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タイトル 道入純
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桜咲く。
桃色花弁は見上げられ、地に落ちた花弁は無意識に踏み躙られる。
「安直だね。持て囃されたモデルを批判して悦にでも浸っているのかい?」
屋上から桜を見下していた道入は僕の書いた小説を覗いては憎たらしい事を言う。
「悪いかよ……これが美しいと思ってるんだ」
「ふゥん……だったらこうはどうかな?」
そう言うと道入は赤ペンを取り出し、
『桜泣く。
地に落ちた身体の一部を踏みつける者が、笑顔で自分を持て囃すから。』
「僕はこの方が美しいと思うけどな」
道入は得意気に僕の反応を伺う。
「……微妙。ヒステリックに染まり過ぎ」
「……だね。まるで助けて欲しいと作者が叫んでるようだ」
そう言って道入は自分の書いた文を赤ペンでグジャグジャと塗り潰す。
「道入は、助けてほしいのか?」
「冗談じゃない。創作物と作者は切り離す物だよ」
道入巡。
道入は、虐められている。
捻くれた性格と、男とは思えない華奢な身体。
一番の原因は、SNSの裏垢が学校の皆に知られてしまった事。
クラスメイトの悪口などは一切なく、そこには、道入の裸の写真があった
それは援交をする為の裏垢で、投稿されていたのは肌色の多い写真、おっさんと二人で映る女装した道入の写真。
集合場所、いちごや神、FやNの文字。
その事実は、同級生、下級生、それに次年度の新入生にまで伝わってしまっていた。
ただ、道入は引っ越す事もなく、あと三ヶ月で卒業するまでに至る。
しかし、だからと教室に居場所はない。
「朝から仲良えなお前ら!! なんぼでやったんな!!」
時間が経っても道入へのイジメは苛烈を極め、その矛先は僕にも向いていた。
「少し五月蝿いね、昼になったらいつもの場所に行かないかい?」
「行くか」
「おい皆! 道入らが昼休みホテルに行くぞ!」
密閉された空間にモラルとコンプライアンスは無い。
─────────────
屋上には幽霊がいる。
生徒と教師という禁断の恋をしてしまった二人が屋上から飛び降りたと。
誰かが噂し脈々と受け継がれ、そのせいで開放されてるにも関わらず誰も寄り付かなくなってしまった場所。
俺と道入の、開放的な閉鎖空間。
「しかし今頃柵もない屋上とか、自殺してくださいって言ってる様なものでは?」
屋上の縁を歩く道入は言う。
「別に……あってもなくても関係ないだろ」
道入の内側を沿い歩きながら答えた時、ぽこんと馬鹿みたいな電子音が道入のスマホから鳴る。
「そりゃーそうだー」
道入は、間延びした返事をしながら、僕の知らないスマホを取り出した。
「また変えたのか、スマホ」
「あ~これ、連絡用のスマホ、いやぁ~四六時中通知が来るからさ、困っちゃうよね」
チラッと見せられた画面には、大量の絵文字とギフトや電子マネーカードの写真があった。
「忙しそうだな」
「んまぁね。そんなことより、小説は完成しそうかい?」
慣れた手付きでスマホを操作しながら道入は言う。
その答えが分かってそうな口振りが鼻に付いた。
「道入が何も言わなければ今すぐにでも完成するよ」
「へ?」
スマホを叩く音が止まったと思えば、道入の口から間抜けな声が抜け、丸々とした目を僕に向けたと思えば、目も開けられない程に笑い出した。
ククククと口を噤もうとしても、笑いが腹から押し寄せダムが決壊したかのように、ヮハハハハハハと白い歯を見せて腹を抱えて道入は笑う。
このまま落ちて死んでくれないかなと思った。
通り一遍の笑い方を出し尽くした道入は、涙を拭いながら口を開く。
「ふゥゥぅごめんごめん、三年間一作も完成させなかった人の言葉とは思えなくて」
「だからそれはお前が」
「いやね、君の小説は酷く無駄な事が多い。人間になったらきっとぶよぶよな脂肪をつけてるよ」
道入は空気を一杯に吸い精一杯に華奢な身体で太った人の物真似をするが、やっとこさ標準体型になれたぐらいで。
そのあまりの馬鹿らしさに
「なんだよそれ」
「小粋な表現さ、この発想力が君には足りない」
