天の都

戯伽

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廃教会編

8.子供たち

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 パーティーから数日経ったあと、むつが熱を出した。


 ぐでっと横たわり、今は脳之輔のうのすけがご飯を作っている。




「イツ君、お待たせ」


 寝床ベッドのそばに座って、ぼんやりしている佚世いっせを見下ろし、机にご飯を置いた。

 頭を小突くと、佚世はハッとする。


「なんか気になることでもあったの?」
「……先生、知ってたの?」
「なんとなぁく? どっちからも話は聞けなかったからね」



 脳之輔は寝床ベッドに座ると、睦の頬を撫でた。


「睦君は話してくれないと思うよ」
「……先生にも?」
「話したくないみたいだね。しつこく聞いたら怒るから」
「……私から聞いたらあからさますぎるもん……」
「でも友達のことでしょ」
「嫌われたくない」
「睦君に? 珍しいねぇイツ君がそこまで」
「……うるさいよぅ……」


 佚世が椅子から落ちて寝床ベッドに突っ伏し、脳之輔はそれを見下ろした。



 睦と佚世の仲を引き裂く気はないが、佚世の気持ちも無下にはできない。

 幾万年を孤独に生きる佚世が時間を共有できる、数少ない友人の話。



「…………イツ君、子供たちに頼んでみたら?」














 睦が倒れていた日は休診で、佚世は日を跨いで数日間出かけた。

 その間に睦は治り、元気に本を読んでいる。調薬の本。



 佚世がいないので薬について聞けず、脳之輔も佚世に頼めと言って教えてくれなかったので本で我慢。


 まずは効能や持続時間、投与方法等を暗記する。

 薬なんて脳之輔に対応する種類を教えられていただけだから、全然分からない。



 苦手分野かもなぁと思いながら、ページをめくっているとドアにノックが鳴った。


 患者じゃないなぁと思いながら扉を開ける。



「はい」
「え子供っ……!?」
「よー」


 青年と、その隣からは恋弥れんやが顔を出した。


「……何の用? 佚世さんはいないよ」
「えいないの? ざんねーん……」
「なんで呼び付けといていねぇんだよ」
「忙しいんだよきっと。スイハにもピステルにも政府にもイノンダイにも人脈持ってる人だもの」


 とほほと凹む十六、十七ほどの青年を慰める恋弥を見下ろしていると、脳之輔がやってきた。


「おやフルグ君に恋弥れんや君。珍しいねぇ」
「先輩に遊びにおいでって誘われてきたんです。お土産と菓子折りも買ってきたんですよ!」
「あら、とりあえず上がったら? 今日休診なんだよ」
「そうなんですか?」
「謎に繁忙期だからねぇ。あの子いないと手が回らないと思って。下手に開けて死体量産されても困るし」


 睦は本を片付けると、人数分のお茶を用意した。



 フルグと呼ばれた中々いい顔の爽やかな青年はにこにこと笑って、脳之輔に佚世に誘われた時のことから今日来る時に一班の人たちを引きずっていたことから、賑やかな日常を楽しそうに話す。


 脳之輔はそれをにこにこ聞いているが、恋弥れんやは暇なのでHgホログラムを開いた。




 そのうち睦が三人のお茶とフルグからの手土産を持ってきて、それを出し終わると本を持ってキッチンに戻って行った。




「あれっ!? 睦君もしかして人とか苦手ですか?」
「苦手じゃないと思うよ。患者とも出先で声かけてきた人ともすぐ話すし、人見知りもないし」
「……俺声うるさかった?」
「別に。アイツ佚世の方がうるせぇだろ」
「もーそんなこと言って。パーティーで飛び蹴りしたんでしょ? 反抗期だよ?」
「邪魔なら退けんのが普通だろ」
「蹴らないの!」
「先生キッチン入りますね」
「うん」


 恋弥はキッチンに入ると、本を読んでいる睦を見下ろした。


「よう」
「何の用?」
「暇潰し。日常の話とか興味ねぇし」
「あいにく面白い話は持ち合わせてない」
「可愛くねぇなー。何の本?」
「薬。先生に買ってもらった本」
「お前あれすげぇな。パーティーの時も一人で全部やってたろ」
「仕事だよ。単独任務? とかあるでしょ」
「俺はまだほとんどねぇ」


