捕獲されました。

ねがえり太郎

文字の大きさ
314 / 375
新妻・卯月の仙台暮らし

29.尋ねました。

しおりを挟む
 仁さんはもともと、普通に会社勤めをしていたそうだ。八年ほど働いた後会社を辞め、暫くあちらこちらを放浪しているうちにこの辺り一帯で大規模な地震が起こった。その時彼は海外にいたのだけれど、仙台に住む友人の祖父が心配で帰国したそうだ。忙しい身の友人とバトンタッチする形で帰国後はそのおじいさんの家の片付けや仕事のサポートをして過ごす。おじいさんも年も年だし数年前に奥さんと死に別れた一人暮らしだったので、心配なのもあってそのまま同居を続けることに。ついでにそこを拠点にボランティアで復興の手伝いなどに奔走していたらしい。

「爺さんの方はもう落ち着いたんだけどね。そのまま結局ここに居つくことになったんだ」
「へぇー」

 何でも仁さんの言うには、街のサイズがちょうど良いらしい。コンパクトに必要な施設が纏まっていて、足を延ばせばすぐ緑生い茂る山にも豊かな海にも手が届くので、過ごしやすいと感じているそうだ。
 確かにそうかも、とその意見に頷いていると、伊都さんがピョコンと立ち上がった。

「伊都さん?」
「あの、お手洗いに……」
「伊都。トイレならそこ真っすぐ行って、突き当りを曲がったとこだ」

 半個室の出入口を出て行こうとした所で仁さんが伊都さんに声を掛ける。伊都さんは了解を示すように、真剣な表情でコクリと頷きを返してから出て行った。その一連の遣り取りを目にしていた私は思った。

 うーむ、はっきり言って仁さんって過保護……!

「ご夫婦ではないと先ほど伺いましたが」

 仁さんが傾けた烏龍茶の入ったグラスが、カランと音を立てた。ん?って感じで首を傾ける。私は慎重に声を落とした。

「もしかして仁さんって伊都さんのこと……」
「はぁ?!」

 私の言わんとしていた意味を正確に読み取ったらしい。しかし仁さんはドンと、グラスをテーブルに置いて目を剥いた。

「ないない!あるわけ、ない!」

 と、猛然と抗議の声を上げた。私はちょっと拍子抜けしてしまう。今の今、私の中ではカッチリ腑に落ちたばかりだったからだ。

 人付き合いが苦手な伊都さんは当然恋愛にも疎そうだ。そんな伊都さんを憎からず思う近しい男性である仁さん。突かず離れず、彼女の気持ちが自分に向くのを大きな気持ちで待っている……なんてそんなロマンスの図式がポン!とトースターから飛び出したばかりの焼き上がったトーストのように、頭に浮かんだところだったのだ。

「でも、ものすっごく過保護ですよね」

 そう、たぶん普通は分かりやすく表示されているであろう居酒屋のトイレの場所まで解説するのは、人見知りの伊都さんが店員さんに話し掛けるのを躊躇うだろうと予測してのことだと考えたのだ。それでなくともご飯を作ったり、社交性の低い伊都さんを励まして店番をやらせたり……と何くれとなく彼は彼女の世話を焼き、見守っている。これを過保護と言わずして、何と言おうか。

 すると仁さんはフッと自嘲気味に口元を緩めた。

「負債を返しているだけだよ」

 それは笑顔なのに―――瞳の奥は静かなような不思議な表情。

「負債……?」

 尋ね返すと、仁さんはニコッと再び邪気の無い微笑みを取り戻した。

「第一、伊都は俺の好みと掛け離れてますから」
「好み、ですか」

 そうして今度はニヤリと揶揄うように破顔した。

「実は卯月さん―――みたいな子が好みなんです」
「……へっ……?」
「見た目も話し方も……優しい所も、好みです」
「なっ……え、え?!」

 突然褒め言葉を浴びせかけられた私はパニックだ。どう返答して良いか分からずオタオタしていると、仁さんはいかにも楽しそうに噴き出すのだった。

「ぷっ……アハハ。真っ赤ですね」

 指摘されて思わずほっぺたに手をやる。その時漸く、はぐらかされたのだと気が付いた。

「冗談ですね?!揶揄うなんて、酷いです!」
「いや、ホントに本気ですよ」

 どうやら仁さんはこれ以上、さっきの話を続けたくないようだ。彼にとっては私のような単純な思考回路の人間を煙に巻くのは簡単なことなのだろう。そう思ったけれども―――相手が話したくないことまで踏み込みたいとは思わない。私はそれ以上、二人の間柄について追及するのを再び諦めることにした。

