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プロポーズの後のお話 <大谷視点>
10.忘れてました。
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パパの事で頭が一杯だったからすっかり忘れていた。
『亀田課長』を気に入っている川北さんに、私達が付き合っているとばれたらマズいって事に。会社のすぐ傍、東中野駅に程近いお洒落なビストロ……当然同じ会社の人に会ったっておかしくない状態なのに油断していた。
「アハハ……偶然ですねぇ。川北さんもお食事ですか?」
「ええ、友人と。大谷さんは……亀田課長と?」
チラリと探るような視線を丈さんに向ける川北さん。私の背筋にヒヤリとしたモノが走った。彼は二ヵ月前まで私の上司だったし、何より私の彼氏なのだから遠慮する事は何もないんだけど……何故か川北さんに断りなく一緒にいるのを責められているように感じてしまうのは、気のせいだろうか。
「あ、はい」
「へえ?もう課を離れたのに?亀田課長って、面倒見が良いんですね」
深く追及されたくなくて返答を返すだけに留めた私に見切りをつけたように、川北さんはニッコリと課長に笑い掛けた。鉄壁メイクと雑誌から抜け出たような隙の無い装いの彼女は、シャラリと某有名ブランドで購入したと言うブレスレットを鳴らしてふわりとした巻き髪を掻き上げた。ウッ……隙がありまくりの地味系OLの私には真似できない装いだ。何せ派遣と正社員の待遇には大きな差があるもんね、明日をも知れない立場の私じゃ、ああいった大きな買い物は無理なのよ。
「大谷、知合いか?」
「……っ」
丈さんは川北さんをジッと見ていたが、彼女の質問には答えずに私にこう尋ねて来た。そうか、丈さんってもしかして仕事で関わりの無い人の事はあまり記憶していないのかな?総務課で評判が良いのは、彼が仕事で直接関わる事が少ないからかもしれない。仕事となると本当に怖いモンね、畏怖の対象と言うか。
川北さんは覚えられていない事に少しショックを受けたようだった。私はヒヤヒヤしながら、丈さんに川北さんを紹介した。
「総務課で一緒の川北さんです」
「ああ、そうか。大谷が世話になっているんだな」
いえ、私が頼りにしているのは大抵吉竹さんなんだけど……内心そう思ったが「はい」と頷いてみる。だって怖いんだもん、川北さんからの目に見えない圧力が。
すると川北さんが強張った笑顔を張り付けたまま、亀田課長を見つめて尋ねた。
「今日はお二人ですか?せっかく会ったんだし、こちらも二人なので相席してもよろしいですか?」
席はちょうど四人席で、カウンターは空いているし満席では無いものの、店内は程好く埋まっている。会社の知合いと鉢合わせたら、相席するのはそれほど不自然では無いかもしれない。ただ……もし私達が恋人同士でデートって状況だと言う事実を知ったとしても、川北さんは相席を希望するだろうか?
う~……やはりハッキリ言った方が良いのかな?
