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一章
12.カジノ⑵
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西商がオーナーを務めるカジノ、西易カジノ。
政府に認められた数少ないカジノの一つであり、大陸最大級の表カジノである。
朝七時に現地集合でやってきた子供達はピンバッジを貰い、偽通貨千円分を持って各自散開した。
大人達は金で遊ぶもよし、偽通貨で安全に遊ぶもよし、子供達に振り回されるもよし。
何も決まり事もなく、自由な一日だ。
「天都様……!」
「西商さん、お久しぶりです。お招きありがとうございます」
「尋湖様も、こちらこそ、来て頂いてありがとうございます! ひ、久しぶりで、緊張してしまいます。こんなに緊張したのはいつぶりでしょうか、緊張に緊張してしまいます」
「今日はめいっぱい、楽しませていただきます」
「はい……!」
朝の七時。
閉じることなく常に開いているカジノとはいえ、本番は夜だ。こんな朝方に来る人間の方が少ない。
だからこそ、この時間に呼ばれたのだろうが。
見回す限りではほとんど人はおらず、子供達は順番待ち無しで自由に遊べている。
憂跳に用があるらしい西商は尋湖と共に憂跳の方へ行ったので、天都は飲食テーブルに並んで座る皆の元へ行った。
まだ成人していないけれど、もうカジノのベテランの子達。
「皆はやらないの?」
「子供達から金を取ってしまいそうで」
「良心の呵責が」
「あはは」
スーツを着て、仕事の合間合間に時間を見ては来ている子達。
闇組織に属する裏世界の子供達。
「全部集めてお菓子とゲームにしてから配ったら? 楽しいし子供達も喜ぶよ」
「天都様黒いのが出てます」
「冗談だよ」
まぁイカサマなんかしなくても、慣れれば勝つゲームも多い。
天都も遊びに行けないし、話し相手になってもらおう。
周囲に客がいないのをいいことに、遊びながらこの卓で賭けをして遊び始める。
一応未成年混じりなので、偽通貨で。
「三」
「……吊り!」
「ざんねーん」
これで四回連続騙し取った天都に皆が怒って苛立って悔しがっていると、子供達が駆け寄ってきた。
「天都!」
「どうしたの皆」
「あまのみや、協力して! 全然勝てないの!」
「何してたの?」
「嘘吊り!」
「あぁ、ちょうどいいよ。……皆、この子達とペアになって見てあげたら? お兄ちゃん達皆強いよ」
「ほ、ほんと?」
「皆達人だからね」
「よし! 兄ちゃん達が勝たせてやる!」
「お菓子いっぱい貰おうな!」
「ゲーム欲しいの!」
「ゲームも貰おう! ジュースも貰おう! 全部貰ったらいっぱい幸せだ!」
天都は奪った賭け金を皆に返すと、皆はまだ小学生の子達を数人ずつ連れてゲームをしに行った。
「天都!」
「憂跳君、元気だね」
何かを手に持った憂跳はこちらを向いた天都の膝に飛び乗って、天都は憂跳が落ちないように支えた。
「西商さんがくれました! いつもより少し少ないけど、何かの足しにでもって」
「わ、よかったねぇ」
「はい! 流石です天都」
「ありがとう。……憂跳君は遊びに行かないの?」
「……俺、お菓子あんまり食べたことないから、何がいいのか分からなくて」
「あぁそっか、いつも手作りばっかりだもんね」
こくっと頷いた憂跳の頭を撫でると、樹喝を呼んだ。
今日は神殿に天都がいなくて来る信徒も少ないので、病院を部下に任せて一緒に来たのだ。
「憂跳君と一緒に行ってお菓子とかジュースとか教えてあげてください。あんまり食べたことないので」
