミー。今は、一人にしてくれ。このままだと俺、お前の事......もっと傷付けちまうかもしれねぇ」
「マッド......」
「......頼む」

 今更ながら、涙を見られたく無くてマッドは再び顔を俯かせ、強く唇を噛む。
 ティミーは少し考えた後に、小さく頷いた。

「......分かった。ヴェイトさんもすぐ戻るって言ってたもんね。私、ヴェノルの所に行ってくるよ」
「......悪りぃ」
「ううん、大丈夫だよ。ゆっくり休んでねマッド」

 ティミーはマッドに優しく微笑み、足早に部屋を出る。
 ティミーがいなくなった事を確認し、静かになった部屋で、マッドは布団に潜り込み、声を押し殺して涙を流した。

「......傷付けたく、無かったのに......」

 その声は誰にも、聞こえる事は無かった。

 
 部屋を出ると、ティミーはその場で顔を覆い、同じ様に声を押し殺して泣いていた。

「......マッド。ごめん、ごめんね......私、何もしてあげられなくて......」

 自分には何も出来なくて、それが悔しくて。
 側にいてあげる事も出来なくて。
 マッドの前で、泣かずに立ち去れたかが不安だったが、きっと大丈夫だっただろうと、心の中で落ち着かせた。

(ヴェイトさんが戻って来るまで、ここにいよう......)
 
 ティミーはその場に座り込み、落ち着くまで深呼吸を繰り返した。



 一方ヴェイトとベルスは、大総統のいる中央司令部まで肩を並べて歩いていた。
 ヴェイトは何度目かの溜息を吐き、ベルスはそれを茶化す様にヴェイトの腕を肘で突く。

「何だよさっきから溜息ばっか吐きやがって。こっちまで気が滅入るだろうが」
「いや、色々な事が有り過ぎてな」
「ふーん」

 ベルスは興味無さそうに頭に腕を組んで歩いて行く。
 いつも通りの反応だなと、ヴェイトは再び溜息を吐いた。

「何だよウザってぇな。そんなにあの人間二人が気になるのか?」
「気にもなるさ。特に、ティミーはな......」

 ヴェイトはなんとも言えない表情で俯き、ベルスはそれを横目で見ていた。
 コレは悩んでいる表情だと一目で分かり、ベルスは軽く息を吐く。

「言えよ。何か気になってんだろ」
「......あの子、壊れてしまわないか心配でな」
「そこまでメンタル弱い女に見えねぇけど」
「そう言う問題じゃ無いんだよ。溜め込みやすい子なんだと思う。昔の、あの人と同じ様に」

 ヴェイトは何処か悲しそうな表情をして、自分の手を見詰めた。
 
「今度こそ、護れたらいいな。俺が護らないと......」
「未だに昔の事引き摺ってんのか?」

 ベルスは足を止めてヴェイトの目の前に立つ。
 その表情はどこか真面目で、ヴェイトは視線を背けなくなった。

「コラ、視線を逸らすんじゃねぇよ。過去は過去だ。未だに引き摺っててどうするんだよ」
「引き摺りたくもなるさ。俺は......そのせいで軍医を辞めたくなった。でも、こうして続けていられるのも、あの時の約束があったから......」
「だったら良いじゃねぇかよ」

 ベルスは軽く言葉を返す。
 ヴェイトはベルスを見ると、涼しそうな表情でニヤリと笑っていた。

「今のお前がいたから、俺も此処にいるんだぜ? 過去に護れなかったなら″今″護れば良いんだよ。護りてぇなら護れば良いじゃん。それで後悔しねぇならよ」

 ベルスの言葉に、ヴェイトは目を見開く。

「後悔、か。後悔はもう、したくないな......」
「ならやりたい様に動けば良いだろ。何をそんなに悩んでるんだか」

 ベルスは再び歩き出すと、それに続く様にヴェイトも歩き出す。
 気付けば大総統の部屋のすぐ近くまで来ていた様だ。

「やりたい様に、か」 

 扉を開く前に、ヴェイトはベルスに身体ごと向けて口を開く。

「ベルス。頼みがあるんだ」

 ヴェイトの表情は真面目で、そんなヴェイトにベルスは何処か嬉しそうに微笑んだ。
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