でも、デートだから違う所座って?ってかなり嫌味に聞こえるかもしれない。それも見越して川北さんはそんな申し出をしているのだろうか。それとも私が『亀田課長』と付き合うなんてありえないって意識で、以前吉竹さんに頼んだみたいに私に丈さんとの橋渡しをさせようとしているのだろうか。
「あの」
私はバッと顔を上げた。
「ごめーん!遅れちゃった……!」
そこへ第三者の声が飛び込んで来た。一応申し訳なさそうな表情で、しかしキッパリ、ズイっと登場したのは吉竹さんだった。そしてその後ろにやけに体格の良い男性が控えている。
「あれれ?川北さん?」
テーブルの脇に立っている川北さんの顔を覗き込むようにして、吉竹さんは首を傾げた。
「吉竹さん……」
チラリと吉竹さんの後ろに視線を投げたような気がしたが、再び川北さんは視線を戻して笑顔を消した。
「私達、亀田課長と待合わせてたの。ちょっと用事があって遅れるから、大谷さんだけ先に行ってて貰ったんだけど……どうかした?」
「……何でもないわ。ちょっと見掛けたから声を掛けただけ。では亀田課長、失礼します。席が無いようですので諦めますね、でも今度私もご一緒させてください」
そうして再びニコリと手品のように笑顔を浮かべ、川北さんは丈さんに視線を向ける。彼はそれには答えずに会釈を返した。川北さんはそれで少し満足したように頷いて、踵を返してお友達らしき人の元へと戻って行ったのだった。
川北さんは中務さんには目もくれず、丈さんだけに挨拶した。川北さんが行ったその区別が彼女の意思表示のような気がして背中がヒヤリとする。その背中を追っていた視線をテーブルに戻すと―――腕組みをしてニンマリ笑っている吉竹さんと目が合った。
「さて、座っても良い?」
「あ、えっと……丈さん、良いですか?相席でも」
「ああ」
何か察したようにスンナリ頷く丈さん。きっと私の川北さんに対する態度や、吉竹さんの想定外の台詞から色々読み取ってくれたのだろう。だって川北さんの前で『大谷』って呼び直してくれたもんね。ちょっと寂しく感じたけど、おそらく私が以前総務課で内緒にしたいって言っていた事を覚えていてくれたのかもしれない。
こうして何故かその日は四人で卓を囲む事になってしまった。席は入れ替えて、私と亀田課長が隣合わせ、その向かいに中務さんと吉竹さん、と言う配置になった。体格の良い男性二人を並べるのは窮屈そうだったから。
腰を下ろしてから改めて私はお礼を述べた。何となく川北さんの視線を感じたので、なるべく声を低くして。
「助かったよー有難う!よく来るの、ここ?」
すると中務さんと目を合わせた吉竹さんが、バツの悪そうな表情で口籠った。
「えーと……」
「申し訳ない……コイツ、亀田課長と大谷さんの後をつけていたんです」
「えっ……!」
「俺と夕飯食べるって約束だったのに、店を探している時キョロキョロしていて妙だなとは思っていたんだ……この店に亀田課長と大谷さんが入って行くのが見えて、その後から急に『ここ入ろう』って言うから何をしているか初めて気が付いた。流石にそれはって止めて近くのカフェに入ったんだけど、其処からあの人達が入るのを見つけて、コイツ飛び出してって……」
「ウフフ、探偵の張り込みみたいでワクワクしたわ!ちゃんと入口が見える窓側の席を選んでね……まさか偶然彼女が現れるなんて思ってもみなかったから、見つけた時興奮したわぁ!」
恍惚とした表情で、頬を上気させて両手を握りしめる吉竹さん。
うーん、さっきは本当にヒーローみたいに登場してくれて有難かったけど……つけてたって聞くと微妙な気持ちになってしまう。すると私の感情を読んだように、中務さんが頭を下げつつ吉竹さんの頭を掴んで同じように下げさせた。
「本当に申し訳ない」
うわわ、何だかこっちこそ逆に申し訳ない!
