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第三話:氷の君主の安寧と妬心
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「……下がらぬか」
精一杯の冷徹さを込めて、俺は告げた。
これ以上、彼らがこの場に留まるのは、俺の精神に良くない。
扉が閉まると、再び公務の山に埋もれる。
心の奥底で疼く不安を、俺は必死に押し殺すしかなかった。
暗殺の恐怖は、遠のいたとはいえ、決して消えたわけではない。
いつか来るかもしれない「原作」の結末――その運命を、俺は常に意識せずにはいられない。
この玉座に座る限り、安寧などありえない。
偽りの君主として、ただ重圧に耐え続ける。
それが、俺の選んだ道なのだから。
◇
それから数日、俺は張り詰めた糸のように日々を過ごしていた。
朝は夜明け前に起き、公務に取り掛かる。昼は評議会や謁見、夜は山積する書類との格闘。
食事も入浴も、ただの「休息」ではなく、次の公務のための「義務」でしかなかった。
俺が「氷の美貌を持つ偉大なる君主」を演じる中で、唯一、心の底から安堵できる瞬間は、アーネストとの何気ない交流の時だけだった。
「セレスティン様、この度の貧民街への支援物資の調達ですが、滞りなく完了いたしました。ご査収ください」
ある日、アーネストが執務室に現れた時、彼の顔は煤で汚れており、手にはまだ泥がついていた。
自ら貧民街に足を運び、物資の調達と分配に立ち会ったことは、その姿を見れば明らかだった。
「アーネスト、お前は本当に……。貴族がそこまで汚れ仕事をする必要はないと、何度言えば理解するのだ」
眉をひそめ、冷たく言い放つ。だが、その言葉の裏には、彼を心配する本心が隠されていた。
この世界で、貴族が率先して泥にまみれることは、時に品位を落とす行為と見なされかねない。
原作では、彼の純粋さが民衆の心を掴み、革命へと繋がった。しかし今の俺は、彼が余計な標的にならぬかと恐れていた。
「ですが、セレスティン様。民の苦しみを、この目で見ないことには、真の施策は打てません。それに、私が動くことで、皆も力を貸してくださいますから」
アーネストは子供のように真っ直ぐな瞳で俺を見つめる。その汚れすら、彼の純粋さを際立たせていた。
「お前は、いつかその真っ直ぐさで、火傷をするぞ」
ため息をつく。だが、いつの間にか口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。
彼は、俺の「氷の支配者」という仮面を剥がす、唯一の存在だった。
アーネストはその珍しい表情に少し驚いたように目を丸くし、そして嬉しそうに微笑む。
「セレスティン様にご心配頂けるなど、光栄の至りでございます」
彼との会話は、重圧から一時的に解放される、俺にとって唯一の時間だった。
俺は、アーネストがこの世界の「希望」であることを心底信じていた。
そして、彼が誰にも汚されず、真っ直ぐに育っていくことを、ただ願うしかなかった。
しかし、そんな俺のささやかな安寧の瞬間も、すべて彼らの監視下にあった。
◇◇
「セレスティン様は、アーネスト殿にだけは、我々には見せないお顔を見せてくださるのですね」
執務室の隅。
ライオネルが、冷ややかな声でそう呟いた。
深紅の瞳には、燃え盛る嫉妬の炎が揺らめいている。
「ええ。どれほど我々が尽くしても、我らには心を許して頂けないのに。
あの若造が一度泥にまみれただけで、あのような柔らかな表情を引き出すとは……。まったく、妬ましい限りです」
執務室の隅。
ライオネルが、冷ややかな声でそう呟いた。
深紅の瞳には、燃え盛る嫉妬の炎が揺らめいている。
「ええ。どれほど我々が尽くしても、あの若造が一度泥にまみれただけで、あのような柔らかな表情を引き出すとは……。まったく、妬ましい限りです」
アシュレイは、いつもの穏やかな笑みを浮かべている。
だが、その言葉の端々には、深い執着と、ねじれた感情が確かに滲んでいた。
紫の瞳は、俺とアーネストの間に注がれ、捕食者の視線で距離を測っている。
彼らは、俺が本心を見せず、決して弱音を吐かないことに、苛立ちと歪んだ庇護欲を募らせていた。
「セレスティン様は、ご自身を顧みられることがありません。このままでは、いつか心労でお倒れになってしまう」
ライオネルが、感情を押し殺したような声で言った。
「ええ。ならば、我々が無理にでも休ませて差し上げるべきでしょう。
――あのお方には、『休息』が必要なのです」
アシュレイは微笑みながら頷いた。
その知的な瞳の奥で、不穏な光が妖しく瞬いていた。
彼らの独占欲と、俺への異常な執着は、アーネストへの嫉妬を燃料に、さらに加速していく。
俺を孤立させ、自分たちだけに依存させるために――二人は、水面下で着々と計画を進めていた。
そして、その計画の“次の段階”は、
俺の最もプライベートな空間への侵入。