 ちょうどそこへ伊都さんが戻って来た。なぜかオドオドと視線を動かし、焦った様子で言い訳を述べる。

「スミマセン!あの、あのあの……トイレ分かりづらくて!遅くなりました……」

 彼女は焦りつつも、ちょこんと私の横に腰掛ける。

「……どうしました?」

 そして咄嗟に受け答えする言葉が出て来ない私の顔を、我に返った様子の伊都さんがキョトンと覗き込む。私は慌てて首を振った。

「何でも無いです。ええと、店長さんがひどい冗談を言っただけで」
「冗談……?」

 首を傾げる伊都さんは、今度はもの問いたげに仁さんを見る。

「そんなことないんだけどね……あ、俺もちょっとトイレ」

 いそいそと、今度は店長が立ち上がった。

「大丈夫ですか?」

 伊都さんが心配気に私を見守る。もともとは伊都さんの目の届かないところでこっそり尋ねてしまった私の質問が切っ掛けだった。それを説明するのも微妙だな、と逡巡していると割と直ぐに仁さんが戻って来る。

「そろそろ出ましょうか」
「あ、はい」

 仁さんがお会計を済ませてくれたのだと気が付いたのはその時だ。恐縮しきりの私に、仁さんは鷹揚に笑ってくれた。
それからバッグを手に半個室を出る。廊下を戻ろうとすると、伊都さんが何故かその前に立ちふさがっていた。

「伊都さん?」
「あの!こっちは混んでいますので、あちらから!その、あちらからグルっと回って行きませんか?」

 明らかに強張った顔で挙動不審な様子の伊都さん。しかし仁さんは意に介さずに「何を訳の分からないことを言っているんだ」と軽く伊都さんを押しのけて歩き出す。迷ったけれども、伊都さんの言う道のりは多分出口に通じていないことは明白だった。

「伊都さん、行きましょ?」

 と促して仁さんに付いて歩き出すと、伊都さんは肩を落としつつ大人しく後に付いて来た。

 人が苦手だから、混んでいる場所を通りたくなかったのかな?でも体の大きな仁さんの後ろについて行けばそれほど人と接触しなくても大丈夫そうなものだけれど……。

 そこで何気なく通り道の両脇に並ぶ半個室に目が行った。
 見覚えのあるようなシルエットに、思わず視線が止まる。

「え……」

 その半個室には背の高いスーツの男性がいた。椅子には座っていない。もしかして私達と同じように会計を済ませて店を出ようとしているのかもしれないけれど―――そうとも言い切れない状態だった。だって、その男性には同じようにスーツ姿の髪の長い女性が抱きついていたから。



「たっ……たけし、さん」



 脊髄反射のように名を呼ぶと、その背の高いスーツの男性は振り向いた。



「うづき……」



 呆然と私を見ている眼鏡の男性は、まさしく私の夫だった。その声に丈さんの胸に顔をうずめていた女性が顔を上げた。

「卯月さん、行きましょう」

 グイッと大きな腕に肩を抱かれ、私は半ば引き摺られるように廊下を進んだ。女性の顔が見えるか見えないかのタイミングで、呆然とする私を仁さんが引っ張ってくれたのだった。

 伊都さんは暫くその場に立ち止まったまま、キョロキョロと丈さんと私を交互に視線を向けていたけれども、いよいよ私達が店を出る時、慌てて一目散に走り寄って来たのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


続けて読んでいただいている方々はご承知のことと思いますが、今回もそれほど揉めずに終わる予定です<(_ _)>
しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 みんなと同じようにプレーできなくてもいいんじゃないですか? 先輩には、先輩だけの武器があるんですから——。  後輩マネージャーのその言葉が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  そのため、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると錯覚していたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。そこに現れたのが、香奈だった。  香奈に励まされてサッカーを続ける決意をした巧は、彼女のアドバイスのおかげもあり、だんだんとその才能を開花させていく。  一方、巧が成り行きで香奈を家に招いたのをきっかけに、二人の距離も縮み始める。  しかし、退部するどころか活躍し出した巧にフラストレーションを溜めていた武岡が、それを静観するはずもなく——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  先輩×後輩のじれったくも甘い関係が好きな方、スカッとする展開が好きな方は、ぜひこの物語をお楽しみください! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22
恋愛
弟を探す旅の途中、身分を隠して村で薬師として生きていたセラは、 ハープの音に宿る才を、名も知らぬ貴族の青年――王弟レオに見初められる。 互いの立場を知らぬまま距離を縮めていく二人。 だが、ある事件をきっかけに、セラは彼の屋敷で侍女として働くことになり、 知らず知らずのうちに国を巻き込む陰謀へと引き寄せられていく。 人の生まれは変えられない。 それでも、何を望み、何を選ぶのかは、自分で決められる。 セラが守ろうとするものは、弟か、才か、それとも―― キャラ設定・世界観などはこちら       ↓ https://kakuyomu.jp/my/news/822139840619212578

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処理中です...