MASK 〜黒衣の薬売り〜

天瀬純

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マドンナ・マンドラゴラ 《営業》

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 ある夜、いつものように自室のベッドで横になっていると、

ピンポーン。

「ん?」

部屋の壁を向いて寝ている俺の背後で、ファミレスなどでよく聞く呼び音が聞こえてきた。

(…なんだ?)

気になったので、寝返りをして音が鳴ったほうを向くと、

「っ⁉︎」

そこには知らない草原と満天の星空が拡がっていた。

(どこだよ、ここ⁉︎ 夢なのか?)

部屋のベッドで横になっていたはずの俺は、なぜかだだっ広い草原の上に裸足で立っていた。足に伝わる草の感触からして、どうにも夢と思えない。部屋着のまま俺が戸惑っていると、

「こんばんは」

振り向くと、ドラマや映画に出てきそうなオシャレなバーカウンターがヨーロッパ風の街灯に照らされたまま、俺を待ち構えている。そのカウンター内には、黒い細身のスーツを身にまとった男が1人立っているのが見えた。おそらく彼が声を掛けてきたのだろう。

「あの…、ここって?」

戸惑いのあまり上手く言葉を口に出せなかったが、俺はカウンター内にいる男に尋ねてみた。男は穏やかな表情で俺に微笑みかけ、

「色々とお聞きしたいお気持ちは分かりますが、まずはこちらでおかけになってください」

そう言って男が手招きすると、意図して前へ踏み出していないのに、俺の身体は直立したままカウンター前のイスに向かって静かに平行移動していった。

「ん⁉︎ ん⁉︎ ん⁉︎」

不思議な感覚に驚きながら俺がカウンター席に座ると、

「初めまして。私、薬売りの黒衣 漆黒と申します。本日は恋心と友情の狭間で苦しまれている若き青年を手助けするべく、このような場を設けさせていただきました」

「は、はぁ……」

(なんだ、こいつ…)

男は華麗に一礼すると、カウンターの上にグラスを置いた。

「ウエルカムドリンクのカクテルになります。……あっ、ノンアルコールなので、ご安心ください」

(夢で…ノンアルコール……?)

目の前に出された飲み物は爽やかな柑橘系の香りがし、興味本位で試しにひと口飲んでみると、

(あまっ!)

それは舌の神経に最初に主張してきた強い甘みに驚くとともに、目を覚ますような清涼感が怒涛に襲ってくる不思議な味だった。

(なんだよ、これ。……ていうか夢じゃないのかよ、は)

出されたグラスを眺めていると、

「お気に召しましたか?」

小さな紙袋を手にしながら、男が話しかけてきた。

「え、ええ。……それは?」

「こちらは【マドンナ・マンドラゴラ】という粉薬になります」

「マドンナ・マンドラゴラ…?」

(聞いたことのない薬の名前だな。やはり夢なのか?)

 薬売りを自称する彼は紙袋をカウンターの上に置き、中から透明な袋に入った粉薬を3包ほど取り出した。それらは市販の粉薬とよく似た装いだった。

「こちらは、服用された方の魂に生じた“諦めきれない片想い”を感情としての体積をそのままに、“尊敬”や“友情”といった明るい感情に置き換えることが出来る代物になります。つまり、失恋によって生じる“負の感情”からの回復を早め、心身の憔悴を防いでくれるのです」

「感情を…置き換える……」

にわかには信じがたい効能だ。けれど、もし男の言うような働きを示してくれるのであれば、今の自分にぴったりであった。

 たしかに高山は今までにないくらい好みの女性だ。付き合えるものであれば、ぜひ叶えたい。しかし、それと同じくらい親友である瀬戸内の幸せを願っている自分がいる。友の幸せを奪い、片想いを成就させるなんて、どう考えても自分には出来ない。

「いかがされますか?」

薬売りの彼が静かに尋ねる。

(どうするもなにも…)

「……ください」
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