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・後日談・ 俺とねーちゃんのその後の話
32.酔っぱらいのあつかい方 <清美>
しおりを挟む普段息子にビシッと指示をする姿を見ているから。
妻に思いっきり甘えている我が父親を見ていると、芯から引いてしまう。
最初は確かに朗らかに飲んでいるだけだった。
「晶頑張ったなぁ、偉いぞ」
「晶が家から出て行くなんてな……思えば一緒に暮らすようになって7年か……寂しいなぁ」
「いつでも戻って来ていいんだぞ!独り暮らしに疲れたら帰ってこい!」
「ハナ~、晶がなぁ……ちっちゃかった晶が独り暮らしだって、信じられるか?」
「寂しいなぁ」
とーちゃんはねーちゃんを励ましている内にどうやら自分が寂しくなってしまったらしく、酔いが進むにつれてかーちゃんに絡み、甘えだした。
ちなみに余談だがとーちゃんと出会ってからねーちゃんの身長はほとんど変わってない。今もちっちゃいままだ。
通常抑えている本能が炸裂してしまうのだろうか。
家族でいる時かーちゃんに甘えるとーちゃんを目にするが、それはあくまで親しい人間だからそうと見分けられる程度の違いでしかない。あからさまに表現されている訳では無いが、俺とねーちゃんには『あ、今かーちゃんに甘えているな』『構われないで拗ねているな』と察することができる程度のものだ。社会人として、一応体面は保っているのだろう。
ここまで酔っぱらったとーちゃんを俺は初めて目にしたが、かーちゃんは慣れた仕草で素っ気なくそれでいて完全にとーちゃんが拗ねてしまわないラインぎりぎりで相手をしながら、俺に部活の活動状況を尋ね、ねーちゃんと新しい生活の話をする。
俺は顔を顰めたが、ねーちゃんはいつもの何を考えているのかわからない無表情で時たまチラリととーちゃんの様子を確認するだけだった。かーちゃんも気にしてないようにニコニコしているし、女性陣の心の強さを実感してしまう。
時間が経過するに連れて酔っぱらいは徐々に姿勢を保てなくなり、横に座るかーちゃんに凭れ掛かりやがてその膝を枕にして眠ってしまった。
「とーちゃんって、酔っぱらうといっつもこうなの?」
俺が本当に嫌そうに聞いたので、かーちゃんはプッと噴き出した。
「そう。昔っから油断すると、こう。でも、仕事の飲み会ではキリっとしてるけどね……今日はよっぽど家族旅行が嬉しかったんだね。仕事ばっかりで晶や清美と過ごせない事、やっぱり気にしているから……それに、晶とはしばらくこういう時間作れなくなるし、寂しくて飲みすぎちゃったのかも」
さんざん絡んできて、最期には潰れてしまった相手に対して寛大過ぎやしないか。結局かーちゃんはとーちゃんに甘いのだ。とーちゃんもそれを判っていて、思う存分寄り掛かってしまうのだろう。
「とーさん、幸せそうな寝顔」
ねーちゃんが、笑顔で膝枕に埋まっている大きい男を覗き込んで言った。
「ほんとだ。スゲーニヤついてる……良い夢見てるんだろーなー」
俺も腰を上げてとーちゃんの顔を覗き込んだ。若く見えるけど目尻や口の端に少し皺があって、とーちゃんも年を取ったな~と心の中で呟いた。
「うーん、そろそろ膝が痺れてきた……あっちのベッドに運ぼうかな?清美、手伝ってくれる?」
かーちゃんが、初めて眉を顰めてギブアップを宣言した。小柄なかーちゃんの膝は大きな男に圧し掛かられて悲鳴を上げているのだろう。
俺は頷いてうつ伏せに潰れている体の左脇に頭を入れるようにして、緩んだ長身の体を助け起こした。右側をかーちゃんが支えて、2人で何とか奥の間のベッドに何とか運び出す。ねーちゃんは、扉を開けたり掛け布団と毛布を捲ったり先回りして準備を整えた。
ぼすん。
と大荷物を放り出すと、スプリングの反発でぼよんっとマットレスが跳ねた。
「うわっ」
「ハナ~~」
無事辿り着いたと思ったら、寝惚けたとーちゃんにかーちゃんが捕まった。大きな左手がかーちゃんの小柄な体を引き込んでぎゅっと抱き込んでしまう。
「和美ぃ、離して~」
かーちゃんが身じろぎすると「うーん」と呻いて、抵抗を封じ込めるように更にいましめを強くされてしまった。
「……かーちゃん、どーする?起こして剥がそうか?」
「……うーん。起きたら面倒臭いし、様子見て力が緩んだら抜け出すわ。そっちで遊んでていいよ」
え。
……2人きり?
動揺してねーちゃんを振り返ると、ねーちゃんは欠伸を噛み殺していた。目がショボショボしている。これまで早寝早起き体制で勉強してきたから起きているのが辛いのかもしれない。
時計は午後11時を回っていた。
「じゃあ、かーちゃんが抜け出して来たら俺がそっち寝るよ。ねーちゃん眠そうだから、先に布団入ったら」
コテージになっているこの部屋はベッドルームにベッドが2つ、襖を隔てた和室に布団が2つ並べてある。和室には余裕があって、こちらのテーブルでさっきまで4人で合格祝賀会と称してお菓子を広げて乾杯していたのだ。
「ごめんね~清美」
かーちゃんががっしりした腕の檻の中から、申し訳なさそうにくぐもった声を上げた。当の『檻』のほうはというと、口元を緩めただらしない顔のまま、目を覚ます気配を微塵も醸し出さない。
俺達は諦めて、襖を閉めて和室に戻った。
「ねーちゃん、寝ていいよ」
「ん……じゃあ、歯磨こうかな……」
やはり限界なようだ。ねーちゃんは素直に頷いて、洗面所へふらふらと歩いて行った。
寝巻用の簡素な浴衣に掛かるやかな黒髪。
俺は華奢な後ろ姿を、目に焼き付けるように見つめた。
いつか見た夏祭りの愛らしい浴衣姿が、その背中に重なる。
あの時は想像もしていなかった。
俺の願いが叶うなんて。
そして一旦手に入れた愛しい存在を、手放さなければならない事がこんなにも苦しい事だなんて。
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