俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

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俺のねーちゃんは人見知りがはげしい【俺の奮闘】

5. ねーちゃんと、地学部でお弁当を食べたい

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「ねーちゃん」

俺は決意した。

「中庭以外でご飯食べませんか」

気持ちが昂ぶって、つい敬語になってしまう。

「えーと、どこで食べる?」
「3年の教室は?」
「……」

夕食後のダイニングテーブルで向かい合って番茶を飲んでいる時、勇気を出して切り出した。

もう鴻池にしたり顔で邪魔されるのは、勘弁願いたい。
第一鴻池のねーちゃんに対する態度が気に食わない。

明らかにねーちゃんから『マネージャーと2人で食べたら?邪魔しないよ?』って雰囲気が漂ってき始めた。というかねーちゃんはもう、疲れたのだろう。自分を快く思わない存在と短い時間でも一緒に居る事に。

俺はねーちゃんと居たいけど、ねーちゃんに嫌がらせをしたいんじゃない。
楽しい時間を過ごしたいだけなんだ。

しかし提案した元の食事場所は……気が進まないようだ。
そういえば中庭に場所を移した理由を聞いていない事に気が付いた。

「もしかして……教室で何かあったの?」

覗きこむとフイッと目を逸らされる。
チクリと胸が痛んだ。
もしかして……何か俺に関連する事なのか?

「俺の所為で……なんかあった……?」

心当たりなんか無いけれど、ねーちゃんが俺の目を見ないから胸にモヤモヤとした不安が湧き上がって来る。
返答せず黙り込む彼女の様子に、確信が深まった。

すれ違いたくない。

苦い経験を思い起こす。また貴重な時間を無駄に消費したくなかった。少し痛い事があっても―――見ない振りして離れたく無い。

「あのさ。もう色々考え過ぎて離れちゃうのとか……嫌だよ。俺全然察し良くないから、ねーちゃん苛々するかもしれないけど―――何か引っかかる事があるなら話してほしい」

ねーちゃんはハッとして目を上げた。

やった。
―――やっと、目が合った。

「ホントにもう……最近清美の方が……年上みたいだよね」

諦めたように溜息をついて、ほんのり微笑んでくれた。

「実はね。清美と一緒にお弁当食べるようになってから―――知らない人から声を掛けられる事が多くなって、教室で勉強に集中できなくなっちゃったんだ」

ええ!もしかして、またナンパか?

「ナンパ?」
「違うって!!」

ねーちゃんは、顔を少し赤くして否定した。

「もうその『私がモテてる』って、発想から離れてよ!……そうじゃなくて『モテてる』のは、清美。清美に興味ある女子に清美の事聞かれたり、私に興味無いのが明らかなのに家に遊びに来たいって良く知らない子に言われたり……。とにかく教室で清美と食べていると色々注目されて、ちょっと大変なの」

そこまで言ってから、ねーちゃんはバツの悪い顔をした。

「あーあ、言っちゃった……愚痴になるから言いたくなかったのに」

そうして、しゅん……と肩を落とした。
俺は正直そんな事になっているなんて想像もしてなかった。
知らないうちに……ねーちゃんに堤防役をさせて迷惑をかけていたなんて。

「ごめん……」
「あー、もう!違うのっ!清美を責めたいわけじゃないし謝らせたく無かったから、言わなかったのに……清美の所為じゃないんだから気にしなくていいんだよ」

ねーちゃんにストレスを掛ける鴻池の事批判していた俺が……一番ねーちゃんにストレスを掛けていたなんて……!

