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新妻・卯月の仙台暮らし
出張です。 <亀田>
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案の定、桂沢部長の病室には何故か『鬼東』こと東常務がどっかりと腰を落ち着けていた。ひょっとして見張っているつもりだろうか? 彼の執着心と嫉妬深さは折り紙付きだ。その割に俺をこんな所に呼び出すなんて―――絶対何か、ある。嫌な予感しかしなかった。
型通りの挨拶と引継ぎを終えると、鬼東こと東常務が無言で立ち上がり俺を一瞥して病室を立ち去った。これは当然ついて来い、と言うことだよな。
申し訳なさそうに眉を下げる桂沢部長に頭を下げて部屋を出る。引継ぎの間も腕組みをしたまま微動だにしない東常務の威圧感に、大きなストレスを感じていた。だからここを一刻も早く逃げ出したい気持ちは山々なのだが、どうやらこのまま帰る訳にはいかないようだ。
出張の指示をした俺の直属の上司は気付いていないのか、それとも敢えて触れなかったのかは分からないが、突然命じられた仙台出張そのものにも、この東常務の意向が大きく関わっているのは明らかだった。
院内喫茶室に腰を下ろし、彼は目線だけで『座れ』と言う。俺は黙って東常務とテーブルを挟んだ向かいに着席した。
「翔子には退社して貰うことになった」
相変わらず本題に入るのが早い。効率の悪さを憎んでいる彼は、世間話や社交辞令など余計な枕詞を挟むのを嫌う。と言っても、社交辞令が下手な訳では無い。もちろん相手を選び、話し方を変えているのだ。取引相手やマスコミ、仕事の中核に関わりの無い、例えば下っ端の若手社員や期間限定の派遣社員などと話す時には、穏やかな紳士然として相手の気持ちを解し懐に入り込むその手腕を難なく発揮する。その切り替えの良さは、何度見ても背筋が冷えるような気持ち悪さを感じる。俺には多分、一生真似できそうもない。
翔子、と言うのは桂沢部長のことだ。桂沢部長はこの鬼東の元部下で、かつ元妻でもある。これはかなり以前のことになるが。
何故彼女を退社させるのだろう? 桂沢部長ほどの人材を失うのは我が社にはかなりの損失だ。それほどまでに目の前の彼は神経質になっている、と言うことだろうか。何せ部長が治療を受けているのは産婦人科だ。彼女の顔色はかなり白く見えたが、話し方もしっかりしているし表情から見ても割と元気そうにだった。デリケートな話題だろうと病状を詳しく聞くのは憚られたからその場では追及しなかったが―――ひょっとして重篤な症状なのだろうか。過労……と聞いていたが検査のついでに腫瘍か何かが見つかってしまった、とか。
思わず眉を顰めた俺の表情を読んだように、東常務は首を振った。
「別に治らない病ってワケじゃない。体調が思わしくない処に過労が重なっただけだ。ただ、切迫早産の疑いがある。高齢出産になるから大事を取って辞めて貰うことになった」
「……高齢出産、ですか」
産科のベッドに空きが無かったため、現在婦人科の区域にいるそうだ。空きが出次第、移動するらしい。『出産』と言う単語に驚いたものの、病気の方は取返しの付かないものではないようでホッとする。その子供のもう片方の親の名前は―――こうなれば、言うまでもないだろう。
離婚後随分経過したが、鬼東がその妻に未練を残しているのは傍目にも明らかだった。だからこそ、これまで社内で下手に彼女に手出ししようと言う人間がいなかったのかもしれない。桂沢部長はいまだ再婚もせずに独身を貫いている。
二人が和解したのか、それとも桂沢部長がとうとう絆されたか拒絶するのを諦めたのか―――どちらかだろう、と想像した。
型通りの挨拶と引継ぎを終えると、鬼東こと東常務が無言で立ち上がり俺を一瞥して病室を立ち去った。これは当然ついて来い、と言うことだよな。
申し訳なさそうに眉を下げる桂沢部長に頭を下げて部屋を出る。引継ぎの間も腕組みをしたまま微動だにしない東常務の威圧感に、大きなストレスを感じていた。だからここを一刻も早く逃げ出したい気持ちは山々なのだが、どうやらこのまま帰る訳にはいかないようだ。
出張の指示をした俺の直属の上司は気付いていないのか、それとも敢えて触れなかったのかは分からないが、突然命じられた仙台出張そのものにも、この東常務の意向が大きく関わっているのは明らかだった。
院内喫茶室に腰を下ろし、彼は目線だけで『座れ』と言う。俺は黙って東常務とテーブルを挟んだ向かいに着席した。
「翔子には退社して貰うことになった」
相変わらず本題に入るのが早い。効率の悪さを憎んでいる彼は、世間話や社交辞令など余計な枕詞を挟むのを嫌う。と言っても、社交辞令が下手な訳では無い。もちろん相手を選び、話し方を変えているのだ。取引相手やマスコミ、仕事の中核に関わりの無い、例えば下っ端の若手社員や期間限定の派遣社員などと話す時には、穏やかな紳士然として相手の気持ちを解し懐に入り込むその手腕を難なく発揮する。その切り替えの良さは、何度見ても背筋が冷えるような気持ち悪さを感じる。俺には多分、一生真似できそうもない。
翔子、と言うのは桂沢部長のことだ。桂沢部長はこの鬼東の元部下で、かつ元妻でもある。これはかなり以前のことになるが。
何故彼女を退社させるのだろう? 桂沢部長ほどの人材を失うのは我が社にはかなりの損失だ。それほどまでに目の前の彼は神経質になっている、と言うことだろうか。何せ部長が治療を受けているのは産婦人科だ。彼女の顔色はかなり白く見えたが、話し方もしっかりしているし表情から見ても割と元気そうにだった。デリケートな話題だろうと病状を詳しく聞くのは憚られたからその場では追及しなかったが―――ひょっとして重篤な症状なのだろうか。過労……と聞いていたが検査のついでに腫瘍か何かが見つかってしまった、とか。
思わず眉を顰めた俺の表情を読んだように、東常務は首を振った。
「別に治らない病ってワケじゃない。体調が思わしくない処に過労が重なっただけだ。ただ、切迫早産の疑いがある。高齢出産になるから大事を取って辞めて貰うことになった」
「……高齢出産、ですか」
産科のベッドに空きが無かったため、現在婦人科の区域にいるそうだ。空きが出次第、移動するらしい。『出産』と言う単語に驚いたものの、病気の方は取返しの付かないものではないようでホッとする。その子供のもう片方の親の名前は―――こうなれば、言うまでもないだろう。
離婚後随分経過したが、鬼東がその妻に未練を残しているのは傍目にも明らかだった。だからこそ、これまで社内で下手に彼女に手出ししようと言う人間がいなかったのかもしれない。桂沢部長はいまだ再婚もせずに独身を貫いている。
二人が和解したのか、それとも桂沢部長がとうとう絆されたか拒絶するのを諦めたのか―――どちらかだろう、と想像した。
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