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暴発の脈動
集会所の日常・10
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今の自分に出来ることは何だろうか。そう考えたコーは、まずは自分の生き方を考えることから始めた。人に文句を言う前に、まずは太陽の下を堂々と歩く自分で居続けると決めたのだ。そして、この思想の根底には、アルバンの存在がある。
アルバンが、コーに特別な教育を施したという訳ではない。コーはただ、アルバンの背中を通して、自然を愛する心、他人を尊重する心、謙虚な心などを学んできた。アルバンは、特に何かを教えようとするということは無かった。
いや、一つだけ例外がある。アルバンは、熱心にジョークの極意を教えたがった。しかし、コーが何度か遠回しに断るうちに、最終的には残念そうに引き下がった。(ただしコーは、後日、シンシアが同じ勧誘を受けていたのを目撃している!)
齢70を超えた今でも、ひとたび剣を抜けば敵う者はいないだろうが、それを誇示することもない。少し不真面目でお調子者な面もあるが、いつも力の抜けた穏やかな男。それが、コーが目標とするアルバンという男だった。
もし、過去の名声を脇に置いたうえで、この国の色眼鏡でアルバンを見るとすれば、彼は落伍者に分類されるだろう。何せ、大した金もなければ、地位もない。成功者の証としての名声も失いつつある。
だがそれでも、アルバンは変わらずご機嫌だ。周りからの目線が変わっても、アルバンは変わらない。これが、コーがアルバンを尊敬する大きな理由の一つである。
自分の中に明確な基準を持ち、ただそれに従って生きる。他人が何を言おうと、迷惑にならない限りは意にも介さない。実際、自分への陰口が増えてきたことを、どこか楽しんでいる様な雰囲気すらある。
アルバンのこういう姿勢を見て、当初は気に入らなかった「落ちこぼれの負け犬」という自分への評価も、消化できるようになった。まだ楽しむという域には達していないが、それは仕方が無いだろう。
少しずつだが、成長している。コーは、そう感じていた。だから、焦ることは無い。もし、運命のような物があるのなら、それは自分から迎えに行かなくても良い。ただ、自分の信じる道を行けば、途上で思いがけず出会うはずだ。
もし、その出会いに何かを感じることがあれば、きっとそれこそが秋なのだ。コーは、そう考えている。その秋が来れば、慣れ親しんだ、この愛すべき集会所を去ることになるだろう。
ゴーン、ゴーン・・・。
不意に、大きな鐘の音が集会所に響いた。壁際に立てられた長方形型の大きな振り子時計が、午後6時を告げている。この集会所で唯一、旧時代の技術を用いた代物。かなりの年季物で、時折、時間がずれたり止まったりする。便利な時計ではない。
しかしコーは、この時計の持つ雰囲気が好きだった。だから、見よう見まねで調整しながら使い続けている。この時計を調整している時、コーには時計の声が聴こえてくるような気もする。「のう、若いの。不便なのも、味があって良いじゃろう?」
「おっと、いけない」
小さく呟いたコーは、時計から目を離し、椅子から立ち上がって入口の扉へと向かう。もう、集会所を閉じる時間だ。まだ、最後の片付けも残っているのだ。
時間を忘れて考え事をするのは、良くない癖だ。コーにとって、黙り込んだまま数時間考え込むなども、たまにあることだ。コーは、この癖によって、何度か日付が変わるころまで働く羽目になったことがある。
早足で入り口の扉へと近づき、両手で押し開ける。扉は、ひんやりと冷たい。扉が開くと、軋んだ音に導かれるかのように、心地よい夜の冷気が飛び込んできた。
新鮮な外気に触れ、コーは、大きく深呼吸した。そして、扉の外側にぶら下げられた緑の札を外す。この札が扉から姿を消せば、それは営業終了の合図である。
コーは、緑の札を左手に持ち、何ともなしに空を見上げた。冬の足音が聞こえ始めたベスルベルクの午後6時。日は、既にすっかりと落ちて、通りに設置されたトラビス灯が灯り、暖かな光で周辺の闇を照らしていた。
この集会所は、ベイストリクト地区で一番の大通りに面している。大通りには多くの人々が行きかい、露天商が張り上げる大声も聞こえてくる。夜でも変わらず、大きな活気が感じられる場所だ。
トラビス灯の足元では、手を繋いだ若い男女の姿が見える。この時期にはやや大げさに見えるコートに身を包んだ女性が空を指差し、ジャケット姿の男性も空を見上げている。どうやら、満月が近いようだ。楽し気な声も聞こえてくる。
残る仕事は、もう一息だ。コーは、大通りの雰囲気に心を残しながらも、誰もいない集会所へと踵を返した。月だけが、その背中を見送っていた。
アルバンが、コーに特別な教育を施したという訳ではない。コーはただ、アルバンの背中を通して、自然を愛する心、他人を尊重する心、謙虚な心などを学んできた。アルバンは、特に何かを教えようとするということは無かった。
いや、一つだけ例外がある。アルバンは、熱心にジョークの極意を教えたがった。しかし、コーが何度か遠回しに断るうちに、最終的には残念そうに引き下がった。(ただしコーは、後日、シンシアが同じ勧誘を受けていたのを目撃している!)
