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番外編・うさぎのきもち
33.ヨツバの朝
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翌朝起きると運動場でヨツバが毛繕いをしていた。ケージには一応布を掛けて置いたが、自由に出入りできるよう扉を開け放って置いたのだ。お互い楽なのが一番。ヨツバがストレスを感じてまたケージの柵を齧るようになったら困るからな。……なんてのは半分以上言い訳で、とどのつまりケージに戻そうとしたが成功しなかったってだけなんだけど。
運動場の床には小さなカーペットを敷いている。アパートの床は木質フローリングに似せた防水素材だから、きっとヨツバが粗相をしても直ぐに掃除をすればそれほど問題ない。だけど伊都さんが言うには、ツルツル滑る素材はうさぎには相当居心地の悪い物らしい。ヨツバがソファ下やベッド下に潜っていたのは、身を隠すだけじゃなく絨毯やラグが敷かれていて歩きやすい場所だったからなのかもしれない。
岩場じゃなく草原を走る為にうさぎの足の裏は犬や猫と違って肉球が無く毛で覆われている、そうだ。だからツルツルの床だと滑りやすいらしい。このカーペットも伊都さんからの頂き物だ。彼女は『使い古しで余っていたから』と言っていたが見た感じ汚れているようには見えないし、店で捨てるしか無い物だと聞いても初期投資を考慮すると好意だからと言って受け取っていて良い物か悩んでしまう。ペットフェンスの借りもあるしお返しに何か礼をしたいと考えているが……果たして店を訪ねて本人に聞いても、あの伊都さんが素直に欲しい物を言ってくれるだろうか?と疑問に思う。本来なら『うさぎひろば』でうさぎの餌を買ったりするのが一番のお返しになるかもしれないが、まだ十分にストックはあるし、この先どうなるか不透明な状態で買い足すのは難しい。
「卯月さんに聞くか?」
卯月さんは伊都さんとかなり親し気に接していた。彼女なら伊都さんが受け取ってくれるような物に心当たりがあるかもしれない。しかし亀田部長がなぁ……。駅前で、卯月さんと連れ立って現れた俺に向けた鋭い視線を思い出す。若い新妻が部下とは言え男と一緒で面白く無かったのかもしれない。随分大事にしている様子だったからなぁ、やっぱ直接卯月さんに尋ねると言うのは難しいよな。
「ならいっそ、亀田部長に聞いて貰うか」
亀田部長を経由して尋ねれば、不興を買わずに済むかもしれない。しかし超多忙な亀田部長の時間を下っ端の俺のプライベートの為に再び割いて貰うなんて……うん、無理だろ普通に。
ケージの餌と水を替えて、トイレ掃除をチャッチャと済ます。コツを掴んでしまえばなんて事はない作業だ。あんなに大騒ぎしていた自分が恥ずかしい。
やはり俺の情緒がヨツバに与える影響もあったのだろうな、と納得してしまうくらい目の前のヨツバはゆったりと構えている。以前のままだったら少し広い運動場を与えられたとしても、警戒を解かずに隅っこに固まっていたんじゃないかって思う。
俺に話し掛けられようとジロジロ眺められようと何のその、ヨツバは朝の毛繕いを念入りに済ませ、それからのんびりと綺麗になったケージの中に入り餌入れに首を突っ込んだのだった。その鷹揚な態度を見ていると何だか肩の力が抜けて来る。俺は安心してシャワーを浴びる為に浴室に向かったのだった。
「お、ちゃんと牧草食べてるな?」
シャワーを浴び髭を剃り、髪を乾かして居間に戻った。ヨツバは牧草入れから牧草を引き抜いてポリポリと齧っていた。
リーフレットの教えの通り、ペレットの量を少なめに調整したのだ。食い足りないとばかりに牧草を齧るヨツバを見て俺はニンマリと笑った。
ニヤニヤしつつ電気ポッドで沸かしておいたお湯を、コンビニで手に入れたカップ味噌汁に注ぐ。うん、いい香りだな!レトルトも侮れないよな~なんて呟きつつ、袋からおにぎりを取り出し電子レンジで温める。パンでも良かったんだけど、ヨツバの健康的な食生活について考えていたら、自分ももう少しマシな食事をしたくなった。と言っても自炊なんてハイレベルなのは無理なんだが……何となく和食が食べたくなったのだ。
『人間でも柔らかい栄養価の高い食べ物ばかり食べていると成人病になったりしますよね、それと同じです』
伊都さんの笑顔を思い出す。良い事言うよな、なんて。まあ、うさぎにしか矢印と情熱が向いてないようだが。きっとあの人は趣味が仕事になったってクチなんだろうな?
