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・番外編・お兄ちゃんは過保護【その後のお話】

21.お兄ちゃんと彼女

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綺麗なお姉さんは、大層怒っている。



当然だ。
先に約束していたデートをすっぽかして、呑気に妹とランチに来ている所を目にすれば怒りもするだろう。少し向こうを見ると心配そうにこちらを窺っている女の人がいる―――ひょっとしてお姉さんと一緒にここに来たお友達かな?

あ……怖い事思い付いちゃった。

お兄ちゃんは元々お姉さんとランチをする為にここを予約していて、お姉さんとの約束をキャンセルした後予約していた場所をそのまま私とのデートに使い回した……とか?それでお姉さんは、お兄ちゃんとデートは出来ないけれど来る予定だった場所でランチをしたくて、代わりに友達とやって来たのだとしたら……?

まさかね。そんな考え過ぎ……



「やっと久し振りに約束できたのに……ここに一緒に来たかったのに、私との約束を反故にして違う子を連れて来るなんて……馬鹿にするのも大概にして」



ああ~~!想像通りだった……っ!

お兄ちゃーん!何でそんな事するのっ……って、私が落ち込んで溜息吐いていたからだっ……!お兄ちゃん妹に甘すぎるっ、やっぱ過保護だよ~!と言う事は―――もしかしなくても本当にこれって『私のせい』?!

体の中ではグルグルといろんな想像が駆け巡っているのだけれど、何も言えずに私は固まっていた。「ごめんなさ~い!」って言って彼女に泣きつきたい。でもお兄ちゃんの彼女なのだから私が出しゃばってしまうのは違うって、中学生になった今ではもう理解している。

「大変な事があったって言うから、心配していたのに」

うっ!胸が……痛いっ!申し訳なさすぎる。
それきっと……私が落ち込んでたってだけの些細な事だ。

お兄ちゃんには前科がある。今よりもう少し子供だった私が電話で泣きついた時に、デート中だった彼女を放り出して帰って来てしまったのだ。それを私はのちのち知る事となり……二度とデートの邪魔はしまいと誓ったのだ。その彼女とはそれが切っ掛けで別れを切り出されてしまったらしい。お兄ちゃんももう32歳。結婚していてもおかしくない年なのに、これじゃいつまで経っても結婚なんてできやしないよ!

なのにそれとは知らず、私はまたやってしまったのか……!

そして確かに辛い事は辛かったけど―――美味しいご飯食べたらそんなモヤモヤ直ぐに心の端っこに追いやられてしまった。ゲンキンな私が一転してニコニコしていたら、落ち込んでいた事も嘘だと思われていても仕方が無い。そんな小さな私の躓きのせいで2人の仲が拗れたとしたら申し訳なさ過ぎる。

お兄ちゃんを責める彼女は、攻撃している側の筈なのにまるで責められている側であるかのように辛そうに眉根を寄せている。私はひたすら申し訳なくって内心オロオロしていたけど、必死に行儀良く大人しく……余計な口を挟まないよう椅子の上に収まっていた。

だけどお兄ちゃんは何処吹く風。
ゆっくりと足を組み、余裕の表情で彼女に向かって笑い掛けた。

「心配してくれたんだ?ありがとう」

不釣り合いなほど落ち着いた、優しい口調で。お兄ちゃんは首を少し傾けてニッコリと彼女に笑い掛ける。すると彼女はウッと怯んで……胸の前で組んでいた腕も、思わずと言ったように緩んでしまう。

お兄ちゃんはクスリと笑って組んだ足を解き、スッと立ち上がった。

綺麗なお姉さんは女性としてはスラリとして背が高く、プラスヒールの高さ分上背がある。だけどお兄ちゃんはそれを余裕で見下ろせる。スタイルも良くって思っていた通り……2人が向かい合った所は、ファッション雑誌の1ページみたいにバランス良くキマっている。

「怒らせちゃった?ゴメンね」

お兄ちゃんが甘く囁くと、お姉さんは今度こそ完全に白旗を上げてしまった。

「怒ったわけじゃ……ただ、私悲しくて……」

ああっ彼女、そこで何故引く!

