俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

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俺のねーちゃんは人見知りがはげしい【俺の奮闘】

17.ねーちゃんに、告白した 【最終話】

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「ありがとう」

耐えきれない……というようにねーちゃんは絡めていた視線を外して下を向いた。視線の先に、ぽたりぽたり…と小さな水溜りが出来た。
俺は慌てておろおろと辺りを見回して立ち上がると、ティッシュの箱を捕まえた。

「ねーちゃん」

差し出すとねーちゃんはティッシュを引き出して、目頭を押さえた。

この生活感。
一世一代の告白をしたのに、差し出すのが箱ティッシュって。

なんだか間が抜けてるなぁ。と、頭の端っこで考えた。
本当はこういう時こそ、綺麗なハンカチを差し出すべきかもしれない。
行き当たりばったりで、告白するからこんなことになるんだ。

俺はそのままボンヤリと、涙を拭うねーちゃんの椅子の隣に立っていた。
やがてねーちゃんは涙を拭って、顔を上げた。



「清美」



そうして、椅子を引いて俺の横に立った。
鼻の頭とほっぺたがちょっと赤くなっていて、白目も少し充血している。
見上げる2つの黒曜石が、涙の名残でキラキラと輝いている。

俺はただねーちゃんの顔から目が離せなくって、不躾に見入るしかできない。丸1日会えないだけで―――すっかり『ねーちゃん』に飢えてしまったのかもしれない。



「ありがとう」



もう一度そう言うと、ねーちゃんは……

俺の胸に顔を埋めた。



「!」



頭の中は思いも寄らない展開に、混乱するばかりだ。

声も出ない。

だけど体は正直だ。考えるよりも早く、咄嗟にその小さな背に両掌を回していた。



あったかい。
やわらかい。
どうしよう。



「ありがとう」



ありがとうを繰り返す、ねーちゃん。
勘違いしちゃ駄目だ。
告白の返事じゃない……よね?「ありがとう」って。



だけど、どうしようも無く嬉しい。



もう二度と触れられないかもしれないと覚悟していた存在が―――俺の腕の中に飛び込んで来たんだ。舞い上がらない方がおかしい。
しかも「ありがとう」って言ってくれた。俺がやった事を思えば……罵倒されて無視されて、ずっと口も聞いて貰えない展開も想像できたのに。

俺の気持ちを受け止めてくれた。
それだけで。ギュッと胸が苦しくなるほど幸せだった。

「よろしく……お願いします」
「うん」

俺はねーちゃんの頭に顔を埋めて頷いた。

―――って。あれ?
いま、なんつった?

「ね、ねーちゃん、今もしかして……」
「よろしくお願いします」

俺は自分が今聞いたことが信じられなくて……ねーちゃんの顔を覗き込もうとした。
なのにねーちゃんはますます俺の胸に顔を押し付けて、こちらを見ようとしない。

「あの。本当に……?」

コクリ、と頷くねーちゃん。
顔を埋めたまま。



うそ。
マジで?



俺は呆然とする。



え、マジで?
本当に?



「ねーちゃん、顔見たい」



ブンブンッと俺の胸に顔を埋めたまま、顔を振るねーちゃん。器用だな。
どーしても嫌……らしい。
でも、俺は今、無性にねーちゃんの顔が見たい。

そこで俺は強硬手段に出た。

「っ!」

ねーちゃんの脇に手を入れて、彼女の体をグイッと持ち上げた。
そして膝裏に右腕を回して、抱き上げる。
べりっと顔を胸から剥がす事に成功し、唖然とするねーちゃんの顔を拝む事が出来た。



真っ赤だ。



俺の胸は躍った。
ねーちゃんは目が合った途端、更に真っ赤になった。そして眉を寄せると、耐えきれないと言うように、俺の首に抱き着いた。

恥ずかしかったのか。
そーか。

俺は肩に顔を埋めるねーちゃんの体を、再びキュッと抱き締めた。



「ありがとう」



今度は俺から、ねーちゃんに言った。



ありがとう。
俺を受け入れてくれて。






俺は一生この日を忘れないだろう。

例えこの先ねーちゃんが心変わりして振られる事があっても、俺が万が一他の誰かに心が動く事があっても。

この日この瞬間の幸福を、愛しい人に受け入れて貰ったという幸運を。
ずっと、この温かい気持ちを宝物にして―――振り返る事ができるだろう。



この時そう、確信した。






**  **  **






ねーちゃんを抱きしめて存分にその感触を堪能した後、お腹が空いた事に気が付いた俺達は簡単にインスタントラーメンで夕食を済ませた。食器を片付けた時には、既にいつもの就寝時間を越えていた。