「あ、それは人生損してるね!? よし行こう!」
「樹喝さん強いですか?」
「天都とやっても勝てるよ?」
憂跳はぱっと笑うと、部下の高牙に荷物を渡して樹喝と一緒に走って行った。
交代で、祭雅が隣に座る。
既になんか食ってるし。
「食べます?」
「お菓子食べればいいのに……」
「朝飯食べそびれたので。美味しいですよ」
唐揚げとポテトを食べている祭雅に小さく呆れながら、天都は体をテーブルに向けると壁際に突っ立っていた尋湖を呼んだ。
「向かい座って」
「はい」
「嘘吊りのやり方は覚えてる?」
「はい」
「勝ってね」
「はい」
偽通貨を一万円分机に積むと、天都は自分だけカードを持ち、数字を言いながらカードを伏せて机に置いた。
「白」
「祭雅さんは?」
「吊り」
「吊りでした」
通貨を一枚取り、傍に置く。
「十二」
「白」
「白」
「正解」
尋湖は通貨を一枚取り、手元に置く。
「二」
「白」
「白」
「正解」
また、尋湖は通貨を一枚手元に置く。
「五」
「吊り」
「白」
「残念。ちゃんと見て」
「はい」
天都は通貨を一枚取ると、またカードをめくった。
最後の一枚も尋湖が取って、手元のカードが無くなる。
後半から出来てきた尋湖は四十九枚、天都は五十一枚。
参加していないのにも関わらず言わされていた祭雅は間違い無し。
「祭雅さんすごい。流石です」
「俺ですから」
「もう一回やろうか。勝ってね」
「はい」
尋湖が連続で勝てるようになった頃、昼も少しすぎた頃。
午後になると客が少しずつ増えて、天都は周囲を見回した。
つられて祭雅も周囲を確認する。
「……人も多くなってきましたし帰りましょうか。尋湖、皆集めて車に」
「分かりました」
祭雅は天都と共に一足先に車に戻って行ったので、尋湖は周囲を見回して、近くにいる武戮から声をかけに行った。
「あ」
「ん?」
「前……」
恋弥は目を丸くし、固まった恋弥に皆も首を傾げる。
「どうしたのさ」
「あ、いや、前本屋にいた奴がいたから」
「へー、よく覚えてんね」
「雨の中外套のフードも被らず歩いてったから、変わってんなぁと思って。しかに迎えに来てもらった日の」
「あー」
「あの装束正統聖じゃん」
一班と話していた恋弥は目を丸くするとおもむろにそちらに歩き出そうとしたが、氷海獺が背中を鷲掴みにして阻止する。
「陽泰いねぇんだから暴走すんな」
「陽泰いたら手付けられないよ。あの本屋、神殿近かったもんね」
「……恋弥って正統聖怪しむ割には乗り込まねぇよなぁ。誰でも入れるんだろ?」
団達気の言葉に二人はうんうんと頷いて、恋弥を見下ろすと、恋弥は不機嫌そうに顔を逸らした。
「……やめだ、萎えた。帰んぞ」
「は!?」
「おい!」
「暴れ馬め……!」
車に行くと、正統聖の装束が見えた。
アイツは分かる。
オークションの時、天都と呼ばれていた奴。
ひのに手を掴まれた恋弥は当たり前のようにそれをすり抜けると、そちらに歩いた。
背を向けた天都はフードを押さえ、その背中合わせに武戮が立った。
「退け、そいつに用がある」
「申し訳ありませんが、信徒以外に顔を晒すことを嫌がられますので」
「トワイライトにだろ。最後の天使」
伸びてきた恋弥の手を逸らした武戮は申し訳ありませんと謝ると、車の扉を開けて天都を中に入れた。
「天都! 見て見て見てお菓子貰いました! 樹喝さんのおすすめ!」
「美味しいですよ。天都も是非」
天都は膝にも飛び乗ってきた憂跳を抱き締めると、頭を撫でながら樹喝に市販のお菓子のクッキーも貰った。
運転席に祭雅が乗ってから少しして、尋湖が駆け足で戻ってくる。
「すみません」