俺の、心の奥底に隠してきた脆さを暴くための、決定的な一歩だった。
精一杯の冷徹さを込めて、俺は告げた。
これ以上、彼らがこの場に留まるのは、俺の精神に良くない。
扉が閉まると、再び公務の山に埋もれる。
心の奥底で疼く不安を、俺は必死に押し殺すしかなかった。
暗殺の恐怖は、遠のいたとはいえ、決して消えたわけではない。
いつか来るかもしれない「原作」の結末――その運命を、俺は常に意識せずにはいられない。
この玉座に座る限り、安寧などありえない。
偽りの君主として、ただ重圧に耐え続ける。
それが、俺の選んだ道なのだから。
◇
それから数日、俺は張り詰めた糸のように日々を過ごしていた。
朝は夜明け前に起き、公務に取り掛かる。昼は評議会や謁見、夜は山積する書類との格闘。
食事も入浴も、ただの「休息」ではなく、次の公務のための「義務」でしかなかった。
俺が「氷の美貌を持つ偉大なる君主」を演じる中で、唯一、心の底から安堵できる瞬間は、アーネストとの何気ない交流の時だけだった。
「セレスティン様、この度の貧民街への支援物資の調達ですが、滞りなく完了いたしました。ご査収ください」
ある日、アーネストが執務室に現れた時、彼の顔は煤で汚れており、手にはまだ泥がついていた。
自ら貧民街に足を運び、物資の調達と分配に立ち会ったことは、その姿を見れば明らかだった。
「アーネスト、お前は本当に……。貴族がそこまで汚れ仕事をする必要はないと、何度言えば理解するのだ」
眉をひそめ、冷たく言い放つ。だが、その言葉の裏には、彼を心配する本心が隠されていた。
この世界で、貴族が率先して泥にまみれることは、時に品位を落とす行為と見なされかねない。
原作では、彼の純粋さが民衆の心を掴み、革命へと繋がった。しかし今の俺は、彼が余計な標的にならぬかと恐れていた。
「ですが、セレスティン様。民の苦しみを、この目で見ないことには、真の施策は打てません。それに、私が動くことで、皆も力を貸してくださいますから」
アーネストは子供のように真っ直ぐな瞳で俺を見つめる。その汚れすら、彼の純粋さを際立たせていた。
「お前は、いつかその真っ直ぐさで、火傷をするぞ」
ため息をつく。だが、いつの間にか口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。
彼は、俺の「氷の支配者」という仮面を剥がす、唯一の存在だった。
アーネストはその珍しい表情に少し驚いたように目を丸くし、そして嬉しそうに微笑む。
「セレスティン様にご心配頂けるなど、光栄の至りでございます」
彼との会話は、重圧から一時的に解放される、俺にとって唯一の時間だった。
俺は、アーネストがこの世界の「希望」であることを心底信じていた。
そして、彼が誰にも汚されず、真っ直ぐに育っていくことを、ただ願うしかなかった。
しかし、そんな俺のささやかな安寧の瞬間も、すべて彼らの監視下にあった。
◇◇
「セレスティン様は、アーネスト殿にだけは、我々には見せないお顔を見せてくださるのですね」
執務室の隅。
ライオネルが、冷ややかな声でそう呟いた。
深紅の瞳には、燃え盛る嫉妬の炎が揺らめいている。
「ええ。どれほど我々が尽くしても、我らには心を許して頂けないのに。
あの若造が一度泥にまみれただけで、あのような柔らかな表情を引き出すとは……。まったく、妬ましい限りです」
執務室の隅。
ライオネルが、冷ややかな声でそう呟いた。
深紅の瞳には、燃え盛る嫉妬の炎が揺らめいている。
「ええ。どれほど我々が尽くしても、あの若造が一度泥にまみれただけで、あのような柔らかな表情を引き出すとは……。まったく、妬ましい限りです」
アシュレイは、いつもの穏やかな笑みを浮かべている。
だが、その言葉の端々には、深い執着と、ねじれた感情が確かに滲んでいた。
紫の瞳は、俺とアーネストの間に注がれ、捕食者の視線で距離を測っている。
彼らは、俺が本心を見せず、決して弱音を吐かないことに、苛立ちと歪んだ庇護欲を募らせていた。
「セレスティン様は、ご自身を顧みられることがありません。このままでは、いつか心労でお倒れになってしまう」
ライオネルが、感情を押し殺したような声で言った。
「ええ。ならば、我々が無理にでも休ませて差し上げるべきでしょう。
――あのお方には、『休息』が必要なのです」
アシュレイは微笑みながら頷いた。
その知的な瞳の奥で、不穏な光が妖しく瞬いていた。
彼らの独占欲と、俺への異常な執着は、アーネストへの嫉妬を燃料に、さらに加速していく。
俺を孤立させ、自分たちだけに依存させるために――二人は、水面下で着々と計画を進めていた。
そして、その計画の“次の段階”は、
俺の最もプライベートな空間への侵入。
俺の、心の奥底に隠してきた脆さを暴くための、決定的な一歩だった。
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