俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

文字の大きさ
88 / 211
・後日談・ 俺とねーちゃんのその後の話

7.平行線を辿って <清美>

しおりを挟む

結局、話は平行線なまま。
ねーちゃんは俺の名前を呼んだきり、そのまま黙って俺に抱き締められ続けた。

根負けしたのは、俺の方だ。

彼女の表情を確認したくなって、長い間鳥籠に閉じ込めるように拘束していた腕を少し緩め覗き込む。すると、真剣なその黒曜石の瞳に捕らわれた。

「清美、明日も学校だし……お風呂入って、ご飯食べよう?」

ふんわりと微笑む笑顔に有無を言わせないものを感じて、俺は頷いた。

しかしまだ、ねーちゃんは俺が悲痛な思いで口に出した『お願い』に、頷いていない。
不安な気持ちは後から後から溢れて来るが、俺はもう無茶な事をしてねーちゃんを傷つけないと誓った。だから正面から話しあうしかないと、自分をなんとか説得して彼女を腕から解放した。

ねーちゃんが落ち着いている分、どなって激昂した自分がとても恥ずかしく思える。その日の食卓ではほとんど話らしい話をせずに黙々とご飯を食べた。






翌日。朝ご飯を一緒に食べて学校へ向かう。
だけどお昼休み、地学部には行かなかった。

『ごめん。今日のお昼、地学部に行けなくなった』

とねーちゃんにメールを打って、溜息を吐く。
避けたって解決する事は無い。教室で食べようかとも思ったけど、地崎の横にいるとまたひどく愚痴を言ってしまいそうだった。
この問題を口に出して良いものか判断が着かない―――俺は仕方なく、中庭に移動した。

以前2人で一緒にお弁当を食べていた、ベンチに腰掛ける。

あの時は、俺がねーちゃん避ける事態になるなんて思ってもみなかった。それこそ俺からお昼の貴重な機会を反故にする事があるなんて、想像もしていなかった。

一緒に居られるだけで幸せだった―――振り向いてもらえるなんて、思ってもみなかったのに。

彼氏になった途端、ムクムクと湧いて来る煩悩や嫉妬に振り回されている。
ねーちゃんを信じていないわけじゃ無い。
彼女の性格は―――ずっと隣にいる自分が一番よく解っている。
なのに暗い妄想が体の中にどんどん膨れ上がって来て、俺を駆り立て落ち着きを失わせる。

すっかり平らげた後の空になった弁当箱を掌の上に乗せて、その底をボーッと眺めていた。

俺みたいだ。

何となくそう感じた。



「森」



控えめに声を掛けられて、振り向くと鴻池が立っていた。
彼女が話し掛けて来たのは、本当に久しぶりの事だ。

この中庭で、俺を好きだと言った彼女の縋る腕を振り払った。それ以来だった。俺は警戒心を解かずに、目を逸らしてから答えた。

「……何?」
「あの、元気ないね……?」

不機嫌にしっかりと発した俺の声に対して、それは弱々しい小さな声だった。いつも仁王立ちで上からモノを言う傲慢な鴻池自身だと思えないほど。一瞬、別人?と感じたくらいだ。

「……」
「何か、あった?……今日の練習来るよね」
「うん。―――行く」

最後の質問にだけ、答えた。
自分に言い聞かせるつもりではっきり答える。

部活、行かなきゃ。―――うん。

俺は立ち上がって、鴻池を視界に入れないようにしながら中庭から立ち去る。何となく心配してくれているのでは……と感じたが、心を許す気にはどうしてもなれない。ねーちゃんと擦れ違っていると彼女が知ったら『それ見た事か』と言われるような気がした。だから今の複雑な心情を彼女の前で表に出すのは、絶対に嫌だった。

その背中を切なそうに静かに、鴻池が見送っていた。
そんな事に全く気付かないまま、俺はドアを潜って体育館を目指した。






**  **  **






その夜。
言葉少なに夕飯を食べて後片付けをした後、俺らは再びダイニングテーブルに座った。ねーちゃんが、もうすぐ寝る時間である事を考慮してノンカフェインの番茶を入れてくれる。

