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暴発の脈動
集会所の日常・4
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不意に耳に入った名前に反応し、コーは目を上げた。宿屋のシンシア。コーもよく知る幼馴染で、親しい友人の一人だ。宿屋という開かれた場で働いていることもあり、彼女の存在は、地域の人には良く知られている。
しかし、自治団の男達の話題になるほどとは考えていなかった。あまり良い予感がせず、耳をそばだてようとしたコーは、すぐに思い直す。その必要もないほど、連中の会話は騒々しいのだ。
「ほう、お前の耳にも届いている女か」
ボルツの返答を聞き、シャールが自慢の銀髪をかきあげながら小さく笑った。流石に飲みすぎたのだろう、その表情はかなり虚ろなものになっているが、それすら端正な顔立ちを妖しく際立てていると言えるかもしれない。
実際、シルバー・シャークという渾名を持つ彼は、その端正な容姿から多くの歓心を集めている。年もまだ若く、コーの知る限り、20代中盤。そして、その若さでありながら毎年の剣術大会でも上位に食い込むなど、注目の出世株でもあった。
「それなら、その女がどうしてもというなら会ってやってもいいな」
「もちろん、会いたがるだろう。平民の女からすれば、願ってもない話だ」
「ああ、一日だけだが、夢を見せてやるさ」
「シャール、やはりお前はひどい男だ」
「お前ほどじゃないぞ、ボルツ」
そう言ったシャールは、乾いた笑いを上げる。ボルツは、わざとらしく目をくるくると回した後、ニヤリと笑って応えた。
コーにも状況が読めてきた。自治団の誰か、恐らくシャールがシンシアを誘おうとしているのだ。これは、大変なことになった。シンシアがこの誘いに乗るとは到底思えないが、だからこそ、だ。
独立記念日の目玉行事の一つである自治団パレードでは、自治団員が各々のパートナーを伴って行進するのが通例となっている。そして、その派手な行進の後は、自治団本部で開かれる豪華絢爛な催しに参加する。
容姿の整った異性を連れていることは非常に重要だ。それが、その自治団員が持つ力の指標とされるからだ。だからこそ、この時期に一部の自治団員は、少しでも容姿の良い異性を側に置こうと躍起になる。
そして、大抵の場合、誘われる側も夢の体験旅行の感覚で喜んで受け入れる。誘う側、誘われる側それぞれにメリットがあり、両者が満足しているのなら、特に問題ないのかもしれない。ただ、コーは、この慣習はあまり好みではなかった。
独立、自由、平等を勝ちとった記念に始まったはずの祭りが、今や権力を誇示し、富を見せつける場所になっているのだ。独立記念日は、年々豪華さを増している。コーには、そのことがひどく矛盾したものに感じられた。
ただ、のんびり過ごして、自由に感謝するだけでいいのに。コーは常々そう思っていた。手作りのお弁当と、熱いコーヒー、そしてどこまでも広がる緑。
そんなところで過ごした方が、自分たちの今のありがたみが分かるのではないか。少なくとも、派手な衣装に身を包んで、豪華な食事を貪るよりずっといい。
しかし、ベスルベルクの国民の中で、自分が少数派であるという事も分かっていた。国民の多くは、どこまでも続くかのような栄光の日々に酔い、その中で生きることを望んでいる。
だから、今の独立記念日の在り方が国民から批判されることは、殆どない。現状に満たされない者がいるとしても、こちら側からあちら側に行こうとするだけだ。
幸いなことに、行動の自由は保障されている。伸るか反るかは自分次第という分かりやすい掟が、この国の根幹だ。それは悪いことではない。ないが・・・。コーがそんな想いに捉われかけた時、コーの意識を現実に引き戻す呟きが聴こえた。
「俺たちの時代、か」
コーは思わず、声の主へ目線を向けた。ボルツだ。目の前には空になった大量のジョッキが転がっているが、大男の表情は全く変化していない。ボルツは、相当な酒豪なのだ。この男が来ると、コーの仕事が2倍になる。コーは密かにそう思っていた。
「いや、より正確に言うなら、ゴルドー様の時代だ」
そう言ったのは、シャール。こちらは明らかに酔った様子で、その目はあまり焦点が合っていない。しかし、気怠そうな仕草で顔を上座の男に向け、続けた。
「ゴルドー様は、いずれコルツ団長の跡を継ぐ。そして、それを俺たちが支える。新しい時代は、そうやって作られるんだ。ゴルドー様、万歳・・・」
そう言ったシャールは、糸が切れた人形のように机に突っ伏した。酔いつぶれてしまったのだろう。コーの耳には、何かが割れる派手な音が飛び込んでくる。二つ、三つ。皿か、ジョッキか。いずれにしても、余計な仕事を増やされてしまった。