「おかえり~。……では、失礼します」
幹部が乗った車は出発し、恋弥はひのに引きずり戻された。
正統聖に乗り込まないって、それはそうだ。
かつて廃教会として名を馳せた睦はそこが嫌だったからいなくなったわけで、それを作り出したのは紛れもない恋弥本人である。
睦をトワイライトに入れてやりたいと言ったのも、ボスに頼んだのも、招いたのも恋弥である。
そして、睦のトワイライトでの在り方を否定したのも恋弥本人である。
「おかえりなさい」
ソファに座って本を読んでいた陽泰はいつにも増して静かな恋弥に首を傾げる。
たまに今日は静かだなという時はあるが、その雰囲気とも違う。
「……ただいま」
「おかえりなさい」
日が暮れて、日を超えてから眠った陽泰の頭を撫でると、恋弥はまた出かけた。
部下に送らせ車を降りると、見張りが閂を開けた。
「お待ちしておりました。皆様お揃いです」
雨々驟に案内され、裏庭の東屋に向かう。
「来た来た」
「遅いよ」
「お待たせしました」
東屋の屋根の下、机を囲むソファの一席に座り、雨々驟にコーヒーを貰った。
それを一口飲んで、息をつく。
「正統聖を見ました」
「ほう?」
「天都と、おそらく幹部達」
「先日のオークション以外の方ですか?」
「それも二人。天都含め六人ほど」
真夜中の茶会、集うのはスイハ、ピステル、恋弥に小雨。
「それで?」
「一人、元ピステルでした」
社長は目を丸くし、皆が社長を見る。
「誰!?」
「樹喝」
「たッ……」
宗教に入るなんて、心当たりが無いわけじゃない。
「元医務室長じゃないの?」
「うん……」
「裁判の方では?」
帝翔の言葉に、社長は小さく頷いた。
律は目を丸くし、隣に座る帝翔を見る。
「誰?」
「お前ピステルだろ……!?」
「……元医務室長でしょ? 俺強いもん、医務室なんか行かないし?」
「幹部ッ!」
「俺の管轄じゃないのー!」
拗ねた律はむすっと不機嫌な顔をして、呆れた帝翔はもたれてきた律の頭を撫で。
「恨まれてそうだねぇ」
「……他は知っている方は?」
「さぁ。天都に盲目一人と元医務室長と、売られたの二人と、あと紫髪の奴。前本屋で見たけど。たぶんオークションの時に出てた奴です」
「遭遇率高いね?」
「何故でしょうね」
恋弥の暗く凪いだ目に管理人と社長は驚いて、少し、恐怖心に襲われ。
沈黙が走って、その間に帝翔は拗ねる律を落ち着かせながら。
「やはり天都の正体は調べたいですね。無関係とは思えませんし」
「政府が解放してくれたらこの苦労も無くなるんだよ」
「理由がありますから」
「トワイライトは動いてないの?」
あからさまに話を逸らした管理人に話を振られた恋弥は、少し視線を落とした。
「ボスと睦は仲が良かったので」
「あの二人もなかなか異色だったよねぇ」
「天才と天才は気が合うんでしょう。……睦は唯一、ボスに心の内を話していたらしいですから。ボスは睦を探す気は無いみたいです。だから俺は一人でここにいます」
「陽泰君とか、一班は? 幹部達も睦君を慕ってたでしょ?」
「所詮は三ヶ月いた平社員ですから」
足を組んで俯く恋弥を皆が心配して、皆が恋弥を気にかけるので律はますます機嫌が悪くなって。
「その三ヶ月の平になんでお前は固執するわけ?」
「約束したので」
「あっそ。相手はどうせ覚えてないよ」
「覚えてますよ」
「天使だって忘れるものは忘れるよ」
「覚えています」
あの日、あの時、睦は頷いたから。
大粒の涙を流しながら、皆に囲まれながら、陽泰に手を握られながら、頷いたから。
睦は覚えている。
皆と過した一分一秒を忘れず、父と過した過去も師に教えてもらった話も、全てを覚えている。