特に甘い物が好きと言う訳では無い、たまたま内定のとれた安定した就職先だからと言う理由で今菓子会社で働いている俺にとっては、そう言う真っすぐな人種は眩しいと言うより背中が痒くなるような変な感情を芽生えさせる。面と向かって顔を合わせるのが面映ゆいような。
そんな事を考えながら味噌汁をすする目の前で、ヨツバは牧草入れから器用に長い牧草を引き抜いてはポリポリと齧っていた。
そう言えばお局のデスクトップがうさぎの写真だった。周りの女性社員が「かわいー♪」とか「癒されますね~」なんてキャアキャア騒いでいたな。うさぎの一般的なイメージってアレだ。『癒し』とか『ふわふわ』とか『可愛い』とか。
確かにぬいぐるみみたいな毛並みも、ぽってりとしたフォルムも可愛らしいと言えばそう言えるかもしれない。
だけど真顔でボンヤリ何もない空間をみつめたままポリポリポリ……と口だけ動かす置物のような様子を見ていると―――俺の脳裏に真っ先に浮かぶのは、喫煙室で魂が抜けたような顔をしてタバコを咥えているスーツ姿の親父達だ。
「案外アイドルの家族ってこんな気持ちなのかもな」
テレビでキラキラ輝いている可愛らしい美少女アイドルやカッコイイ歌って踊れる美少年アイドルも―――自宅ではスウェットの上下で飯食ったり、疲れた顔で溜息を吐いたり、何も考えずにダラダラしている時もあるだろう。当り前のようにトイレにも行くし、欠伸もする。汚い所もみっともない所もあるハズだ。決して表に見せないだけで。
でもそう言う面倒で手間の掛かる、残念な部分があるからこそ―――親しみが湧くものかもしれない。そう言うキラキラしていない親父みたいな部分も可愛いと思えるようになってしまったら、もうそれはドツボに嵌っているって事なのかもな。
……なんて考えている自分に気付いて、ちょっと吃驚した。
運動場の床には小さなカーペットを敷いている。アパートの床は木質フローリングに似せた防水素材だから、きっとヨツバが粗相をしても直ぐに掃除をすればそれほど問題ない。だけど伊都さんが言うには、ツルツル滑る素材はうさぎには相当居心地の悪い物らしい。ヨツバがソファ下やベッド下に潜っていたのは、身を隠すだけじゃなく絨毯やラグが敷かれていて歩きやすい場所だったからなのかもしれない。
岩場じゃなく草原を走る為にうさぎの足の裏は犬や猫と違って肉球が無く毛で覆われている、そうだ。だからツルツルの床だと滑りやすいらしい。このカーペットも伊都さんからの頂き物だ。彼女は『使い古しで余っていたから』と言っていたが見た感じ汚れているようには見えないし、店で捨てるしか無い物だと聞いても初期投資を考慮すると好意だからと言って受け取っていて良い物か悩んでしまう。ペットフェンスの借りもあるしお返しに何か礼をしたいと考えているが……果たして店を訪ねて本人に聞いても、あの伊都さんが素直に欲しい物を言ってくれるだろうか?と疑問に思う。本来なら『うさぎひろば』でうさぎの餌を買ったりするのが一番のお返しになるかもしれないが、まだ十分にストックはあるし、この先どうなるか不透明な状態で買い足すのは難しい。
「卯月さんに聞くか?」
卯月さんは伊都さんとかなり親し気に接していた。彼女なら伊都さんが受け取ってくれるような物に心当たりがあるかもしれない。しかし亀田部長がなぁ……。駅前で、卯月さんと連れ立って現れた俺に向けた鋭い視線を思い出す。若い新妻が部下とは言え男と一緒で面白く無かったのかもしれない。随分大事にしている様子だったからなぁ、やっぱ直接卯月さんに尋ねると言うのは難しいよな。
「ならいっそ、亀田部長に聞いて貰うか」
亀田部長を経由して尋ねれば、不興を買わずに済むかもしれない。しかし超多忙な亀田部長の時間を下っ端の俺のプライベートの為に再び割いて貰うなんて……うん、無理だろ普通に。
