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エピローグ 「透明な約束」
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クレープを食べながら、私は疑問に思っていたことを聞いてみた。
「そういえばさ、夕紀のSNSのサムネ、変わってたね。なんで?」
「ああ、それはね――これ」
夕紀は、スマホのメモアプリを見せてきた。
「「トラブル回避対策?」」
私と亜由美の声がハモる。
「うん。高校では勉強に集中したいし、もうトラブルに巻き込まれないために、私なりの対策をまとめたの――で、ここ」
夕紀は、箇条書きの一つを指差す。
「なるほどね」
私は唸った。確かに、アカウントが風景写真なら良くも悪くも、『切り取ってもつまらない人』になる。
「これ、私も真似していい?」
「私も。これ、スクショ送って」
「いいよ」
「ありがと」
「さて」
亜由美がクレープの紙をくしゃっと折って笑う。
「次、どこ行く?」
その問いがなんだか『未来』を含んでいて、胸の中に温かさが広がった。
「本屋。ちょっと参考書がほしくて」
夕紀が答える。
「いいね。私、小説がほしい」
私が言うと、亜由美が大げさに頷く。
「じゃあ、大きめの本屋がいいね!」
帰り道、私は駅の階段で一瞬だけ立ち止まった。夕紀が一段下で振り返る。亜由美がその横で、何も言わず待っている。
私は息を吐いて、ようやく言った。
「……あのさ」
二人が、同時に「うん」と言う。
私は続けた。
「約束ってさ、見えないよね」
亜由美が「うん」と頷く。夕紀も、小さく頷く。
私は、言葉を探して、やっと、出てきた。
「だから、ちょっと怖い。見えないから、あったことにも、無かったことにもなってしまうから」
泣きたいわけじゃないのに、言い終わるころ、喉の奥が熱くなった。
亜由美は、少し笑って言った。
「じゃあさ、見えないなら、『透明』ってことにしようよ。見えないけど、ちゃんとそこにあって、光が当たると、形が分かるもの、みたいな」
――『透明』。
夕紀が、その言葉を受け取って、真面目な顔で言った。
「そうだね、うん…… それに、透明だったら、嘘を混ぜられないしね」
――嘘を混ぜない。
その一言が、胸の奥を静かに揺らした。心の中で反芻する。
「うん、そうだね」
私は頷いた。そして、三人で短く笑う。
大きな約束じゃない。宣言みたいでもない。ただの、息を合わせるみたいな言葉。
でも、その小ささが、今の私にはちょうど良かった。
駅の前で、夕紀が手を上げた。
「じゃあ、また」
――『また』も、形がない。
亜由美がいつもの調子で言う。
「またね。連絡する」
夕紀が頷いて、改札の向こうへ消えていく。消える背中を見ながら、私は思った。
言葉は、空気の振動でしかない。
そして、形のないものは、触れた瞬間に消える。
誰かを喜ばす言葉、励ます言葉、寄り添う言葉も、触れた瞬間に消えて行ってしまう。
なのに、空気と共に消えたはずの言葉に、人は何度も刺される。
言葉が刃となって、前後を失った切り取られた言葉が、誰かを簡単に壊す。
――でも。
透明なものは、見えないだけで、消えてはいない。
光が当たれば、ちゃんと輪郭が浮かぶ。
私たちの約束も、たぶん、そうだ。
見えない。
だから、守る。
守るために嘘を混ぜるんじゃなくて、守るために息を合わせる。
私は改札に向かって歩きながら、胸いっぱいに空気を吸った。
冷たいのに、どこか爽やかな春の匂いがした。
透明な約束は、今日も見えない。
見えないことに不安になる日もある。
それでも、確かにここにある。息をするたびに思い出せる。
迷いそうになっても、ちゃんと戻ってこられる場所みたいに――
「そういえばさ、夕紀のSNSのサムネ、変わってたね。なんで?」
「ああ、それはね――これ」
夕紀は、スマホのメモアプリを見せてきた。
「「トラブル回避対策?」」
私と亜由美の声がハモる。
「うん。高校では勉強に集中したいし、もうトラブルに巻き込まれないために、私なりの対策をまとめたの――で、ここ」
夕紀は、箇条書きの一つを指差す。
「なるほどね」
私は唸った。確かに、アカウントが風景写真なら良くも悪くも、『切り取ってもつまらない人』になる。
「これ、私も真似していい?」
「私も。これ、スクショ送って」
「いいよ」
「ありがと」
「さて」
亜由美がクレープの紙をくしゃっと折って笑う。
「次、どこ行く?」
その問いがなんだか『未来』を含んでいて、胸の中に温かさが広がった。
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夕紀が答える。
「いいね。私、小説がほしい」
私が言うと、亜由美が大げさに頷く。
「じゃあ、大きめの本屋がいいね!」
帰り道、私は駅の階段で一瞬だけ立ち止まった。夕紀が一段下で振り返る。亜由美がその横で、何も言わず待っている。
私は息を吐いて、ようやく言った。
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二人が、同時に「うん」と言う。
私は続けた。
「約束ってさ、見えないよね」
亜由美が「うん」と頷く。夕紀も、小さく頷く。
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「だから、ちょっと怖い。見えないから、あったことにも、無かったことにもなってしまうから」
泣きたいわけじゃないのに、言い終わるころ、喉の奥が熱くなった。
亜由美は、少し笑って言った。
「じゃあさ、見えないなら、『透明』ってことにしようよ。見えないけど、ちゃんとそこにあって、光が当たると、形が分かるもの、みたいな」
――『透明』。
夕紀が、その言葉を受け取って、真面目な顔で言った。
「そうだね、うん…… それに、透明だったら、嘘を混ぜられないしね」
――嘘を混ぜない。
その一言が、胸の奥を静かに揺らした。心の中で反芻する。
「うん、そうだね」
私は頷いた。そして、三人で短く笑う。
大きな約束じゃない。宣言みたいでもない。ただの、息を合わせるみたいな言葉。
でも、その小ささが、今の私にはちょうど良かった。
駅の前で、夕紀が手を上げた。
「じゃあ、また」
――『また』も、形がない。
亜由美がいつもの調子で言う。
「またね。連絡する」
夕紀が頷いて、改札の向こうへ消えていく。消える背中を見ながら、私は思った。
言葉は、空気の振動でしかない。
そして、形のないものは、触れた瞬間に消える。
誰かを喜ばす言葉、励ます言葉、寄り添う言葉も、触れた瞬間に消えて行ってしまう。
なのに、空気と共に消えたはずの言葉に、人は何度も刺される。
言葉が刃となって、前後を失った切り取られた言葉が、誰かを簡単に壊す。
――でも。
透明なものは、見えないだけで、消えてはいない。
光が当たれば、ちゃんと輪郭が浮かぶ。
私たちの約束も、たぶん、そうだ。
見えない。
だから、守る。
守るために嘘を混ぜるんじゃなくて、守るために息を合わせる。
私は改札に向かって歩きながら、胸いっぱいに空気を吸った。
冷たいのに、どこか爽やかな春の匂いがした。
透明な約束は、今日も見えない。
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それでも、確かにここにある。息をするたびに思い出せる。
迷いそうになっても、ちゃんと戻ってこられる場所みたいに――
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