俺は何と切り出していいか、迷う。
言いたい事は、昨日言った通りだ。

『T大受験をやめて、札幌に残って欲しい』

それだけ。
この家で、俺の傍にずっといて欲しい。
朝ご飯を一緒に食べ、夜ご飯を一緒に食べ。
時々昼ご飯を一緒に食べて、休みには連れ立って出掛ける。ずっと家に居たって良い。

とにかく一緒にいたい。
離れたく無い。
目の前から、日常からねーちゃんが居なくなるなんて―――絶対に嫌だ。

口火を切ったのは、ねーちゃんだった。
両手に包み込むように持ったマグカップから、番茶をひと口コクリと飲み、テーブルの辺りに目を落しながらゆっくりと切り出した。

「あのね、昨日言っていたコトだけど……一緒の家に暮らしていないと『付き合う』のって、難しいのかな」

ねーちゃんの台詞、言葉は理解できるのに言っている意味が理解できない。
彼女の発する言葉にいちいちざわめきを発する胸の中の得体の知れないものを、俺は何とか押さえつけて返答した。当たり前の事を聞かれて、応えるのって―――何だかひどく疲れる。

「難しいよ。『付き合う』って、2人で一緒にいることでしょ?」
「そうなの?一緒にいないと……『恋人』ではいられない?」
「当たり前でしょ」

俺はムッとして、声を低くした。

「手も繋げない、面と向かって話もできない―――毎日会えないなんて、付き合っているなんて言えないよ」
「―――会えるでしょ?休みには札幌に帰って来るし、スカイプだってあるから顔見て話すこともできるし」
「ねーちゃん……俺が傍にいなくて、寂しくないの?……一緒に居られなくなったら―――俺は淋しいよ!」

話の伝わらない相手に苛立ち、思わず声を荒げた。

「私も寂しいけど……」

ねーちゃんは、マグカップに目を落して声のトーンを落とした。



やば。



俺は少し焦った。ねーちゃんに対して、興奮して荒い口調で話してしまった自分に気が付く。彼女を怖がらせるつもりは無かった。

彼女の様子を伺うと、怯えている様子は無くて……思わずホッと息を吐いた。ねーちゃんは自分の考えに集中しているようだった。真剣な視線を、マグカップに注ぎ続けている。

「でも、やりたい事に挑戦しないで我慢して傍にいるのって、なんだか違う気がする……」

ねーちゃんは一言一言、丁寧に発した。

だけど口振りから、ねーちゃんも自分の言っている事に確信を持っている訳では無いのだと、何となく感じとった。
自分を納得させるように、ゆっくりと発音している。そんな気がする。

「清美が中学のとき、家は一緒だったけどずっと離れていたでしょう?話もしなかったし……寂しかったけど……大丈夫だった。清美の事大事な気持ちは、変わらなかったよ?」

愛の告白のような台詞に、一瞬俺は動揺する。



だけど。



ねーちゃんはそう言うけど。
『大丈夫だった』って言うけど。

俺はあの時苦しかった。堪らなく苦しくてバスケに逃げるしかなかった。他の女の子を好きになれなくて……ねーちゃんばかり求めているくせに、そのねーちゃんを避けて暮らしている日常が嫌で堪らなかった。

やっぱり―――ねーちゃんと俺の『好き』って、質が違うのだろうか。

俺がねーちゃんを求めるほど強く、ねーちゃんは俺を望んでいない。
喉が渇くように俺がねーちゃんを求めているのに、ねーちゃんが俺を見る眼差しは温かいけれど……何もかも捨てても良いほど、強くはない。

考えるのを避けていた、心の中にわだかまったままの問題がゆっくりと鎌首をもたげ始める。



ねーちゃんは、俺の事を男として好きな訳では無いのじゃないか?
自分に告白してきた男が俺しかいないから付き合う事に頷いただけで、他の男から誘われたら、その相手が俺より合う相手だったら―――今度はすんなり……そいつに心を移すんじゃ、ないか?



