115 / 211
・後日談・ 俺とねーちゃんのその後の話
34.ミノムシとダイフク <清美>
しおりを挟むふと目を覚ますと、ねーちゃんが俺の顔を覗き込んでいた。
「……わっ!」
「あ、ゴメン。起こしちゃった?」
「いや……ねーちゃんも目、覚めたの?……今……なんじ?」
「1時過ぎ……かな」
俺は体を起こして、布団の脇にぺたんと座り込んでいるねーちゃんと向き合った。
「……眠れないの?」
「んー眠れると……思うけど……」
浴衣に温かい羽織を着こんでいる。少し俯いてそう言った彼女はふとテーブルの上に目を移した。
そして彼女はペットボトルを手に取り、蓋を開けて一口飲む。それから俺の方を見て尋ねた。
「清美も何か飲む?」
「うん」
するとねーちゃんは、テーブルからもうひとつペットボトルのお茶を手に取って、俺に差し出した。
あ、ねーちゃんの飲んだヤツくれるわけじゃないのね?
ちょっと残念に思いながらも、ペットボトルの蓋を開け口を付けた。
ごくごく。
寝覚めの少し乾燥した喉に、潤いが染み込んだ。
「あの、ね」
言いづらそうにするねーちゃんの次の言葉を、俺は辛抱強く待った。
「……受験、応援してくれて、ありがとう。すごく助かったし、嬉しかった……受かったの、清美のおかげだよ」
ねーちゃんは、ふわりと笑顔になる。
それはまるで、俺に『愛おしい』と言葉に出さずに告げているかのよう……そう錯覚してしまうほど、素敵な笑顔で……
「うん」
かろうじて短い返事を返すのが精一杯だ。
語尾が軽く震えてしまうほどに。
「私、東京に行くね」
「……うん」
どうしよう。
悲しい。
とうとう、ねーちゃんの口から直接、東京行きを宣告されてしまった。
どうしようもなく、それが実行されるのだと、焼き印を押されたみたいに体に衝撃が走る。
ねーちゃんは、膝の上に置いている小さな白い手をぎゅっと握りこんで、視線を落とした。
「清美、あのね」
「うん」
それから、決意するように顔を上げて俺の瞳をとらえた。
「清美は私の自慢の、大事な大事な弟だから。それはずっと、変わらないから」
見上げる大きな黒いつぶらな宝石が常夜灯の光を受けてキラキラと輝いている。
「……」
なんと言って良いのかわからない。
なんと捕らえて良いのかも。
『大事な弟』と言われ、『ずっと変わらない、自慢だ』と言われて。
嬉しくもあり、悲しくもあった。
どちらかの感情が大きくなれば、一方の感情が打ち消されてしまう訳じゃない。
だから、どう答えて良いかわからなかった。
ただ体中の感覚を全て絡めとってしまう程の強い思いが、体の隅々まで満ちて来て。その事実をわかって貰いたくて、俺はねーちゃんの震える瞳から目を逸らさずにいた。
「あの、ね。最後だから……隣で寝ない?昔お昼寝したみたいに……手を繋いで眠りたいな」
「えっ……」
ねーちゃんのこの申し出にはさすがに動揺を隠せない。
目を逸らしてしまった俺の気持ちを酌んだように、ねーちゃんは寂しそうに笑った。
「ダメだよね。もう高校生だもんね……ゴメンね。我儘言って」
「……」
「……明日は早起きして露天風呂入ろうかな?こんな素敵なところ、なかなかもう、来れないよね。きっと」
ふふっと笑ってねーちゃんは、何も無かったように言った。
「おやすみ、清美」
俯く俺に優しく言って、ねーちゃんは壁際の布団に戻って行った。
彼女がホテルのフカフカした掛け布団に潜り込むと、小さいダイフクのような塊ができる。
あのダイフクの中にもう二つ小さなダイフクがあるんだな。とぼんやりと思う。ねーちゃんの柔らかい頬。それがとても美味しそうに見えて、衝動的に噛みついてしまった事があったっけ。あの時のねーちゃんは俺の思いにちっとも気付いてくれなくて、ただ『弟』が悪ふざけをしてしまったのだと、思い込んでいたらしい。
ふっと口元に笑いが込み上げて来た。
最後なのに。
なにを、躊躇う事がある?