「俳句でもやったらどうだい? 短い文でいっぱい意味が詰められるよ」
「そうだな……小説が完成したら考えるよ。そういえば道入は卒業したら何をするんだ?」
「ぅうん……僕に対する悪評のせいでここら辺で就職は難しそうだからね」
道入はお手上げと、名の通り、手を上げて進路の不透明さを言う。
狭い町だから、子供も大人も道入のコトは知っている。
そんな事は知っていた。
しかし、返事を用意していなかった。
「……」
「ある人から誘われててさ」
「結婚しようかなって思ってるんだ」
「は?」
「大丈夫さ、男の人とだもの」
「????」
「こういう時代だろ? 男と男が結婚するだなんてもう異常ではないのさ」
言われた言葉の意味が分からなかった。
「それは、小粋なやつか?」
「いいや、正真正銘、本気」
「それに、男同士の結婚を小粋な表現と言うのはもうコンプライアンス的に良くないよ」
「そ、そうか」
「……君はいい友達だね」
「でも、祝ってはくれないんだね。嬉しいよ」
道入は笑っていた。
桜は枯れた。
また芽吹くのは何時だろうと土を見る。
誰にも読まれない小説を書く日々が続いていた。
会社を辞めて、ただ時間を貪っていた。
答えはなく、応えはなく。
それが堪えて。
自分自身を尖らせ続けていた。
ピンポーン
チャイムが。
布団から出るのが億劫だった。
地面に溶ける様に這いながら、扉を見つめる。
扉の新聞受けが開き、そこから、見慣れた目がこちらを見つめていた。
「生きているじゃないか」
聞いたことのない声だった。
太く、低く。
知らずの内、立ち上がっていた。
足のスジや筋肉が痛みでそれを知る。
扉を開けていた。
そこには、
「やぁ、息災かい?」
男がいた。
「──ぇ」
「まぁ何も聞かずに上げておくれよ。見て御覧、雪が降ってる」
タッタと肩に積もる雪を払い、その男は家に入り、さっきまで入っていた布団の中へ。
「はぁ冬は嫌だね、手足や体、頭は暖かくても顔はどうやっても寒いや。目が凍ってしまいそうだよ」
「君も入りなよ、扉を閉めてもこの寒さは堪えるだろう?」
「何しに来た」
「……ふふ。友達に会いに来ては駄目だったかい?」
男は俺を見上げながら、昔聞いたような口調で話す。
「なんで今更」
「会いたかったからさ……んん駄目だね、こんな理由ではまるでネズミ講やマルチ商法の誘いのようじゃないか」
男は、無精ヒゲが生え、まるで金タワシのように傷んだ髪の毛で。
「その様子では君も自堕落に生きている様だ」
男は、無雑に生え育った眉毛に、短いまつ毛で。
「ムッ少しばかり臭うね。ちゃんとお風呂に……というより着替えてもないのかな?」
男は華奢というより、ただ細いだけの身体で。
「銭湯でも行こうか、君の事だ、服自体はあるんだろ?」
男は道入だった。
「──────────
─────────
道入の体には、大きな入れ墨と、局所的に毛が生えていた。
「やっぱりご時世だね。僕が変なの背負ってるからこんな遠くまで来ないとお風呂さえ入れない」
「いいよ別に」
「これでは湯冷めしてしまうね」
「休憩していかないかい?」
道入が指さした先、田舎には珍しい背丈の高いホテルが。
「いゃ……」
「あそこはパネルで選択するタイプだから男二人で入っても大丈夫だよ」
「……」
「お金は僕が払うよ。ホラホラ君の肩にも雪が積もり始めてる」
返事はせずに、出来た足跡も降る雪が消していく。
─────────
「意外と綺麗でしょ?」
生温い空気が漂う部屋。
怠惰と肉欲を表現したかのようなベッドとソファー。
「ここは泡風呂が出来るんだよ? 面白いでしょ? 後で一緒に入ろうよ」
変に広い風呂、中抜けした風呂椅子。
個包装されたタオル。
「デカいベッドにデカいテレビ、最高だね見れるだけ映画を観ようよ」
枕元のティッシュとドドメ色に調整する照明操作盤。
ゴム。
「空調してても寒いね、寄っていいかい?」
肌。
道入。
触れて、
荒れて。
「俺はァ!!」
「お前とは違うんだよ!!」
「な、何をいきなり」
「俺は!! …………ッ」
「私は……女になりたかった……」
「お前みたいに声が高くなりたかった!! お前みたいに華奢でいたかった!! お前みたいに可愛くなりたかった……!!」
