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捕獲しました。<亀田視点>
8.部下を紹介します。
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営業課に残った人材は派遣社員や契約社員を除くと四名。年の順で行くと、湯川さん、樋口さん、俺、阿部となる。ちなみに全員野郎だ。甘いお菓子を売る会社なのに、営業課の正社員は男ばかりでこれまで女性社員が配属された試しは無いと言う。
湯川さんはいつもおっとり穏やか。一見優しく責任感があるような見た目をしているが、チームを組んで仕事を一緒にしていると……何故か徐々に後退って行き、いつの間にかフェイドアウトしている―――と言う特技(?)を持っていて、非常に厄介な人だ。営業課に彼は一番長く在籍しているのだが、それは何処の課も彼の受け入れを却下するからだ。彼としては総務課のように気楽な部署を希望しているようだが。
そうそう、仏のような見た目の湯川さんは年に一度だけ鬼になる時があるらしい。親睦の目的で社内で年一回開催されるバドミントン大会では、別人のようにヤル気を漲らせているそうだ。俺は出ていないのでその場面を拝む機会には今のところ恵まれていない。今後も出るつもりが無いので、おそらく見る事は無いだろう。
樋口さんは穏やかな人柄で、かつて営業部のエースだった。いや、今でも彼がエースだ。仕事も一番―――鬼東に気に入られた俺なんかよりも、実はずっとできる。かつては仕事一本、いつ家に帰っているのか?と思うような仕事人間だったが、家庭を顧みなかったため奥さんが鬱病になり、育児放棄をするようになった。結局その奥さんとは協議離婚をして、今は彼がお子さんを引き取って育てている。だから定時帰社が当たり前。子供が熱を出せば、何を置いても帰らねばならない。彼は昇進を断って、総務課への異動願いを出しているのだが―――如何せん元々仕事が出来過ぎる男なので『彼じゃないと!』という取引先も多く、人材不足の営業課から動かせないのだ。俺は彼の代わりに昇進したようなもので、しかも俺が現場から抜けたので余計、希少な戦力である樋口さんを動かせなくなってしまった。何とも因果だなぁ、と時折思う。
それから旧メンバー一番の若手が、阿部だ。
阿部は俺が新任課長になったと同時に営業課に配属されたのだが―――あの反抗的な態度はすっかり鳴りを潜め、今では何故か俺に懐いている……ような気がする。何が切っ掛けなのかハッキリ言ってサッパリ分からないのだが―――ややお荷物気味だった阿部が、今では営業課旧メンバーの主戦力となっているのだから、分からないもんだ。フェイドアウトする湯川さんと育児と家事で忙しい樋口さんが手を付けていない雑用は、全て阿部が担う流れになっていて。今は正直、彼がいないと営業課は回らない状態だ。
新しく配属されたのは目黒、三好、辻の三人。ちなみに辻以外の二人は同い年だ。
目黒は飄々として何を考えているか分からない。以前いた企画課では仕事はそれなりに出来たと聞いている。が、プライベートを重視するタイプらしく有休の消化率が高いそうだ。
今時の言葉で言うと『ワークライフバランスを実現している』ってヤツか?