 恋弥は表紙を押し上げて、それを確認する。

 何の本かも分からないような表紙。


「内容分かるん?」
「おおよそ」



 恋弥は隣に座ると、それを覗き込んだ。

 薬の名前が書かれて、薬効とか、似た薬とか、副作用とか禁忌とか。よく分かんねぇ。



「……すげぇな」
「そんな大層なことじゃない。銃の種類か薬の種類かって話」
「俺銃には詳しいぜ」
「知ってる」
「……佚世か」
「恋弥の話はあんまり聞いたことないけど。手のマメとか爪が切られてるの見たらそうなんだろうなって」
「探偵かよ」
「気にしてれば誰でも分かるよ」



 恋弥は睦に本の説明をしてもらって、睦は恋弥から、その症状はどういう場合に出るのかを聞く。

 恋弥は現場で、睦は事後処理をお互い教える。






 そのうち睦があくびをして、恋弥は時間を確認した。


「まだ昼だぞ」
「……はぁ。この前までこの時間まで寝てたんだよ。熱出てたから」
「熱? 薬飲めよ」
「天使の熱は解熱されないよ」
「……お前天使かッ!?」
「いまさら~」


 びっくりした恋弥は酷く冷静な睦に驚いて、睦は平然とページをめくる。


「……天使って案外どこにでもいるもんだな……?」
「感覚バグってるよ。世界に十人いないからね」
「やべぇやべぇ。天使なら仕方ねぇな、大丈夫かよ」
「もう治ったよ」
「悪化したと同義じゃねぇか?」
「上手いこと言うねー」
「うるせぇな」


 びっくりして手を突いた恋弥がその手を払ったのを見て、睦は立ち上がった。


「これ持ってて。椅子持ってくる」
「悪いな」
「いいよ別に。お客様だし」
「はー腹立つな?」



 ペラペラとページをめくり、さっきの睦の説明でなんとなく分かるようになってきたそれを解読する。



 んな細かい薬、うちの医務担当は知らねぇだろうな。傷口に消毒液吹きかけて、薬なんて塗らずにガーゼだ。
 縫う基準は骨か内臓が見えてから、止血は圧迫のみ。
 ちぎれた指や腕をくっ付ける技術も、切れた神経を繋げる技術も、創傷はともかく、熱傷の対応も分からないようなやぶの鏡。


 そのツケが、『元医務室長が拾ってきた子』である恋弥に回ってくる。医学なんてねぇってのに、縫えだとか薬だとか手当てしろとか、知るか。
 確かに佚世から死なないための応急処置は学んだが、せいぜい止血と消毒、火傷の応急処置だけ。

 全部、任務に出たら当たり前に身に付く知識だ。




 ボスは今は、佚世よりも佚世の技術が欲しいんだろうな。
 佚世という存在に固執しているだけで、いらないでしょと言われれば反論はしてこないと思う。


 睦だけでも、その代わりは十分果たせるだろうな。




「お待たせ」
「おー。お前をトワイライトに勧誘しようか揺れてるとこ」
「どストレート。俺より先生に言って」
「ここが家みたいなもんだろ?」
「そうだけど。……あんまり言うと怒られるから言わない」


 睦は椅子を二脚並べると、キッチンの作業スペースを机にまた本を広げた。




「……先生は楽しく過ごせたらいいんだよ。佚世さんがいれば廃教会は回るし、そこらで適当に拾った助手はいてもいなくても変わんないと思う」
「へぇ。案外薄情なん?」
「知らない。天使は死なないし、そこまで心配もしてないでしょ」



 睦はこの話はおしまいだと言うと、また本の話を始めた。







 そのうち二人で黙って一冊の本を読み、あっという間に読み終わる。



「薬も分かれば面白いなぁ。全然興味なかったけど今度読んでみっかな」
「普段から本読むの?」
「暇潰しでな。もっぱら物語だけど」
「……本とかあんまり読んだことないや。文字もカルテで覚えたし」
「病院育ちすぎるだろ……」
「生後半年で物心付いてたんだよ。意思疎通できるから泣かないし寝付きに絵本とかもないし」
「うちの天使は人間のレベルだぞー」
「人の血が濃いんじゃない?」
「お前らも一応は人間だろうが……」