だから恨むのだ。
約束したのにと。
藻掻いていたのにと。
助けに来なかった恋弥を、愚兄を、出来損ないを恨んでいるのだ。
政府に認められた数少ないカジノの一つであり、大陸最大級の表カジノである。
朝七時に現地集合でやってきた子供達はピンバッジを貰い、偽通貨千円分を持って各自散開した。
大人達は金で遊ぶもよし、偽通貨で安全に遊ぶもよし、子供達に振り回されるもよし。
何も決まり事もなく、自由な一日だ。
「天都様……!」
「西商さん、お久しぶりです。お招きありがとうございます」
「尋湖様も、こちらこそ、来て頂いてありがとうございます! ひ、久しぶりで、緊張してしまいます。こんなに緊張したのはいつぶりでしょうか、緊張に緊張してしまいます」
「今日はめいっぱい、楽しませていただきます」
「はい……!」
朝の七時。
閉じることなく常に開いているカジノとはいえ、本番は夜だ。こんな朝方に来る人間の方が少ない。
だからこそ、この時間に呼ばれたのだろうが。
見回す限りではほとんど人はおらず、子供達は順番待ち無しで自由に遊べている。
憂跳に用があるらしい西商は尋湖と共に憂跳の方へ行ったので、天都は飲食テーブルに並んで座る皆の元へ行った。
まだ成人していないけれど、もうカジノのベテランの子達。
「皆はやらないの?」
「子供達から金を取ってしまいそうで」
「良心の呵責が」
「あはは」
スーツを着て、仕事の合間合間に時間を見ては来ている子達。
闇組織に属する裏世界の子供達。
「全部集めてお菓子とゲームにしてから配ったら? 楽しいし子供達も喜ぶよ」
「天都様黒いのが出てます」
「冗談だよ」
まぁイカサマなんかしなくても、慣れれば勝つゲームも多い。
天都も遊びに行けないし、話し相手になってもらおう。
周囲に客がいないのをいいことに、遊びながらこの卓で賭けをして遊び始める。
一応未成年混じりなので、偽通貨で。
「三」
「……吊り!」
「ざんねーん」
これで四回連続騙し取った天都に皆が怒って苛立って悔しがっていると、子供達が駆け寄ってきた。
「天都!」
「どうしたの皆」
「あまのみや、協力して! 全然勝てないの!」
「何してたの?」
「嘘吊り!」
「あぁ、ちょうどいいよ。……皆、この子達とペアになって見てあげたら? お兄ちゃん達皆強いよ」
「ほ、ほんと?」
「皆達人だからね」
「よし! 兄ちゃん達が勝たせてやる!」
「お菓子いっぱい貰おうな!」
「ゲーム欲しいの!」
「ゲームも貰おう! ジュースも貰おう! 全部貰ったらいっぱい幸せだ!」
天都は奪った賭け金を皆に返すと、皆はまだ小学生の子達を数人ずつ連れてゲームをしに行った。
「天都!」
「憂跳君、元気だね」
何かを手に持った憂跳はこちらを向いた天都の膝に飛び乗って、天都は憂跳が落ちないように支えた。
「西商さんがくれました! いつもより少し少ないけど、何かの足しにでもって」
「わ、よかったねぇ」
「はい! 流石です天都」
「ありがとう。……憂跳君は遊びに行かないの?」
「……俺、お菓子あんまり食べたことないから、何がいいのか分からなくて」
「あぁそっか、いつも手作りばっかりだもんね」
こくっと頷いた憂跳の頭を撫でると、樹喝を呼んだ。
今日は神殿に天都がいなくて来る信徒も少ないので、病院を部下に任せて一緒に来たのだ。
「憂跳君と一緒に行ってお菓子とかジュースとか教えてあげてください。あんまり食べたことないので」
「あ、それは人生損してるね!? よし行こう!」
「樹喝さん強いですか?」
「天都とやっても勝てるよ?」
憂跳はぱっと笑うと、部下の高牙に荷物を渡して樹喝と一緒に走って行った。