「いえ!大丈夫ですから!と言うかむしろ助けて貰ったので―――頭上げてください」
私が慌てて言い募ると、顔を上げて漸く吉竹さんの頭を離してくれる。すると丈さんが大きく頷いて中務さんと吉竹さんに提案した。
「俺達の事は気にしなくていい。それより腹減ってないか?話す前に先に何か頼んだ方が良いぞ」
「そうです、頼みましょ。ここスッゴく美味しいですよ!特にお肉が!」
『お肉』と言った所で中務さんの目が光った気がした。体格良いし……好きそうだよね、お肉。
と言う事で一旦メニュー選びに専念して―――その後場は和やかになった。
思いも寄らない組み合わせだったけど、丈さんと中務さんは仕事の話で盛り上がっていたし、私も吉竹さんが集めた噂話や妄想ネタがあまりに面白くて笑い通しだった。
川北さんはいつの間にかお店からいなくなっていた。彼女の時折投げ掛けられていた視線が気にならないくらい私は楽しんでいたらしい。結局お会計は全部丈さんが持ってくれて、私達は出口で『亀田課長』に頭を下げた。
しかし明日からの仕事……気まずい事この上ないなぁ~。
家ではパパと気まずいし、会社では川北さん。はー……どうしよ。
取りあえず、寝る前にうータンを撫でて心を落ち着けよう、うん。
『亀田課長』を気に入っている川北さんに、私達が付き合っているとばれたらマズいって事に。会社のすぐ傍、東中野駅に程近いお洒落なビストロ……当然同じ会社の人に会ったっておかしくない状態なのに油断していた。
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「ええ、友人と。大谷さんは……亀田課長と?」
チラリと探るような視線を丈さんに向ける川北さん。私の背筋にヒヤリとしたモノが走った。彼は二ヵ月前まで私の上司だったし、何より私の彼氏なのだから遠慮する事は何もないんだけど……何故か川北さんに断りなく一緒にいるのを責められているように感じてしまうのは、気のせいだろうか。
「あ、はい」
「へえ?もう課を離れたのに?亀田課長って、面倒見が良いんですね」
深く追及されたくなくて返答を返すだけに留めた私に見切りをつけたように、川北さんはニッコリと課長に笑い掛けた。鉄壁メイクと雑誌から抜け出たような隙の無い装いの彼女は、シャラリと某有名ブランドで購入したと言うブレスレットを鳴らしてふわりとした巻き髪を掻き上げた。ウッ……隙がありまくりの地味系OLの私には真似できない装いだ。何せ派遣と正社員の待遇には大きな差があるもんね、明日をも知れない立場の私じゃ、ああいった大きな買い物は無理なのよ。
「大谷、知合いか?」
「……っ」
丈さんは川北さんをジッと見ていたが、彼女の質問には答えずに私にこう尋ねて来た。そうか、丈さんってもしかして仕事で関わりの無い人の事はあまり記憶していないのかな?総務課で評判が良いのは、彼が仕事で直接関わる事が少ないからかもしれない。仕事となると本当に怖いモンね、畏怖の対象と言うか。
川北さんは覚えられていない事に少しショックを受けたようだった。私はヒヤヒヤしながら、丈さんに川北さんを紹介した。
「総務課で一緒の川北さんです」
「ああ、そうか。大谷が世話になっているんだな」
いえ、私が頼りにしているのは大抵吉竹さんなんだけど……内心そう思ったが「はい」と頷いてみる。だって怖いんだもん、川北さんからの目に見えない圧力が。
すると川北さんが強張った笑顔を張り付けたまま、亀田課長を見つめて尋ねた。
「今日はお二人ですか?せっかく会ったんだし、こちらも二人なので相席してもよろしいですか?」
席はちょうど四人席で、カウンターは空いているし満席では無いものの、店内は程好く埋まっている。会社の知合いと鉢合わせたら、相席するのはそれほど不自然では無いかもしれない。ただ……もし私達が恋人同士でデートって状況だと言う事実を知ったとしても、川北さんは相席を希望するだろうか?
う~……やはりハッキリ言った方が良いのかな?
