俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

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・後日談・ 俺とねーちゃんのその後の話

1.気になるあの子 <高坂>

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本編の続編です。

主に清美視点と清美のバスケ部の先輩、高坂蓮視点で進みます。
まずは高坂視点で始まります。


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予備校も模試も数あれど、やはりS台予備校のT大入試実践模試の会場は少し趣が違うような気がする。昨今ノーベル賞受賞者がK大や地方大出身の先生方に分散しつつあるとは言え、やはり日本最難関T大専門の模試を受けようとする受験生達の気合は別格のように感じる。まあ、ただの気のせいかもしれないけれど。

かく言う俺は、自分に至っては現役合格は難しいだろうと考えている。
少しランクを落としたT高受験の許可を貰う代わりに一応親父とT大合格を約束しているので、仕方なくこの模試を受けているのだ。が、1年じっくり予備校に通わせて貰おうと思っている。一浪くらいは許してほしい。

何と言っても最近やる気が全く出ないのだから、仕様が無い。

原因は分かっている。
親父の後妻、蓉子さんの妊娠だ。

出張・飲み会・残業の3コンボであまり家に滞在しない仕事人間の親父が、やることだけはやっていたと言う事実に俺の心臓は強かに抉られた。俺の母親とは家庭内離婚だったくせに、結婚して5年を過ぎても現妻の蓉子さんを親父が女として扱っている事が衝撃だった。
幼い頃から蓉子さんに恋をしていた俺は、あわよくばアイツが蓉子さんに飽きてくれないかと言う……有り得ない夢を捨てきれなかったのだろう。法律上添い遂げられないとしても生物学上彼女と結ばれる事は禁忌では無いのだからと言う淡い夢に、俺は「ある訳無い」と言いながら心の底ではしがみ付いていたようだ。
その1ミリあるかないかという薄い望みが―――更に薄くなってしまったのだ。今ではもう、1ミクロンあるかも怪しい。親父と蓉子さんの絆は残念ながら、思った以上に強固なようだ。

勿論、俺の怒りが不当なものだという事は十二分に理解している。
夫婦仲がいつまでも良く蓉子さんが笑っていられる事は、彼女にとって一番幸せな事だし息子である俺にとっても喜ばしい事ではあるのだ。
だけど一縷の望みも消え去ってしまったようで、未練がましい俺は凹まずにはいられない。

俺は気合の入らない頭で1日目の教科を受験し、翌日午前中の『地理・歴史』までなんとか辿り着いた。正直2日目はぶっちぎって休もうかと思ったほどだ。

気乗りしない体をなんとか動かしてフラリと昼休憩でトイレから戻った時、見覚えのある小柄なシルエットが目に入った。

晶ちゃんだ。

晶ちゃんは、俺のバスケ部の後輩である森清美の姉だ。清美が小4、晶ちゃんが小6の時2人の両親が再婚して姉弟となった。俺はミニバス時代から清美と同じチームだし、中・高にいたっては森姉弟と同じ学校に通っているので、彼女とは何度か話をした事がある。そして晶ちゃんの清美を大事にする姿勢を見て、俺は自分の考えを改める機会を得た。

親父と再婚した蓉子さんを避けまくっていた事を反省して、蓉子さんへの恋心を諦めきれないまでもせめて彼女の傍にいよう……良い息子でいるよう心がけよう―――そう決意する事ができたのは、晶ちゃんのお蔭だと思っている。

だから俺は、なんとなく彼女に勝手に恩義を感じている。だけどそれは晶ちゃんの預かり知らない部分だ。彼女はそういうつもりで俺と話をした訳じゃないし、俺の義母への横恋慕についても全く知らないのだ。

その晶ちゃんが、俺と同じ模試を受けていた。

教室が違うから気付かなかった。きっと昨日顔を合せなかったのは理系志望だからだろう。文系と理系の模試は、1日目の時間割が違う。だから休み時間に顔を合せなかったのだと思う。2日目は受ける教科は違うが、試験時間が揃っているので昼休みの時間は文系も理系も一緒なのだ。

彼女はひょろりと背の高い眼鏡の男としゃべっていた。見かけない顔だ。バスケ部でも長身の部類に入る俺より少し低いくらいだろうか。それでも随分な背丈だ。しかし筋肉の存在を感じさせない体付きをしているから、おそらく体育会系では無いのだろう。
が、意外と着やせする奴も多いので本当の所はよく解らない。他校の男だろうか?リラックスしている晶ちゃんの笑顔から、どうやら知合いである事が見て取れた。

清美は知っているのだろうか?
交友関係の少ない彼女には珍しい事だ。

俺は歩み寄って、声を掛けた。

「晶ちゃん」
「あれ?高坂君」

隣の男は、静かな表情で俺の顔を見た。

「お隣は……同じ高校じゃないよね?」
「うん、友達」

そのまま黙る晶ちゃん。

おっと、紹介無し?あんまりそういうスキル無いんだね。

相手の男も何も言わない。かといって、俺を排除したいという意思もその静かな表情からを受け取れない。単にコミュニケーションが得意ではないタイプなのだろう。

「あのー、紹介して貰えるかな……?」

俺はニッコリと笑顔でお願いした。大抵の女の子の心を動かすのに有効な破壊力は備えていると自覚している。しかし晶ちゃんの無表情に変化はない。まあ彼女の性格は分っているから予想の範囲内の反応だ。むしろ気に留められない事がかえって居心地良く感じるくらい。
晶ちゃんはそうして初めて坦々と相手の紹介を始めた。