それぞれの部屋に戻る前に、お休みと言ったねーちゃんの恥ずかしそうな笑顔に撃ち抜かれる。

思わず手を伸ばそうとした時、ねーちゃんはぴゅっっと扉の中に引っ込んでしまった。



ああ~~残念っ



でも、いい。
だってこれから―――いくらでも時間があるんだ。

俺は、真っ赤になったねーちゃんの顔や柔らかい感触を思い出して枕を抱え―――ベッドの上でゴロゴロと身悶えた。





翌日。

温かい朝ご飯とお弁当が用意されていて、ねーちゃんが「おはよう」と少し照れたように迎えてくれた。俺はできるだけ平静を装いながらも、内心ドッキドキとうるさく打つ心臓の音を意識せずにはいられない。

ご飯を食べ終わって歯磨きしながら新聞に軽く目を通して、家を出る。
早朝の歩道は人影も無く、住宅街を歩いているのは俺達だけだった。
そして俺は―――いつもより更に口数の少なくなったねーちゃんの、無防備な白い手に手を伸ばした。



さっ



あれ?

スカッと俺の手が空を切った。

タイミングが悪かったかな?俺はもう一度、手を伸ばした。



スカっ



今度はあからさまに、ねーちゃんの手が俺の手を避けた。

「ねーちゃん」
「ん?」
「手、繋ぎたい」
「……」

やっぱり、わざと?

何で?やっと、付き合えるようになったのに?
昨日のは幻?もしかして―――俺が見た夢だったの?!

「ねーちゃん」

ねーちゃんの進行方向に立ち止まって、塞いだ。



「俺の手、何で避けるの……?!」



付き合う前は、全然平気で繋いでいたのに。
やっぱり、昨日のは俺のリアル過ぎる妄想だったのだろうか……?!
それにしては今朝のねーちゃんはちょっと恥ずかしそうで、妙に可愛くて……やっぱり、夢じゃないハズだ……!俺は内心の不安を振り払って脚を踏ん張り、ねーちゃんを見つめた。

ねーちゃんは、俺の目を見返してから―――ツっと視線を逸らした。

がーん!

俺は大ショックである。
ねーちゃんの顔を穴が開くほど見つめ、彼女の返事を待った。

すると。



「だって……恥ずかしいから」



と言って、彼女は真っ赤になった。



な……な……なんて、可愛いんだっっ!



ズガンッ!



俺はグレネードランチャーで撃ち抜かれたみたいに、粉々になった。

朝から。通学路で。

しかし何とか踏み留まる。そのままほだされて『うん、そっか』って言いそうになる口を叱咤しながら。

「……で、でも何で?ずっと手、普通に繋いでたじゃない」
「だってそれは弟だったから……付き合っている相手と手を繋ぐなんて、恥ずかしいよ……」

と、更に真っ赤になるねーちゃん。



か、かわい……



俺は思わず叫びそうになって、手で口を塞いだ。

「……そっか」
「そうだよ」

少しもじもじしているねーちゃんが可愛くて、思わず俺も内心悶えてしまった。
微妙な距離で、また一緒に歩き出す。



『付き合っている』って、意識してくれているんだ。



そう思うと、嵐みたいに自分の体の中を得体の知れない生き物が駆け巡っているみたいで、落ち着かない。

俺は幸せを改めて、噛みしめた。

慣れるまで、待とう。

あり得ないと思っていたねーちゃんに受け入れて貰えた事実に浮かれていて―――俺はその時大きな気持ちでそう、思った。

その時思ったその決意は決して嘘では無い。
嘘ではないが……。



―――しかし、この時俺は知らなかった。



この後暫くの間ねーちゃんに触れる事を許されず、更に悶々と悶える事になるとは。
想像以上にねーちゃんが照れ屋だったという事を実感して、悩まされる事になるとは。






……ねーちゃん、俺に人見知りしないで!!



【俺のねーちゃんは人見知りがはげしい・完】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

本編はこれにて完結です。

後日談と高坂視点の番外編を幾つか投稿する予定ですので、引き続きお楽しみいただければと思います。

最後までお読みいただき、有難うございました!

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