ケージの餌と水を替えて、トイレ掃除をチャッチャと済ます。コツを掴んでしまえばなんて事はない作業だ。あんなに大騒ぎしていた自分が恥ずかしい。
やはり俺の情緒がヨツバに与える影響もあったのだろうな、と納得してしまうくらい目の前のヨツバはゆったりと構えている。以前のままだったら少し広い運動場を与えられたとしても、警戒を解かずに隅っこに固まっていたんじゃないかって思う。
俺に話し掛けられようとジロジロ眺められようと何のその、ヨツバは朝の毛繕いを念入りに済ませ、それからのんびりと綺麗になったケージの中に入り餌入れに首を突っ込んだのだった。その鷹揚な態度を見ていると何だか肩の力が抜けて来る。俺は安心してシャワーを浴びる為に浴室に向かったのだった。
「お、ちゃんと牧草食べてるな?」
シャワーを浴び髭を剃り、髪を乾かして居間に戻った。ヨツバは牧草入れから牧草を引き抜いてポリポリと齧っていた。
リーフレットの教えの通り、ペレットの量を少なめに調整したのだ。食い足りないとばかりに牧草を齧るヨツバを見て俺はニンマリと笑った。
ニヤニヤしつつ電気ポッドで沸かしておいたお湯を、コンビニで手に入れたカップ味噌汁に注ぐ。うん、いい香りだな!レトルトも侮れないよな~なんて呟きつつ、袋からおにぎりを取り出し電子レンジで温める。パンでも良かったんだけど、ヨツバの健康的な食生活について考えていたら、自分ももう少しマシな食事をしたくなった。と言っても自炊なんてハイレベルなのは無理なんだが……何となく和食が食べたくなったのだ。
『人間でも柔らかい栄養価の高い食べ物ばかり食べていると成人病になったりしますよね、それと同じです』
伊都さんの笑顔を思い出す。良い事言うよな、なんて。まあ、うさぎにしか矢印と情熱が向いてないようだが。きっとあの人は趣味が仕事になったってクチなんだろうな?
特に甘い物が好きと言う訳では無い、たまたま内定のとれた安定した就職先だからと言う理由で今菓子会社で働いている俺にとっては、そう言う真っすぐな人種は眩しいと言うより背中が痒くなるような変な感情を芽生えさせる。面と向かって顔を合わせるのが面映ゆいような。
そんな事を考えながら味噌汁をすする目の前で、ヨツバは牧草入れから器用に長い牧草を引き抜いてはポリポリと齧っていた。
そう言えばお局のデスクトップがうさぎの写真だった。周りの女性社員が「かわいー♪」とか「癒されますね~」なんてキャアキャア騒いでいたな。うさぎの一般的なイメージってアレだ。『癒し』とか『ふわふわ』とか『可愛い』とか。
確かにぬいぐるみみたいな毛並みも、ぽってりとしたフォルムも可愛らしいと言えばそう言えるかもしれない。
だけど真顔でボンヤリ何もない空間をみつめたままポリポリポリ……と口だけ動かす置物のような様子を見ていると―――俺の脳裏に真っ先に浮かぶのは、喫煙室で魂が抜けたような顔をしてタバコを咥えているスーツ姿の親父達だ。
「案外アイドルの家族ってこんな気持ちなのかもな」
テレビでキラキラ輝いている可愛らしい美少女アイドルやカッコイイ歌って踊れる美少年アイドルも―――自宅ではスウェットの上下で飯食ったり、疲れた顔で溜息を吐いたり、何も考えずにダラダラしている時もあるだろう。当り前のようにトイレにも行くし、欠伸もする。汚い所もみっともない所もあるハズだ。決して表に見せないだけで。
でもそう言う面倒で手間の掛かる、残念な部分があるからこそ―――親しみが湧くものかもしれない。そう言うキラキラしていない親父みたいな部分も可愛いと思えるようになってしまったら、もうそれはドツボに嵌っているって事なのかもな。
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