「あ、そうだね。え、と……高坂君、私の友達の柊彼方ひいらぎかなた。たしかK高……だよね?」

晶ちゃんが目で確認すると、柊という男は頷いた。
K高は市内で一番レベルの高い進学校だ。

「彼方、この人は私と同じ高校の高坂君。え……と、私の……知り合い?というか、弟の部活の先輩という説明のほうが的確かな?」



『知合い』



そう言われた時、何となく違和感を覚えた。
勝手に俺が彼女に恩義を感じたり親近感を抱いたりしているだけなんだけど、内心もうちょっと親しいような気がしていたのだろうか。
しかし事実として、現時点で俺達の仲はただの知り合いでしか在り得ない。

うん。

『弟の部活の先輩』確かにそれが一番正しい。だけど、なんか淋しいな。

ちょっとしゃべっただけですぐ『友達』と周りに紹介したり、親し気に振舞ってそう触れ回ったりしてしまう女の子が多いから、そう感じてしまうのかもしれない。
そういえば、俺は晶ちゃんの連絡先も知らない。やっぱり『友達』ですらないかもなぁ……大抵相手から尋ねられるから、自分から聞く習慣が無いのだ。
でも隣のひょろりとした男は、晶ちゃんの『友達』なんだ。きっとメルアドとかスマホの電話番号とか、知っているんだろうな。

ふーん……。

「よろしく、柊君」
「こんにちは」

俺の笑顔に、柊は頷いて答えた。

「あ、もうすぐ時間かも。じゃ、彼方またね。高坂君も。模試、ガンバろーね」
「おう」と、柊。
「うん、晶ちゃんも頑張って」

手を振る晶ちゃんに俺も手を上げて、柊と会釈を交わし俺も教室に戻った。






**  **  **






模試の終了と同時に、席を立つ。

何となく晶ちゃんを捕まえたい衝動に駆られた。そう……できればメルアドと電話番号くらい知りたい。受験シーズンに彼女と絡む時間は殆ど無いだろう。試験後なら尚更だ。
何故か俺は、彼女とそれきりになりたく無かった。勿論清美を通せば連絡は可能だ。でも、直接繋がれる環境が欲しいと思ってしまった。

小さな背中を発見して、走り寄る。さっきの背の高い男は隣にはいなかった。

「晶ちゃん、お疲れ様」
「あ、高坂君。高坂君もお疲れ様」
「晶ちゃんもT大受けるんだね。やっぱ理系?」
「うん。高坂君は……文系なんだね」
「そう。親父と約束しちゃったから、仕方なく。晶ちゃんはなんで?」

大して親しく無いのに突っ込み過ぎだろうか?けれども彼女は素直に応えてくれた。

「天文学を学べる所が少なくて。他にもあるんだけど老舗はやっぱりT大なんだよね。それに、去年T大の観測所でやっている天文観測の合宿に参加できて……すごくすごーく、楽しかったの!」

歩きながらそう話す彼女の頬は珍しく火照ほてっていて、黒い宝石のような瞳が生き生きと輝き始めた。大人しい彼女に似つかわしく無い、珍しい表情ものを目にして俺は思わず背を屈めて彼女の顔を覗き込んでしまった。

それに気付いた彼女が、少しギョッとして立ち止まる。

顔、近かったかな?

「な、何?」
「いや。そんな楽しそうに話すとこ、初めて見たから」
「……そう?好きな事話す時、大抵こんな感じだけど……友達としかこういう話しないから……珍しく見えたりする?もしかして」

じゃあ、さっきの男とはそんな話を楽しそうにしていたのかな?

「柊は『友達』?」

ふふっと機嫌良さそうに、晶ちゃんが笑った。こういう表情も珍しい。

「そうだよ。一緒の学校じゃないけど、天文好き仲間なの」

ふーん。楽しそうだな。

じゃあ、あの『弟』とはどんな話しているんだろ。最近上機嫌過ぎてうっとうしい栗色の髪のキラキラした後輩が頭に浮かんで、ふと尋ねた。

「清美と話す時は?清美にはそういう趣味、無さそうだけど」
「うん?どうだろう……結構いろいろ話すけどなあ……学校であった事とか。最近は受験勉強でテレビ見てないけど、昔は一緒にお笑いとかバラエティ番組見ながら話していたなぁ……」
「ねえ、晶ちゃん」
「ん?」
「ちょっと、スタバ寄ってかない?温かい物飲みたい」
「……んー」

思案するように腕を組む晶ちゃん。
なんか小さい子が大人ぶっているように見えて、可笑しくなってつい噴き出しそうになる。笑いそうな口を拳で押さえて俺はもう一押しした。

「……頭使ったら、甘い物食べたくならない?」
「食べたくなる」



即答だった。



晶ちゃんって、ひょっとして甘い物好き?



俺は晶ちゃんを誘う事に成功した。
……そう、俺は彼女と話をしたかったのだ。

俺が今陥っている閉塞感から、また彼女が救い出してくれるのではないか?
彼女がこの行き場の無い迷路から抜け出す有効なヒントを、再び俺に与えてくれるのではないか?

無意識に俺は、彼女に対してそんな期待を掛けていたのかもしれない。

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