思わず恥ずかしくて辛くて、俯いてしまった。

「俺が一緒に食べたがったばっかりに……」

本当は言いたくないけど。

「……やっぱり、別々に食べたほうがいいのかな?」

ねーちゃんの顔を見ないまま呟くように言った。
本当に言いたくない。だってそれは俺の本心では無いから。

「あのさ」

むにっと両頬肉を、小さな白い指に摘ままれる。

「私も清美と一緒に食べたいの。だから中庭に場所移したんだし。確かに清美が原因って言えばそうかもしれないけど……一緒に食べたいと思った時点で私の所為でもあるから」

うるっと目頭が熱くなる。

「……本当?」
「ほんと、ほんと」

何でも無いようにサラリと言ってくれる。
だから序でにもう1個甘えてみる。

「俺、鴻池のいない所でねーちゃんとお弁当食べたい」

ムニムニと……ねーちゃんは俺の頬を弄びながら呟いた。

「そっか、そうだよね……清美もちょっと嫌がっていたもんね。私のこと気遣って怒っているのかと思ったけど……好意の裏返しでも意地悪する人、清美苦手なんだもんね」
「うん……」

わかっていて、くれてたんだ。

そう思うと胸のあたりがぼんやりと温かくなってくる。
良かった―――下手に鴻池との仲を応援されたりでもしたら、立ち直れない所だった。
鴻池の存在や言動に何も言わないねーちゃんを見ていて、その可能性を捨てきれずに俺は怯えていたのだ。

俺はホッとして、やっと顔を上げた。

そうするとねーちゃんは俺の顔を正面から覗きこんで、ほんわりと笑ってくれた。

きっと俺はよっぽど情けない顔しているんだろう。励ますようなその笑顔に、今度ははっきりと胸が熱くなるのを感じた。

「……地学部の部室で、食べよっか」

思い付いたようにねーちゃんが言った。

「部員がときどき顔出すかもしれないけど、意地悪な人はいないから。―――あ、でも清美、王子の事苦手だっけ。王子はお昼いつも学食の筈だから……来ないと思うけど」

う……王子が来る可能性がある部室って、厳しいな。
でも、王子は少なくとも……ねーちゃんに冷たく接する事は無い。

「確かに苦手だけど……ねーちゃんの友達だし―――俺はただ心配なだけなんだ。だから、大丈夫。地学部の部室でいいよ」

するとねーちゃんはニコリと笑顔で頷いた。
そして思い付いたように、付け加える。

「でも鴻池さんに言わないとね、違う所で食べるからゴメンねって。きっと待ちぼうけになっちゃう」
「別にそんな気使う事無いと思うけど」

鴻池の態度に腹を立てている俺は、憮然として言った。

「私から言っても良いけど……」

ねーちゃんが思案気に呟いたので、俺は慌てた。
そんな事はさせられない。あの状態の鴻池の前にねーちゃんが単身で乗り込んだら、どんな失礼な事を言われるか分かった物では無い。

「いいよ!そんな事しなくても」
「でも……」
「俺が言うから!俺の部活のマネージャーなんだし、ね!」
「うん……そうだね。鴻池さんって―――私とご飯食べてるって言うより、清美とご飯食べているって思ってるだろうから。じゃあ、頼めるかな?」
「うん、任せてよ」

と言ったものの―――翌日色々と用事が重なり、結局昼休み前までに鴻池に伝える事はできなかった。だけど中庭にいなければ諦めて教室で友達と食べるだろうし、元々約束などしていないのだ。練習の後で言えば良いよな……と自分に言い訳をして俺はねーちゃんの待つ地学部に向かったのだった。






**  **  **






俺が地学部の扉を開けると、既にねーちゃんが椅子に座ってテーブルに肘をついて待っていた。

「ねーちゃん、早いね」
「うん、食べようか」
「そうだね」

地学部の部室は棚一杯に物が詰まっていて、整頓されているのに雑然とした雰囲気が漂っていた。旧校舎の古い造りの為かもしれない。バスケ部の部室は男臭いけど、新しく建替えたばかりの体育館に併設されているから、建物自体は明るく綺麗だった。

「埃っぽいの、苦手だよね?」

ねーちゃんが、気遣うように言った。
確かに俺はピカピカに綺麗なほうが好きで、古本屋みたいな埃の溜まった使い古された雰囲気はちょっと苦手だ。
でも、ここの所常に存在した疲れる存在がいない場所でねーちゃんと2人きりになれるなら、何処どこだって天国に思えた。