「お前みたいに男と付き合いたかった……!!」
「でも無理だった……だけどお前がいたから……」
「お前が理想だったから大丈夫だったんだよ……」
「お前へ勝手に私を重ねて、もしかしたらこんな人生があったのかもとか……」
「次の人生はあぁなりたいなとか……」
「考えてたのに……! てたのに……!!」
「男に戻るなよ……夢が壊れるだろ……」
「……ごめん」
道入はそう言うしかない。
私も言いながら分かっていた。
気づいたら涙を流して、嗚咽をあげて、その嗚咽の声の低さに現実を知らされて。
男なら涙を流すなと教えられた、だから思い切り泣く。
それでも女にはなれない。
「『桜咲く。桃色花弁は見上げられ、地に落ちた花弁は無意識に踏み躙られる』覚えてるか……?」
「覚えてるよ、今だったらちょっと響いたかも」
「道入と私の事をイメージして書いたんだ、勿論地に落ちた方が私」
「……」
「私は、俺は、女になろうとしても駄目で、でも道入は自分のまま生きてて、それでも美しくて」
「そうでもないさ」
「でもそうだな……でもあの頃が本当に華だった」
「面白いぐらいモテてね。あ、自慢じゃないよ許して」
「でも、20を過ぎてからかな、遅めの成長期さ。みるみる自分じゃなくなった」
「もう……生きてる理由も、なくなってね」
「でも結婚するって」
「んなもん独占欲が先行した野郎のエゴだよ。背中のモンも逃げられない様にさ」
「なのに簡単に君の所まで来れちゃった」
沈黙。
続けそう。
「この後はどうするの?」
「考えてないな~僕嫌われてたからな~友達は君しかいないし」
「死んじゃおっかな」
笑ったせいで目尻にシワ。
声は軽い、だけれどそのシワが、嘘でない事を証明していた。
道入は、自殺をすると決めたら居ても立ってもいられないと、休憩時間も経ずホテルを飛び出しては高校の屋上へと辿り着いた。
冬休みの深夜では誰もおらず、少しばかりのガラスを割る程度で済んだ。
懐かしの二人だけの場所。
柵もない。
「……もしかしたらさ」
「もしかしたらが起きるとしても、この体は変わらないよ」
「……ッ」
その見た目でも私は好きだよ
なんて嘘を、言えない。
「君と話せた。君の秘密も聞けた。あっでも君の小説見れてないや」
晴れた声で言う。
「書けてないから大丈夫だよ」
その声を曇らせたくて。
「相変わらずぶよぶよ太らせてるみたいだね」
「あー……君の小説だけ読みたかったな、一文だけじゃなくてね」
「だったら……書けるまで待っ」
「しつこい。そんなに僕に死んでほしくないのかい?」
「そりゃ……」
「そうだな……よし!!」
道入は私の手を取り、屋上の縁に立った。
「僕はこのまま体を傾けるからさ、生きてて欲しかったら引っ張って、死んでも大丈夫なら手を離して」
そう言って、道入は体を後ろに傾け始める。
気づかない、あまりに安らかな顔をするから、気づけたのは荒れた手が引っ掛かったから。
両手で道入の手を引く、しかし釣り合ってしまう。
落とすには力が強過ぎる、男だから。
引き上げるには力が無さ過ぎる、女でもないのに。
「早く決めてよ、怖さがクるからさ」
死が、道入が、この掌に繋がれて。
私は、非力で。
「生きて」
ズルくて。
「───舞えば優雅、浮かべば風流、落ちてしまえばタダのゴミ。桜なんかそんな物だよ、落ちてしまった僕に生きてる意味なんかない」
降り落ちた雪が、まだ生きている道入の頬に落ち、溶け、流れて。
その雫すらすぐ吸ってしまう肌。
そんな小さな事に無慈悲な現実を知らされ、生きていく毎に、理想の姿から離れていくのは、耐え難く、死より苦しく。
理想を虚像として道入に転写した私が、一番理解、出来て。
指先からピリと電気が走り、時間がない事を私に伝える。
ズズッと抜けていく、道入の手。
どうすれば良いと正解を導き出そうとする、弱い私の頭は助けを求めるように道入の顔を見た。
道入は笑っていた。
あの時、道入は、今、あの時のように。
「行くか」
﹁
馬
鹿
だ
な
ぁ
君
は
﹂
「生きてる……」
「……死んでる」
「雪……凄いね」
「春一番に見つかろっか」
終
桃色花弁は見上げられ、地に落ちた花弁は無意識に踏み躙られる。