「俺は」



俺は、混乱していた。



「俺は離れていた時、すごく苦しかった。辛かった。だから、高校はねーちゃんと同じ所を受けたんだ。少しでも長くねーちゃんと居たくて―――好きな事より、バスケよりねーちゃんの方が大事だったから。本当は私立高からスカウトが来ていたんだ。でも、ねーちゃんと一緒に居たかったから断ったよ。……それなのにねーちゃんは好きな事が大事だったら、俺から離れても大丈夫なの……?ねーちゃんは、俺の事本当に好きなの?それで、好きって言えるの?」

体の中に渦巻いていた、一番言わない方が良いって思った台詞を全部言ってしまった事に気が付いた。

―――気が付いたのは、体から言葉を全部絞り出した直後だった。

所在無げにマグカップを見ていたねーちゃんは、弾かれたように俺を見ていた。
驚きの感情が、その瞳に揺れている。

「スカウトを断って、T高校を受けたの?私のために……?」
「いや……」

嘘を言っている訳では無いが、ついねーちゃんの真剣な眼差しに怯んで否定の言葉がでそうになる。

「……」
「……」

考え込むように、ねーちゃんはまたマグカップに視線を落として黙り込んだ。
俺も言葉を掛ける事ができないほど―――張り詰めた表情の彼女に、思わずゴクリと唾を呑み込んだ。

俺は踏んではいけない地雷を踏んでしまったのかもしれない。
法廷の被告人席に放り出された気持ちがして、急に体温が下がるのを感じた。

「私『清美を苦しめて』いたのかな?『振り回して』いた?……『解放』したほうが、やっぱり良いのかな……?」

ぽつりと呟いた台詞は、本当にねーちゃんの物だっただろうか?
何処か借りて来たような台詞だった。



「清美」



俺は、ただねーちゃんを喰い入るように見つめていた。
のろのろと、彼女がマグカップから俺へと視線を移した。その瞳の奥に揺れている感情は何なのか―――黒曜石だった瞳は、いまは黒いガラス玉のように空虚な色を湛えていた。

「付き合うの、やめようか」

ねーちゃんが発している、言葉の意味がわからない。
音としてはっきりと耳に届いているのに、その意図を理解するのを、俺の脳は拒否していた。
だけど、彼女が冗談を言っている訳では無い事は、その声音の真剣さで感じ取れる。

「姉弟に戻ろう」

俺は、言葉を返さなかった。
部屋を、沈黙が支配する。

5分か―――10分か……無言のまま見つめ合って―――俺はねーちゃんから視線を逸らした。

根負けしたのは、やはり俺の方だった。
だけど、かろうじて捨て台詞を残すことができた。

「もう戻れないよ、ねーちゃん……」
「清美……」
「ねーちゃんの言っていること、俺、分からない―――もう、寝る」

俺は席を立ってマグカップをキッチンのシンクに置く。
そしてまた―――2階の自室へ逃げ込んだのだった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

恋人、はじめました。

桜庭かなめ
恋愛
 紙透明斗のクラスには、青山氷織という女子生徒がいる。才色兼備な氷織は男子中心にたくさん告白されているが、全て断っている。クールで笑顔を全然見せないことや銀髪であること。「氷織」という名前から『絶対零嬢』と呼ぶ人も。  明斗は半年ほど前に一目惚れしてから、氷織に恋心を抱き続けている。しかし、フラれるかもしれないと恐れ、告白できずにいた。  ある春の日の放課後。ゴミを散らしてしまう氷織を見つけ、明斗は彼女のことを助ける。その際、明斗は勇気を出して氷織に告白する。 「これまでの告白とは違い、胸がほんのり温かくなりました。好意からかは分かりませんが。断る気にはなれません」 「……それなら、俺とお試しで付き合ってみるのはどうだろう?」  明斗からのそんな提案を氷織が受け入れ、2人のお試しの恋人関係が始まった。  一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後デートしたり、氷織が明斗のバイト先に来たり、お互いの家に行ったり。そんな日々を重ねるうちに、距離が縮み、氷織の表情も少しずつ豊かになっていく。告白、そして、お試しの恋人関係から始まる甘くて爽やかな学園青春ラブコメディ!  ※特別編9が完結しました!(2026.3.6)  ※小説家になろう(N6867GW)、カクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想などお待ちしています。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

さよなら、私の初恋の人

キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。 破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。 出会いは10歳。 世話係に任命されたのも10歳。 それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。 そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。 だけどいつまでも子供のままではいられない。 ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。 いつもながらの完全ご都合主義。 作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。 直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。 ※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』 誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。 小説家になろうさんでも時差投稿します。

処理中です...