「だけど、落ち着いて食べられるよね」

俺達は顔を見合わせてにっこり笑い合ったのだった。






**  **  **






「ねえなんで今日、中庭来なかったの?」
「いてて……」

鴻池が俺の耳を引っ張った。

「別に約束しているわけじゃないだろ」
「教室にもいなかった」
「こわっ!お前、ストーカーかよ」

俺は耳を引っ張る鴻池の手首を掴んで、引き剥がした。
鴻池を見ると頬を朱くして口を尖らせている。俺が手を放すと、上目使いに睨まれる。リコちゃん人形みたいな―――白目が真っ白なおっきな目。人工的にカールしたような睫毛がその目を取り巻いている。

「私は、森のためを思って」
「『俺のため』というなら、放って置いてくれない?」
「お姉さん優先なんて、絶対良くないよ。森のためにならない」
「じゃあ何を優先すれば……『俺のため』になるっていうの?」

俺の頭の芯にボッと火が付いた。

「それは」
「バスケを優先するって言うなら―――俺は姉貴のお蔭でバスケを始めたし、今部活に集中できるのも……姉貴がいるからなんだ。そもそも彼女と出会ってなかったら……きっとバスケ自体始めてない」
「……」

暫く睨み合う俺と鴻池。
均衡を破ったのは、やはりあの男だった。

トン、トン、トン……とボールが転がって来て、俺の足元にぶつかった。

「わーるい、ボールとって」

地崎だ。

「お前ら話してないで、片付け参加しろよ。いい加減、帰りたいわ」

落ち着いた声の調子に、頭の芯がフッと冷えた。
どうやらかなり俺は、怒り心頭だったらしい。冷静になってから自分の余裕の無さに気が付いた。

目の前で動かない鴻池に改めて目を移し、ぎょっとした。
何故か口を引き結んで―――瞳をウルウルさせている。

……嘘だろー!

叩かれて殴られて、ねーちゃんとの楽しい時間を邪魔され、言いがかりで絡まれて―――俺の方が泣きたいのに。
俺は動揺して狼狽えた。

「おい……何、泣いてるんだよ」

つい声のトーンが落ちてしまう。
ここで強い姿勢を貫けないのが、俺のヘタレたる所以ゆえんなのだろう。

「……泣いてないっ」

そう言いながら鴻池は袖で涙を拭うと、クルリと出口に向かって駆け出した。



狡い。ずりーよ、鴻池……。



『俺=悪者』決定!

救いは……もう1年生しか残っていなくて、しかもこの場にいるのはごく僅かの人数だって事かな。しかし地崎にはバッチリ鴻池が泣いて走り去る所を見られている。ちょっと離れた所にいる作業中の部員が2人残っていて、チラリとこちらを気にしているのが目に入った。

「……痴話喧嘩?」

振り向くと、地崎が苦笑していた。

「情けない表情かおして……イケメンが台無しだぞー」
「違うって。知ってるだろ……しつこいからいい加減イラッとしたら、あんな去り方されて―――俺の方が泣きたいよ」
「お前らが付き合っているって思っている奴らからしたら『そう』見えるって思っただけ」

地崎が一重の目を更に細くした。

「まだそんな根も葉も無い噂、残っているのかよ……」
「最近一緒にお昼食べて昼練来ていただろ?鴻池の上機嫌見ていたら誰だってそう思うよ」

ええー!

あれは、アイツが勝手に……!俺は迷惑してたのに……!

「なんか、あった?」

コクリと頷き、俺は地崎をファーストフードに誘った。
ここ最近の鴻池の行動をすっかり暴露した。

地崎は温かいコーヒーをひと口飲んでから、ポツリとコメントを零した。



「モテるのも、大変だな」



―――モテてないから!

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