上 下
75 / 92

首狩りパトリック

しおりを挟む
 パトリック・ユールは市民学校に入る前から狩りの名手だった。


 集落の周りで鳥や野兎をナイフで仕留め、首を切り吊るした。
 さすが集落の男だと父に褒められたものだ。

 やがて学校に入るころ、父に長剣を譲られると、大型の獣も仕留めるようになった。

 小柄で華奢な少年だったパトリックが鮮やかな剣さばきで鹿の首を斬り落とすのを見た町の狩人がつけたあだ名が、首狩りパトリック、である。



 卒業後は会計士になると言った時、父だけでなく町の知り合いみんなが止めた。
 パトリックは狩人になるべきだろうと。

 しかし市民学校で出会った計算が楽しく魅力的で、会計事務所に自分を売り込んだ。

 事務所に野生動物が乱入したら首を狩ってやりますよ、と言ったら所長が喜び採用してくれた。




 パトリックは青年になっても華奢で体力がなかった。
 じっくりと狩りをするのには向かないのだ。
 決着がつくのが早いから瞬発力と視力を活かして首を狙っていただけだ。


 しかし、愛する妻が亡くなり、娘と集落に引っ込んでしばらくすると、だんだん体力がついてきた。
 体もひとまわり大きくたくましくなり、腕力もついた。
 毎日町まで騎馬で通ったためだろう。




 体力に余裕ができ、なんだか愛馬のポーラの足も速くなったので、出勤前に森に入り獲物を狩って、町で売って集落の収入にするようになった。
 集落には現金収入が少ない。
 カトリーナを可愛がってくれる集落のみんなへのお礼のつもりだった。




 首を斬り落とした鹿を枝に吊るして町に入ると、門番たちが首狩りパトリックの復活だ! と大いに湧いた。
 ずいぶんとそのあだ名は知られていたらしい。


 あれからいろいろ狩ったが、なかでもヴァンランディヤーンは毛が高く売れるおいしい獲物だ。
 ずいぶん稼がせてもらった。


 カトリーナといっしょに出勤するようになってから、大物の狩りは控えていた。
 朝から森に行くとカトリーナが学校に間に合わないのだ。

 狩りのために早く起きるのはパトリックには無理だった。






 久々の大物の狩りが騎士だとは。

 体格差のある騎士を相手取っても余裕がある。
 体力がついてほんとうにありがたい。

 パトリックはくちびるの端を吊り上げて、剣を手に向かってくるハルト・バニシュに炎を放ち、怯んだ隙に剣を叩き落とした。

 昔カトリーナに剣のまわりに炎燃やせない? かっこよくない? と言われやってみたのだが、これを使うようになって狩りが一段と楽になった。
 獣というのは炎を恐れるのだ。

 うちのカトリーナを搾取しようとする、教会の獣も同じだ。

 ハルトの脇を走り抜けざまに首を掻っ切る。


 別の部屋に縛っていたはずの騎士が複数向かってくる。
 神官が解放したか。

 パトリックは炎を放ち、次々に首を斬った。
 刃物を投げてくる邪魔な神官の首も斬った。



 この刃物を弾いている守護というのも、カトリーナがなにかしたんだろう。
 ほんとうにカトリーナはすごい子だ。


 次は諸悪の根源教皇か、と剣を振り血を払った時、お待ち下さい、と声がかかった。

 真っ白な神官アルトゥール様だ。


 初めて会った時から、アルトゥール様からはカトリーナへの好意が見て取れた。

 だから殺す気はなかったが。


「先にアルトゥール様かい?」

 剣を向けるが盲目のアルトゥール様にはわからないのだろう、怯まない。


「パトリック・ユール様。カトリーナ様はあなたが人を殺したと知るとお嘆きになります。このくらいにしておきましょう。」


 見回すと、パトリックが首を掻っ切った騎士たちは死んでいなかった。
 アルトゥール様が癒したようだ。
 血は止まったが傷はまだ深く、浅い呼吸をしている。

 アルトゥール様の背後ではあの意地悪娘が青い顔でさっき斬った神官を癒していた。
 血止めにもなっていないな。




「なんという……なんという蛮行だ! 娘を呼べ! 全員に癒しを与えさせろ!」

 腰を抜かしていただけの癖にえらそうな教皇にパトリックは場違いなほどさわやかに笑った。


「カトリーナは婚約者と本番中だよ。もう癒しはなくなったと思うな! めでたいよ! ははは!」


 教皇はさっと青ざめ、死にかけ騎士たちを無理やり立たせてカトリーナたちの使っている客室に向かった。

 パトリックは止めなかった。


 癒しは失われた、と教皇に知らしめたほうがカトリーナの為にいいと思ったのだ。


 2人が寝室から出てくるまで騒ぐな、と教皇の首に剣は当てておいたが。


 しかし飛び出してきたカトリーナはなんとも簡単に死にかけ騎士たちを癒してしまった。



 ヒュー、初めてでうまくできなかったのか?!



「ヒューとごにょごにょしても、なくならなかったの……」



 真っ赤な顔のカトリーナがそう言った。


 さすが、うちのカトリーナだ。
 特別な女の子すぎる。



「素晴らしい! 子を生める聖女だ! 教会で癒しを使う子どもをたくさん生みなさい!」



 カトリーナにそんな戯言を聞かせるな。
 パトリックは素早く教皇の頸動脈を掻っ切った。








あとがき



パパがたくましくなったのはカトリーナの『げんきになあれ』のおかげです。
騎馬通勤のおかげだけではないけどパパは気付いてません。
しおりを挟む

処理中です...