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運命の秋
新しい日々・6
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コーは、調子の外れた歌声に苦笑いしながら、静かに窓を閉め、自室を出た。細い階段を下りていくと、小さな、しかし、愛すべき玄関がコーを待っている。玄関の住人たちの艶やかな存在感が、コーの鼻をくすぐった。
玄関脇に置かれた箱型の靴入れの上に、大小さまざまな植木鉢が置かれ、色とりどりの花たちが玄関に彩りを添えている。全て、庭いじりを愛するアルバンの趣味で置かれている物だが、コーもこの玄関が好きだった。
玄関扉の両端に張られた縦長の曇りガラスから明るい光が入り込み、花々の彩りをより鮮やかなものとしている。コーは小さな花園にチラリと目線を送った後、玄関から続く細い廊下を歩き、居間へ進む。
居間のカーテンは既に開け放たれ、ガラス張りの横戸から明るい日差しが漏れ込んでいる。部屋の隅に置かれた暖房機も既に起こされ、暖気を吐き出し続けている。暖房機が控えめに奏でる重低音が、穏やかな日差しをより強く印象付けていた。
ガラス戸の外に広がる庭では、小さな緑鳥が、既に葉を落としたせっかちな小枝の上を飛び跳ねるように動き回っているのが見えた。すぐに、その小鳥を追うかのように数羽の緑鳥がやってきて、楽しそうな会話も始まった。
小鳥の戯れを眺めていたい気もしたが、コーはそのまま居間を通り過ぎ、台所に入った。敷物の敷かれていた居間と違って、台所の床はむき出しである。冷えた床の感触を感じながら冷蔵庫に近づき、中からハムと卵を取り出し、調理台に置く。
コーもアルバンも朝を食べる方ではないし、集会所に出勤する日の朝は早い。パン一枚で済ますこともよくある。つまり、ハムエッグ付きの今日の朝食は、休日に相応しい豪勢な朝食になる。
そうは言っても、コーヒーはいつものインスタントの物だ。コーヒー好きを豪語する割には、それともコーヒー好きだからこそなのだろうか、アルバンはその味には拘りが無い。必ずミルクを入れなくてはならないという一点を除けば、だが。
コーは、冷蔵庫の側壁に掛けられた花柄のエプロンを手に取った。これは、シンシアから貰ったものだ。長い間使っているためにほつれ等も目立ち始めたが、それでも新しい物を買おうという気にはならない。
エプロンを身に着け、作業を始める。ヒーターを温めてからフライパンを乗せ、油をひく。フライパンにハムを置いてしばらく炒めた後、卵を落とし込んで蓋をする。そして、軽く塩、胡椒で味を調えながら僅かばかりの水を流しいれる。これが、美味しいハムエッグのコツだ。
フライパンの隣では、先ほど鍋にかけておいた水が沸き立ち、台所に白い蒸気を広げ始めていた。視界に生じた曇りのおかげで換気扇を回していなかったことに気づいたコーは、換気扇のスイッチを入れた。
換気扇は、一瞬軋む様な音を立てた後、静かに回転を始める。今まさに台所周遊旅行に出発しようとしていた蒸気たちは、その予定の変更を余儀なくされ、瞬く間に換気口へと吸い込まれ消えていった。
「良い匂いじゃのう」
コーが振り向くと、いつの間に家の中に入ってきたのだろうか、身綺麗になったアルバンが台所の入り口に立ってこちらを眺めている。アルバンはにっこりと微笑み、大股で近づいてきた。
「どれ、残りは儂がやろうかの。コーは、居間で待っておれ」
アルバンに文字通り背中を押され、あっという間に台所から追い出された。コーは小さく肩をすくめ、エプロンを外しながら居間の円卓に近づく。エプロンは、後で戻そう。コーの背後からは、独特な鼻歌が響き始めた。
居間の敷物の上に置かれた背の低い円卓は、この国にはあまり馴染みがないものだ。アルバン曰く、東方式。円卓の背が低いため、椅子は必要ない。ただし、そのまま座るのではなく、薄いクッションを敷くのが普通だ。アルバン曰く、座布団。
二人分のクッションを床に置いてから、片方の上に座った。ガラス戸から見える庭には背が高めの木が密集しているから、この部屋から遠くを見渡すことは出来ない。だが、これはこれで美しい景色だ。
姿こそ見えないが、小鳥たちの歌声も聴こえてくる。先ほどの緑鳥たちが、違う場所で話しているのかもしれない。コーは、そっと目を閉じ、しばらくの間、美しい歌声に身を任せていた。