交代で、祭雅が隣に座る。
既になんか食ってるし。
「食べます?」
「お菓子食べればいいのに……」
「朝飯食べそびれたので。美味しいですよ」
唐揚げとポテトを食べている祭雅に小さく呆れながら、天都は体をテーブルに向けると壁際に突っ立っていた尋湖を呼んだ。
「向かい座って」
「はい」
「嘘吊りのやり方は覚えてる?」
「はい」
「勝ってね」
「はい」
偽通貨を一万円分机に積むと、天都は自分だけカードを持ち、数字を言いながらカードを伏せて机に置いた。
「白」
「祭雅さんは?」
「吊り」
「吊りでした」
通貨を一枚取り、傍に置く。
「十二」
「白」
「白」
「正解」
尋湖は通貨を一枚取り、手元に置く。
「二」
「白」
「白」
「正解」
また、尋湖は通貨を一枚手元に置く。
「五」
「吊り」
「白」
「残念。ちゃんと見て」
「はい」
天都は通貨を一枚取ると、またカードをめくった。
最後の一枚も尋湖が取って、手元のカードが無くなる。
後半から出来てきた尋湖は四十九枚、天都は五十一枚。
参加していないのにも関わらず言わされていた祭雅は間違い無し。
「祭雅さんすごい。流石です」
「俺ですから」
「もう一回やろうか。勝ってね」
「はい」
尋湖が連続で勝てるようになった頃、昼も少しすぎた頃。
午後になると客が少しずつ増えて、天都は周囲を見回した。
つられて祭雅も周囲を確認する。
「……人も多くなってきましたし帰りましょうか。尋湖、皆集めて車に」
「分かりました」
祭雅は天都と共に一足先に車に戻って行ったので、尋湖は周囲を見回して、近くにいる武戮から声をかけに行った。
「あ」
「ん?」
「前……」
恋弥は目を丸くし、固まった恋弥に皆も首を傾げる。
「どうしたのさ」
「あ、いや、前本屋にいた奴がいたから」
「へー、よく覚えてんね」
「雨の中外套のフードも被らず歩いてったから、変わってんなぁと思って。しかに迎えに来てもらった日の」
「あー」
「あの装束正統聖じゃん」
一班と話していた恋弥は目を丸くするとおもむろにそちらに歩き出そうとしたが、氷海獺が背中を鷲掴みにして阻止する。
「陽泰いねぇんだから暴走すんな」
「陽泰いたら手付けられないよ。あの本屋、神殿近かったもんね」
「……恋弥って正統聖怪しむ割には乗り込まねぇよなぁ。誰でも入れるんだろ?」
団達気の言葉に二人はうんうんと頷いて、恋弥を見下ろすと、恋弥は不機嫌そうに顔を逸らした。
「……やめだ、萎えた。帰んぞ」
「は!?」
「おい!」
「暴れ馬め……!」
車に行くと、正統聖の装束が見えた。
アイツは分かる。
オークションの時、天都と呼ばれていた奴。
ひのに手を掴まれた恋弥は当たり前のようにそれをすり抜けると、そちらに歩いた。
背を向けた天都はフードを押さえ、その背中合わせに武戮が立った。
「退け、そいつに用がある」
「申し訳ありませんが、信徒以外に顔を晒すことを嫌がられますので」
「トワイライトにだろ。最後の天使」
伸びてきた恋弥の手を逸らした武戮は申し訳ありませんと謝ると、車の扉を開けて天都を中に入れた。
「天都! 見て見て見てお菓子貰いました! 樹喝さんのおすすめ!」
「美味しいですよ。天都も是非」
天都は膝にも飛び乗ってきた憂跳を抱き締めると、頭を撫でながら樹喝に市販のお菓子のクッキーも貰った。
運転席に祭雅が乗ってから少しして、尋湖が駆け足で戻ってくる。
「すみません」
「おかえり~。……では、失礼します」
幹部が乗った車は出発し、恋弥はひのに引きずり戻された。
正統聖に乗り込まないって、それはそうだ。
