捕獲されました。

ねがえり太郎

文字の大きさ
259 / 375
番外編・うさぎのきもち

62.着替えます

しおりを挟む
「じゃあ、あの……着替えて来ます」

 大きな染みの着いた、情けないジーパン姿の俺は立ち上がった。

 しかし寝室も素通しだからなぁ……仕方がない、着替えを取って来て洗面所で着替えて来るか。ついでにシャワーでちゃっちゃとズボンと足も洗って……。

「あ! 私ならすぐに帰りますので!」

 案の定、伊都さんが余計な気を回し始めた。

「いや、そんな。洗面所で着替えるので、そこに居て貰っても大丈夫ですよ」

 気を遣った上での発言だとでも思っているのだろうか。俺は本気でそう言っているのに、伊都さんにはまるで伝わっていないらしい。

「ヨツバともちゃんと触れ合いましたし! その、健康チェックもちゃんと終わりましたし!」
「……」

 うん、言うと思った。……言った言葉、そのものをそのまま受け取って欲しいのになぁ。俺は少々残念に思いつつ頭を掻き、伊都さんに何とか伝わるような上手い言い回しを探して頭を捻った。

「分かりました」

 そしてゆっくりと頷き、こう応えた。

「じゃあ、着替えるまで待っていてください。送りますから」
「え?」
「今日は卯月さんと一緒に地下鉄で来てくれたんですよね。せめて駅まで送らせてください」

 噛んで含めるように言ってみる。多少圧力も込めて。

 だが伊都さんは俺の『意図』などお構いなしにひたすら申し訳ない、とばかりに首を振る。

「いいえ! 大丈夫ですよ。駅までの道なら分かりますから! さっき来た道を戻れば良いの……ですし……」

 しかし語尾が小さくなってしまった。
 その俯きがちな様子を見て、ピンと来る。ここだ、と思う。伊都さんの説得ポイント!



「もしかして……地図とか読むの苦手ですか?」
「え? そんな……ことは……その、」



 キョロキョロと、それこそ迷子になったかのように視線を彷徨わせる。―――俺はそれを肯定と受け取った。

「車ではここまで来れましたよね?」
「あ、はい。お店用の車なのでGPSの性能はバツグンなんです! 経路が詳細ですし、早め早めに音声案内があって……」

 何故か自慢げにGPSを賞賛する伊都さん。ほめ過ぎな理由には想像がつく。そう、それは自分の苦手分野を十分に補ってくれる存在だからだ。

「……方向音痴……」
「ギクッ」

 擬音を口にした伊都さんが、冗談みたいに肩を揺らした。

「……漫画の効果音かっ!」

 伊都さんの怪しい反応に思わず突っ込んでしまった。すると彼女は吃驚したようにまん丸に目を見開いて俺を見上げ―――思わず、と言うようにプッと噴き出してしまう。



「アハハ」
「図星ですよね? あと笑いましたね。笑ったなら『同意した』とみなします」



 俺はビシッと指差し、伊都さんの逃げ場を塞ぐように断言した。するとしまった!と言うかのように彼女は口元を覆う。

「ちゃんと待っててくださいね、今着替えて来ますから。あと……」

 大きな態度で彼女にそう指示をした俺だが、お漏らしの染みを付けたままの情けない姿である事には変わりはない。

「すみません、ちょっとシャワーを使いますが―――流してすぐ出てきますので」

 僅かに気まずい気持ちでジーパンを見つつそう言うと、とうとう観念した伊都さんは口元を抑えていた手を下ろしてヨツバをしっかりと抱えなおし、神妙な面持ちで頷いてくれた。

「はい、分かりました。じゃあその間にヨツバを戻して、柵も片付けておきますね」
「お願いします」

 そのしっかりとした受け答えに俺はホッとして頷き、着替えを取りに寝室のクローゼットへと向かったのだった。
しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 みんなと同じようにプレーできなくてもいいんじゃないですか? 先輩には、先輩だけの武器があるんですから——。  後輩マネージャーのその言葉が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  そのため、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると錯覚していたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。そこに現れたのが、香奈だった。  香奈に励まされてサッカーを続ける決意をした巧は、彼女のアドバイスのおかげもあり、だんだんとその才能を開花させていく。  一方、巧が成り行きで香奈を家に招いたのをきっかけに、二人の距離も縮み始める。  しかし、退部するどころか活躍し出した巧にフラストレーションを溜めていた武岡が、それを静観するはずもなく——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  先輩×後輩のじれったくも甘い関係が好きな方、スカッとする展開が好きな方は、ぜひこの物語をお楽しみください! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22
恋愛
弟を探す旅の途中、身分を隠して村で薬師として生きていたセラは、 ハープの音に宿る才を、名も知らぬ貴族の青年――王弟レオに見初められる。 互いの立場を知らぬまま距離を縮めていく二人。 だが、ある事件をきっかけに、セラは彼の屋敷で侍女として働くことになり、 知らず知らずのうちに国を巻き込む陰謀へと引き寄せられていく。 人の生まれは変えられない。 それでも、何を望み、何を選ぶのかは、自分で決められる。 セラが守ろうとするものは、弟か、才か、それとも―― キャラ設定・世界観などはこちら       ↓ https://kakuyomu.jp/my/news/822139840619212578

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処理中です...