マジックを見ているみたいに、怒りでパンパンだった彼女がシュンとしぼんでいくのが見て取れた。お兄ちゃんは悲しそうに彼女に微笑む。

「君がもう俺の顔も見たくないって言うのなら―――」

お兄ちゃんがフッと目元を緩めると、彼女は追い縋った。

「そんな事ある訳無い!―――そんな事、思ってもみないわ……」

私はいつしかハラハラしながら、手を揉み絞っていた。お兄ちゃんのピンチを心配していた訳では無くて、どちらかと言うと彼女の側に立って気を揉んでいたのだった。

「じゃあ、今度埋め合せ……させてくれる?」

こくん、と彼女は頷いた。



はぁっと思わず、私は息を吐き出す。2人の問題は解決したようだ。やっと私は立ち上がる事を自分に許した。
彼女はお兄ちゃんを潤んだ瞳で見上げていたが、私が動いた事に素早く気が付いてこちらに振り向いた。何故か彼女の表情は緊張を孕んで張り詰めているように見える。

私は彼女とカチリと瞳を一度合わせてから、頭を下げた。

「ごめんなさい!お兄ちゃんのせいじゃないんです。私が落ち込んでたから、お兄ちゃんが気を使ってくれて……デートの邪魔してるなんて思ってもみなくて」
「……え……」

顔を上げると彼女は茫然と私を見ていた。
それから穴が開くかと思うほど私の顔を検分するように長く眺めた。
何故かその後ろで、お兄ちゃんはフーッと溜息を吐く。

何?どうしたの??

「いもうと……さん?」

お姉さんは壊れた家電のお喋り機能みたいに、カタコトの言葉を発した。
私は訳が分からず首を傾けた。

「はい、兄がいつもお世話になっています」

ちょっと気を使って、キチンと見えるような笑顔を心掛ける。だらしない妹がいるって思われたら、お兄ちゃんのマイナスになっちゃうでしょ?
彼女はハッと我に返ったように、お兄ちゃんを見上げた。お兄ちゃんは苦笑して頷いている。私の挨拶、もしかしてイマイチだったかな?及第点……貰えてない?

「あ、あの……私、ごめんなさい」
「?」

彼女が私に向かって何故か謝り返して来た。何について謝っているのか、私にはサッパリ分からなかった。思わず助けを求めるようにお兄ちゃんを見上げると、お兄ちゃんは微笑みをたたえたまま私に優しくこう言ったのだった。

「そろそろ帰らないと。勇気が戻って来る頃だ。凛、デザート食べちゃいな?」
「あ、うん」

私が椅子に付くとお姉さんは慌ててペコリと頭を下げて、心配そうにこちらを窺っていた女の人の元に足早に戻って行った。何だか狐に摘ままれたような変な気分だ。責められていた筈のお兄ちゃんが一気にその場の空気を握って支配してしまった感じ。白かったオセロの盤面がある時を境に真っ黒に覆り始めるような……。



お兄ちゃんは魔法を持っている。



人の心やその場の雰囲気を掌握するような、そんな力業ちからわざの魔法。アッと言う間に不利な戦況を覆してしまうような。他人を自然と従わせてしまうようなそんな引力を持っている。
それはちょっと寂しい事かもしれないと―――何となく思った。お兄ちゃんはそんな自分の力の事を、どう思っているのだろう?



だけど私はその魔法に掛からないので―――そんな場面をうっかり目にしてしまうと違和感ばかり感じてしまう。

魔法に掛からないのは。

魔法に掛かる必要が無いほど、私がお兄ちゃんの事を大好きだから。きっとそれはお母さんも、そして普段分かりづらいけどお父さんも同じなのだと思う。だからなのかな?お兄ちゃんが家族とのつながりを特別に大事にするのは。

余計なお世話なのだろうけど―――私は酷く心配になった。
お兄ちゃん、結婚とか出来るのかな?いや……そもそもする気、あるのかな??

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