かつて廃教会として名を馳せた睦はそこが嫌だったからいなくなったわけで、それを作り出したのは紛れもない恋弥本人である。
睦をトワイライトに入れてやりたいと言ったのも、ボスに頼んだのも、招いたのも恋弥である。
そして、睦のトワイライトでの在り方を否定したのも恋弥本人である。
「おかえりなさい」
ソファに座って本を読んでいた陽泰はいつにも増して静かな恋弥に首を傾げる。
たまに今日は静かだなという時はあるが、その雰囲気とも違う。
「……ただいま」
「おかえりなさい」
日が暮れて、日を超えてから眠った陽泰の頭を撫でると、恋弥はまた出かけた。
部下に送らせ車を降りると、見張りが閂を開けた。
「お待ちしておりました。皆様お揃いです」
雨々驟に案内され、裏庭の東屋に向かう。
「来た来た」
「遅いよ」
「お待たせしました」
東屋の屋根の下、机を囲むソファの一席に座り、雨々驟にコーヒーを貰った。
それを一口飲んで、息をつく。
「正統聖を見ました」
「ほう?」
「天都と、おそらく幹部達」
「先日のオークション以外の方ですか?」
「それも二人。天都含め六人ほど」
真夜中の茶会、集うのはスイハ、ピステル、恋弥に小雨。
「それで?」
「一人、元ピステルでした」
社長は目を丸くし、皆が社長を見る。
「誰!?」
「樹喝」
「たッ……」
宗教に入るなんて、心当たりが無いわけじゃない。
「元医務室長じゃないの?」
「うん……」
「裁判の方では?」
帝翔の言葉に、社長は小さく頷いた。
律は目を丸くし、隣に座る帝翔を見る。
「誰?」
「お前ピステルだろ……!?」
「……元医務室長でしょ? 俺強いもん、医務室なんか行かないし?」
「幹部ッ!」
「俺の管轄じゃないのー!」
拗ねた律はむすっと不機嫌な顔をして、呆れた帝翔はもたれてきた律の頭を撫で。
「恨まれてそうだねぇ」
「……他は知っている方は?」
「さぁ。天都に盲目一人と元医務室長と、売られたの二人と、あと紫髪の奴。前本屋で見たけど。たぶんオークションの時に出てた奴です」
「遭遇率高いね?」
「何故でしょうね」
恋弥の暗く凪いだ目に管理人と社長は驚いて、少し、恐怖心に襲われ。
沈黙が走って、その間に帝翔は拗ねる律を落ち着かせながら。
「やはり天都の正体は調べたいですね。無関係とは思えませんし」
「政府が解放してくれたらこの苦労も無くなるんだよ」
「理由がありますから」
「トワイライトは動いてないの?」
あからさまに話を逸らした管理人に話を振られた恋弥は、少し視線を落とした。
「ボスと睦は仲が良かったので」
「あの二人もなかなか異色だったよねぇ」
「天才と天才は気が合うんでしょう。……睦は唯一、ボスに心の内を話していたらしいですから。ボスは睦を探す気は無いみたいです。だから俺は一人でここにいます」
「陽泰君とか、一班は? 幹部達も睦君を慕ってたでしょ?」
「所詮は三ヶ月いた平社員ですから」
足を組んで俯く恋弥を皆が心配して、皆が恋弥を気にかけるので律はますます機嫌が悪くなって。
「その三ヶ月の平になんでお前は固執するわけ?」
「約束したので」
「あっそ。相手はどうせ覚えてないよ」
「覚えてますよ」
「天使だって忘れるものは忘れるよ」
「覚えています」
あの日、あの時、睦は頷いたから。
大粒の涙を流しながら、皆に囲まれながら、陽泰に手を握られながら、頷いたから。
睦は覚えている。
皆と過した一分一秒を忘れず、父と過した過去も師に教えてもらった話も、全てを覚えている。
だから恨むのだ。
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