トッ、トッ、トッ。
アルバンの足音の響きが聞こえてきた。コーヒーの香りも近づいてくる。どうやら、準備が出来たようだ。豪勢な朝食を、いただくとしよう。
玄関脇に置かれた箱型の靴入れの上に、大小さまざまな植木鉢が置かれ、色とりどりの花たちが玄関に彩りを添えている。全て、庭いじりを愛するアルバンの趣味で置かれている物だが、コーもこの玄関が好きだった。
玄関扉の両端に張られた縦長の曇りガラスから明るい光が入り込み、花々の彩りをより鮮やかなものとしている。コーは小さな花園にチラリと目線を送った後、玄関から続く細い廊下を歩き、居間へ進む。
居間のカーテンは既に開け放たれ、ガラス張りの横戸から明るい日差しが漏れ込んでいる。部屋の隅に置かれた暖房機も既に起こされ、暖気を吐き出し続けている。暖房機が控えめに奏でる重低音が、穏やかな日差しをより強く印象付けていた。
ガラス戸の外に広がる庭では、小さな緑鳥が、既に葉を落としたせっかちな小枝の上を飛び跳ねるように動き回っているのが見えた。すぐに、その小鳥を追うかのように数羽の緑鳥がやってきて、楽しそうな会話も始まった。
小鳥の戯れを眺めていたい気もしたが、コーはそのまま居間を通り過ぎ、台所に入った。敷物の敷かれていた居間と違って、台所の床はむき出しである。冷えた床の感触を感じながら冷蔵庫に近づき、中からハムと卵を取り出し、調理台に置く。
コーもアルバンも朝を食べる方ではないし、集会所に出勤する日の朝は早い。パン一枚で済ますこともよくある。つまり、ハムエッグ付きの今日の朝食は、休日に相応しい豪勢な朝食になる。
そうは言っても、コーヒーはいつものインスタントの物だ。コーヒー好きを豪語する割には、それともコーヒー好きだからこそなのだろうか、アルバンはその味には拘りが無い。必ずミルクを入れなくてはならないという一点を除けば、だが。
コーは、冷蔵庫の側壁に掛けられた花柄のエプロンを手に取った。これは、シンシアから貰ったものだ。長い間使っているためにほつれ等も目立ち始めたが、それでも新しい物を買おうという気にはならない。
エプロンを身に着け、作業を始める。ヒーターを温めてからフライパンを乗せ、油をひく。フライパンにハムを置いてしばらく炒めた後、卵を落とし込んで蓋をする。そして、軽く塩、胡椒で味を調えながら僅かばかりの水を流しいれる。これが、美味しいハムエッグのコツだ。
フライパンの隣では、先ほど鍋にかけておいた水が沸き立ち、台所に白い蒸気を広げ始めていた。視界に生じた曇りのおかげで換気扇を回していなかったことに気づいたコーは、換気扇のスイッチを入れた。
換気扇は、一瞬軋む様な音を立てた後、静かに回転を始める。今まさに台所周遊旅行に出発しようとしていた蒸気たちは、その予定の変更を余儀なくされ、瞬く間に換気口へと吸い込まれ消えていった。
「良い匂いじゃのう」
コーが振り向くと、いつの間に家の中に入ってきたのだろうか、身綺麗になったアルバンが台所の入り口に立ってこちらを眺めている。アルバンはにっこりと微笑み、大股で近づいてきた。
「どれ、残りは儂がやろうかの。コーは、居間で待っておれ」
アルバンに文字通り背中を押され、あっという間に台所から追い出された。コーは小さく肩をすくめ、エプロンを外しながら居間の円卓に近づく。エプロンは、後で戻そう。コーの背後からは、独特な鼻歌が響き始めた。
居間の敷物の上に置かれた背の低い円卓は、この国にはあまり馴染みがないものだ。アルバン曰く、東方式。円卓の背が低いため、椅子は必要ない。ただし、そのまま座るのではなく、薄いクッションを敷くのが普通だ。アルバン曰く、座布団。
二人分のクッションを床に置いてから、片方の上に座った。ガラス戸から見える庭には背が高めの木が密集しているから、この部屋から遠くを見渡すことは出来ない。だが、これはこれで美しい景色だ。
姿こそ見えないが、小鳥たちの歌声も聴こえてくる。先ほどの緑鳥たちが、違う場所で話しているのかもしれない。コーは、そっと目を閉じ、しばらくの間、美しい歌声に身を任せていた。
トッ、トッ、トッ。
アルバンの足音の響きが聞こえてきた。コーヒーの香りも近づいてくる。どうやら、準備が出来たようだ。豪勢な朝食を、いただくとしよう。
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