タイプ的には篠岡に似ているかもしれない。だが俺達が入社した頃篠岡のような奴は珍しかった。俺など若い頃は一日中仕事の事が頭から離れなかったものだが―――篠岡のように切り替えが上手い奴であれば慣れてくればその内実力を発揮してくれるだろう。今はまだ焦ったり慌てたりする場面が目立つが、できれば主戦力として阿部と肩を並べるようになって欲しい―――そう、俺は密かに期待している。
三好は初の女性営業職だ。こいつも企画課にいたのだが、鬼東に気に入られて引き抜かれたらしい。何でも彼女が企画した商品がスマッシュヒットを出し、それに鬼東が目を付けたそうだ。企画課では手放したがらなかったようだが、鶴の一声で異動が決まってしまった。ちなみに企画課の課長から恨めしい目で時折睨まれる。俺の所為じゃないのに、何故だ。俺だって本当は不本意なのに。女性と本音で接して上手くやれる自信なんて全然ない。表面的に、偶に話すくらいなら何とかにこやかに対処できるが、俺は仕事はいつも全力投球なんだ。俺が本気で三好に接したら、引かれるか泣かれるかもしれない―――はあ……憂鬱だ。女性の部下なんか持ちたく無かった。
個人的にもそんな有用な人材なら、企画課で引き続き活躍して貰えば良いと思うのだが……。
正直、配置ミスじゃないかと思う。
兎角首脳部の考えは―――よく分からない。
あ、『兎角』って単語、今気づいたがウサギが入っているな。
検索画面を開いてみる。なになに……ああ、当て字なのか。ウサギに関係ない言葉だった。少々残念な気持ちになる。序でにミミの『角』ならぬ長い『耳』を思い出してしまう。
が、ハッと自分を取り戻した……いかんいかん、ウサギは就業後のお楽しみに取っておかねば。
それから残りのあと一人が辻。コイツが一番若い。採用されて二年?総務課で周囲とコミュニケーションが取れず、何故か営業課にまわされてしまった。コミュニケーション取れないって……営業なんかに寄越しちゃ駄目だろうと、正直俺は思ってしまうんだが。表情に乏しく何を考えているか今いち分かりづらい。総務課は女性が多いから、こういう奴は確かに苦労するだろうと思う。俺も女性扱いが不得手な自覚はあるので同情する気持ちはあるのだが……。
表情がほとんど動かないので、動じない男だと見込んでバリバリ指導した。しかし見込み違いだったらしい。挨拶周りに連れて行った時、酷くテンパり、声が小さいので「もっと大きな声を出せ」と背後から口添えしたら、どもったり手に持っている物を落としたり小パニックに陥ってしまった。取引先の担当者に気を使われてしまう、という最悪の展開に。
―――俺が怖いからか?コワモテ冷徹銀縁眼鏡だからか?!と、追及したくなったがこれ以上パニックを起こされては困るので、その後の挨拶周りでは黙ってジッと観察するだけに留める事にした。しかし俺が黙っていても、その後性懲りもなく辻はパニックを繰り返した。
他人に怖がられる事は多いが―――こう露わに反応されると、正直結構凹む。
その日俺はいつもより丹念に、ミミの毛皮をブラッシングする事で気持ちを落ち着けたのだった。
湯川さんはいつもおっとり穏やか。一見優しく責任感があるような見た目をしているが、チームを組んで仕事を一緒にしていると……何故か徐々に後退って行き、いつの間にかフェイドアウトしている―――と言う特技(?)を持っていて、非常に厄介な人だ。営業課に彼は一番長く在籍しているのだが、それは何処の課も彼の受け入れを却下するからだ。彼としては総務課のように気楽な部署を希望しているようだが。
そうそう、仏のような見た目の湯川さんは年に一度だけ鬼になる時があるらしい。親睦の目的で社内で年一回開催されるバドミントン大会では、別人のようにヤル気を漲らせているそうだ。俺は出ていないのでその場面を拝む機会には今のところ恵まれていない。今後も出るつもりが無いので、おそらく見る事は無いだろう。
樋口さんは穏やかな人柄で、かつて営業部のエースだった。いや、今でも彼がエースだ。仕事も一番―――鬼東に気に入られた俺なんかよりも、実はずっとできる。かつては仕事一本、いつ家に帰っているのか?と思うような仕事人間だったが、家庭を顧みなかったため奥さんが鬱病になり、育児放棄をするようになった。結局その奥さんとは協議離婚をして、今は彼がお子さんを引き取って育てている。だから定時帰社が当たり前。子供が熱を出せば、何を置いても帰らねばならない。彼は昇進を断って、総務課への異動願いを出しているのだが―――如何せん元々仕事が出来過ぎる男なので『彼じゃないと!』という取引先も多く、人材不足の営業課から動かせないのだ。俺は彼の代わりに昇進したようなもので、しかも俺が現場から抜けたので余計、希少な戦力である樋口さんを動かせなくなってしまった。何とも因果だなぁ、と時折思う。
それから旧メンバー一番の若手が、阿部だ。
阿部は俺が新任課長になったと同時に営業課に配属されたのだが―――あの反抗的な態度はすっかり鳴りを潜め、今では何故か俺に懐いている……ような気がする。何が切っ掛けなのかハッキリ言ってサッパリ分からないのだが―――ややお荷物気味だった阿部が、今では営業課旧メンバーの主戦力となっているのだから、分からないもんだ。フェイドアウトする湯川さんと育児と家事で忙しい樋口さんが手を付けていない雑用は、全て阿部が担う流れになっていて。今は正直、彼がいないと営業課は回らない状態だ。
新しく配属されたのは目黒、三好、辻の三人。ちなみに辻以外の二人は同い年だ。
目黒は飄々として何を考えているか分からない。以前いた企画課では仕事はそれなりに出来たと聞いている。が、プライベートを重視するタイプらしく有休の消化率が高いそうだ。
今時の言葉で言うと『ワークライフバランスを実現している』ってヤツか?