齢70を超えた今でも、ひとたび剣を抜けば敵う者はいないだろうが、それを誇示することもない。少し不真面目でお調子者な面もあるが、いつも力の抜けた穏やかな男。それが、コーが目標とするアルバンという男だった。
もし、過去の名声を脇に置いたうえで、この国の色眼鏡でアルバンを見るとすれば、彼は落伍者に分類されるだろう。何せ、大した金もなければ、地位もない。成功者の証としての名声も失いつつある。
だがそれでも、アルバンは変わらずご機嫌だ。周りからの目線が変わっても、アルバンは変わらない。これが、コーがアルバンを尊敬する大きな理由の一つである。
自分の中に明確な基準を持ち、ただそれに従って生きる。他人が何を言おうと、迷惑にならない限りは意にも介さない。実際、自分への陰口が増えてきたことを、どこか楽しんでいる様な雰囲気すらある。
アルバンのこういう姿勢を見て、当初は気に入らなかった「落ちこぼれの負け犬」という自分への評価も、消化できるようになった。まだ楽しむという域には達していないが、それは仕方が無いだろう。
少しずつだが、成長している。コーは、そう感じていた。だから、焦ることは無い。もし、運命のような物があるのなら、それは自分から迎えに行かなくても良い。ただ、自分の信じる道を行けば、途上で思いがけず出会うはずだ。
もし、その出会いに何かを感じることがあれば、きっとそれこそが秋なのだ。コーは、そう考えている。その秋が来れば、慣れ親しんだ、この愛すべき集会所を去ることになるだろう。
ゴーン、ゴーン・・・。
不意に、大きな鐘の音が集会所に響いた。壁際に立てられた長方形型の大きな振り子時計が、午後6時を告げている。この集会所で唯一、旧時代の技術を用いた代物。かなりの年季物で、時折、時間がずれたり止まったりする。便利な時計ではない。
しかしコーは、この時計の持つ雰囲気が好きだった。だから、見よう見まねで調整しながら使い続けている。この時計を調整している時、コーには時計の声が聴こえてくるような気もする。「のう、若いの。不便なのも、味があって良いじゃろう?」
「おっと、いけない」
小さく呟いたコーは、時計から目を離し、椅子から立ち上がって入口の扉へと向かう。もう、集会所を閉じる時間だ。まだ、最後の片付けも残っているのだ。
時間を忘れて考え事をするのは、良くない癖だ。コーにとって、黙り込んだまま数時間考え込むなども、たまにあることだ。コーは、この癖によって、何度か日付が変わるころまで働く羽目になったことがある。
早足で入り口の扉へと近づき、両手で押し開ける。扉は、ひんやりと冷たい。扉が開くと、軋んだ音に導かれるかのように、心地よい夜の冷気が飛び込んできた。
新鮮な外気に触れ、コーは、大きく深呼吸した。そして、扉の外側にぶら下げられた緑の札を外す。この札が扉から姿を消せば、それは営業終了の合図である。
コーは、緑の札を左手に持ち、何ともなしに空を見上げた。冬の足音が聞こえ始めたベスルベルクの午後6時。日は、既にすっかりと落ちて、通りに設置されたトラビス灯が灯り、暖かな光で周辺の闇を照らしていた。
この集会所は、ベイストリクト地区で一番の大通りに面している。大通りには多くの人々が行きかい、露天商が張り上げる大声も聞こえてくる。夜でも変わらず、大きな活気が感じられる場所だ。
トラビス灯の足元では、手を繋いだ若い男女の姿が見える。この時期にはやや大げさに見えるコートに身を包んだ女性が空を指差し、ジャケット姿の男性も空を見上げている。どうやら、満月が近いようだ。楽し気な声も聞こえてくる。
残る仕事は、もう一息だ。コーは、大通りの雰囲気に心を残しながらも、誰もいない集会所へと踵を返した。月だけが、その背中を見送っていた。
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