俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

文字の大きさ
140 / 211
・番外編・仮初めの恋人

8.別れてください(★)

しおりを挟む
私から出たのは、掠れた小さな声。
聞こえなければいい。聞こえたとしても、耳に届かない振りをしてスルーして欲しい。
言葉とは裏腹な私の体が全身から発するメッセージは、きっと先輩に届いているはず。

だけど、先輩から発せられた答えは。
至極単純明快なもので、極解する余地のないものだった。



「うん、わかった」



あっさりと受け入れられた事実が、私をザックリと切りつけた。

ほんのちょっとでも、彼が渋ってくれたら。

そんな思いを込めた『賭け』に、私は敗れたのだ。
いや、最初から『賭け』にもなっていなかった。

「じゃあ、今までありがと。楽しかったよ」

そう言って笑った顔は、極上にカッコ良くて。
付き合う時と同じ、寸分たがわぬキラキラした眩しい笑顔で―――私をまた虜にする。

そして先輩は一滴の未練も見せず、さっさと私を残して立ち去ろうとして―――クルリと振り向き、すがすがしい顔で手を振った。



「バイバイ」
「っ……」



私も手を振る。唇を噛み締めて。
目を一杯に開けて、できるだけ水分が零れ落ちるのを防いだ。

すぐに踵を返して大股で立ち去る、大きな逞しい背中を見送る。
……今日ばかりは気付いてくれているかもしれない。私がずっと彼の背中を見送っているって事に。

人混みより頭ひとつ分飛び出ているから、どんなに小さくなっても……彼が何処にいるかすぐ分かる。
そして、角を曲がって完全にその姿が消えるまで。私はその背中を見守り続けた。

振り返ってくれるかも……という一縷の望みは、もちろん叶わないまま。






「うっ、うう~……」






私のダムは、とうとう決壊した。

「……えぐ、うっ……ううう……」

まるで叱られた小学生のように人目も憚らず、えぐえぐと嗚咽しながら私は改札を抜けた。涙も鼻水もグチャグチャで。こんな時に限ってポケットティッシュが切れていて、同じハンカチで何度も顔を拭う事になってしまった。

電車の中では周囲の人から距離を取られ、家の近くの改札を抜ける時には何とか泣き止んだものの……涙で化粧はドロドロに剥げ落ちていた。かといって化粧直しする気にもなれず、腫れた瞼と充血した目、枯れた喉をむず痒く感じながら。

重い足を引きずって自分の家へ向かって、何とか私は歩き続けたのだった。






**  **  **






家に帰ると、玄関に見慣れた男物のスニーカーがあるのに気が付いた。



「……」



居間をそっと覗くと、呑気にテレビを見てニヤニヤしている男がいる。
私はその男に気付かれないように、廊下からキッチンに続く扉をそっと開けて料理中の母親に声を掛けた。

「ごめん、ちょっと具合悪いからごはん食べないで寝る……」
「え?そう……薬飲む?」
「まだ、風邪かどうか分からないし……ちょっと休んでみて様子見る」
「克己ちゃん、遊びに来てるわよ」
「……帰って貰って……じゃ、寝るね」

掠れ声と充血した目のせいで、本当に具合悪そうに聞こえたのだろう。ママはそれ以上食い下がっては来なかった。
気持ちは重く沈んでいて眩暈がしそうだった。体まで心につられているみたい。



とても誰かと―――とりわけあんなことがあったのに何事も無かったように遊びに来ている、デリカシーの欠片も無い克己なんかと、話を出来る状態では無かった。






**  **  **






顔を洗ってついでに歯も磨き、部屋着のスウェットに着替える。
毛玉が着いていてヘロヘロだけど、ちょうどいい具合にヘタっていて気持ちがいい。
頭からタオルケットを被って、ダンゴムシみたいにベッドに転がった。

こんな処、絶対に先輩に見せられないなぁ……。

別れを切り出そうと決意した時、一番お気に入りの服を着て念入りに化粧をした。
濃くも無く、薄くも無い絶妙な仕上がりになるまで鏡の前で散々粘って。
髪の毛のおくれ毛の分量も、念入りにチェックして。

だって、一番綺麗な私を覚えていて欲しかったから。
でも本心は―――目いっぱい着飾った私を見て「別れるの勿体無いなぁ」って思って欲しかったのだ。その目論見は完全に外れちゃったけど……。

ああ思い出しちゃった。
やっと涙を止めたのに、またじわりと滲んで来る。

「ううっ……うう~~、うぁあ……」

タオルケットのテントの中で、枕を掻き抱いた。思いっきり声を上げようと息を吸い込んだとき、天井がいきなり剥がされた。



「あっ……うっ……!」
「……なんで泣いてんの?」



涙でグチャグチャ、上瞼下瞼ともにパンパンの私は―――涙の膜の向こうでタオルケットを握っている男を見あげて、暫し絶句した。

「う……うるさいっ」

我に返った途端すごい勢いで相手の手からタオルケットを取り返し、ぐるりと自分の頭に巻き付ける。

「『帰れ』ってママに伝えたのに、なんで帰らないのよ……!」

私はもう貝になる。
もうこれ以上、克己なんかと一言もしゃべるもんか。
ポカンとした顔しやがって。
ばかやろ。

「は?……言われてないけど。おばさんにご飯出来たから、みゆ呼んで来てって言われただけで」

ま、ママーーー!!
伝言スルーしないでくれっ。

「みゆ」

ボヨンっと、体の横のベッドがたわんだ。
克己がベッドの脇に腰かけたのだ。

「俺、今日胡桃と別れた」
「なっ……」

私はがばっと体を起こし、克己に掴みかかった。

「な、何てことしてんのよ……私は付き合えないって言ったでしょ?」
「うん、それは聞いたけど。お前に告っちゃったし」
「それは無かった事にすればいいじゃない。私も忘れるよ……まさか」

真っ青になった私の頭に嫌な考えが浮かんだ。
デリカシーの欠片も持たない幼馴染。
だけど、ほんの少しくらい思いやりの気持ちがあれば、決して胡桃には言わないだろう。

「まさかあんた、胡桃にあの日の事言ってないわよね」
「言った」

眩暈がした。
今度こそ本格的に。

「な、何て……」
「みゆを無理矢理ラブホテルに連れ込んで押し倒したって言ったら、殴られて振られた」
「……え……」



「アイツに『別れよう』って言おうと思ってたんだけど、あっちから先に『別れる』って言ってきた。だから別れた」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

処理中です...