タイプ的には篠岡に似ているかもしれない。だが俺達が入社した頃篠岡のような奴は珍しかった。俺など若い頃は一日中仕事の事が頭から離れなかったものだが―――篠岡のように切り替えが上手い奴であれば慣れてくればその内実力を発揮してくれるだろう。今はまだ焦ったり慌てたりする場面が目立つが、できれば主戦力として阿部と肩を並べるようになって欲しい―――そう、俺は密かに期待している。
三好は初の女性営業職だ。こいつも企画課にいたのだが、鬼東に気に入られて引き抜かれたらしい。何でも彼女が企画した商品がスマッシュヒットを出し、それに鬼東が目を付けたそうだ。企画課では手放したがらなかったようだが、鶴の一声で異動が決まってしまった。ちなみに企画課の課長から恨めしい目で時折睨まれる。俺の所為じゃないのに、何故だ。俺だって本当は不本意なのに。女性と本音で接して上手くやれる自信なんて全然ない。表面的に、偶に話すくらいなら何とかにこやかに対処できるが、俺は仕事はいつも全力投球なんだ。俺が本気で三好に接したら、引かれるか泣かれるかもしれない―――はあ……憂鬱だ。女性の部下なんか持ちたく無かった。
個人的にもそんな有用な人材なら、企画課で引き続き活躍して貰えば良いと思うのだが……。
正直、配置ミスじゃないかと思う。
兎角首脳部の考えは―――よく分からない。
あ、『兎角』って単語、今気づいたがウサギが入っているな。
検索画面を開いてみる。なになに……ああ、当て字なのか。ウサギに関係ない言葉だった。少々残念な気持ちになる。序でにミミの『角』ならぬ長い『耳』を思い出してしまう。
が、ハッと自分を取り戻した……いかんいかん、ウサギは就業後のお楽しみに取っておかねば。
それから残りのあと一人が辻。コイツが一番若い。採用されて二年?総務課で周囲とコミュニケーションが取れず、何故か営業課にまわされてしまった。コミュニケーション取れないって……営業なんかに寄越しちゃ駄目だろうと、正直俺は思ってしまうんだが。表情に乏しく何を考えているか今いち分かりづらい。総務課は女性が多いから、こういう奴は確かに苦労するだろうと思う。俺も女性扱いが不得手な自覚はあるので同情する気持ちはあるのだが……。
表情がほとんど動かないので、動じない男だと見込んでバリバリ指導した。しかし見込み違いだったらしい。挨拶周りに連れて行った時、酷くテンパり、声が小さいので「もっと大きな声を出せ」と背後から口添えしたら、どもったり手に持っている物を落としたり小パニックに陥ってしまった。取引先の担当者に気を使われてしまう、という最悪の展開に。
―――俺が怖いからか?コワモテ冷徹銀縁眼鏡だからか?!と、追及したくなったがこれ以上パニックを起こされては困るので、その後の挨拶周りでは黙ってジッと観察するだけに留める事にした。しかし俺が黙っていても、その後性懲りもなく辻はパニックを繰り返した。
他人に怖がられる事は多いが―――こう露わに反応されると、正直結構凹む。
その日俺はいつもより丹念に、ミミの毛皮をブラッシングする事で気持ちを落ち着けたのだった。
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