「安直だね。持て囃されたモデルを批判して悦にでも浸っているのかい?」
屋上から桜を見下していた道入は僕の書いた小説を覗いては憎たらしい事を言う。
「悪いかよ……これが美しいと思ってるんだ」
「ふゥん……だったらこうはどうかな?」
そう言うと道入は赤ペンを取り出し、
『桜泣く。
地に落ちた身体の一部を踏みつける者が、笑顔で自分を持て囃すから。』
「僕はこの方が美しいと思うけどな」
道入は得意気に僕の反応を伺う。
「……微妙。ヒステリックに染まり過ぎ」
「……だね。まるで助けて欲しいと作者が叫んでるようだ」
そう言って道入は自分の書いた文を赤ペンでグジャグジャと塗り潰す。
「道入は、助けてほしいのか?」
「冗談じゃない。創作物と作者は切り離す物だよ」
道入巡。
道入は、虐められている。
捻くれた性格と、男とは思えない華奢な身体。
一番の原因は、SNSの裏垢が学校の皆に知られてしまった事。
クラスメイトの悪口などは一切なく、そこには、道入の裸の写真があった
それは援交をする為の裏垢で、投稿されていたのは肌色の多い写真、おっさんと二人で映る女装した道入の写真。
集合場所、いちごや神、FやNの文字。
その事実は、同級生、下級生、それに次年度の新入生にまで伝わってしまっていた。
ただ、道入は引っ越す事もなく、あと三ヶ月で卒業するまでに至る。
しかし、だからと教室に居場所はない。
「朝から仲良えなお前ら!! なんぼでやったんな!!」
時間が経っても道入へのイジメは苛烈を極め、その矛先は僕にも向いていた。
「少し五月蝿いね、昼になったらいつもの場所に行かないかい?」
「行くか」
「おい皆! 道入らが昼休みホテルに行くぞ!」
密閉された空間にモラルとコンプライアンスは無い。
─────────────
屋上には幽霊がいる。
生徒と教師という禁断の恋をしてしまった二人が屋上から飛び降りたと。
誰かが噂し脈々と受け継がれ、そのせいで開放されてるにも関わらず誰も寄り付かなくなってしまった場所。
俺と道入の、開放的な閉鎖空間。
「しかし今頃柵もない屋上とか、自殺してくださいって言ってる様なものでは?」
屋上の縁を歩く道入は言う。
「別に……あってもなくても関係ないだろ」
道入の内側を沿い歩きながら答えた時、ぽこんと馬鹿みたいな電子音が道入のスマホから鳴る。
「そりゃーそうだー」
道入は、間延びした返事をしながら、僕の知らないスマホを取り出した。
「また変えたのか、スマホ」
「あ~これ、連絡用のスマホ、いやぁ~四六時中通知が来るからさ、困っちゃうよね」
チラッと見せられた画面には、大量の絵文字とギフトや電子マネーカードの写真があった。
「忙しそうだな」
「んまぁね。そんなことより、小説は完成しそうかい?」
慣れた手付きでスマホを操作しながら道入は言う。
その答えが分かってそうな口振りが鼻に付いた。
「道入が何も言わなければ今すぐにでも完成するよ」
「へ?」
スマホを叩く音が止まったと思えば、道入の口から間抜けな声が抜け、丸々とした目を僕に向けたと思えば、目も開けられない程に笑い出した。
ククククと口を噤もうとしても、笑いが腹から押し寄せダムが決壊したかのように、ヮハハハハハハと白い歯を見せて腹を抱えて道入は笑う。
このまま落ちて死んでくれないかなと思った。
通り一遍の笑い方を出し尽くした道入は、涙を拭いながら口を開く。
「ふゥゥぅごめんごめん、三年間一作も完成させなかった人の言葉とは思えなくて」
「だからそれはお前が」
「いやね、君の小説は酷く無駄な事が多い。人間になったらきっとぶよぶよな脂肪をつけてるよ」
道入は空気を一杯に吸い精一杯に華奢な身体で太った人の物真似をするが、やっとこさ標準体型になれたぐらいで。
そのあまりの馬鹿らしさに
「なんだよそれ」
「小粋な表現さ、この発想力が君には足りない」
「俳句でもやったらどうだい? 短い文でいっぱい意味が詰められるよ」
「そうだな……小説が完成したら考えるよ。そういえば道入は卒業したら何をするんだ?」
「ぅうん……僕に対する悪評のせいでここら辺で就職は難しそうだからね」
道入はお手上げと、名の通り、手を上げて進路の不透明さを言う。