「・・・本部に戻るぞ。シャールは、介抱してやってくれ」
目を瞑ったまま黙り込んでいた金髪の男が初めて声を上げ、立ち上がった。酔った様子は、全く無い。
しかし、自治団の男達の話題になるほどとは考えていなかった。あまり良い予感がせず、耳をそばだてようとしたコーは、すぐに思い直す。その必要もないほど、連中の会話は騒々しいのだ。
「ほう、お前の耳にも届いている女か」
ボルツの返答を聞き、シャールが自慢の銀髪をかきあげながら小さく笑った。流石に飲みすぎたのだろう、その表情はかなり虚ろなものになっているが、それすら端正な顔立ちを妖しく際立てていると言えるかもしれない。
実際、シルバー・シャークという渾名を持つ彼は、その端正な容姿から多くの歓心を集めている。年もまだ若く、コーの知る限り、20代中盤。そして、その若さでありながら毎年の剣術大会でも上位に食い込むなど、注目の出世株でもあった。
「それなら、その女がどうしてもというなら会ってやってもいいな」
「もちろん、会いたがるだろう。平民の女からすれば、願ってもない話だ」
「ああ、一日だけだが、夢を見せてやるさ」
「シャール、やはりお前はひどい男だ」
「お前ほどじゃないぞ、ボルツ」
そう言ったシャールは、乾いた笑いを上げる。ボルツは、わざとらしく目をくるくると回した後、ニヤリと笑って応えた。
コーにも状況が読めてきた。自治団の誰か、恐らくシャールがシンシアを誘おうとしているのだ。これは、大変なことになった。シンシアがこの誘いに乗るとは到底思えないが、だからこそ、だ。
独立記念日の目玉行事の一つである自治団パレードでは、自治団員が各々のパートナーを伴って行進するのが通例となっている。そして、その派手な行進の後は、自治団本部で開かれる豪華絢爛な催しに参加する。
容姿の整った異性を連れていることは非常に重要だ。それが、その自治団員が持つ力の指標とされるからだ。だからこそ、この時期に一部の自治団員は、少しでも容姿の良い異性を側に置こうと躍起になる。
そして、大抵の場合、誘われる側も夢の体験旅行の感覚で喜んで受け入れる。誘う側、誘われる側それぞれにメリットがあり、両者が満足しているのなら、特に問題ないのかもしれない。ただ、コーは、この慣習はあまり好みではなかった。
独立、自由、平等を勝ちとった記念に始まったはずの祭りが、今や権力を誇示し、富を見せつける場所になっているのだ。独立記念日は、年々豪華さを増している。コーには、そのことがひどく矛盾したものに感じられた。
ただ、のんびり過ごして、自由に感謝するだけでいいのに。コーは常々そう思っていた。手作りのお弁当と、熱いコーヒー、そしてどこまでも広がる緑。
そんなところで過ごした方が、自分たちの今のありがたみが分かるのではないか。少なくとも、派手な衣装に身を包んで、豪華な食事を貪るよりずっといい。
しかし、ベスルベルクの国民の中で、自分が少数派であるという事も分かっていた。国民の多くは、どこまでも続くかのような栄光の日々に酔い、その中で生きることを望んでいる。
だから、今の独立記念日の在り方が国民から批判されることは、殆どない。現状に満たされない者がいるとしても、こちら側からあちら側に行こうとするだけだ。
幸いなことに、行動の自由は保障されている。伸るか反るかは自分次第という分かりやすい掟が、この国の根幹だ。それは悪いことではない。ないが・・・。コーがそんな想いに捉われかけた時、コーの意識を現実に引き戻す呟きが聴こえた。
「俺たちの時代、か」
コーは思わず、声の主へ目線を向けた。ボルツだ。目の前には空になった大量のジョッキが転がっているが、大男の表情は全く変化していない。ボルツは、相当な酒豪なのだ。この男が来ると、コーの仕事が2倍になる。コーは密かにそう思っていた。
「いや、より正確に言うなら、ゴルドー様の時代だ」
そう言ったのは、シャール。こちらは明らかに酔った様子で、その目はあまり焦点が合っていない。しかし、気怠そうな仕草で顔を上座の男に向け、続けた。
「ゴルドー様は、いずれコルツ団長の跡を継ぐ。そして、それを俺たちが支える。新しい時代は、そうやって作られるんだ。ゴルドー様、万歳・・・」
そう言ったシャールは、糸が切れた人形のように机に突っ伏した。酔いつぶれてしまったのだろう。コーの耳には、何かが割れる派手な音が飛び込んでくる。二つ、三つ。皿か、ジョッキか。いずれにしても、余計な仕事を増やされてしまった。
「・・・本部に戻るぞ。シャールは、介抱してやってくれ」
目を瞑ったまま黙り込んでいた金髪の男が初めて声を上げ、立ち上がった。酔った様子は、全く無い。
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