英雄の息子

全幻庵

文字の大きさ
11 / 27
暴発の脈動

集会所の日常・10

しおりを挟む
 今の自分に出来ることは何だろうか。そう考えたコーは、まずは自分の生き方を考えることから始めた。人に文句を言う前に、まずは太陽の下を堂々と歩く自分で居続けると決めたのだ。そして、この思想の根底には、アルバンの存在がある。

 アルバンが、コーに特別な教育を施したという訳ではない。コーはただ、アルバンの背中を通して、自然を愛する心、他人を尊重する心、謙虚な心などを学んできた。アルバンは、特に何かを教えようとするということは無かった。

 いや、一つだけ例外がある。アルバンは、熱心にジョークの極意を教えたがった。しかし、コーが何度か遠回しに断るうちに、最終的には残念そうに引き下がった。(ただしコーは、後日、シンシアがのを目撃している!)

 齢70を超えた今でも、ひとたび剣を抜けば敵う者はいないだろうが、それを誇示することもない。少し不真面目でお調子者な面もあるが、いつも力の抜けた穏やかな男。それが、コーが目標とするアルバンという男だった。

 もし、過去の名声を脇に置いたうえで、この国の色眼鏡でアルバンを見るとすれば、彼は落伍者に分類されるだろう。何せ、大した金もなければ、地位もない。成功者の証としての名声も失いつつある。

 だがそれでも、アルバンは変わらずご機嫌だ。周りからの目線が変わっても、アルバンは変わらない。これが、コーがアルバンを尊敬する大きな理由の一つである。

 自分の中に明確な基準を持ち、ただそれに従って生きる。他人が何を言おうと、迷惑にならない限りは意にも介さない。実際、自分への陰口が増えてきたことを、どこか楽しんでいる様な雰囲気すらある。

 アルバンのこういう姿勢を見て、当初は気に入らなかった「落ちこぼれの負け犬」という自分への評価も、消化できるようになった。まだ楽しむという域には達していないが、それは仕方が無いだろう。

 少しずつだが、成長している。コーは、そう感じていた。だから、焦ることは無い。もし、運命のような物があるのなら、それは自分から迎えに行かなくても良い。ただ、自分の信じる道を行けば、途上で思いがけず出会うはずだ。

 もし、その出会いに何かを感じることがあれば、きっとそれこそがときなのだ。コーは、そう考えている。そのときが来れば、慣れ親しんだ、この愛すべき集会所を去ることになるだろう。

 ゴーン、ゴーン・・・。

 不意に、大きな鐘の音が集会所に響いた。壁際に立てられた長方形型の大きな振り子時計が、午後6時を告げている。この集会所で唯一、旧時代の技術を用いた代物。かなりの年季物で、時折、時間がずれたり止まったりする。便利な時計ではない。

 しかしコーは、この時計の持つ雰囲気が好きだった。だから、見よう見まねで調整しながら使い続けている。この時計を調整している時、コーには時計の声が聴こえてくるような気もする。「便?」

「おっと、いけない」

 小さく呟いたコーは、時計から目を離し、椅子から立ち上がって入口の扉へと向かう。もう、集会所を閉じる時間だ。まだ、最後の片付けも残っているのだ。

 時間を忘れて考え事をするのは、良くない癖だ。コーにとって、黙り込んだまま数時間考え込むなども、たまにあることだ。コーは、この癖によって、何度か日付が変わるころまで働く羽目になったことがある。

 早足で入り口の扉へと近づき、両手で押し開ける。扉は、ひんやりと冷たい。扉が開くと、軋んだ音に導かれるかのように、心地よい夜の冷気が飛び込んできた。

 新鮮な外気に触れ、コーは、大きく深呼吸した。そして、扉の外側にぶら下げられた緑の札を外す。この札が扉から姿を消せば、それは営業終了の合図である。

 コーは、緑の札を左手に持ち、何ともなしに空を見上げた。冬の足音が聞こえ始めたベスルベルクの午後6時。日は、既にすっかりと落ちて、通りに設置されたトラビス灯が灯り、暖かな光で周辺の闇を照らしていた。

 この集会所は、ベイストリクト地区で一番の大通りに面している。大通りには多くの人々が行きかい、露天商が張り上げる大声も聞こえてくる。夜でも変わらず、大きな活気が感じられる場所だ。

 トラビス灯の足元では、手を繋いだ若い男女の姿が見える。この時期にはやや大げさに見えるコートに身を包んだ女性が空を指差し、ジャケット姿の男性も空を見上げている。どうやら、満月が近いようだ。楽し気な声も聞こえてくる。

 残る仕事は、もう一息だ。コーは、大通りの雰囲気に心を残しながらも、誰もいない集会所へと踵を返した。月だけが、その背中を見送っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※AIイラスト使用 ※「なろう」にも重複投稿しています。

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

処理中です...