狭い町だから、子供も大人も道入のコトは知っている。
そんな事は知っていた。
しかし、返事を用意していなかった。
「……」
「ある人から誘われててさ」
「結婚しようかなって思ってるんだ」
「は?」
「大丈夫さ、男の人とだもの」
「????」
「こういう時代だろ? 男と男が結婚するだなんてもう異常ではないのさ」
言われた言葉の意味が分からなかった。
「それは、小粋なやつか?」
「いいや、正真正銘、本気」
「それに、男同士の結婚を小粋な表現と言うのはもうコンプライアンス的に良くないよ」
「そ、そうか」
「……君はいい友達だね」
「でも、祝ってはくれないんだね。嬉しいよ」
道入は笑っていた。
桜は枯れた。
また芽吹くのは何時だろうと土を見る。
誰にも読まれない小説を書く日々が続いていた。
会社を辞めて、ただ時間を貪っていた。
答えはなく、応えはなく。
それが堪えて。
自分自身を尖らせ続けていた。
ピンポーン
チャイムが。
布団から出るのが億劫だった。
地面に溶ける様に這いながら、扉を見つめる。
扉の新聞受けが開き、そこから、見慣れた目がこちらを見つめていた。
「生きているじゃないか」
聞いたことのない声だった。
太く、低く。
知らずの内、立ち上がっていた。
足のスジや筋肉が痛みでそれを知る。
扉を開けていた。
そこには、
「やぁ、息災かい?」
男がいた。
「──ぇ」
「まぁ何も聞かずに上げておくれよ。見て御覧、雪が降ってる」
タッタと肩に積もる雪を払い、その男は家に入り、さっきまで入っていた布団の中へ。
「はぁ冬は嫌だね、手足や体、頭は暖かくても顔はどうやっても寒いや。目が凍ってしまいそうだよ」
「君も入りなよ、扉を閉めてもこの寒さは堪えるだろう?」
「何しに来た」
「……ふふ。友達に会いに来ては駄目だったかい?」
男は俺を見上げながら、昔聞いたような口調で話す。
「なんで今更」
「会いたかったからさ……んん駄目だね、こんな理由ではまるでネズミ講やマルチ商法の誘いのようじゃないか」
男は、無精ヒゲが生え、まるで金タワシのように傷んだ髪の毛で。
「その様子では君も自堕落に生きている様だ」
男は、無雑に生え育った眉毛に、短いまつ毛で。
「ムッ少しばかり臭うね。ちゃんとお風呂に……というより着替えてもないのかな?」
男は華奢というより、ただ細いだけの身体で。
「銭湯でも行こうか、君の事だ、服自体はあるんだろ?」
男は道入だった。
「──────────
─────────
道入の体には、大きな入れ墨と、局所的に毛が生えていた。
「やっぱりご時世だね。僕が変なの背負ってるからこんな遠くまで来ないとお風呂さえ入れない」
「いいよ別に」
「これでは湯冷めしてしまうね」
「休憩していかないかい?」
道入が指さした先、田舎には珍しい背丈の高いホテルが。
「いゃ……」
「あそこはパネルで選択するタイプだから男二人で入っても大丈夫だよ」
「……」
「お金は僕が払うよ。ホラホラ君の肩にも雪が積もり始めてる」
返事はせずに、出来た足跡も降る雪が消していく。
─────────
「意外と綺麗でしょ?」
生温い空気が漂う部屋。
怠惰と肉欲を表現したかのようなベッドとソファー。
「ここは泡風呂が出来るんだよ? 面白いでしょ? 後で一緒に入ろうよ」
変に広い風呂、中抜けした風呂椅子。
個包装されたタオル。
「デカいベッドにデカいテレビ、最高だね見れるだけ映画を観ようよ」
枕元のティッシュとドドメ色に調整する照明操作盤。
ゴム。
「空調してても寒いね、寄っていいかい?」
肌。
道入。
触れて、
荒れて。
「俺はァ!!」
「お前とは違うんだよ!!」
「な、何をいきなり」
「俺は!! …………ッ」
「私は……女になりたかった……」
「お前みたいに声が高くなりたかった!! お前みたいに華奢でいたかった!! お前みたいに可愛くなりたかった……!!」
「お前みたいに男と付き合いたかった……!!」
「でも無理だった……だけどお前がいたから……」
「お前が理想だったから大丈夫だったんだよ……」
「お前へ勝手に私を重ねて、もしかしたらこんな人生があったのかもとか……」
「次の人生はあぁなりたいなとか……」