でも、デートだから違う所座って?ってかなり嫌味に聞こえるかもしれない。それも見越して川北さんはそんな申し出をしているのだろうか。それとも私が『亀田課長』と付き合うなんてありえないって意識で、以前吉竹さんに頼んだみたいに私に丈さんとの橋渡しをさせようとしているのだろうか。
「あの」
私はバッと顔を上げた。
「ごめーん!遅れちゃった……!」
そこへ第三者の声が飛び込んで来た。一応申し訳なさそうな表情で、しかしキッパリ、ズイっと登場したのは吉竹さんだった。そしてその後ろにやけに体格の良い男性が控えている。
「あれれ?川北さん?」
テーブルの脇に立っている川北さんの顔を覗き込むようにして、吉竹さんは首を傾げた。
「吉竹さん……」
チラリと吉竹さんの後ろに視線を投げたような気がしたが、再び川北さんは視線を戻して笑顔を消した。
「私達、亀田課長と待合わせてたの。ちょっと用事があって遅れるから、大谷さんだけ先に行ってて貰ったんだけど……どうかした?」
「……何でもないわ。ちょっと見掛けたから声を掛けただけ。では亀田課長、失礼します。席が無いようですので諦めますね、でも今度私もご一緒させてください」
そうして再びニコリと手品のように笑顔を浮かべ、川北さんは丈さんに視線を向ける。彼はそれには答えずに会釈を返した。川北さんはそれで少し満足したように頷いて、踵を返してお友達らしき人の元へと戻って行ったのだった。
川北さんは中務さんには目もくれず、丈さんだけに挨拶した。川北さんが行ったその区別が彼女の意思表示のような気がして背中がヒヤリとする。その背中を追っていた視線をテーブルに戻すと―――腕組みをしてニンマリ笑っている吉竹さんと目が合った。
「さて、座っても良い?」
「あ、えっと……丈さん、良いですか?相席でも」
「ああ」
何か察したようにスンナリ頷く丈さん。きっと私の川北さんに対する態度や、吉竹さんの想定外の台詞から色々読み取ってくれたのだろう。だって川北さんの前で『大谷』って呼び直してくれたもんね。ちょっと寂しく感じたけど、おそらく私が以前総務課で内緒にしたいって言っていた事を覚えていてくれたのかもしれない。
こうして何故かその日は四人で卓を囲む事になってしまった。席は入れ替えて、私と亀田課長が隣合わせ、その向かいに中務さんと吉竹さん、と言う配置になった。体格の良い男性二人を並べるのは窮屈そうだったから。
腰を下ろしてから改めて私はお礼を述べた。何となく川北さんの視線を感じたので、なるべく声を低くして。
「助かったよー有難う!よく来るの、ここ?」
すると中務さんと目を合わせた吉竹さんが、バツの悪そうな表情で口籠った。
「えーと……」
「申し訳ない……コイツ、亀田課長と大谷さんの後をつけていたんです」
「えっ……!」
「俺と夕飯食べるって約束だったのに、店を探している時キョロキョロしていて妙だなとは思っていたんだ……この店に亀田課長と大谷さんが入って行くのが見えて、その後から急に『ここ入ろう』って言うから何をしているか初めて気が付いた。流石にそれはって止めて近くのカフェに入ったんだけど、其処からあの人達が入るのを見つけて、コイツ飛び出してって……」
「ウフフ、探偵の張り込みみたいでワクワクしたわ!ちゃんと入口が見える窓側の席を選んでね……まさか偶然彼女が現れるなんて思ってもみなかったから、見つけた時興奮したわぁ!」
恍惚とした表情で、頬を上気させて両手を握りしめる吉竹さん。
うーん、さっきは本当にヒーローみたいに登場してくれて有難かったけど……つけてたって聞くと微妙な気持ちになってしまう。すると私の感情を読んだように、中務さんが頭を下げつつ吉竹さんの頭を掴んで同じように下げさせた。
「本当に申し訳ない」
うわわ、何だかこっちこそ逆に申し訳ない!
「いえ!大丈夫ですから!と言うかむしろ助けて貰ったので―――頭上げてください」
私が慌てて言い募ると、顔を上げて漸く吉竹さんの頭を離してくれる。すると丈さんが大きく頷いて中務さんと吉竹さんに提案した。
「俺達の事は気にしなくていい。それより腹減ってないか?話す前に先に何か頼んだ方が良いぞ」
「そうです、頼みましょ。ここスッゴく美味しいですよ!特にお肉が!」
『お肉』と言った所で中務さんの目が光った気がした。体格良いし……好きそうだよね、お肉。
と言う事で一旦メニュー選びに専念して―――その後場は和やかになった。
思いも寄らない組み合わせだったけど、丈さんと中務さんは仕事の話で盛り上がっていたし、私も吉竹さんが集めた噂話や妄想ネタがあまりに面白くて笑い通しだった。
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