 少し間を開けて、それもそうかと納得する睦に呆れた。


 睦は台に腕を組んで、姿勢を崩す。


「まぁ成長なんて個人差あるし。将来決まってる天使ならゆっくり生きてても大丈夫だよ」
「お前は夢とかねぇの?」
「ないね。一生どっかで医者やってると思う」
「医者が好きか」
「まぁまぁ」




 数言喋って、満足そうにした睦はそのまま寝落ちてしまい、恋弥は少々呆れながら上着を脱いだ。

 病み上がりだってのに、天使だとしても何も被らず寝るな。




 睦に上着をかけると、恋弥は薬の本をまた開いた。

 なかなか、辞書や図鑑というのも面白い。














 夜、佚世が教会に帰ってきた。
 脳之輔は手を振って、フルグは佚世に飛び付く。



「先輩久しぶりです~! 遊びに来ましたよぅ。相変わらずかっこいい背たかーい」
「フルグも身長伸びたね。仕事全うしてるようで安心」
「先輩の後任ですから! 下手なことできませんよぅ」


 得意気に笑うフルグはハッとして佚世から離れると、任務先で買ってきたお土産を佚世に渡した。


「皆が美味しい美味しいって言うから先輩たちのも買ってきたんです。この前のパーティーに参加できなかったのこの任務に行ってて。先輩の正装見たかったけど恋弥に話聞けたので我慢します」
「嫌がらせだろうねぇ。お土産ありがとう」
「殴ったのは後悔してませんよ」
「あんまり意味なかったけどね。先生、睦君は?」
「元気になったよ。キッチンで恋弥君と話してる」


 佚世は外套マントをフルグの椅子にかけると、キッチンの扉を開けた。


 脳之輔とフルグも後ろから覗き、おぉと感心する。天使の寝顔が並んでるや。




 三人で声を潜めて、足音を殺して、Hgホログラムで写真を撮った。



 佚世はふっと、悪い笑顔を浮かべてからキッチンを出ていき、フルグは恋弥の肩を揺すった。

 睦に上着をかけて、ちょっと寒そう。



「恋弥起きて。おーきーて」
「起きてるよ」
「あら」
「睦起きろ」
「……佚世さんこそ美男美女に目なさそうな性格してますね」
「何言ってんだよ。アイツは昔から自分の顔が好きだから」
「いい顔なら好きにもなるでしょ。ほら立てる?」


 椅子から降りると同時にフルグの足を踏んだ恋弥は睦の肩から上着を取り、それを腕にかけた。


 あくびをしている間にフルグがのたうち回って、睦が立ち上がり、髪を払う。


「変な体勢で寝てたせいで体バキバキだ……」
「動きなよ子供」
「夢遊病って知ってるか? 病気なんだぜ」
「うち精神科じゃないんだよね」
「ここ何科でもねぇだろ」
「それ以外の医者はだいたいいる」


 寝すぎなのか寝なさすぎなのか、睦はまたあくびをしながら椅子を持ってキッチンから出た。



 佚世が洗面所から戻ってきて、睦に飛び付く。


「睦君元気になったねぇ」
「おかげさまで。特効薬は先生のお粥なので」
「私なんにもしてないけどねぇ」


 佚世が睦の頭を撫でていると、フルグが佚世の背中に乗っかって、おんぶのような状態になった。


「おぉたかーい」
「首……」
「睦君どの角度からでもイケメン。いいなぁイケメン」
「フルグさんは佚世さんとは違った系統の顔立ちですね。老若男女から好かれそうな」
「普通ってことかな?」
「爽やかってことです」
「褒め上手!」


 佚世はフルグを降ろすと、二人を並ばせた。


 うん、二人は同じ系統。ただ性格が顕著に顔に出ている。


「睦君調子悪そうだねぇ」
「眠いです」
「病み上がりだもの。不調が戻るにはもうちょっとかかるよ。まだゆっくりしときなさい」
「ほら行くよ~」



 佚世は睦の背を押すと二階に上がっていき、それを見送ったフルグはふと周囲を見回した。


「……あれ恋弥!?」
「眠いって先帰ったよ」
「ねッ、もーッ!?」
「また遊びにおいで」
「お邪魔しました!」


 フルグは涙目で恋弥を追いかけ、廃教会を出ていった。
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