捕獲されました。

ねがえり太郎

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捕まった後のお話 

13.元気ですか? <亀田>

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元気がない。―――ような気がする。

仕事の遣り取りは勿論、きちんといつも通りだ。大谷は殊勝な様子で頷き、真面目にPC画面に向き合っている。
けれども先日まで彼女の周りにポワポワと浮かんでいた柔らかい空気が、今は見当たらないような気がするのだ。女性の気持ちを読めない事で定評のある俺だが、大谷に関してだけは少しだけアンテナが効くようになった。

逆に三好は明るい。

昨日三好から時間を作って欲しいと言われ、かつて行きつけだった焼き鳥屋に連れて行った。三好が使う改札から近いので話の後直ぐに帰り易いだろうと思ったからだ。
心に溜まっていた事を吐き出した所為か、三好はやけにサッパリとした顔をしている。ここの所顔を合わせた時にどことなく漂っていた靄のようなものは掻き消えて、少し前の、歯に衣着せぬ物言いをする男勝りな仕事人……と言う雰囲気をすっかり取り戻したように見える。
内心は分からないが―――取りあえず三好の中では区切りがついたのだろう。しかし今回改めて思い知らされた。自分と言う人間が如何に女性の心の機微に疎いかと言う事を。

三好が俺に向かって、頭を下げた。
自分の勝手な判断と思い込みに従い、俺と大谷を責めるような事を言った事を後悔しているのだと。

しかしそれについては俺としては謝られるより、むしろ自分が三好に申し訳ない事をしたような気がしていたのだ。三好の企画課時代のトラウマを知っていたのに、それを逆撫でするような行為を見せつけてしまったのだ。それに最初の動機は違うとは言え、三好が言う通り……若い派遣の女性に対して好意を持つ立場の強い職場の上司が、彼女に付き纏っていた―――と言うのは紛れもない事実なのだから。だから三好が謝るとしたら、俺では無く大谷にだろうと、思った。

そう言うと三好は改めて俺に向き直り、こう言った。この話の後、大谷にも謝りたいと思っていると、そして……



ブーッ・ブーッ・ブーッ



スマホが鳴ったので念のため画面を確認すると、大谷からだった。幸い正社員は皆、外回りに向かっていて周囲の人間に見咎められる事はない。大谷は席にいないから、何処か別の場所からスマホでメールを送ったのに違いない。

『今日、おウチにお邪魔しても良いですか?』

期待にドキンと心臓が跳ねた。

『少し残業があるのだが』

大谷を待たせるのが申し訳ないのでこう返した。大谷にもうータンの世話などやる事が色々あるハズだし、俺の都合だけで振り回すのは如何なものか……と思ったからだ。しかし彼女に俺に合わせる余裕があるなら、会いたい。と言うかむしろ、本心では大谷に俺を待っていて欲しいと思っている。
其処まで書けないのは何故なのだろうか、と考えてみる。照れくさい、と言うのもある。あまり大谷に無理を言って嫌われたくないと言うのもあり……とにかく大谷を好きになってから気が付いたのだが、俺は今まで能動的に女性に関わった経験が無く、いつも受け身だった為なかなか正直に自分の気持ちを示す事に躊躇してしまう事が多いのだ。―――つまり恥ずかしいのだ、真っすぐ好意を示すと言う事が。まあ、反動で押さえていた好意がいきなり爆発してしまう事もあるから、シャイと言うのとは少し違うかもしれないが……。

『うータンのお世話してから、伺おうと思ってます。残業終わる頃連絡してくれますか?」
『了解』

と短く返して、画面を閉じた。阿部と樋口さんがちょうど連れ立って戻って来た所だったからだ。
最近かなり一人前に使えるようになった目黒と三好、それから辻に阿部の受け持ち分を幾つか引継ぎ、樋口さんが担当する仲買いや店舗に阿部を同行させるようにしたのだ。樋口さんの担当は向こうから『樋口さんじゃないと』と指定して来ている業者が大半だ。それはとてもありがたい事なのだが―――同時に危険でもある。樋口さんに何かあったら、まるまるそのパイプを失うかもしれないし、急に長期欠勤が必要な状況になった時代わりに対応できる者がいなければ、不興を買って他のメーカーに棚を奪われる怖れもある。
そこで阿部を樋口さんの補佐として連れて行って貰う事にした。他の人間が成長してくれたので、やっと阿部の負担を減らす事が出来て余裕が生まれた。子育てで欠勤が多いとは言え、それが落ち着けばいずれは樋口さんも昇進する筈だ。その時阿部に樋口さんの地盤を引き継いでもらえればありがたいし、そうでなくとも樋口さんにトラブルがあった時対応できるのは阿部しかいないと、俺は思っているのだ。

「あれ?何か良い事ありました?」

阿部が俺を見て開口一番そう言った。

「え?いや……」

ヤバい。仕事の事しか考えていないハズなのに、大谷からのお誘いメールでついつい頬が緩んでしまい、そのまま表情が戻っていなかったらしい。俺は慌てて顔を引き締めた。



幸い明日は休日だ。俺は沸き立つ内心を抑えつつ、出来るだけ落ち着いた態度を取るようその日は必死で自分を律したのだった。

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