「考えてたのに……! てたのに……!!」
「男に戻るなよ……夢が壊れるだろ……」
「……ごめん」
道入はそう言うしかない。
私も言いながら分かっていた。
気づいたら涙を流して、嗚咽をあげて、その嗚咽の声の低さに現実を知らされて。
男なら涙を流すなと教えられた、だから思い切り泣く。
それでも女にはなれない。
「『桜咲く。桃色花弁は見上げられ、地に落ちた花弁は無意識に踏み躙られる』覚えてるか……?」
「覚えてるよ、今だったらちょっと響いたかも」
「道入と私の事をイメージして書いたんだ、勿論地に落ちた方が私」
「……」
「私は、俺は、女になろうとしても駄目で、でも道入は自分のまま生きてて、それでも美しくて」
「そうでもないさ」
「でもそうだな……でもあの頃が本当に華だった」
「面白いぐらいモテてね。あ、自慢じゃないよ許して」
「でも、20を過ぎてからかな、遅めの成長期さ。みるみる自分じゃなくなった」
「もう……生きてる理由も、なくなってね」
「でも結婚するって」
「んなもん独占欲が先行した野郎のエゴだよ。背中のモンも逃げられない様にさ」
「なのに簡単に君の所まで来れちゃった」
沈黙。
続けそう。
「この後はどうするの?」
「考えてないな~僕嫌われてたからな~友達は君しかいないし」
「死んじゃおっかな」
笑ったせいで目尻にシワ。
声は軽い、だけれどそのシワが、嘘でない事を証明していた。
道入は、自殺をすると決めたら居ても立ってもいられないと、休憩時間も経ずホテルを飛び出しては高校の屋上へと辿り着いた。
冬休みの深夜では誰もおらず、少しばかりのガラスを割る程度で済んだ。
懐かしの二人だけの場所。
柵もない。
「……もしかしたらさ」
「もしかしたらが起きるとしても、この体は変わらないよ」
「……ッ」
その見た目でも私は好きだよ
なんて嘘を、言えない。
「君と話せた。君の秘密も聞けた。あっでも君の小説見れてないや」
晴れた声で言う。
「書けてないから大丈夫だよ」
その声を曇らせたくて。
「相変わらずぶよぶよ太らせてるみたいだね」
「あー……君の小説だけ読みたかったな、一文だけじゃなくてね」
「だったら……書けるまで待っ」
「しつこい。そんなに僕に死んでほしくないのかい?」
「そりゃ……」
「そうだな……よし!!」
道入は私の手を取り、屋上の縁に立った。
「僕はこのまま体を傾けるからさ、生きてて欲しかったら引っ張って、死んでも大丈夫なら手を離して」
そう言って、道入は体を後ろに傾け始める。
気づかない、あまりに安らかな顔をするから、気づけたのは荒れた手が引っ掛かったから。
両手で道入の手を引く、しかし釣り合ってしまう。
落とすには力が強過ぎる、男だから。
引き上げるには力が無さ過ぎる、女でもないのに。
「早く決めてよ、怖さがクるからさ」
死が、道入が、この掌に繋がれて。
私は、非力で。
「生きて」
ズルくて。
「───舞えば優雅、浮かべば風流、落ちてしまえばタダのゴミ。桜なんかそんな物だよ、落ちてしまった僕に生きてる意味なんかない」
降り落ちた雪が、まだ生きている道入の頬に落ち、溶け、流れて。
その雫すらすぐ吸ってしまう肌。
そんな小さな事に無慈悲な現実を知らされ、生きていく毎に、理想の姿から離れていくのは、耐え難く、死より苦しく。
理想を虚像として道入に転写した私が、一番理解、出来て。
指先からピリと電気が走り、時間がない事を私に伝える。
ズズッと抜けていく、道入の手。
どうすれば良いと正解を導き出そうとする、弱い私の頭は助けを求めるように道入の顔を見た。
道入は笑っていた。
あの時、道入は、今、あの時のように。
「行くか」
﹁
馬
鹿
だ
な
ぁ
君
は
﹂
「生きてる……」
「……死んでる」
「雪……凄いね」
「春一番に見つかろっか」
終
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漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
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