英雄の息子

全幻庵

文字の大きさ
4 / 27
暴発の脈動

集会所の日常・3

しおりを挟む
「ほう、言ってみろ」

 シャールが静かに言った。声にはヒヤリとさせる冷たさがあったが、その表情には危険な雰囲気は感じられない。どうやら今度の申し出は、それほど的外れではなかったようだ。僅かに安堵の表情を浮かべたルーカスが続ける。

「街中で、最近噂が立ち始めている娘です。なかなかの器量よしですな。名をシンシアと言いまして、宿屋の看板娘として働いています」

 上座に座る金髪の男の表情が、僅かに動いた。しかし、その口を開くことは無い。彼だけが、終始沈黙を保っている。騒がしい集団の中において明らかに不自然だが、他の男たちに戸惑った様子はない。これが、いつものことなのだろう。

 金髪の男とは対照的に、何人かの男たちからは、シンシアと言う名を聞くなり小さな声が漏れた。それなりに知名度のある娘なのかもしれない。シャールは、周りの反応からそれに気づいたようだ。少し興味を持ったようで、眉を上げて質問する。

「どんな女だ?」
「はい、今年で二十歳になる娘です。近頃、どうにも美しさを増してきたと専らの評判で、注目を集めつつあります。私も実際にこの目で確かめてきました」
「それで?」
「はい、噂に違わぬと。あえて申すなら、一昨年のヘレナにどこか似た顔立ち。背丈などはずいぶんと異なりますが、目元の雰囲気は、よく似ています」
「ほう、それはいい。あの女はなかなかに美しかった」

 シャールは、より興味を強めたようだ。ビールを片手に、ルーカスに向って手招きする。ルーカスは、待ってましたと言わんばかりに、勢いよく長机の端から立ち上がった。

 ルーカスは、長机を迂回するようにシャールの下へ速足で進み、促されるままにシャールの隣の席につく。そして、シャールに顔を近づけ、何やらヒソヒソと耳打ちをする。シャールは、何度か頷きながらその話を聴いている。

 しばらくして、シャールが両手で両膝を打つ。その表情は、明らかに満足げだ。ルーカスもそこで耳打ちを止め、隣の席に戻る。そして、ジョッキを手に取ったシャールがその中身を飲み干すのを待ってから、話しかけた。

「それでは、私が諸々の手配を進めてもよろしいですか?」
「いや待て。その女、生まれは?」
「宿の女傑、ネットの一人娘ですから、生粋のベスルベルク人です」
「よし、それならいい。噂の立ち始めた女をさっそく側に置いているとなれば、俺の株も上がるだろう。万事、お前に任せる」
「はい、お任せください。すぐに、一度お引き合わせします」
「お前も、気が利くようになったな」

 そう言われたルーカスが嬉しそうに微笑むと、シャールが右手で宙を払う様な仕草を見せた。ルーカスは直ぐに立ち上がり、シャールに一礼して、長机の下座へと戻っていく。シャールは、その後姿に一瞬目をやった後で、ボルツに話しかけた。

「お前は、シンシアとかいう女を知っているか?」

 シャールの質問と重なるように、入口の扉が小さな軋みと共に開き、人影が入ってきた。男たちの目線は、一瞬入り口に集まったが、直ぐにそこを離れる。入ってきた男が、「」だったからだ。その手には、箒が握られている。

 随分と静かだな。コーは、ぼんやりとそう思った。コーは、予想外の雰囲気に少し戸惑いながら、カウンター奥の定位置へと歩みを進める。男たちのジョッキを横目で確認するが、それほど減ってはいない。そろそろ、宴もたけなわか。

「ああ、お前は知らんのだろうが、宿屋のシンシアといえば、ベイストリクト区の紅一点と評判だぞ。俺は、直接会ったことは無いが、仕事ぶりもなかなか良いらしい。まあそうでなくてはあの宿屋では働けんがな」

 低く響くボルツの声で、ぼんやりと片付けの段取りを考えていたコーは、一気に現実に引き戻された。宿だって?少し驚いて、コーは目を上げた。だ。何故、シンシアの名前が今、ここで?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※AIイラスト使用 ※「なろう」にも重複投稿しています。

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

処理中です...