今後一生、隣に枕を並べて眠る機会など巡って来ないかもしれない。
俺は立ち上がり、布団一式をズルズルと引っ張った。
最初の位置に持っていく。ピッタリとねーちゃんの布団の横に俺の布団をくっつけた。
気配に気が付いたのか、ピクリと布団の中身が動いた。
俺はねーちゃんの布団の隣に寄り添った形で、自分の掛布団の中に体をうずめる。自分が勝手に国境線を侵さないように、掛け布団の端をきっちり自分の体に巻き込む。いわばミノムシ状態。そして、右腕だけをそこからはみ出させ、ポン、ポン、とねーちゃんの肩があるであろう場所にアタリをつけて叩いた。
「ねーちゃん、手、繋ごう」
ピクリとダイフクが身じろぎして、布団の隙間から、そっと華奢な白い指が現れた。俺はその指先を捕まえて、掌と掌を合わせるようにしっかりと繋ぐ事に成功した。
恋人繋ぎじゃなくて―――小学生の頃、水溜まりに川喜多に突き落とされて怒りに震える俺の手を、引っぱり上げてくれた、あの時の繋ぎ方。
『姉弟』の繋ぎ方だ。
体温がじんわりと伝わって来て、ねーちゃんの温かみが……薄い皮膚を通して俺を侵す。
もっと、俺を侵して。
捕らえて、全てねーちゃんでいっぱいにして欲しい。
他の事が何も考えられないほど、掌を通して心臓も胃も肝臓も、足の爪先、髪の毛の一本一本まで、俺を満たして欲しい。
その様をつぶさに―――目を閉じて創造した。
そのとき、ある事実に気が付いた。
俺が捕まえているねーちゃんの左手。その指先が微かに濡れている。
ねーちゃんに爪を噛んだり、指をしゃぶるような癖は無い。
あるとすれば……俺はミノムシの蓑から上半身を引き抜き、ねーちゃんを包み込むダイフクの皮に手を掛けた。顔があると思しき部分をそっと捲ると……
ねーちゃんは、声を殺して泣いていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
恋人、はじめました。
桜庭かなめ
恋愛
紙透明斗のクラスには、青山氷織という女子生徒がいる。才色兼備な氷織は男子中心にたくさん告白されているが、全て断っている。クールで笑顔を全然見せないことや銀髪であること。「氷織」という名前から『絶対零嬢』と呼ぶ人も。
明斗は半年ほど前に一目惚れしてから、氷織に恋心を抱き続けている。しかし、フラれるかもしれないと恐れ、告白できずにいた。
ある春の日の放課後。ゴミを散らしてしまう氷織を見つけ、明斗は彼女のことを助ける。その際、明斗は勇気を出して氷織に告白する。
「これまでの告白とは違い、胸がほんのり温かくなりました。好意からかは分かりませんが。断る気にはなれません」
「……それなら、俺とお試しで付き合ってみるのはどうだろう?」
明斗からのそんな提案を氷織が受け入れ、2人のお試しの恋人関係が始まった。
一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後デートしたり、氷織が明斗のバイト先に来たり、お互いの家に行ったり。そんな日々を重ねるうちに、距離が縮み、氷織の表情も少しずつ豊かになっていく。告白、そして、お試しの恋人関係から始まる甘くて爽やかな学園青春ラブコメディ!
※特別編9が完結しました!(2026.3.6)
※小説家になろう(N6867GW)、カクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想などお待ちしています。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
訳あり冷徹社長はただの優男でした
あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた
いや、待て
育児放棄にも程があるでしょう
音信不通の姉
泣き出す子供
父親は誰だよ
怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳)
これはもう、人生詰んだと思った
**********
この作品は他のサイトにも掲載しています
さよなら、私の初恋の人
キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。
破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。
出会いは10歳。
世話係に任命されたのも10歳。
それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。
そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。
だけどいつまでも子供のままではいられない。
ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。
いつもながらの完全ご都合主義。
作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。
直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。
※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』
誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。
小説家になろうさんでも時差投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる